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カルパディア編

第二十五章:施設整備とジェットコースター

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 悠介が屋敷の広間にシフトムーブ帰宅すると、気付いた使用人さんがパタパタと出迎えにやって来る。

「お帰りなさいませ」
「ただいま。コウ君は帰ってる?」

「いえ、まだお戻りになられていません」
「そっか、そろそろ帰って来ると思うから、戻ったらここに案内よろしく。あと、ザッフィスにソルザックを呼ぶよう伝えておいてくれ」
「畏まりました」

 ソファに腰を下ろして一息吐いているところに、ラーザッシアがお茶を運んで来てくれた。

「おつかれ、ユースケ」
「ああ、ありがとさん」

 並んでお茶を頂いていると、二階からパルサも起き出して来る。古代ポルヴァーティアに勇者として召喚され、1200年ものあいだ地下施設に隠されていた不老不死である彼女は、相変わらず昼夜逆転した居候生活を送っている。

「昨夜からバタバタしていたようだが、問題は片付いたのか?」
「大半は片付きましたよ。そろそろ締めってところかな」

 悠介の隣に座りながら茶菓子をひょいと摘まんで問うパルサに、昨夜から今朝に掛けてガゼッタやブルガーデンで起きていた騒動を説明した。

「そうか。向こうから来る事はあっても、こちらから行く事はほぼ無いだろうからな。ジジィ共がまた力をつける前に、お前がこちらの発展を加速させれば、後はもう大丈夫だろう」
「パルサさんにそう言われると、少し安心するね」

 今後、ポルヴァーティアとの交易が安定すれば、魔導技術製品も多く入って来る事になる。その時に備えて、悠介はカスタマイズ・クリエートを駆使した機械文明発展への下地作りをやっている。

「宮殿の改装は殆ど終わったから、次は街に手を付けないとな」

 最近は街を走る動力車も増えたので、交通網の整備は急務だと語る悠介。ルール作りと並行して信号機の設置なども考えていた。
 ギミック機能を使えば、絶対に狂いの生じない時計なども作れるので、信号機の動作もそれで補える。

「ふむ、お前の能力で作り出したモノを基に、魔導製品で再現して入れ替えていくやり方か」

 パルサは、悠介の元居た世界が、魔導技術で発展したポルヴァーティアよりも更に進んでいる事に興味を示している。
 悠介や勇者アルシアと同じく、パルサも浮遊大陸の神たる存在に複製召喚された精霊体なので、朔耶に連れて行って貰えば、一緒に世界を渡る事も可能だ。

 そんな話をしているところに、ソルザックが到着。帰宅途中だったラサナーシャと合流したらしく、二人揃ってやって来た。憧れの唱姫と道中で御一緒出来たので、ソルザックは上機嫌だ。

「いや~魔導技術で造られた施設の整備とは、なかなか楽しみですねぇ」
「そういや、ソルザックはコウ君とはまだ面識がなかったっけ」
「ええ、確かあの精巧な魔導人形の所有者だと聞いていますが」

 ソルザックは闇神隊に所属する一般民の技術者という立場なので、闇神隊員が召集される時でも、必要がない限りは呼び寄せられる事が無い。
 その為、隊内で共有する情報を口頭で説明される場面も度々であった。

 悠介がコウ少年について、その類稀なる読心能力や憑依能力による凄まじい諜報力に加えて、容量無限と思しき異次元倉庫能力を持つなど、凡そ人外と言ってよい在り方をソルザックに説明していると、執事のザッフィスから件の少年の帰宅が告げられた。

 広間に案内されて来たコウ少年の様子は普段と変わらず、サンクアディエットの観光を楽しんで来たようだった。

「戻ったよー」
「おかえり、じゃあ早速宮殿に行こうか」
「おっけー」

 挨拶もそこそこに席を立った悠介が広間でシフトムーブを使う時の位置へと移動すると、コウも後に付いて来た。スンや闇神隊の皆は向こうで待機している。

「いってらっしゃい」
「行って来る。――実行」

 ラーザッシアとラサナーシャとパルサに見送られながら、悠介はコウとソルザックを連れて宮殿の屋外訓練場へとシフトムーブで転移した。

 広々とした訓練場の真ん中辺りに闇神隊の皆と、スンにヴォレットの姿もあった。今日は貸し切り状態なので、野次馬する他の衛士達の姿も無い。
 悠介を見上げたコウが、ヴォレットの存在を指して訊ねる。

