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5巻

5-1

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 1


 トレントリエッタ国での動乱が終結して数日。リーンヴァールの街から帰国した闇神隊あんしんたいと調査団、援軍衛士団の衛士達は通常任務に戻っていた。
 そして彼等の凱旋がいせんにぎわっていた、フォンクランク国の首都サンクアディエットもすっかり落ち着き始めた頃。
 交易を行う商人達の間で、重大な問題が持ち上がっていた。魔獣施設の封鎖と付近の魔獣討伐とうばつで解決されたはずの調整魔獣問題が再燃したのだ。
 きっかけは、盗賊団らしき集団の食い散らかされた死体が、トレントリエッタ領の街道近くでひんぱんに発見されるようになった事だった。
 それらは当初、動乱の首謀者として現在各国に手配されている『かぜやいば』の元幹部、アイルザッハ財務官が、リーンヴァール脱出時に連れ出した魔獣兵の仕業と見られていた。
 だがその後も、商隊が街道で調整魔獣の群れに襲われる事件が各地で続出。通商協会とトレントリエッタ軍の調査隊が情報を集めた結果、複数の調整魔獣の群れが関与している事が分かった。
 突然増え始めた魔獣被害。通常、魔獣は突然変異種的な存在であり、基本的に子を作る事はない。また、その特異さ故か群れも作らず、単独で行動する傾向にあった。
 しかし、調整魔獣は幼生の時から魔獣として育てられている為か、調整魔獣同士では普通の野獣と同じように群れを成して行動する。
 そして一箇所に留まらず、彼方此方あちこち移動する為、調整魔獣の群れによる被害は、時が経つにつれて広範囲にわたっていった。
 トレントリエッタの転覆てんぷくを図った『風の刃』エルフョドラス一族の騒動が残していったこの新たな脅威に対応するため、各国が揃って討伐隊を組織するなどの活動を始めている。各地の傭兵達にとっては、危険だが実入りの良い時期が続いていた。
 近頃では、そもそもそんなモノを作り出したノスセンテス人が悪いという風評が広まり、フォンクランク国内でもノスセンテス出身者が吊るし上げられる事件が、しばしば起きるようになった。反対にトレントリエッタに対しては、フォンクランクの同盟国である事に加え、魔獣兵を運用した『風の刃』に自国を荒らされたとあって皆、同情的であり、批難の声は抑えられている。
 祖国が滅亡して後ろ盾の無い元ノスセンテスの住人達が、割を食わされているといった具合だ。


「おいっ、お前等はここで商売するな!」
「なんだと? ここは自由に露店を出せる場所だ、お前達に文句を言われる筋合いはない」

 露店で売り子をやっている若い男女に、店をたためと迫る数人の地元民らしき男達。最近のサンクアディエットの低民区表通り露店市場では、時折このような光景が見られる。

「てめぇらのトコが作った魔獣のせいで品物が届かねえんじゃねえか!」
「上のやってた事なんか知るかっ」

 旧ノスセンテス地方からの移住者は、こういった風潮に肩身の狭い思いをしつつも、はじめはそれに耐えるだけで済んでいた。だが最近は単なる場所取りの口実として使われるようにすらなっている。彼等も横暴な態度を取られる事に反発心をつのらせており、暴力沙汰ざたになる事もしばしばであった。
 また、低民区を巡回する神民衛士がこういった不正行為の取り締まりに積極的でない事も、両者の溝を深める一因になっている。
 オロオロと不安そうにしている売り子の女性をかばうように一歩も退かず、因縁をつけて来た集団と対峙する移住民の若者。そこへ――

「この指輪下さい」
「え? あ、は、はいっ、緑晶貨しょうか三つになります」

 周囲の空気を読んでか読まずか、並べられたアクセサリーを購入する男が一人。

「おい兄ちゃん、てめぇなに買って――」

 露店場所を横取りしようとしていた集団は、その客に文句を言おうとして固まった。
 黒い宮殿衛士の隊服をまとった黒髪の男が、代金を支払いながら振り返る。

「あ、あんた……闇神隊の……」
「闇神隊長の悠介ゆうすけだけど、この店で買い物するのに何か問題でも?」

 たった一人で数百の軍勢を蹴散けちらした、というフォンクランクの英雄・闇神隊長の(多分に誇張された)勇名は、今や一部での対象とされる程に響き渡っている。
 善良な市民には頼もしい存在。無法を働くならず者には恐怖の象徴。
 周囲の見物人達が何かを期待するように、控え目なを飛ばす。チンピラ集団をかすかに応援するその野次は、彼等が闇神隊長に喧嘩けんかを売って討たれるところが見たいという、何とも現金な動機によるものだ。
 そこへ、闇神隊長が絡んだ事をきっかけに近くに居た衛士達が慌てて駆けつけ、商売の妨害を働いたチンピラ達を摘発し出した。

