上 下
63 / 160

63 成人の儀の後(4)

しおりを挟む
「あの……下ろして」
「何故?」
「もう子どもじゃないし、重いだろう?」
「成人したてなら、まだ雛鳥のようなものではないか」
「…………」

 竜人の平均寿命は長い。まして竜王・皇帝ともなれば、ヒトの人生の何十倍も生きる。そんな長命から見れば、たしかに十代の若者などひよっこにしかすぎないのかもしれないが。
 最後の悪あがきはしたい。

「……濡れるよ」
「今更だ」

 悪あがきまで封じられてしまうと、もう何も言えない。
 脱げた沓を拾って川から離れると、ラージュナは丘のほうへ向かった。

 丘は街並みより先まで見通せるから好きで、お気に入りの場所だった。彼のことも連れてきたことがある。十歳になる前の話だ。
 以来、丘に来ると待ち合わせをしていたわけでもないのに、ラージュナが来ていたこともあった。きっと彼もここから見える景色を気に入ってくれているのだろう。

「……美しい眺めだな」
「そう言ってもらえると嬉しい。……皇城の眺めのほうが、もっとすごそうだけど」

 眺めは覚えている。遠くまでよく見渡せた。あの先に故郷もあるのだろうかと思ったこともあった。
 ラージュナは首を振る。

「皇城からだと街がよく見えない。ここからは見える」
「…………」

 そういう見方もあるか。納得して頷いた。

「皇城からの景色も……いつか一緒に見られるといいな」

 呟きはごく小さい。ラージュナはレーファを見上げ、ここでようやく下ろしてくれた。

「レーファ」
「え?」

 思わずラージュナを見上げた。彼から名を呼ばれて驚いたのだ。彼はほとんど人の名を呼ぶことがない。それに何か意味があるのだろうかと不思議に思っていたし彼は誰の名も呼ばないものだと納得していたが、十年ほどの付き合いで呼ばれないほうがおかしいのだと後で気付いた。

 ラージュナは宵空色の瞳でじっと見つめてくると、顔を近付けてくる。

 美形は間近で見ても美形なのだなと思って見惚れていたが、それに気を取られ――くちびるに、くちびるで触れられたことに気付くのが遅れた。

「……っ!?」

 何をされたのか。
 くちびるを離されてから理解が追い付くと、一気に顔が熱くなる。赤くなっているかもしれない。

(なにが、どうして、なに、どういうこと)

 疑問ばかりが脳内をぐるぐると巡り、混乱してちっとも言葉にならない。あ、とか、う、とか、意味のない言葉の切れ端だけが漏れた。

「おまえはかわいいな」

 頭を撫でられ、ゆるく抱きしめられる。レーファは赤い顔を見られたくなくて、ラージュナに抱きついた。

(本当に、この人がツガイだったら良かったのに)

 思っても仕方がないことを思い、顔を上げられないまま夕暮れ時までそうしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行

古井重箱
BL
【あらすじ】アズリール(16)は、オメガ専用の花嫁学校に通うことになった。花嫁学校の教えは、「オメガはアルファに心を開くなかれ」「閨事では主導権を握るべし」といったもの。要するに、ツンデレがオメガの理想とされている。そんな折、アズリールは王太子レヴィウス(19)に恋をしてしまう。好きな人の前ではデレデレのワンコになり、好き好きオーラを放ってしまうアズリール。果たして、アズリールはツンデレオメガになれるのだろうか。そして王太子との恋の行方は——?【注記】インテリマッチョなアルファ王太子×ワンコ系オメガ。R18シーンには*をつけます。ムーンライトノベルズとアルファポリスに掲載中です。

ざまぁされた悪役令嬢の息子は、やっぱりざまぁに巻き込まれる

たまとら
BL
ざまぁされて姿を消した令嬢の息子が、学園に入学した。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

俺が聖女なわけがない!

krm
BL
平凡な青年ルセルは、聖女選定の儀でまさかの“聖女”に選ばれてしまう。混乱する中、ルセルに手を差し伸べたのは、誰もが見惚れるほどの美しさを持つ王子、アルティス。男なのに聖女、しかも王子と一緒に過ごすことになるなんて――!? 次々に降りかかる試練にルセルはどう立ち向かうのか、王子との絆はどのように発展していくのか……? 聖女ルセルの運命やいかに――!? 愛と宿命の異世界ファンタジーBL!

処理中です...