「いいの?」
「まあしゃーないさ」

 ヴォレットもコウ少年の特性についてはきちんと理解している筈。色々機密が漏れる恐れがあると分かった上でこの場に同席しているなら、何か考えがあるのだろう。
 悠介としては、大事にならぬよう双方に自重を期待するしかない。
 そんな事を思っていると、コウは「そっかー」と納得した雰囲気でヴォレットに向き直り、なにやら両手を前に翳して『落ち着こう』のジェスチャーをする。そして――

「ちゃんと伝わってるから、だいじょうぶだよ」
「う、うむ。ならば良い」

 ヴォレットとそんな言葉を交わした。二人の唐突なやり取りに、悠介は首を傾げる。

「うん? 何の話だ?」
「後で話すよー」

 そう言って流したコウは、早速基地施設の整備補強を頼んで来た。屋外訓練場をぐるりと見渡し、訓練用の的や案山子が並んでいる場所を指すと、全員でそのラインまで下がるよう促す。

「けっこう大きいから、なるべく離れてたほうがいいよ?」
「どんな規模の施設が出て来るのか不安になって来たんだが」

 悠介はそう返しつつ、コウが指示した案山子ラインまで全員を下がらせた。

「じゃあ出すよー」

 コウが何度か空中に手を彷徨わせるような動きをする。次の瞬間、ズズンという重々しい地響きと共に振動が足元を駆け抜け、ふわりと土煙が舞った。
 土煙の中には、鈍く光る銀色が聳え立っている。最初、巨大な壁が現れたように見えたそれは、およそ五階建てのビルにも相当するような、縦に大きな直方体の建造物だった。

「うおおおーなんじゃこれはー!?」
「こりゃ凄い。予想以上にデカかったな。――先にガワの補強からいっとくか」

 ヴォレットが驚きの雄叫びを上げ、闇神隊の皆が巨大な施設を見上げて唖然としているのを尻目に、悠介は優先的に強化を施しておくべき部分を見定める。

(まずはカスタマイズ能力に取り込むところからだな)

 コウが強奪して来たらしい栄耀同盟の基地施設。悠介がその表面に触れると、キンコーンという何時ものカスタマイズ可能を示すチャイムが脳内に響いた。

「あそこが入り口だよ」
「おお、なんであそこだけ森の中みたいになってるのかと思ったら、作り物の偽装かあれ」

 全体的にノッペリした外壁の一部、数メートルほどの高さに木や草で覆われている部分がある。どうやらそこがカムフラージュされた出入り口になっているらしい。
 やたら高い位置にあるのは、施設の地下部分も地上に出ている為である。カムフラージュ扉は表面こそ木や草を合わせた粗末な作りに見えるが、扉自体は分厚い鋼鉄製の防護扉だった。

「偽装部分は撤去して、出入り口は全部あの仕様に合わせて?」
「了解」

 まずは入り口まで足場を作り、コウと共に下調べをして全容を把握。安全が確保されてから皆で中を探索するという方針で進める事にした。

 カムフラージュ扉の前に立った悠介は、樹脂のような材質で造られた偽装部分をカスタマイズで引っぺがす。光の粒が舞い消えると、重厚そうな金属製の扉が現れた。

「あそこに監視パネルが付いてるよ」
「おお、監視カメラみたいな物まであるのか」

 コウが指した扉の上辺りに、小さくて目立たない平らな板が、斜めに突き出ているのが分かった。カメラとマイクの役割もしているらしい。
 カスタマイズ画面でその部分を確かめている間に、コウが扉脇に手を当てて何かを操作するように集中する。
 やがて、ガコンという音がして扉が前にせり出し、横にスライドして入り口が開かれた。金属製の合板で整えられた、如何にも船っぽい雰囲気の通路が、まっすぐ奥まで続いている。

「しっかり明かりもついてるな」
「魔力の通り道が壁の中とか床とか天井に通ってるから、ユニット分けして魔導動力装置を付ける時は全部繋いでおいて欲しいんだけど、分かる?」
「ああ、ポルヴァーティアでやった事あるから大丈夫だ。しかし動作チェック必須だな」

