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99 お茶会(7)
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(……何か、考えがあるのかな)
そうでなければわざわざこんな場所で、レーファを膝に抱いてくることもないだろう、と思いたい。そこは清潤を信じることにした。
「そうだね、好きだよ。卵と砂糖の甘さが優しくて、食べやすいからね。まだ食べてないけど、この茶会の他のお菓子も美味しかったから、きっとタルトも美味しいんだろうと思うよ」
「では、食べさせてあげましょう」
「えっ」
さすがに予想外だ。
場のどよめきに関わらず、清潤は焦げ目も綺麗に入って美味しそうなタルトを手に取る。一瞬、何かを躊躇ったような間が空いたが、不審に思うほどの間ではなかった。
「さあ」
微笑みは甘く蕩けるようで、蕩けさせるのはレーファだけでなく場の令嬢、侍女たちまですっかり頬を染めて何事かをひそひそと囁き合っている。
それらを一切視界に入れていないような清潤は、本当に自分以外の者に興味関心がないのだなとレーファに思わせた。
これをこの場で断るのは至難の業だ。
「……仕方ないな……」
甘く微笑む清潤の顔には弱い自覚はある。
後で人前では二度としないように言わないといけない、と思いつつ、差し出されたタルトに一口、齧り付く。
「ん……」
ゆっくり咀嚼し――飲み込んだ。生地部分はさくさくとしていて、歯触りが良い。甘さもちょうどいいが、甘いだけではない。
何故だか清潤の体が揺れた気がしたが、どうしたのだろう。
(まあ……予想できたことだけど)
茶で喉を潤すと、主催の令嬢を見た。
「……美玲様。あなたが故意にしたことでないなら、別の料理番を雇い直したほうがいいと思います」
「え?」
突然名指しされた美玲が、驚いてレーファを見た。
「もしかしたら大茴香と間違えたのかもしれないけれど、シキミは有害です。誤って食べた場合、量によっては死に至る」
「そんな……わたくしは何も」
「侯爵家のご令嬢が茶会に参加した他所のご令嬢を死なせた、なんてことがあれば、侯爵家の名に傷がついてしまうし……最悪の場合、爵位の剥奪もありえるでしょう」
「あなたは……大丈夫なのですか?」
心配そうな清潤が顔を覗き込んでくる。こくりと頷くと笑った。
「大丈夫だよ。なんともない」
笑みを見てもなお顔を顰めている清潤は、レーファの頬を撫でて言った。
「……一応、解毒をしておきましょう」
「解毒? って……ん?!」
清潤に顎を取られ上向かされた、と思うと、そっと口付けられた。
そればかりではなく、レーファが驚きで硬直したのをいいことに、開かされた口の中まで舐められてしまった。
たっぷりと口内を蹂躙されてしまうと清潤と距離を取ろうとしたが、彼の腕はしっかりレーファの腰に回っていてびくともしない。
「せ、せいじゅ……!!」
令嬢たち全員の視線が突き刺さっている。
羞恥のあまり顔が赤くなっている自覚がある。何を言えばいいのかもわからなくなっていると、清潤は難しい顔をして何かを考える表情をしてからじっと美玲を見据えた。
「……徐侯爵令嬢。後のことは侯爵へ伝えます。皆には中座の失礼を。では」
清潤は当然のようにレーファを抱き上げたままその場を去る。
逃げたかった気持ちだけは強かったから、両手で顔を覆いつつもその祈りが通じたことだけは感謝したい。
だができれば下ろしてほしかった。
「レーファ様!」
後ろから慌てたようにヴェルティスが追いかけてくる。そうして清潤の顔を見て、心底驚いた顔をした。
「ラ、ラージュナ様が何故……?!」
そういえばヴェルティスが清潤に会うのはこれが初めてか。レーファも清潤とラージュナの関係性についてはヴェルティスにもサンディラにも何も伝えていなかった。
「帰ったら教えるから」