「お前らちゃんと仕事しろよー」
「も、申し訳ありません……」

 明らかにトラブルを見過ごしていたと思われる衛士達に、悠介は軽くにらみを利かせた。治安活動に従事する衛士達の意識を引き締める必要があるなと、ヴォレットへの報告内容を心の中に記す。
 絡まれていた露店の男女は悠介に会釈えしゃくをして感謝を示すが、その硬い表情には複雑な心境が微妙に表れていた。
 ノスセンテスからの移住者達は、闇神隊に対する評判には、どちらかと言えば懐疑的である。
 それというのも、サンクアディエットの街中でまことしやかにささやかれている『闇神隊長はの民を特別視している』『ガゼッタ国と繋がりがある』などといった噂の為だ。
 ノスセンテスの首都だったパトルティアノーストがガゼッタの潜入部隊に占拠されたのは、実は闇神隊長の手引きだったのではないかという過激な陰謀論もある。
 もっとも、そういった噂はあくまでも酒場のすみなどでひっそり囁かれているだけで、表立って闇神隊を疑う声は無い。

「さてと、新しい動力装置の具合を確かめに行くとするか」

 購入した安物の指輪に神技しんぎの増幅効果を付与しながら、悠介は闇神隊の部下ソルザックの店に向かった。


 ブルガーデン国の第一首都コフタの地下宮殿。
 シャルナー神殿からここに王宮を移したリシャレウス女王は、ガゼッタのシンハ王宛てにつづった親書を読み直しながら、今後の政策と戦略に想いをせていた。
 悠介製『シャルナーの神器』を手に入れてから、リシャレウスはその恩恵を最大限に活かして活動を続けてきた。何しろ付加効果によって疲れないので、集中すれば数日間朝から晩までぶっ通しで修学に励む事も出来るのだ。
 お願いですから休んでくださいと双子の女官にいさめられたりしつつ、食事その他の諸々の生理現象の処理以外、全ての時間を政務と修学に費やしている。
 彼女はすでに、飼い殺しにされてきたここ数年分を取り返す程の知識を吸収していた。そして、度々シンハに親書を送っては、彼女のき父王の目指した理想、四つの神技人しんぎびとびとが等しく暮らす五族共和構想への参加を持ち掛けていた。
 フォンクランクのエスヴォブス王には、既にディアノース砦で行われた会談の席で話を通してある。世界の安定と平穏を望むエスヴォブス王は、この構想の実現に前向きだ。トレントリエッタのクリフザッハ王も、特に四大神信仰や等民制度にこだわっていない。
 五族共和構想を実現するなら、四大神信仰の影響が強いフォンクランクでは早い段階で国民への説明が必要になる。その一方、トレントリエッタは国民性からして反対者も少ないだろう、とリシャレウスは考えていた。
 最大の障害だったノスセンテスが滅亡した今、シンハ王が提案に同意すれば、四大国が連携し、円滑に進めてゆく事が出来るだろう。

「これでいいわ……シンハも最近は返事をくれるようになったし、きっと分かってくれるはず」

 手紙の包みを閉じて封をし、女王の印を押す。親書はただちに伝書鳥で、今やガゼッタの王都たるパトルティアノーストへと送られた。


  ◇◇◇


 パトルティアノーストの中枢施設最上階にある、旧神議堂。その周囲に広がる空中庭園を歩く、小さな人影。いにしえの邪神の奇跡をその身に受けぎ、三千年の時を生きるガゼッタの里巫女さとみこアユウカスだ。
 朝昼晩と、この庭園を散歩するのが彼女の日課となっている。ブルガーデンから飛来する伝書鳥は大抵この庭園に下りてくる為、最近ではアユウカスがリシャレウスからの親書をシンハに届ける役を担っていた。