 悠介は施設の内壁に触れると、外壁からだけでは取り込みきれなかった施設全体を、カスタマイズ能力の対象範囲に取り込む。
 その間、コウからはどのように補強して整備して欲しいのか、要望を聞いておいた。

「魔導動力装置は小型のをコピーして、全部のユニットに内蔵する感じで」
「ふむふむ、各ユニット毎に独立した動力を持たせるのか。一ユニットの広さと間取りは?」
「よんじゅーじょーのにーえるでぃーけーくらい? バストイレつき」
「結構でかいぞ、それは」

 コウとのやり取りは、地球世界の知識をベースにイメージして話せるので、サクサク進められた。外からカスタマイズ画面で各箇所のチェックをした後、コウと連れ立って施設の中を歩き、何ヵ所か気になる部分を強化して回る。

「よし、全体的に補強したから地下部分の強度も問題無し。皆で探索に移ろうか」
「おー」

 一通り歩き回って安全が確保されたので、施設内の本格的な探索を始める事にした。


 ようやく出番が来たかと、嬉しそうに足場を駆け上って来る元気なヴォレット。スンと闇神隊メンバーも後に続く。
 今回の探索で目標にするのは、栄耀同盟に係わる重要書類や備品など、小物類の発見だ。

「よーし、謎の施設で宝探しじゃー!」
「栄耀同盟の拠点施設な。コウ君が調べた後だし、目ぼしい物は無いと思うが」
「私室の机の中とか、細かいところはまだ見てないから、何かあるかもしれないよ?」

 テンションを上げるヴォレットに悠介が冷静なツッコミを入れていると、コウから資料室や会議室などの分かり易い部屋以外はほぼ手付かずなので、何かしら見つかる可能性を示唆された。

「武器もだいたい回収したと思うけど、魔導拳銃とか引き出しに入ってたら見落としてるかも」
「そっか。危険な薬品類とかも無いとは限らんよな……ヴォレット、何か見つけても触れるなよ?」
「分かっておるわ。ユースケは本当に心配性じゃなぁ」

 ヴォレットが唇を尖らせながら頬を膨らますので、指でつついて「ふしゅっ」と空気を抜けさせる。何やら嬉しそうなヴォレット。
 とりあえず、悠介はカスタマイズ画面を開きっ放しにして探索を進める。
 何かしら見つかった場合は、ひとまずカスタマイズ能力に取り込んでしまえば、画面にステータスを表示させて危険の有無を調べられる。

「この辺りは居住区ってとこですかね」
「みたいだな。ベッドと机の数を見る限り、二人部屋か」

「ちょっと向こうを見て来やす。フョンケ、行くぞ」
「はいよー」

 危険が無いのなら全員が一ヵ所に固まって進むよりも手分けた方が良い。ヴォーマルがフョンケを連れて他の区画を散策に行った。シャイードも付いていくようだ。
 エイシャとイフョカは、近くの部屋を調べている。スンはヴォレットの傍に付いていた。居住区の各部屋を手分けして調べていると、ヴォレットが壁際の事務用っぽい机に興味を示す。

「質素だが出来の良い机じゃな。この棒とでっぱりの組み合わせはなんじゃ?」
「それはたぶんライトだと思う」

 机の角に付いているデスクライトらしき設備を覗き込んでいるヴォレットに、コウが使い方をレクチャーした。
 アームの先端にある長方形のパネルの下部分に白い光が灯り、机の上を照らし出した。

「おおっ、これは良いな。ユースケ、これと同じモノは作れんのか? わらわの机に欲しい」
「そのくらいなら直ぐコピー出来ると思うけど、魔導製品として使うのはもう少しまってくれ」

 この施設内の備品は、通路や部屋の明かりを含めて全て地下の魔導動力装置から供給される魔力によって動いている。
 宮殿にはまだ魔導製品に魔力を供給する仕組みが整えられていないので、ヴォレットの執務机に設置する場合は、ライト部分に既存のランプを使うなどの工夫が必要だ。

 コウの施設整備の要望にあったように、各部屋毎に小型の魔導動力装置を使えば、宮殿に大掛かりな魔力の供給路を作る必要はないのだが。
 そんな事を考えていると、他の区画を調べていたヴォーマル達が戻って来た。

