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107 デート(5)
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食事は当たり前のように美味しかった。
特に鍋料理のほうは辛さを大胆に調節できたこともあり、お気に入りになった。
「豆腐がすごく熱かったけど……卵を溶くと味がまた変わって、それも良かった。次は一番辛いのを食べたいな」
「気に入ってもらえてよかった。今度、うちの料理番にもお願いしてみましょうか」
「いや……そこまでは……」
そんな大袈裟な、と思うが、清潤はどこまでも真面目で本気だ。
「美味しかったんでしょう?」
「そうだけど。街で、ラージュナと食べたのも良かったのかなって……」
「…………では、また街に来る時に食べましょう」
「ん。それがいい」
どうして清潤が顔を逸らして口許を覆ったのか理由はわからなかったが、またふたり、あるいは四人で街に来る時の楽しみができたことが嬉しい。サンディラやヴェルティスもきっとあの店を気に入るだろう。
それからは歩いて街を散策だ。衣服の店では清潤があれこれとレーファに買い与えようとするから止めるのが大変だった。
「あの……もう、それくらいでいいから」
「どうして?」
そんなに純粋に不思議そうな顔でこちらを見ないでほしい。わずかでも間違っているのは自分だなどと思いたくない。
彼は普段、表情があまり変わらない。けれど今は楽しんでいることが雰囲気や声音から感じられる。だから強く止めるのを躊躇わせた。
後悔するのは自分だとわかってはいたのだけれど。
「この蝶の刺繍が入った羽織も似合いそうですが、あちらの花や蔦の縁取りがされた薄布の羽織もあなたに似合いそうです。どちらも肩にかけてみてください」
にこやかな清潤に言われるが、かけたら最後で、きっとどちらも買い上げてしまうのは明らかだ。
(こんなにあれこれ買わなくても……オレの体はひとつなのに)
何しろ先ほどから少なくとも七着の衣服を買われている。他には髪飾りや髪紐まであれこれと買い与えられているし、それでなくとも普段から口実を見つけられては服や首飾り、腕飾り、指輪、沓、様々な装飾品も贈られている。
午前と午後で服を替えてもしばらくは絶対に余裕がある。
そう訴えても、きっと「あれは皇城内で着るものですから。これは街に来る時用ですよ」などと返されるに決まっている。それくらいには清潤の性格を掴んでいると思う。
まさか白竜王たる清潤がこんなに甘くなるとは思わなかった。前生までの清潤は何だったのか。
「もう……七着も八着も買ってもらってるから、これ以上は買わなくていいよ」
「あなたに似合うものがこの世に七や八だけであるはずがないでしょう?」
心の底から不思議そうに言わないでほしい。これが清潤の本心からの言葉だなどと、レーファは信じたくなかった。
(本当に……以前の清潤はなんだったの……)
出会った当初はこうではなかった。彼は表情も雰囲気も変わらず冷ややかで、ただ「外に出なくていいです」だとか「おとなしくしていてください」だとか、レーファが何かしたい気持ちを否定することしか言わなかった。
あの冷淡さはなんだったのかと問い詰めたい。
――いや理由は聞いたが、今のこの状況に納得できるかと言われると、怒るだとか不満に思うより先に、羞恥心が沸いてしまう。
故郷では王子だったが、こんなに甘やかされたことはない。サンディラやヴェルティスは可愛がってくれたけれど。
いや、『ラージュナ様』は甘やかしてくれていたと思う。当時はよくわからなかったことだが、今になって振り返ってみれば「あれは甘やかされていたんだ」とわかる。そういえばラージュナもやたらとレーファに贈り物をくれていたか。
それに加え、普段はあまり表情が動かない眉目秀麗白皙の白竜王である清潤が甘く愛しげに微笑んでくるのはテレが勝る。
何よりも。彼が初恋の人だと知ってしまってからは素直になれなくなった部分もある。
「もう……、……羽織だけだからね」
溜息を吐くと、目線を少し上向けて清潤を見る。怒っているフリを通したかったが、彼の微笑の前ではなかなかうまくいかない。
「わかりました。では……あちらへ」
レーファの手を引いて連れて行ってくれる。小さい頃は問答無用で抱き上げられたから、それを思えば成長したのかもしれない。
清潤の表情や雰囲気は明るい。
そもそも街に出ることを提案してきたのは清潤だ。先ほどは彼の勧める店で食事もした。
ふたりきりで出かけたことは、故郷でもなかった。
(……ふたりだけで、よかったのかもしれないけれど)
自分に甘い清潤をあまり見せたくない。
別件で散々見られているとしても、それはそれだ。