「リシャ嬢からこいぶみが届いておるぞ」
「親書と言え」
「似たようなもんじゃろが」
「…………」

 かっかと笑いながら、散歩の続きに出かけるアユウカス。その小さな背中を溜め息と共に見送り、シンハはリシャレウスの印が押された手紙の封を切る。
 内容はいつも通り、五族共和構想の実現について。その他、自身の近況や世界の動向に対する見解など。
 シンハは返事を書く場合もあれば書かない場合もあるが、五族共和構想に対する返答は避けていた。そうなると必然的に他愛の無い話題に対する返事が増えるので、少々文通みてきた感がある事をシンハも気にしていた。


「五族協和構想か……」

 ガゼッタ内部の神技人は、これまでは少数故に謙虚けんきょであったからこそ、白族はくぞくからも同胞として認められていた。
 だが、元ノスセンテス人も取り込んだ現在、びとも神技人も平等に肩を並べ、大手を振って歩いている。
 元からガゼッタ人であった者とそうでない者との間に多少の軋轢あつれきや戸惑いは見られるが、特に問題となる程ではない。
 シンハ自身も邪神絡みで彼方此方あちこち出かけて他国の神技人達と触れ合う内に、彼等も単に生まれた国の環境によって価値観や思考を左右されていただけなのだと見方を改めていた。なので、リシャレウスの提案も悪くないと思えるまで、気持ちも傾いている。

「白族の誇りか、新しい時代か……」

 とはいえ、これまで白族帝国の復興を掲げて覇道はどうまいしんしてきた。今更方針を変えて融和に転換すれば、ガゼッタの根幹を揺るがす事態になりはしないかという不安もある。
 ――と、そこまで考えて、シンハはリシャレウスの提案を受け入れる前提で考えている自分に気が付いた。

「……おまけに、この俺が不安をいだくとはな」

 遂に自分も〝失う不安〟を得てしまったかとちょうしつつ、シンハはこの先に広がる新しい時代に向けて、に国のかじを取るべきか、岐路に立っている事を実感するのだった。



 2


 深夜――
 フォンクランク国ヴォルアンス宮殿の一室に、名門と呼ばれる家の者や宮殿官僚、神民衛士隊の管理職にく者など、様々な身分の貴族達が集まり、声を潜めつつあれやこれやと議論を交わしていた。
 彼等は立場や身分は違えど、目的を同じくする者達だ。その目的とは、闇神隊長を失脚させる事。その為に、時折このような会合を開いては、対策や謀略を話し合っていた。

「さすがにあそこまでのくんを上げる相手となると、もはや直接的な手出しは危険過ぎるな」
「本人をどうこうしようというのは元から選択肢に無い事だ。やはり周囲から切り崩していくのが妥当だろう」

 闇神隊長がヴォレット姫の庇護下ひごかにある限り、本人にプレッシャーを掛けようとしても全く気にされない上、意図を分かっていないのではないかと思える程の余裕を見せられてしまう。
 たとえば馬車乗り場などで順番を譲らせて格の違いを思い知らせようとしても、どうぞどうぞと譲ってすぐに次の馬車へと移ってしまう。廊下で擦れ違う時も、譲らせる前に端に寄って道を空ける。
 ハナから張り合う気など無いといった態度だが、姫の信頼を一身に受けている事からして、些細ささいな格の誇示など無意味と考えているのかもしれない。
 しかも、そうして格の誇示をかわされると、こちらがまるで相手にされていないとしもじもの者に笑われ、逆に闇神隊長の株が上がるのだ。
 このままであれば間違いなくいずれヴォレット姫のちょうあいを得て、次期国王の座に手を掛けるのは目に見えている。変わり者を装い、無技の娘を想い人であるかのように振舞って隠れみのにしているようだが、我々にはお見通しだ、と彼等はごとを重ねる。

「まったく忌々いまいましい」
「問題は奴が英雄とうたわれ、ひとり際立っている事だと思う。これをどうにかするには、やはり対抗馬が必要だ」
「闇神隊の功績に並ぶ程の手柄を上げられるような者が、果たして見つかるのか……?」

 当の闇神隊長はガゼッタの不穏な動きをけんせいする為に出撃して早々、港街に潜伏していたエルフョドラス家当主、ヴォーレイエの身柄確保に成功。
 リーンヴァール解放戦では、『風の刃』の事実上のトップ、さんかんの一角にして組織内で最強とされていた軍務官ベネフョストを撃破。しかも五倍以上の敵を相手にして、味方に一人の負傷者すら出さず勝利した事で、ますます名声が高まっている。