「隊長、こっちの部屋で妙な道具が見つかったんですが」
「ああ、今行くよ」

 悠介は、どんな備品が見つかったのか確かめに、そちらの区画へと移動する。ヴォレットはまだしばらくこの机の周りを調べるようだ。

 居住区画の隣には、休憩室や資料室っぽい部屋があった。細長い会議用らしきテーブルの上に、謎の物体がポツンと残されている。
 丸いハンコを大きくしたような、凸の形をした魔導製品らしき物体。

「なんだこりゃ」
「他の部屋でも同じモノを見やしたが、何なのか皆目見当がつきやせん」
「天辺を押すと音がなるんすよ」

 フョンケがそう言って物体の天辺に触れると、フオオオオオというモーターの駆動音に似た音と、微かに風の音も交じっている。
 とりあえず、悠介もそれに触れてカスタマイズ画面に表示させてみる。すると、物体の名称と各部の機能等も明らかになった。表示された名前は『卓上魔導清掃具』。

「卓上クリーナーかよ」
「それは?」
「掃除機――清掃用具の小さいやつだ」
「清掃用具……」

 小さな埃などのゴミを吸い寄せ、机の上を素早く綺麗にする機械だと聞いて、様子を見に来たエイシャやイフョカが関心を向けている。
 そんな彼女達も、別の部屋で何か見つけて来たようだ。

「隊長、これは?」
「どれどれ――懐中電灯だな」

 小型で服のポケットやベルトに挿して固定出来る金具が付いている。卓上クリーナーも懐中電灯も、電池のように魔力を充填しておける部品が内蔵されていた。
 本体共々、新たなカスタマイズレシピとして取り込んだので、後で必要なだけ複製も可能だ。

「ポルヴァーティアの技術でしか加工できない素材とかあったら厳しかったけど、これなら何とかなるな」

 亡命して来る魔導技術研究員にも、十分な環境を用意できる目途が立った。

 そんな調子で小一時間ほど探索して回り、様々な魔導製品の備品を見つけた事で、カスタマイズレシピの魔導製品シリーズも充実していった。卓上クリーナーに携帯型ライト、小型扇風機やら保温・保冷機能付きポットなど、主に日用品が多く残されていた。
 それらの備品は途中で合流したコウに全て渡してあり、彼の異次元倉庫に仕舞われている。

 武器も完成品こそ見つからなかったが、機動甲冑のパーツを作っていたらしい工場区画の工作機械の中に、魔導拳銃の金型と思しき部品を確認している。
 工作機械もカスタマイズレシピに追加済み。魔導兵器自体は、前の戦争で既に腐るほど作っているので、魔導拳銃も大まかな構造が分かれば簡単に作れそうであった。

「よーし、大体これで調べ終えたかな」
「いろいろ見つかったねー」

 この探索で得た大量のカスタマイズレシピ――魔導製品シリーズを報酬代わりに、コウの拠点施設を彼好みの仕様にカスタマイズ整備する。
 ここからは施設全体を弄る作業に入るので、一旦全員で外に出た。

「ところで、わらわはあの机の引き出しにこんな物を見つけたぞ」

 施設を出て足場を下りたところで、ヴォレットが紙束を掲げながら自らの成果をアピールした。何の書類だろうかと覗き込んでみれば、何やら図形のようなモノが描かれている。

 皆で「何だろう?」と首を捻っていると、ソルザックが『大きな建物の見取り図』であると指摘した。複数枚に描き分けられた見取り図は、凡そ三階建てくらいでドーム型の形状をしているらしい。

「見取り図か……この拠点施設の――ってわけでも無さそうだな」
「形があわないね」

 円形を意識した間取りの見取り図と、聳え立つ直方体の拠点施設を見比べて呟く悠介に、コウが同意しながらこんな提案をしてきた。

「カスタマイズ・クリエートに取り込めば、何の見取り図かわからない?」
「え? そこまで分かるかな? 『紙』の質とかは判別できると思うけど……」

 悠介はそう戸惑いつつも、見取り図をカスタマイズ能力に取り込んで画面に表示した。そこに映し出された情報を目にして、思わず口走る。

「……栄耀同盟の本拠地施設の見取り図とか出てる件について」
「おおー、いいモノみつかったね」

「コウ君よく分かったなぁ」

 カスタマイズ能力に取り込んだ物体の詳細が分かる機能は、悠介もこれまでに使って来て十分把握していたが、書類を取り込むとその書類の概要が表示される場合があるとは盲点だった。
 今までに取り込んで来た素材に石、土、木などの建材、加工された結晶、金属、食べ物や衣類といったモノはあったが、書類は無かったように思う。

