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16 無茶ぶり(1)
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「ラージュナさま、レーファただいままいりました」
部屋では、脚の低い座椅子に座ったラージュナが胡坐で寛いでいるようだった。他に誰かがいる様子はない。
「よく来た。……着けてくれているのだな」
顔を見るなり気付いたらしい。無表情だが、なんだか空気が和んだ気がする。
「あ……はい。ツァイ竜官閣下からいただきました。ラージュナさまがおくってくださったと……」
「ああ。……無辜之札は知っているか?」
「はい」
皇国において、玉皇上帝や竜王、爵位がある者に対し、非礼を働いても罪は問わないという証明をされる札のことだ。免罪符とも言える。
札の形状であるのがほとんどだが、そうでない場合もある。
「それも無辜之札だ。竜官の前では着けているといい」
「…………は、はい……」
衝撃が身を貫く。
こんなヒトの子どもに気軽に与えられるほど、安い札ではないはずだ。大抵は、能力のある身分の低い者が貴人に相対する時に特例として与えられることが多い。それも竜人に限って、のことのはず。
ヒトも、その例に入るということだろうか。
なんとか言葉をひねり出す。
「とてもきれいで……はなびらは、皇国にしかない技術で織られたものですか?」
「そうだ」
「貴重な品を……ありがとうございます。あの……お礼になるようなものを、わたしはほとんど持っていなくて」
何故、という疑問は残るものの、例はきちんとしなければならない。とはいえ、高価な品物などレーファには用意ができない。正妃の目が厳しいからだ。
ラージュナはそんな事情など知らないだろうが、首を振る。
「礼など気にしなくていい。それより、こちらへ来て座れ」
「はい」
皇国の貴人――伯爵の甥というのは、今のところ爵位は持っていないのだろう。だが将来的に子爵や男爵に叙爵されないとも限らない。
そういった貴人の傍に侍ることを許されるのはこの上ない栄誉だというのがヒトの考えだが、竜人のほうではそう思っていないのだろうか。
それとも、レーファのような子どもは犬猫などと同じ扱いなのか。
疑念しか湧かないが、逆らうことなどできない。遠慮をしても、気を悪くさせてしまうほうが問題だ。
ラージュナから少し間を取り、ラグの上に正座した。
「街の様子を視察したが、おまえは街に出たことはあるのか?」
「あります。……公にではありませんが」
「お忍びか。子どもならではの好奇心といったところだろうか」
じっと見つめられるのは本当に居心地が悪い。粗相をしないようにと思っているから余計かもしれないし、何より清潤に似ているせいが多大にある。
「街の者たちはずいぶん簡素な衣服を着ていたが、おまえも街へ出る時はああいう格好をするのか?」
「はい。こういった……よい布を使った服では、いかにも貴族というふうに見られてしまいますし、おともはつれますが、きけんはさけるべきなので」
「危険?」
「さらわれて、さいあくのばあいは売りとばされます。身代金をようきゅうされてかいほうされればよいほうです。……皇国では、そういったことはないのですか?」
レーファの問いかけに、ラージュナは少し間をおいた。例があるか考えたのだろう。
「大昔はあったと聞いたが……今は処罰が厳しいせいか、ないな」
「しょばつがきびしい……」
「攫っただけでも五十の鞭打ちだ。危害を加えていれば、被害者が舌あるいは四肢のうちのいずれかの切断を選べる」
「…………」
想像して思わず身を竦めてしまった。
部屋では、脚の低い座椅子に座ったラージュナが胡坐で寛いでいるようだった。他に誰かがいる様子はない。
「よく来た。……着けてくれているのだな」
顔を見るなり気付いたらしい。無表情だが、なんだか空気が和んだ気がする。
「あ……はい。ツァイ竜官閣下からいただきました。ラージュナさまがおくってくださったと……」
「ああ。……無辜之札は知っているか?」
「はい」
皇国において、玉皇上帝や竜王、爵位がある者に対し、非礼を働いても罪は問わないという証明をされる札のことだ。免罪符とも言える。
札の形状であるのがほとんどだが、そうでない場合もある。
「それも無辜之札だ。竜官の前では着けているといい」
「…………は、はい……」
衝撃が身を貫く。
こんなヒトの子どもに気軽に与えられるほど、安い札ではないはずだ。大抵は、能力のある身分の低い者が貴人に相対する時に特例として与えられることが多い。それも竜人に限って、のことのはず。
ヒトも、その例に入るということだろうか。
なんとか言葉をひねり出す。
「とてもきれいで……はなびらは、皇国にしかない技術で織られたものですか?」
「そうだ」
「貴重な品を……ありがとうございます。あの……お礼になるようなものを、わたしはほとんど持っていなくて」
何故、という疑問は残るものの、例はきちんとしなければならない。とはいえ、高価な品物などレーファには用意ができない。正妃の目が厳しいからだ。
ラージュナはそんな事情など知らないだろうが、首を振る。
「礼など気にしなくていい。それより、こちらへ来て座れ」
「はい」
皇国の貴人――伯爵の甥というのは、今のところ爵位は持っていないのだろう。だが将来的に子爵や男爵に叙爵されないとも限らない。
そういった貴人の傍に侍ることを許されるのはこの上ない栄誉だというのがヒトの考えだが、竜人のほうではそう思っていないのだろうか。
それとも、レーファのような子どもは犬猫などと同じ扱いなのか。
疑念しか湧かないが、逆らうことなどできない。遠慮をしても、気を悪くさせてしまうほうが問題だ。
ラージュナから少し間を取り、ラグの上に正座した。
「街の様子を視察したが、おまえは街に出たことはあるのか?」
「あります。……公にではありませんが」
「お忍びか。子どもならではの好奇心といったところだろうか」
じっと見つめられるのは本当に居心地が悪い。粗相をしないようにと思っているから余計かもしれないし、何より清潤に似ているせいが多大にある。
「街の者たちはずいぶん簡素な衣服を着ていたが、おまえも街へ出る時はああいう格好をするのか?」
「はい。こういった……よい布を使った服では、いかにも貴族というふうに見られてしまいますし、おともはつれますが、きけんはさけるべきなので」
「危険?」
「さらわれて、さいあくのばあいは売りとばされます。身代金をようきゅうされてかいほうされればよいほうです。……皇国では、そういったことはないのですか?」
レーファの問いかけに、ラージュナは少し間をおいた。例があるか考えたのだろう。
「大昔はあったと聞いたが……今は処罰が厳しいせいか、ないな」
「しょばつがきびしい……」
「攫っただけでも五十の鞭打ちだ。危害を加えていれば、被害者が舌あるいは四肢のうちのいずれかの切断を選べる」
「…………」
想像して思わず身を竦めてしまった。
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