今は一刻も早く馬車に乗り込みたい。さすがに抱えられているところを他人に見られるのは恥ずかしいと思うくらいの羞恥心は持ち合わせていた。
そうでなければわざわざこんな場所で、レーファを膝に抱いてくることもないだろう、と思いたい。そこは清潤を信じることにした。
「そうだね、好きだよ。卵と砂糖の甘さが優しくて、食べやすいからね。まだ食べてないけど、この茶会の他のお菓子も美味しかったから、きっとタルトも美味しいんだろうと思うよ」
「では、食べさせてあげましょう」
「えっ」
さすがに予想外だ。
場のどよめきに関わらず、清潤は焦げ目も綺麗に入って美味しそうなタルトを手に取る。一瞬、何かを躊躇ったような間が空いたが、不審に思うほどの間ではなかった。
「さあ」
微笑みは甘く蕩けるようで、蕩けさせるのはレーファだけでなく場の令嬢、侍女たちまですっかり頬を染めて何事かをひそひそと囁き合っている。
それらを一切視界に入れていないような清潤は、本当に自分以外の者に興味関心がないのだなとレーファに思わせた。
これをこの場で断るのは至難の業だ。
「……仕方ないな……」
甘く微笑む清潤の顔には弱い自覚はある。
後で人前では二度としないように言わないといけない、と思いつつ、差し出されたタルトに一口、齧り付く。
「ん……」
ゆっくり咀嚼し――飲み込んだ。生地部分はさくさくとしていて、歯触りが良い。甘さもちょうどいいが、甘いだけではない。
何故だか清潤の体が揺れた気がしたが、どうしたのだろう。
(まあ……予想できたことだけど)
茶で喉を潤すと、主催の令嬢を見た。
「……美玲様。あなたが故意にしたことでないなら、別の料理番を雇い直したほうがいいと思います」
「え?」
突然名指しされた美玲が、驚いてレーファを見た。
「もしかしたら大茴香と間違えたのかもしれないけれど、シキミは有害です。誤って食べた場合、量によっては死に至る」
「そんな……わたくしは何も」
「侯爵家のご令嬢が茶会に参加した他所のご令嬢を死なせた、なんてことがあれば、侯爵家の名に傷がついてしまうし……最悪の場合、爵位の剥奪もありえるでしょう」
「あなたは……大丈夫なのですか?」
心配そうな清潤が顔を覗き込んでくる。こくりと頷くと笑った。
「大丈夫だよ。なんともない」
笑みを見てもなお顔を顰めている清潤は、レーファの頬を撫でて言った。
「……一応、解毒をしておきましょう」
「解毒? って……ん?!」
清潤に顎を取られ上向かされた、と思うと、そっと口付けられた。
そればかりではなく、レーファが驚きで硬直したのをいいことに、開かされた口の中まで舐められてしまった。
たっぷりと口内を蹂躙されてしまうと清潤と距離を取ろうとしたが、彼の腕はしっかりレーファの腰に回っていてびくともしない。
「せ、せいじゅ……!!」
令嬢たち全員の視線が突き刺さっている。
羞恥のあまり顔が赤くなっている自覚がある。何を言えばいいのかもわからなくなっていると、清潤は難しい顔をして何かを考える表情をしてからじっと美玲を見据えた。
「……徐侯爵令嬢。後のことは侯爵へ伝えます。皆には中座の失礼を。では」
清潤は当然のようにレーファを抱き上げたままその場を去る。
逃げたかった気持ちだけは強かったから、両手で顔を覆いつつもその祈りが通じたことだけは感謝したい。
だができれば下ろしてほしかった。
「レーファ様!」
後ろから慌てたようにヴェルティスが追いかけてくる。そうして清潤の顔を見て、心底驚いた顔をした。
「ラ、ラージュナ様が何故……?!」
そういえばヴェルティスが清潤に会うのはこれが初めてか。レーファも清潤とラージュナの関係性についてはヴェルティスにもサンディラにも何も伝えていなかった。
「帰ったら教えるから」
今は一刻も早く馬車に乗り込みたい。さすがに抱えられているところを他人に見られるのは恥ずかしいと思うくらいの羞恥心は持ち合わせていた。
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