(そういや前に針金を釣り針の形に変えたら、釣り針として再認識されて能力値の設定が出来るようになったよな……晶貨や石を指輪にした時も同じか)

 ならば紙の類も、中身を書き込んで特定の用途機能を持つ『書類』という物体にする事で、カスタマイズ能力はその物体を正確に認識して、それに応じた表示をする。

(鑑定機能としての使い方か……)

 悠介は、ここへ来てアイテム・カスタマイズ・クリエートの新たな可能性が見出せた事に感嘆する。

 ともあれ、栄耀同盟の本拠地施設の見取り図という貴重な書類はしっかり確保された。
 改めてカスタマイズ画面に拠点施設の全体像を映し出した悠介は、その再構築作業に取り掛かるのだった。

「まずは居住施設の部分からかな」
「うん、テントがわりのはこべる家みたいな感じに」

 コウの要望は、拠点施設を複数の棟に分割して、異次元倉庫で持ち運べる手頃なサイズの居住施設に再構築するというもの。
 まずは基礎となる棟を作り、必要な機能や設備を組み上げる。利用頻度が最も高くなる棟なので、念入りに強化と整備をしておいた。

「コンテナハウスというか、プレハブの一戸建てみたいになったな」
「いい感じ」

 見た目は大型コンテナを四つ組み合わせたような直方体の居住施設。
 軍艦の船体を資材にした施設なだけに、その外壁は機動甲冑の装甲にも使われている合金製。丈夫さは折り紙付きだ。

 この基礎棟となる居住施設は、出入り口のあった一階の部分をベースに間取りなどを再構成してあり、水道、キッチン、空調、バス、トイレなど色々な設備を整えた。

 他の棟には幾つか設備を省いた客室棟。拡張スペースとして使える何も置いてない部屋の棟。トレーニングルーム等の他、薬品精製や鍛冶生産棟。食糧備蓄用の倉庫なども組み上げる。

 一つの棟の総重量が軽いものでも凡そ6トン近くある為、二階建てにしたり拡張スペース付きにする場合は、異次元倉庫内で組み立ててから取り出す事になるようだ。

「そうそう、朔耶にたのまれてた魔導動力装置のコピーもおねがい」
「ああ、そういや相談されてたな」

 ガゼッタの宝物庫で報酬を選んでいた時も、コウと朔耶が話していたような気がする。
 コウが複製用に取り出した魔導動力装置は、抱えて運ぶには少々大きい『船舶用魔導動力装置』と、機動甲冑から抜き取ったらしい『小型魔導動力装置』。

 複製に必要な資材は十分に揃っているので、二種類の魔導動力装置は難なく複製できた。コウは礼を言ってそれらを受け取り、異次元倉庫に仕舞い込む。

(コウ君のお陰で有用な魔導製品のレシピが山ほど増えたな)

 悠介はそのお礼も兼ねて、コウに個人的なプレゼントを用意する。以前からカスタマイズ画面の中で構想だけは練っていた。
 様々な道具や乗り物ファイルの中から、汎用戦闘機を小型化した機体を組み立てて反映する。

「あと、これオマケな」

 基地施設の再構築で余った資材を使って組み上げた、小型汎用戦闘機。
 元になった機体の三分の一くらいの大きさで武装も無いが、大人三人程度は余裕で乗せて飛べるエアバイクのような飛行機械である。

「ミニミニ魔導船だー」

 身内で使う場合は安全性を第一に、もっと性能を抑えた仕様にしたところだが、不死である彼が使うなら多少安全性を下げても高性能なモノが良いだろうと、色々強化してある。

「ありがとね」
「どういたしまして」

 どうやら喜んでもらえたようだ。小型汎用戦闘機を異次元倉庫に仕舞ったコウは、ふと気付いたように言った。

「あ、空飛ぶ乗り物で思い出したんだけど、複合体に浮遊装置って付けられる?」
「あー、多分出来るんじゃないかな。付けてみようか?」
「おねがい」

 以前、朔耶に魔王討伐へ駆り出された時、コウの複合体に対魔法障壁用のカスタマイズを施した事があるが、複合体は弄るところが無いくらいに完成された生体ゴーレムだったのを覚えている。
 が、本体をそれ以上弄れずとも、新しく組み込む事は可能な筈。コウが複合体を取り出すと、先程まで「空飛ぶ乗り物」関連でジト目になっていたヴォレットが目を輝かせている。

