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46 狩り(5)

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「…………ん……」
「レーファ!!」
「目が覚めたか!」

 意識はまだぼんやりとしているが、首を動かして声のほうを見る。サンディラとヴェルティスが泣きそうな顔でレーファを見下ろしていた。

「あれ……?」

 いつもの、意識が黒で塗りつぶされて時間が戻ったような感覚はない。だとすると、あの時の自分は死ななかったということだ。

(……よかった)

 ホッとしたが、レーファの疑問の声はふたりには別の意味で取られてしまった。

「あの熊、あの後すぐ来た第一王子が仕留めたことにしてやった。仕留めるっていっても、ほとんど死んでたようなもんだから、死体に剣を刺したってとこだが……」

 ふん、と鼻で馬鹿にしたように息を吐く。

「まぁ俺はその場面を見ちゃいないが、後で騎士たちが教えてくれたよ。ほとんど死んでる熊相手に、相当ビビリ散らかしてたってな」

 自分の身長よりずいぶん大きく、体格のいい獣だ。死体とはいえ懼れるのは無理もない、が、サンディラの評はなかなか厳しい。

「サンディラがおまえを抱えて戻ってきた時、ほんと……ほんとビックリして……」
「こいつ泣いてたぞ」
「ばっ、言うな! サンディラだってほとんど泣いてただろ!」
「涙は零れてないからセーフ」
「この……っ」
「……それで、ヴェルティスはなんだって?」

 永遠に言い合ってそうなふたりの隙を見計らって問いかければ「そうそう」とヴェルティスは空咳をする。

「回復魔術習ってたし、すぐに回復させなきゃって魔術かけてたんだけど、いかんせん傷が大きくて……そしたら、救いの主が現れた」

 サンディラが勿体ぶらずに相手を教えてくれる。

「ラージュナ様だよ」
「ラ……?!」

 ラージュナと竜官も狩りを見物に来ていたのは知っていた。けれど彼らが狩りの成果を待っていた場所は、レーファの陣幕からはかなり離れた、国王の陣幕のあたりではなかっただろうか。
 レーファの負傷が国王に報されたとして、彼らには秘されると思うのだが、どういう経路で情報を得たのだろう。

「王へ報告に行った騎士がだいぶ騒いでくれたらしい」
「騒いで……?」

 負傷したことを伝えるだけで、何か騒ぐことがあるだろうか。
 サンディラは大きく息を吐きだす。

「第三王子が怪我をした、ひどい怪我だったしあれだけひどい怪我を負うなら鎧が薄かったに違いないってな。……最近大人しいと思ったが、どうやら装備品に小細工してたらしいな。たぶん支給品の剣を使ってたら、そっちも折れてたと思うぜ」
「…………」

 そこまでするのか。
 王妃の狙いはレーファの命までではなかったかもしれないが、結果としてそうなっても構わないくらいの気持ちはあっただろう。そうでなければそんなことを考えて実行するとは思えなかった。過去何度か盛られた毒と同じだ。

(憎まれるようなことをオレ自身がした覚えはないけど……)

 母の代からの憎しみだったらよくわからないな、と溜息を吐く。
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