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52 義兄(3)

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 そんな王太子である義兄を見るラージュナの視線は冷ややかだ。レーファを見る時は、どこか温かいのに。
 ラージュナの手が、レーファの肩に置かれる。

「これはいずれ俺が娶る。手出し無用と心得よ」

 声が出るかと思った。それは寸でで堪えたが、目が驚きに見開かれてしまったのは仕方がない。
 こんなところで突然――いや、何も考えがなく、竜官の前で突拍子もないことを言う人ではない。竜官が発言を咎めることもないし、どちらかといえば見守っている様子。


 もしかしたらこの竜は少し怒っているのだろうか、と気付いたのは少し後になってからだ。


 第一王子を見下ろすラージュナは、視線だけで彼を射殺すような圧があった。

「ッ……承知、いたしました……」

 当然第一王子もそれを感じ取っているだろう、体を縮こまらせている。返答は、なんとか絞り出したという風情で沈んでいた。
 何故。
 内心の混乱を数秒で収めると、レーファは自分が納得できる答えを見つけ出した。

(助けてくれた……?)

 たまたま通りかかかって、レーファが困っているのを察して助け船を出してくれたのだろう。ヒトなどを助けるなんて、やはり優しい人だ。この場限りの言葉だとわかっているから、竜官も口出しをしなかったに違いない。
 ラージュナに拱手した。

「では、二胡を持って参ります。……着替えますので、少しお待ちいただきますが」
「部屋で待つ」
「はい」

 ちらりと第一王子を見ると、未練がましくレーファを見ているようだった。慌てて視線を戻すとサンディラとともにその場を後にする。
 部屋に戻ると汗をかいた体を濡らした布で拭き、シトラスの香りを纏って服を着込む。

 ラージュナはレーファが平服を着ているほうが好きなようだから、この時はラージュナに贈られた濃い緑のシャツを着た。麻だから皺になりやすいが、着心地はさらさらしていてとてもいい。値段のことは考えないことにしている。
 二胡は、十歳の誕生日に贈られた。母の形見もあるが、彼の前で弾くのはもっぱらプレゼントされたほう。それを彼もわかりにくく喜んでくれる。

 ラージュナの部屋へ行くのもすっかり慣れた。裏庭周りで外から行き、彼の居室へ入れる窓へ向かう。奥庭も覗いたが、第一王子はもういなかった。
 窓はいつも開いていて、レーファを迎えてくれる。

「ラージュナ様、レーファが参りました」
「入れ」
「はい」

 沓を脱いで上がり、華やかな柄の絨毯に座るラージュナの傍に腰を下ろす。
 甘い香りで満ちた茶杯を出してくれた。受け取ると、一口飲む。甘さを感じる緑茶。ぬるい温度だから飲みやすい。一杯を飲みきると、自分でもう一杯を注いだ。

 ちらりとラージュナを見る。彼のほうもレーファの視線に気付き、顔を向けてくれた。作り物のように綺麗な顔だといつも思う。
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