「浮遊装置は機動甲冑から抜いたやつの強化改良版でいいかな」
「ヴァヴォヴァヴァ "それでよろしく"」

 悠介の問いに、コウは光の文字を浮かべて答える。ちなみに日本語だ。
 複合体の内部に浮遊装置を埋め込める場所は無いかと調べていると、腹部の辺りにインプラント可能という表示が出た。

「おお……複合体の細胞って、人工物とかも取り込めるんだな」

 どうやら複合体には、後付けで機能や能力を足して増やせるよう、拡張性を持たせてあるらしい。強化改良版の浮遊装置をインプラント可能領域にカスタマイズで送り込むと、複合体の細胞が包み込むように纏わりついて、そのまま複合体の器官のように馴染んだ。
 装置を動かすには安定的な魔力の供給が必要になるが、コウは魔力の扱いに長けているので問題無く動かせるとの事だ。

「ヴァヴゥヴァ "とべそう"」
「ははは、元の浮遊装置より強力だからなぁ」

 悠介の予想では、ノーマルの浮遊装置より長く滞空出来る筈なので、風技の移動補佐のような術と合わせれば、普通に飛行も可能なのではないかと見ている。

 それならば試してみようと、コウは浮遊装置を稼働させつつその場でジャンプした。複合体の巨体がふわりと浮き上がり、空中で回転し始める。

「ありゃ、バランスが取れない?」
「ヴァヴァウ "だいじょうぶ"」

 しばらく空中でクルクル回りながらゆっくり降下していた複合体だったが、四方に魔法の風らしき空気を噴射してバランスを取り始める。
 やがて完全に姿勢を立て直すと、静かな着地から再跳躍。安定した状態で空中を自在に移動し始めた。

「ヴォヴァヴァー "とべたー"」
「おー、すげぇな」

 訓練場に鎮座する居住施設の基礎棟の上を軽く飛び越える複合体コウ。そのまま施設の周りを一周して見せる。滑空ではなく、完全な飛行だ。
 空飛ぶ巨漢ゴーレムの迫力には、悠介の魔導マジカル重力グラビティ装置デバイスによる浮遊半身甲冑巨人で見慣れていた闇神隊の皆も、流石に驚かされたようだった。


 邪神の力と魔導技術と異世界の魔術が組み合わさるという稀有な光景に、少しばかりの息抜きが出来たところで、居住施設整備の最終段階に入る。
 実際に色々なパターンを想定して使い心地を試し、細かい調整をしていくのだ。

「隊長、ここ階段に引っ掛かりませんか?」
「だな。もう少し広くしとくか」

「あの扉は少し右にズレてやすね」
「ああ、これ逆向きに置いたらちょっと位置が変わるんだな。コウ君、この棟と基礎棟の向き合わせてくれるかな。どちら向きに置いても扉の位置が合うように、他の棟にも反映するから」
「おっけー」

 一旦コウの異次元倉庫に仕舞われた居住施設の各棟が、縦に重ねらたり、横に並んだりした状態で出現する。
 重ねた場合の階段の位置や、並べた時の扉の位置など、連結した各棟を行き来する為の通路が微修正されていった。

「これでどこでも快適にすごせるね」
「コウ君は冒険者として地下迷宮に潜ったりするんだってな。そういう場所でも使えそうだ」

 作業が終わる頃には、すっかり夜になっていた。篝火に照らし出される宮殿の屋外訓練場には、四階建て居住施設が聳え立っている。

「強度にはまだ十分余裕を持たせてるけど、安全性を考えてこれ以上は重ねない方がいいかな」
「わかったー」

 悠介のアドバイスにコウは頷いて応える。居住施設は最大四段重ねで使う事が決まった。
 カスタマイズでこれでもかと弄り倒したこの居住施設には『カーストパレス改変』で囲郭都市群を作った時に大量複製した『食糧生産プラント』や『浄水施設』の小型改良版を、基礎棟に埋め込んである。故に、一番重くて高機能な基礎棟は、基本的に一階部分として使われる事が前提だ。

