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29 過去の生(2)
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嫁入り準備は怒涛のように早かった。
最初の時も今も、レーファはただ皇国へ行く日を指折り待っていたわけではない。皇国の歴史や文化、礼儀作法、高位の竜同士の相関、各国と皇国との関係、皇国の内情など、様々なことを竜官から学んだ。
皇国の礼儀作法は日常的に学んでいたが、竜王や玉皇上帝に対面しても恥をかかない作法の躾はなかなかに厳しく、夜遅くに及ぶことも多い。以前は睡眠不足になることもしばしばだ。
竜官は国王より立場は上になるから、下手な反論や意見もできない。唯々諾々として勉強と実践を繰り返すしかなかった。
幸か不幸か、レーファは何度もこの時を繰り返している。何度も同じことをやっていれば自然と身につくのは当たり前だ。元々が要領よく記憶力も良いので、竜官に叱られることはほとんどなくなった。
結果として、何十回目かの生である今は、竜官から褒められる程度には美しい所作を手に入れられた。
この時レト王国に駐在していた竜官は三名で、うちひとりは相対する者に冷ややかな印象を与える背の高い女性。この竜官が教師となり、レーファに様々な皇国の知識を与えてくれた。
「きみは覚えがいいし理解が早い」
愛想のない竜官に率直に褒められても、レーファの気持ちは複雑だった。
けれど褒められたことはやはり嬉しいので、素直に「ありがとうございます」と美しい礼をした。
「お茶を淹れたぞ、レーファ。おまえの好きなカモミールの香りがするやつだ」
「……お菓子はある?」
「ああ。ナッツに蜜をかけたのと……ハムと卵にチーズを巻いたガレット、好きだろう」
「ありがとう……」
寝台から強引に体を起こすと、顔にかかる長い前髪をかきあげて溜息を吐いた。
元々短髪というわけでもなく、肩につくくらいの長さだったが、皇国へ行くことが決まってからは伸ばしていた。そのほうが竜人の好みだと竜官が教えてくれたからだ。それは今まで知らなかったなと思いながら、伸ばしている。今は胸にかかるほどの長さだ。
薄い青の硝子の茶杯に注がれたお茶を一口飲む。花の優しい香り、茶のほんのりと甘さがありつつスッキリとした味わいは、気に入っている。このお茶は持って行けるだろうか。
――無理かもしれない。余計なものは皇都、皇城には入れられないから。
ヴェルティスは、レーファの溜息が重いのは先ほどまでの礼儀作法や学びの時間のせいだと思っているかもしれない。まったくないわけではないが、それだけが理由ではない。
誰しも死期が近付いているとわかれば、憂鬱のひとつやふたつ、あるものだろう。
ただ、以前と少しずつ何かが違っている。上手くは言えないが、例えば以前レーファの教師だった竜官は、女性ではなかった。そういう具合に、ほんのわずかだが大筋は変わらない変化がある。
(……間違い探しみたいだ)
楽しいわけではないが、どうせなら死ぬまでの間に何がどれだけ違うのか見つけてみてもいいかもしれない。そんなことを思いながらナッツを摘んだ。
最初の時も今も、レーファはただ皇国へ行く日を指折り待っていたわけではない。皇国の歴史や文化、礼儀作法、高位の竜同士の相関、各国と皇国との関係、皇国の内情など、様々なことを竜官から学んだ。
皇国の礼儀作法は日常的に学んでいたが、竜王や玉皇上帝に対面しても恥をかかない作法の躾はなかなかに厳しく、夜遅くに及ぶことも多い。以前は睡眠不足になることもしばしばだ。
竜官は国王より立場は上になるから、下手な反論や意見もできない。唯々諾々として勉強と実践を繰り返すしかなかった。
幸か不幸か、レーファは何度もこの時を繰り返している。何度も同じことをやっていれば自然と身につくのは当たり前だ。元々が要領よく記憶力も良いので、竜官に叱られることはほとんどなくなった。
結果として、何十回目かの生である今は、竜官から褒められる程度には美しい所作を手に入れられた。
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愛想のない竜官に率直に褒められても、レーファの気持ちは複雑だった。
けれど褒められたことはやはり嬉しいので、素直に「ありがとうございます」と美しい礼をした。
「お茶を淹れたぞ、レーファ。おまえの好きなカモミールの香りがするやつだ」
「……お菓子はある?」
「ああ。ナッツに蜜をかけたのと……ハムと卵にチーズを巻いたガレット、好きだろう」
「ありがとう……」
寝台から強引に体を起こすと、顔にかかる長い前髪をかきあげて溜息を吐いた。
元々短髪というわけでもなく、肩につくくらいの長さだったが、皇国へ行くことが決まってからは伸ばしていた。そのほうが竜人の好みだと竜官が教えてくれたからだ。それは今まで知らなかったなと思いながら、伸ばしている。今は胸にかかるほどの長さだ。
薄い青の硝子の茶杯に注がれたお茶を一口飲む。花の優しい香り、茶のほんのりと甘さがありつつスッキリとした味わいは、気に入っている。このお茶は持って行けるだろうか。
――無理かもしれない。余計なものは皇都、皇城には入れられないから。
ヴェルティスは、レーファの溜息が重いのは先ほどまでの礼儀作法や学びの時間のせいだと思っているかもしれない。まったくないわけではないが、それだけが理由ではない。
誰しも死期が近付いているとわかれば、憂鬱のひとつやふたつ、あるものだろう。
ただ、以前と少しずつ何かが違っている。上手くは言えないが、例えば以前レーファの教師だった竜官は、女性ではなかった。そういう具合に、ほんのわずかだが大筋は変わらない変化がある。
(……間違い探しみたいだ)
楽しいわけではないが、どうせなら死ぬまでの間に何がどれだけ違うのか見つけてみてもいいかもしれない。そんなことを思いながらナッツを摘んだ。
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