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86 目通りの儀(1)
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目通りの日は曇天だった。
室内でのことなので天気が良くても悪くても関係ないが、どこか気を重くさせるような暗い雲が空を覆っている。
皇国の最高権力者に会う以上、衣装は正装だ。これは白竜王としての清潤がしっかり用意してくれていた。いくらかかったのか、気になるくらいに。
上衣は生成りの生地に錦糸の織り、袍(上着)は橙の糸で花やツタの織り、襟には刺繍が入り、蔽藤(短い前掛け)は袍とは逆に橙地に生成りの絹糸で鴛鴦が描かれている。
頭から顔を覆うヴェールの端には房飾りと、白を基調にした花が刺繍されていた。
(この目通りが終わったら、何か変わるのかな)
深呼吸をひとつして、胸許の笛を撫でる。
母の形見の笛を持ってきたのは、目通りの際に一曲奏する慣習があるからだ。舞でも良かったが、曲を演奏するほうを選んだ。玉皇上帝が音楽を愛すると聞いていたことを思い出したからだ。
曲自体は何でもいいと言われている。だから生前に母が吹いてくれて好きだった曲にしようと決めていた。
「白竜王陛下、ツガイのレーファ様、おなりです」
先導の女官と清潤に続き、謁見の間へ入る。
入口から玉座までの道をしずしずと歩いて行けば、玉座の左右には数名ずつ、男女が並んでいた。
列の左に座っているのが竜王たちだろう。今生ではまだ出会っていないが、見覚えのある黒竜王の姿にホッとした。とすると右側が大公たちか。
俯きがちに歩を進め、一段上の玉座まで十メートルほどのところで止まり、跪く。
「白竜王清潤、我がツガイを皇上へ目通り願い、また楽を奏したく参りました」
皇上は玉皇上帝を臣下が呼ぶ際に用いる敬称だ。竜王なら陛下と呼ばれるのと同じ意味となる。
「何を奏するか」
「笛を奏します」
「では聴かせてみせよ」
「はい」
この流れは決まったものだ。婚姻の儀でも同じだという。
演奏が終わり、許可が下りたところで初めてヴェールを取り、顔を上げて対面が叶う。
「では――」
懐から黒い笛を取り出す。吹口は朱。香木で作られた笛は今も芳香を放ち、レーファの心を落ち着けてくれているようだった。
まず一声。
それから低い旋律が囁くように続いたかと思うと、喜びを表すような高い音が続き、速い旋律を奏でる。
高く、低く。
目で音符や楽譜が見えたなら、高低をめまぐるしく行ったり来たりするのがわかっただろう。でたらめに吹いているように見えるのに、耳に聴こえる音色は典雅そのものだった。
「これは……」
曲が進むにつれ、ざわめきが走る。
ちらりと見たところ、互いの顔を見合わせて何事か言葉を交わしているのは三人の大公。三人の竜王たちはその理由がわからないらしく、戸惑った様子でいる。
レーファにもわからなかったが、奏じるほうへと意識を傾けた。
高い音が揺れ、直後に低い音が伸び、細くなって余韻を残して終わる。
「――…………お耳汚しでございました」
「そなた……レーファといったな?」
「はい」
「余の問いに答えよ。その曲はいずこで覚えたか」
清潤から聞いてはいなかったが、これも流れのひとつだろうか。
思いつつ答える。
室内でのことなので天気が良くても悪くても関係ないが、どこか気を重くさせるような暗い雲が空を覆っている。
皇国の最高権力者に会う以上、衣装は正装だ。これは白竜王としての清潤がしっかり用意してくれていた。いくらかかったのか、気になるくらいに。
上衣は生成りの生地に錦糸の織り、袍(上着)は橙の糸で花やツタの織り、襟には刺繍が入り、蔽藤(短い前掛け)は袍とは逆に橙地に生成りの絹糸で鴛鴦が描かれている。
頭から顔を覆うヴェールの端には房飾りと、白を基調にした花が刺繍されていた。
(この目通りが終わったら、何か変わるのかな)
深呼吸をひとつして、胸許の笛を撫でる。
母の形見の笛を持ってきたのは、目通りの際に一曲奏する慣習があるからだ。舞でも良かったが、曲を演奏するほうを選んだ。玉皇上帝が音楽を愛すると聞いていたことを思い出したからだ。
曲自体は何でもいいと言われている。だから生前に母が吹いてくれて好きだった曲にしようと決めていた。
「白竜王陛下、ツガイのレーファ様、おなりです」
先導の女官と清潤に続き、謁見の間へ入る。
入口から玉座までの道をしずしずと歩いて行けば、玉座の左右には数名ずつ、男女が並んでいた。
列の左に座っているのが竜王たちだろう。今生ではまだ出会っていないが、見覚えのある黒竜王の姿にホッとした。とすると右側が大公たちか。
俯きがちに歩を進め、一段上の玉座まで十メートルほどのところで止まり、跪く。
「白竜王清潤、我がツガイを皇上へ目通り願い、また楽を奏したく参りました」
皇上は玉皇上帝を臣下が呼ぶ際に用いる敬称だ。竜王なら陛下と呼ばれるのと同じ意味となる。
「何を奏するか」
「笛を奏します」
「では聴かせてみせよ」
「はい」
この流れは決まったものだ。婚姻の儀でも同じだという。
演奏が終わり、許可が下りたところで初めてヴェールを取り、顔を上げて対面が叶う。
「では――」
懐から黒い笛を取り出す。吹口は朱。香木で作られた笛は今も芳香を放ち、レーファの心を落ち着けてくれているようだった。
まず一声。
それから低い旋律が囁くように続いたかと思うと、喜びを表すような高い音が続き、速い旋律を奏でる。
高く、低く。
目で音符や楽譜が見えたなら、高低をめまぐるしく行ったり来たりするのがわかっただろう。でたらめに吹いているように見えるのに、耳に聴こえる音色は典雅そのものだった。
「これは……」
曲が進むにつれ、ざわめきが走る。
ちらりと見たところ、互いの顔を見合わせて何事か言葉を交わしているのは三人の大公。三人の竜王たちはその理由がわからないらしく、戸惑った様子でいる。
レーファにもわからなかったが、奏じるほうへと意識を傾けた。
高い音が揺れ、直後に低い音が伸び、細くなって余韻を残して終わる。
「――…………お耳汚しでございました」
「そなた……レーファといったな?」
「はい」
「余の問いに答えよ。その曲はいずこで覚えたか」
清潤から聞いてはいなかったが、これも流れのひとつだろうか。
思いつつ答える。
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