「上の階にはなるべく軽い棟を置くように気を付けてな」
「うん。四階建てにすることは滅多にないとおもうけど」

 コウが所属する冒険者集団のメンバーと使う事を考えても、基礎棟と客間棟の二つで十分らしい。通常は基礎棟だけの平屋で運用。人が多い時は客間棟を並べたり、環境によっては二階建てにして使う事になるだろう。

 立派な居住施設ビルを見上げて満足そうにしていたコウは、ふと悠介に歩み寄ると、ひそひそと耳打ちする。

「あのねー、姫さんが『ジェットコースターはまだか』って考えてるよ」
「……ああ、それな」

 以前から構想は練っていたし、レールや車両のデータファイルも用意していたのだが、なかなか作業に入れず延び延びになっていた。今なら丁度、時間も場所もある。

「よし、じゃあせっかくの機会だから、ジェットコースターでも作るか」
「っ!」

 その呟きに、ヴォレットが『遂に来たか!』という反応を示しては、キラキラした瞳を向けてくる。
 ポルヴァーティアとの戦い以前からの約束で、随分と待たせてしまったが、ようやく彼女の期待に応えられそうであった。

 とりあえず、居住施設ビルを一周する形で簡易コースを設置していく。起伏やカーブは緩めで、宙返りしたりするような派手さは無いが、これでも十分な刺激にはなる筈だ。
 一応、コースを走らせる車両もデザインや仕様は出来ているので、ささっと作ってコース脇に出してある。早速ヴォレットが乗り込んで遊んでいるが。

 ジェットコースター作りをしている間、コウの提案もあって、闇神隊の皆には居住施設ビルの中で休んで貰った。彼等は休憩がてら、何処かに不備は無いか調べてくれている。

(夕方からずっと作業に付き合わせてるからな)

 それからしばらくして、プチ・ジェットコースターのコースはほぼ完成した。闇神隊の皆も十分に休めたらしく、居住施設ビルから出て来て作業を見守っている。
 そろそろ車両の走行実験を始めようかという頃――

「やほー、みんな揃ってるみたいね」

 異世界からの来訪者――朔耶が世界の壁を越えてやって来た。

「あ、こんちゃー」
「やほー朔耶」
「おおう、サクヤではないか。よく来たなっ」

 悠介とコウが挨拶を返し、闇神隊の皆も目礼する。ヴォレットも気付いて声を掛けた。

「ヴォレットちゃんもやほー」
「もう少し早く来れば良かったのにのう」

 ついさっきまで後ろの建物の元を探索していたのだと、ヴォレットは一緒に探索出来なかった事を残念そうに説明する。巨大な居住施設ビルを見上げた朔耶は「ほえー」と唸っていた。

 悠介がコウに目配せすると、頷いたコウは確保しておいた栄耀同盟の本拠地の見取り図を取り出す。

「いろいろ良いものがあったよ」
「栄耀同盟の本拠地施設の見取り図とか出て来たんだけど、使います?」

「わおっ、ナイスタイミング」

 朔耶は丁度今、栄耀同盟の本拠地に関する話題をあげようとしていたらしい。
 ポルヴァーティアの有力組織連合が、遂に栄耀同盟の本拠地を特定した。その事を伝えに来たのだという。向こうでは総攻撃の準備が進められているものの、本拠地内部の情報が不足しており、そこが不安要素だった。
 よもやこのタイミングで本拠地施設の見取り図が出て来るとは思わなかったと驚いている。

「よく一晩で見つかったなぁ」
「まあ、探して見つけたというより、確認した感じ?」

 悠介が有力組織連合の捜査力に感心して見せると、朔耶はそう言って肩を竦めた。そもそもが、本拠地施設の大まかな位置は件の亡命を勧めた魔導技術研究者から情報を得ていたのだ。
 怪しい場所は有力組織連合によって殆ど調べ尽くされていたので、絞り込みや特定が早かったのだそうな。

「そこが制圧されて栄耀同盟が解体されれば、この問題は完全に決着かな」
「そうね。大神官はアユウカスさんが抑えてくれるし、他の組織同士でイザコザが起きても、こっちにはあんまり影響ないと思うわ」

