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63 成人の儀の後(4)
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「あの……下ろして」
「何故?」
「もう子どもじゃないし、重いだろう?」
「成人したてなら、まだ雛鳥のようなものではないか」
「…………」
竜人の平均寿命は長い。まして竜王・皇帝ともなれば、ヒトの人生の何十倍も生きる。そんな長命から見れば、たしかに十代の若者などひよっこにしかすぎないのかもしれないが。
最後の悪あがきはしたい。
「……濡れるよ」
「今更だ」
悪あがきまで封じられてしまうと、もう何も言えない。
脱げた沓を拾って川から離れると、ラージュナは丘のほうへ向かった。
丘は街並みより先まで見通せるから好きで、お気に入りの場所だった。彼のことも連れてきたことがある。十歳になる前の話だ。
以来、丘に来ると待ち合わせをしていたわけでもないのに、ラージュナが来ていたこともあった。きっと彼もここから見える景色を気に入ってくれているのだろう。
「……美しい眺めだな」
「そう言ってもらえると嬉しい。……皇城の眺めのほうが、もっとすごそうだけど」
眺めは覚えている。遠くまでよく見渡せた。あの先に故郷もあるのだろうかと思ったこともあった。
ラージュナは首を振る。
「皇城からだと街がよく見えない。ここからは見える」
「…………」
そういう見方もあるか。納得して頷いた。
「皇城からの景色も……いつか一緒に見られるといいな」
呟きはごく小さい。ラージュナはレーファを見上げ、ここでようやく下ろしてくれた。
「レーファ」
「え?」
思わずラージュナを見上げた。彼から名を呼ばれて驚いたのだ。彼はほとんど人の名を呼ぶことがない。それに何か意味があるのだろうかと不思議に思っていたし彼は誰の名も呼ばないものだと納得していたが、十年ほどの付き合いで呼ばれないほうがおかしいのだと後で気付いた。
ラージュナは宵空色の瞳でじっと見つめてくると、顔を近付けてくる。
美形は間近で見ても美形なのだなと思って見惚れていたが、それに気を取られ――くちびるに、くちびるで触れられたことに気付くのが遅れた。
「……っ!?」
何をされたのか。
くちびるを離されてから理解が追い付くと、一気に顔が熱くなる。赤くなっているかもしれない。
(なにが、どうして、なに、どういうこと)
疑問ばかりが脳内をぐるぐると巡り、混乱してちっとも言葉にならない。あ、とか、う、とか、意味のない言葉の切れ端だけが漏れた。
「おまえはかわいいな」
頭を撫でられ、ゆるく抱きしめられる。レーファは赤い顔を見られたくなくて、ラージュナに抱きついた。
(本当に、この人がツガイだったら良かったのに)
思っても仕方がないことを思い、顔を上げられないまま夕暮れ時までそうしていた。
「何故?」
「もう子どもじゃないし、重いだろう?」
「成人したてなら、まだ雛鳥のようなものではないか」
「…………」
竜人の平均寿命は長い。まして竜王・皇帝ともなれば、ヒトの人生の何十倍も生きる。そんな長命から見れば、たしかに十代の若者などひよっこにしかすぎないのかもしれないが。
最後の悪あがきはしたい。
「……濡れるよ」
「今更だ」
悪あがきまで封じられてしまうと、もう何も言えない。
脱げた沓を拾って川から離れると、ラージュナは丘のほうへ向かった。
丘は街並みより先まで見通せるから好きで、お気に入りの場所だった。彼のことも連れてきたことがある。十歳になる前の話だ。
以来、丘に来ると待ち合わせをしていたわけでもないのに、ラージュナが来ていたこともあった。きっと彼もここから見える景色を気に入ってくれているのだろう。
「……美しい眺めだな」
「そう言ってもらえると嬉しい。……皇城の眺めのほうが、もっとすごそうだけど」
眺めは覚えている。遠くまでよく見渡せた。あの先に故郷もあるのだろうかと思ったこともあった。
ラージュナは首を振る。
「皇城からだと街がよく見えない。ここからは見える」
「…………」
そういう見方もあるか。納得して頷いた。
「皇城からの景色も……いつか一緒に見られるといいな」
呟きはごく小さい。ラージュナはレーファを見上げ、ここでようやく下ろしてくれた。
「レーファ」
「え?」
思わずラージュナを見上げた。彼から名を呼ばれて驚いたのだ。彼はほとんど人の名を呼ぶことがない。それに何か意味があるのだろうかと不思議に思っていたし彼は誰の名も呼ばないものだと納得していたが、十年ほどの付き合いで呼ばれないほうがおかしいのだと後で気付いた。
ラージュナは宵空色の瞳でじっと見つめてくると、顔を近付けてくる。
美形は間近で見ても美形なのだなと思って見惚れていたが、それに気を取られ――くちびるに、くちびるで触れられたことに気付くのが遅れた。
「……っ!?」
何をされたのか。
くちびるを離されてから理解が追い付くと、一気に顔が熱くなる。赤くなっているかもしれない。
(なにが、どうして、なに、どういうこと)
疑問ばかりが脳内をぐるぐると巡り、混乱してちっとも言葉にならない。あ、とか、う、とか、意味のない言葉の切れ端だけが漏れた。
「おまえはかわいいな」
頭を撫でられ、ゆるく抱きしめられる。レーファは赤い顔を見られたくなくて、ラージュナに抱きついた。
(本当に、この人がツガイだったら良かったのに)
思っても仕方がないことを思い、顔を上げられないまま夕暮れ時までそうしていた。
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