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28 過去の生(1)
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どうにもラージュナには調子を狂わされる。
思っていると、数日後にレーファの体調が崩れた。発熱してしまったのだ。
「ここ数日でいろいろありすぎたからなぁ……」
「ラージュナ様のところには使いを出しているから、少なくとも今日のお相手は勘弁してもらおう。明日は、様子見だな」
「ん……ごめんね……」
申し訳なく思いつつも、頭はぼんやりする。重くて、痛かった。
そしてこの熱や体調不良は、気疲れのせいばかりでもないことを、誰よりレーファがわかっている。日々少量ずつ飲んでいる『薬』のせいだ。ほんのわずかだけ、分量を増やした。慣れるまでは仕方がない。
どんな『薬』なのかは誰にも言えない。
けれど、つい先日はこのお陰で助かったのだから止める気はない。
「おまえが俺たちに謝ることなんて、なんもねえよ」
「レーファが今できるのは、ゆっくり休んで熱を下げること。それしかない」
心配してくれるのは嬉しいのに、隠し事は心苦しい。ヴェルティスの言葉に頷いた。
喉には不調はないが、関節の色々なところが痛い。また熱が上がってきたのかもしれなかった。ヴェルティスが盥を満たした水にタオルを浸し、絞ってからレーファの額やこめかみを軽く拭く。冷たさが心地よい。
「おやすみ、レーファ」
ふたりがそれぞれ頭を撫でてくれる。撫で方、温度に安心して、レーファは目を閉じた。
+++++
これは夢だ、とレーファは気付く。
部屋には心配そうに自分を待ってくれていた従者がいる。
「レーファ、王の話は何だって?」
王――父親との謁見が終わって部屋へ帰ってきたレーファは、部屋に戻るなり寝台に体を投げ出し突っ伏した。
「……結婚だって」
「は?」
「正確には、ちょっと違うけど……」
「……誰と……?」
聞きづらそうなヴェルティスへ、投げやりに返す。
「皇国」
「は?」
「四海竜王の、白竜王のツガイなんだって……」
ヴェルティスは声もなく、目と口を丸く開いた。仰向けに寝返りを打つと、その顔は以前も見たなと思いながら、レーファは半笑いになった。
「戦乱の最中にこんな話……、人質になれと言っているも同然だ」
我に返ったヴェルティスは激昂するが、レーファは違う見方もあると思った。
寝台からのろのろと立ち上がった。床に敷いた絨毯の上にふたりで座り込む。
「民が戦に駆り出されてるのに……とは思ってた。戦いがこれで収まるなら、ありがたいと思うべきだろう?」
「俺としてはおまえが安全なところにいてくれるほうがありがたい」
「皇国なんて最高に安全じゃないか。兵士は誰も皇都にまで辿り着いたことがないんだから」
竜人とヒトの膂力の差は明らかで、だが竜人が軍隊を有しているという話は聞いたことがない。それなのにヒトは竜人に負ける。数百年前の戦争が直近の竜人とヒトとの戦争の記録だが、詳細はほとんど伝わっていない。ヒトが竜人に負けたのだとわかっているのは、現在の状況が物語っているからだ。
ヴェルティスはテーブルにクロスを敷くと料理を並べていく。
豆と根菜のスープ、薄切りの焼いた豚肉、葉物の野菜がわずかと拳ほどの大きさのパンが三つ。南方の果物と、果実のジュース。
パンは真ん中を裂いて野菜や肉を入れて食べるのがスタンダードだ。
スープにはスパイスを効かせるのがレーファの好みだが、戦乱が一年以上続いている現状、乏しくなった物資を圧迫するのもいかがなものかと悩み、控えめに振りかけている。
「……父上は連合国の参戦招集をのらりくらりかわしているけれど、いつまでそれが続けられるかって思ってたし……ちょうどいいよ」
「皇国に負けるのが先だと思ってた。敗戦国にはならないかもしれないが、他国は相応の罰を喰らうだろう。……参戦していなかっただけ、レト王国はマシだ」
「どうかな……参戦国を止められなかった罪を追及されるほうがありそうだけど」
「……ありそうだな」
喋ってはいても、レーファの食べ方が汚かったことは一度もない。食べ終わった皿も綺麗なものだった。
何度も人生を繰り返していれば、何十年も生きているようなものだ。礼儀作法は自然と洗練されたし、身に着けるもので似合うものもわかっているからそればかりになる。
それでも飽きが来ないように、全然違うものを選ぶこともあった。苦手な食べ物も、今では平気で食べられるようになったと思う。
この先にレーファが生きる望みはないのに、どうして何度も何度も同じような生を繰り返しているのだろう。どんな脇道に逸れようと、結果は同じだ。白竜王のツガイに選ばれ、皇国に行き、死ぬ。自死であろうと他殺であろうと変わらない。