 もう少しで、大きな問題に一つの区切りが付く。本拠地の攻撃には、朔耶も加勢に行くらしい。

「それで、悠介君に何か便利な道具でも借りられればってね」
「なるほど……武器の類は無いけど、身体強化とか回復系を付与した指輪辺りでどうかな」

 丁度、手持ちに魔導マジカル重力グラビィティ装置デバイス絡みの特殊訓練の時に作った、特殊効果付きの景品アクセサリーが残っているので、これを貸し出す。

「向こうの戦闘なら多分、白兵戦より撃ち合いがメインになるだろうから、命中補正とか射撃向けの能力向上に書き換えとくよ」
「良いわね。助かるわ」

「ボクもてつだうよ」

 特殊効果付きアクセサリーの受け渡しをしていると、コウが朔耶に同行を申し出た。栄耀同盟との戦いには、コウも割と深く係わっている。決着までしっかり見届けるつもりのようだ。

「そっか。コウ君が来てくれるなら心強いわね」

 朔耶もコウの参戦を歓迎した。直ぐに向こうへ転移するという事で、コウは居住施設ビルを異次元倉庫に仕舞うと、皆にお別れの挨拶をする。

「というわけで、ボクは朔耶といっしょに栄耀同盟を叩きにいくよ」
「コウ君も大概フットワーク軽いよなぁ」

 流石は本物の冒険者だなと感心する悠介。この世界ここへ来た時も、ガゼッタに出張した時も、そして旅立つ時も、即断即決しているように思える。

「お屋敷のみんなにもよろしく。それと、ユースケおにーさんには――」

 てててと側に寄って来たコウからコソコソごにょごにょと、内緒の伝言をごにょられた。

『ヴォレット姫はユースケおにーさんに抱かれたいくらいおにーさんの事が好きなんだって』
『……ん、まあ――或る意味、知ってた』

 どうやらヴォレットが胸の内で強く念じてコウに読み取られる事で、自らは口に出来ない気持ちを伝えて来たようだ。
『誰にも言えぬ胸の内を、決して自身で口にせず相手に伝えてもらうという事も出来そうじゃな』
 以前、ヴォレットからもそんな言葉を聞いていたので、有言実行したのかと苦笑を返すしかない。伝えるべき事は伝えたと、悠介から離れたコウは朔耶の隣に立つ。

「行こう」
「オッケー。じゃあまた今度報告に来るわね」

 朔耶がコウを連れて転移態勢に入った。

「よろしくお願いします」
「気を付けるのじゃぞー」

 悠介達が見送る中、何時ものようにひらひらっと手を振った朔耶は、コウと共にスッと消え去った。狭間世界から地球世界へと転移したのだろう。

 一つ溜め息を吐いた悠介は、訓練場に敷かれたプチ・ジェットコースターのコースを眺め、次いでヴォレットに視線を向ける。
 ヴォレットは、内に秘めていた気持ちをコウが伝えてくれた事を察しているのか、若干頬を赤らめて目を逸らした。

「まあ、気持ちは嬉しいよ」

 とりあえず、ぽんぽんと頭を撫でて感謝を伝えた悠介は、ジェットコースターの車両を一旦資材に戻し、コース上に再構成して走行可能状態にする。

「おおっ、遂に乗れるのか?」
「ダミーで安全性を確認してからな」

 今日はもう夜も遅いので、遊べる時間は残り僅かだ。気持ちを伝えた事で気まずくならないよう、普段通りの態度で接する悠介と、それに応えるヴォレット。
 そんな僅かなやり取りに『何か』を察したスンが、見守るような慈愛の笑みを浮かべる。イフョカとエイシャも、同じ想いを持つ者としてや、同性の直感で、スンの察した『何か』を感じ取っていた。

「このレール上を走る乗り物、街中に効率よく衛士を配備するのに使えやせんかね?」
「訓練で動く的を撃つのに適しているかもしれません。高低差を出せるのがいい」
「以前資料で見せて貰った鉄道とは、かなり作りが違うのですな。丸いレールと車輪の構造が興味深い」
「隊長ー、姫様の後で俺も乗ってみていいっすかー?」

 一方の闇神隊男性陣は、概ねこんな感じであった。


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