「我々で対抗馬を作ればよい」
「どうやって?」
「今は大衆の注目をき付けるのに最適な問題があるだろう」
「……魔獣被害の事か」

 なるほどとうなずく面々。
 まず援軍衛士団に参加した衛士達から、腕の立つ者や功績を上げた者を引き込む。そして彼等を活躍させる事で、闇神隊の功績に対抗できる存在を作り上げるという作戦だ。一人で無理なら複数人で挑めば良い。
 魔獣退治ならば一般大衆の注目を浴び、ヴォレット姫の関心を呼ぶ事も出来るかもしれない。更に各国で討伐隊が組織される程の被害が出ている現状、うまく成果を上げれば国内外にも名声を響かせられる。
 人々は、いつでも新しいモノを好む。全く新しい考えや価値観などに対しては躊躇ちゅうちょや反発感を懐くが、自分達を導く無敵の勇者といった分かりやすい存在ならば、新たな英雄ヒーローの登場も歓迎するだろう。

「闇神隊長以上の英雄達を祭り上げるという訳か」
「その通り。幸いな事に、例の調整魔獣に関しては確実に討伐を成功させられる要素がある」
魔笛まぶえか……しかし、あれは闇神隊長の神技でなくては簡単には複製できないと聞いたが?」
「奴に複製させれば良いではないか、断る理由は無いだろう」

 闇神隊長えいゆうに代わる新しい英雄を作り出す手伝いを、闇神隊長にやらせる。その発想は、ここにつどう者達の心のきんせんに大いに触れた。


 反闇神隊派による一方的な『最高の意趣返し』が画策されている頃、悠介は自宅で新しい乗り物のアイテムデータファイル作りを進めていた。同時に、昼間部下のソルザックに聞いた街の色々な噂や、商人達の話などを思い返す。
 旧ノスセンテス地方から移住してきた人々の間で、あまり闇神隊の評判がよろしくないらしいという話は、悠介も致し方ないと感じている。
 彼等は、シンハ達が襲撃を仕掛けた日、闇神隊は中枢塔を奪回・防衛する力を持ちながら、協力もせずに自国の大使を連れてさっさと逃げ出したと思っているようだった。
 脱出そのものは当時の神議会メンバー達からの要請に応えたモノなのだが、悠介はガゼッタ軍との対峙を意識的に避けていた部分もあるので、噂はあながち間違いでもない。
 ガゼッタの潜入部隊を手引きしたのでは? という噂はさすがにガセでしかない。とはいえ、度々シンハと親しげに話しているところを色々な人に目撃されているので、疑いをいだく人が居てもおかしくないと考えていた。
 いずれにせよ、これらの噂や印象は、昼間の露店市場であったような不正がしっかり取り締まられるようになり、移住者達の暮らしが楽になれば、自然に消えていくモノと悠介は楽観視している。
 しかしもう一つ、魔獣被害の話で気になる情報があった。
 討伐に必須となる魔笛は、ガゼッタを除く各国の討伐隊に幾つか無償で貸し出されている。だが、明らかに神技阻害能力を持つ調整魔獣と思われる魔獣の中に、魔笛の行動阻害効果を受けつけないモノが混じっているのだという。
 まだ詳しい事は分かっておらず、単に群れの中に普通の魔獣が混じっていただけという可能性もあるので、真偽は不明だ。

「シンハが言ってた調整魔獣の拡散に気を付けろって、この事だったのかな……」

 神技阻害の能力を持たない魔獣であっても、群れを成せば非常に厄介である事は、魔獣施設の一件で広く知られている。今後も被害が増えていくようであれば、討伐用に何か武具を作るのも視野に入れようかと悠介は考えていた。
 討伐用の武具といっても、神技人が神技に頼らず武器のみで魔獣に太刀打ちできるような補助効果を付与しただけのモノになるが。

「神技の指輪との兼ね合いが面倒になるよなぁ」

 穏やかな日々をんが為にと、特殊効果の付与された道具は簡単には作れない事にしているので、新しく何かを作って出すにしてもタイミングが重要だ。簡単に強大な力を得られる道具を、下手に大量生産すれば、争いの原因にもなり兼ねない。