(疲れる……)
ヴェルティスに悟られないよう、静かに深い溜息を吐いた。
思っていると、数日後にレーファの体調が崩れた。発熱してしまったのだ。
「ここ数日でいろいろありすぎたからなぁ……」
「ラージュナ様のところには使いを出しているから、少なくとも今日のお相手は勘弁してもらおう。明日は、様子見だな」
「ん……ごめんね……」
申し訳なく思いつつも、頭はぼんやりする。重くて、痛かった。
そしてこの熱や体調不良は、気疲れのせいばかりでもないことを、誰よりレーファがわかっている。日々少量ずつ飲んでいる『薬』のせいだ。ほんのわずかだけ、分量を増やした。慣れるまでは仕方がない。
どんな『薬』なのかは誰にも言えない。
けれど、つい先日はこのお陰で助かったのだから止める気はない。
「おまえが俺たちに謝ることなんて、なんもねえよ」
「レーファが今できるのは、ゆっくり休んで熱を下げること。それしかない」
心配してくれるのは嬉しいのに、隠し事は心苦しい。ヴェルティスの言葉に頷いた。
喉には不調はないが、関節の色々なところが痛い。また熱が上がってきたのかもしれなかった。ヴェルティスが盥を満たした水にタオルを浸し、絞ってからレーファの額やこめかみを軽く拭く。冷たさが心地よい。
「おやすみ、レーファ」
ふたりがそれぞれ頭を撫でてくれる。撫で方、温度に安心して、レーファは目を閉じた。
+++++
これは夢だ、とレーファは気付く。
部屋には心配そうに自分を待ってくれていた従者がいる。
「レーファ、王の話は何だって?」
王――父親との謁見が終わって部屋へ帰ってきたレーファは、部屋に戻るなり寝台に体を投げ出し突っ伏した。
「……結婚だって」
「は?」
「正確には、ちょっと違うけど……」
「……誰と……?」
聞きづらそうなヴェルティスへ、投げやりに返す。
「皇国」
「は?」
「四海竜王の、白竜王のツガイなんだって……」
ヴェルティスは声もなく、目と口を丸く開いた。仰向けに寝返りを打つと、その顔は以前も見たなと思いながら、レーファは半笑いになった。
「戦乱の最中にこんな話……、人質になれと言っているも同然だ」
我に返ったヴェルティスは激昂するが、レーファは違う見方もあると思った。
寝台からのろのろと立ち上がった。床に敷いた絨毯の上にふたりで座り込む。
「民が戦に駆り出されてるのに……とは思ってた。戦いがこれで収まるなら、ありがたいと思うべきだろう?」
「俺としてはおまえが安全なところにいてくれるほうがありがたい」
「皇国なんて最高に安全じゃないか。兵士は誰も皇都にまで辿り着いたことがないんだから」
竜人とヒトの膂力の差は明らかで、だが竜人が軍隊を有しているという話は聞いたことがない。それなのにヒトは竜人に負ける。数百年前の戦争が直近の竜人とヒトとの戦争の記録だが、詳細はほとんど伝わっていない。ヒトが竜人に負けたのだとわかっているのは、現在の状況が物語っているからだ。
ヴェルティスはテーブルにクロスを敷くと料理を並べていく。
豆と根菜のスープ、薄切りの焼いた豚肉、葉物の野菜がわずかと拳ほどの大きさのパンが三つ。南方の果物と、果実のジュース。
パンは真ん中を裂いて野菜や肉を入れて食べるのがスタンダードだ。
スープにはスパイスを効かせるのがレーファの好みだが、戦乱が一年以上続いている現状、乏しくなった物資を圧迫するのもいかがなものかと悩み、控えめに振りかけている。
「……父上は連合国の参戦招集をのらりくらりかわしているけれど、いつまでそれが続けられるかって思ってたし……ちょうどいいよ」
「皇国に負けるのが先だと思ってた。敗戦国にはならないかもしれないが、他国は相応の罰を喰らうだろう。……参戦していなかっただけ、レト王国はマシだ」
「どうかな……参戦国を止められなかった罪を追及されるほうがありそうだけど」
「……ありそうだな」
喋ってはいても、レーファの食べ方が汚かったことは一度もない。食べ終わった皿も綺麗なものだった。
何度も人生を繰り返していれば、何十年も生きているようなものだ。礼儀作法は自然と洗練されたし、身に着けるもので似合うものもわかっているからそればかりになる。
それでも飽きが来ないように、全然違うものを選ぶこともあった。苦手な食べ物も、今では平気で食べられるようになったと思う。
この先にレーファが生きる望みはないのに、どうして何度も何度も同じような生を繰り返しているのだろう。どんな脇道に逸れようと、結果は同じだ。白竜王のツガイに選ばれ、皇国に行き、死ぬ。自死であろうと他殺であろうと変わらない。
(疲れる……)
ヴェルティスに悟られないよう、静かに深い溜息を吐いた。
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