これはなんという気持ちなんだろうと思いながら、清潤が勧めてくれる羽織を肩にかけた。
特に鍋料理のほうは辛さを大胆に調節できたこともあり、お気に入りになった。
「豆腐がすごく熱かったけど……卵を溶くと味がまた変わって、それも良かった。次は一番辛いのを食べたいな」
「気に入ってもらえてよかった。今度、うちの料理番にもお願いしてみましょうか」
「いや……そこまでは……」
そんな大袈裟な、と思うが、清潤はどこまでも真面目で本気だ。
「美味しかったんでしょう?」
「そうだけど。街で、ラージュナと食べたのも良かったのかなって……」
「…………では、また街に来る時に食べましょう」
「ん。それがいい」
どうして清潤が顔を逸らして口許を覆ったのか理由はわからなかったが、またふたり、あるいは四人で街に来る時の楽しみができたことが嬉しい。サンディラやヴェルティスもきっとあの店を気に入るだろう。
それからは歩いて街を散策だ。衣服の店では清潤があれこれとレーファに買い与えようとするから止めるのが大変だった。
「あの……もう、それくらいでいいから」
「どうして?」
そんなに純粋に不思議そうな顔でこちらを見ないでほしい。わずかでも間違っているのは自分だなどと思いたくない。
彼は普段、表情があまり変わらない。けれど今は楽しんでいることが雰囲気や声音から感じられる。だから強く止めるのを躊躇わせた。
後悔するのは自分だとわかってはいたのだけれど。
「この蝶の刺繍が入った羽織も似合いそうですが、あちらの花や蔦の縁取りがされた薄布の羽織もあなたに似合いそうです。どちらも肩にかけてみてください」
にこやかな清潤に言われるが、かけたら最後で、きっとどちらも買い上げてしまうのは明らかだ。
(こんなにあれこれ買わなくても……オレの体はひとつなのに)
何しろ先ほどから少なくとも七着の衣服を買われている。他には髪飾りや髪紐まであれこれと買い与えられているし、それでなくとも普段から口実を見つけられては服や首飾り、腕飾り、指輪、沓、様々な装飾品も贈られている。
午前と午後で服を替えてもしばらくは絶対に余裕がある。
そう訴えても、きっと「あれは皇城内で着るものですから。これは街に来る時用ですよ」などと返されるに決まっている。それくらいには清潤の性格を掴んでいると思う。
まさか白竜王たる清潤がこんなに甘くなるとは思わなかった。前生までの清潤は何だったのか。
「もう……七着も八着も買ってもらってるから、これ以上は買わなくていいよ」
「あなたに似合うものがこの世に七や八だけであるはずがないでしょう?」
心の底から不思議そうに言わないでほしい。これが清潤の本心からの言葉だなどと、レーファは信じたくなかった。
(本当に……以前の清潤はなんだったの……)
出会った当初はこうではなかった。彼は表情も雰囲気も変わらず冷ややかで、ただ「外に出なくていいです」だとか「おとなしくしていてください」だとか、レーファが何かしたい気持ちを否定することしか言わなかった。
あの冷淡さはなんだったのかと問い詰めたい。
――いや理由は聞いたが、今のこの状況に納得できるかと言われると、怒るだとか不満に思うより先に、羞恥心が沸いてしまう。
故郷では王子だったが、こんなに甘やかされたことはない。サンディラやヴェルティスは可愛がってくれたけれど。
いや、『ラージュナ様』は甘やかしてくれていたと思う。当時はよくわからなかったことだが、今になって振り返ってみれば「あれは甘やかされていたんだ」とわかる。そういえばラージュナもやたらとレーファに贈り物をくれていたか。
それに加え、普段はあまり表情が動かない眉目秀麗白皙の白竜王である清潤が甘く愛しげに微笑んでくるのはテレが勝る。
何よりも。彼が初恋の人だと知ってしまってからは素直になれなくなった部分もある。
「もう……、……羽織だけだからね」
溜息を吐くと、目線を少し上向けて清潤を見る。怒っているフリを通したかったが、彼の微笑の前ではなかなかうまくいかない。
「わかりました。では……あちらへ」
レーファの手を引いて連れて行ってくれる。小さい頃は問答無用で抱き上げられたから、それを思えば成長したのかもしれない。
清潤の表情や雰囲気は明るい。
そもそも街に出ることを提案してきたのは清潤だ。先ほどは彼の勧める店で食事もした。
ふたりきりで出かけたことは、故郷でもなかった。
(……ふたりだけで、よかったのかもしれないけれど)
自分に甘い清潤をあまり見せたくない。
別件で散々見られているとしても、それはそれだ。
これはなんという気持ちなんだろうと思いながら、清潤が勧めてくれる羽織を肩にかけた。
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