「ふう……」

 そう考えながら、悠介はカスタマイズ画面の中に浮かぶ試作列車のデザインを微調整する。いつかこういう乗り物や玩具ばかり作って平和に過ごせる日が来ればいいなぁと、カルツィオの空を窓越しに見上げた。
 大地の周りを回る太陽は、一年の初めと終わり頃には低い軌道を描く。日照時間が減る季節に入った事で、すっかり夜明けも遅くなった。ちなみに、一年毎に太陽の昇る方角が入れ替わるカルツィオの暦には、表年と裏年があり、今は裏年にあたる。

「……こんな夜更けに何を一人で黄昏たそがれてんのよ」
「どぅわっ」

 いきなり背後から声を掛けられて飛び上がる悠介。夜食を持ってきてくれた元『籠絡工作員』にして現『悠介の奴隷』であるラーザッシアが、何やら憂えた表情で窓を見上げていた悠介に夜明けのツッコミを入れた。
 わざわざ気配を消して部屋に忍び込んで来た事は、内緒である。


 数日後、ヴォルアンス宮殿の自室で色々とカスタマイズ画面内のアイテムをいじっていた悠介の所へ、ヴォレットが何やら特別な仕事を申し付けにやって来た。

「魔笛の大量発注?」
「うむ。なんでも特別討伐隊とやらを編成して、特に魔獣被害の多い地域に送り込むのだそうじゃ」

 魔獣被害の拡大による流通の停滞を懸念した宮殿官僚や、交易商人の斡旋あっせんなどを主な収入源にしている貴族達によって短期的な討伐強化計画が立てられ、既に人員の募集も掛けられているらしい。

「リーンヴァール解放戦に出た者にも声を掛けまくってるようじゃな」
「ふーん。まあ、魔笛は材料も揃ってるし、すぐに揃えられるから用意しとくよ」

 各国で討伐隊が動いている割に魔獣の被害はあまり減った様子が無い為、ここらでてこ入れでもするのだろうと、悠介は魔笛作りを了承した。うむとうなずいたヴォレットは用事も済ませたので、悠介の部屋に来た本来の目的に移る。すなわ玩具ガラクタ漁りである。
 最近は魔獣被害の問題を除いて特に大きな事件も無く、ガゼッタの動きにもその周辺国にも不穏な気配は感じられない。平穏で安定した日々が続いている事もあり、悠介は宮殿にいる間、以前のように実験も兼ねたガラクタ作りを再開していた。
 空飛ぶお皿を超えるお気に入りの携帯型玩具は未だ現れないが、時々面白いモノが手に入るので、ヴォレットも毎日小まめにチェックしに来ている。彼女は、すみに置いてある乗り物らしき台座に興味を示した。

「で、これは何じゃ? 新しい乗り物か? 見たところ随分と細長い車体をしておるようじゃが」
「それは今構想中の『列車』って乗り物の試作車両、の台座」
「ほほう、列を成す車とな?」
「ああ、連結して決まったルートを走らせる輸送車両な」

 鉱山にあるトロッコを街中で走らせるようなモノだと説明すると、ヴォレットは『な~んだ』とつまらなさそうに試作車両の台座への興味をなくした。ヴォレットとしては、運搬作業に使うような堅実で地味な乗り物などよりも、もっと刺激のあるモノが欲しい。

「もっと面白いモノはないのか~?」
「安全第一だからな、これが上手くいったらジェットコースターでも造ってやるよ」

 わらわは退屈しておるぞ~とアピールするヴォレットに苦笑しつつ、悠介はこのお姫様の興味を引けそうなネタを挙げる。

「むむ! なんだか分からんが面白そうな響きじゃなっ」
「安全面を考えるとあんま過激なのは無理だけどな、結構楽しめると思うぞ?」

 ぐりんぐりん回転するような絶叫系でなくとも、速度と高低差、急カーブの組み合わせで、それなりに楽しいコースターは造れるだろう。遊園地のような娯楽施設があってもいいかなと、悠介は色々新しい構想の下地を思い浮かべた。

「ふふっ、わらわはユースケと居ると楽しくて仕方がないぞ。ずっとこんな平穏が続くと良いのにな」
「……そうだな」

 嬉しそうな微笑みを見せる炎の姫君に、悠介は何となくしんみりとした雰囲気であいづちを打った。

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