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05 皇国からの来訪者(3)
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皇国の者たちが荷を部屋へ運ぶ間、レーファは宴用の装いにお着替えをしていた。
ルンギーからゆったりとしたボトム、青のサルワールへと穿き替える。出迎え用の正装とは少し違う、こちらは盛装だ。
(正装よりは窮屈じゃないから、マシかな)
シャルワニも丈が短い紺色のものへと替えられた。これは刺繍に花が入っていて、やはりレーファが気に入っているものだ。頻繁に着るものではないから、着られる機会があるのは純粋に嬉しくはあるのだが。
今は嬉しさより、鬱々とした気持ちになっている。だが理由を話せば無理もないと、サンディラやヴェルティスあたりは慰めてくれるだろう。
「…………」
視線はついつい正面から逸らしがちになってしまうが、きっと不自然ではないと思いたい。
(なんで……こうなってるの……)
どうしてこの席順になっているのだろう。
皇国の竜人に合わせたテーブル席での宴は、レトの者は馴染みが薄い。だがマナーは教えられていたから、その場では誰も無様と思われるような食事風景になることはなかった。
どうにも、顔を上げて食べにくい。
席順は、一番の上座にテュホン伯爵、次にラージュナ。伯爵の隣に国王、ラージュナの隣に王妃。続いて国王側正面に第一王子、王妃側正面に第二王子。レーファはその王子たちの間――ラージュナの向かいだ。
常識的に考えて、主賓たちの向かいこそ第一王子が宛てられそうなものだが、どうしてこの席順になっているのか――後にラージュナの意向だったと聞くまで、心底から疑問だった。
そうして時折、王妃からの冷たい視線を感じた。
(だったら自分か義兄上たちをこの席に座らせろって言えばいいのに)
作法に失敗は許されない、緊張どころではない緊張をしてしまうのだから。
国王がテュホン伯爵の言葉に相槌を打っている。
「では、ラージュナ様が我が国へご遊学されると……?」
「レト国王におかれては、皇国における卜占の重要性はご存知であろうと思うが」
「は。すべての決定に優先されると……」
「そう。各王国へ遊学するような者は皇国ではあまりいないのだが、たまたまラージュナが当たってね。もっと早く連絡できたなら良かったが、旅立つなら明日が吉日だとまで指定されていては……いや、驚かせてしまったな」
テュホンは竜人のわりに、居丈高で高圧的な物言いはしない。だが雰囲気はやはり竜人らしく、冷ややかで近寄りがたいものはある。
「遊学の年数は……そうだな、そこまでは卜占では出なかった。だからこの男が満足するまで、になるかもしれんが。そう長くはかかるまいよ」
なあ? とテュホンに話を振られたラージュナは美しいのにむっつりとした顔で、少し考えるように首を傾げた。
「……長くても十年から十五年でしょう」
この場の空気が一瞬で暗く澱んだ気がしたが、レーファは気付かないフリで蒸籠の蓋を開けてもちもちの皮に包まれたエビ餃子を箸でつまんだ。エビの甘い匂いがたまらない。
醤油と酢を絡め、あつあつの餃子にかぷりと噛み付く。皮も何か練り込んであるのか、なんとも表現できない甘い味がした。
食べ物に夢中になっているのはいかにも子どもらしいだろう、だから今の空気に気付かなかったのは仕方がないはず、と思うのだが、ラージュナは何が楽しくてずっとレーファに視線をくれているのだろう。最初からちっとも動かない。
(……落ち着かない)
彼が、清潤に似すぎているから。
何十回も生き直しているが、やはり最初の清潤とのやりとりは忘れられなかった。
自分がどう死んだのかも。
(……今日は、夢を見るかもしれない)
悪夢の予感。
溜息をひっそりと吐くと、食事を再開した。
ルンギーからゆったりとしたボトム、青のサルワールへと穿き替える。出迎え用の正装とは少し違う、こちらは盛装だ。
(正装よりは窮屈じゃないから、マシかな)
シャルワニも丈が短い紺色のものへと替えられた。これは刺繍に花が入っていて、やはりレーファが気に入っているものだ。頻繁に着るものではないから、着られる機会があるのは純粋に嬉しくはあるのだが。
今は嬉しさより、鬱々とした気持ちになっている。だが理由を話せば無理もないと、サンディラやヴェルティスあたりは慰めてくれるだろう。
「…………」
視線はついつい正面から逸らしがちになってしまうが、きっと不自然ではないと思いたい。
(なんで……こうなってるの……)
どうしてこの席順になっているのだろう。
皇国の竜人に合わせたテーブル席での宴は、レトの者は馴染みが薄い。だがマナーは教えられていたから、その場では誰も無様と思われるような食事風景になることはなかった。
どうにも、顔を上げて食べにくい。
席順は、一番の上座にテュホン伯爵、次にラージュナ。伯爵の隣に国王、ラージュナの隣に王妃。続いて国王側正面に第一王子、王妃側正面に第二王子。レーファはその王子たちの間――ラージュナの向かいだ。
常識的に考えて、主賓たちの向かいこそ第一王子が宛てられそうなものだが、どうしてこの席順になっているのか――後にラージュナの意向だったと聞くまで、心底から疑問だった。
そうして時折、王妃からの冷たい視線を感じた。
(だったら自分か義兄上たちをこの席に座らせろって言えばいいのに)
作法に失敗は許されない、緊張どころではない緊張をしてしまうのだから。
国王がテュホン伯爵の言葉に相槌を打っている。
「では、ラージュナ様が我が国へご遊学されると……?」
「レト国王におかれては、皇国における卜占の重要性はご存知であろうと思うが」
「は。すべての決定に優先されると……」
「そう。各王国へ遊学するような者は皇国ではあまりいないのだが、たまたまラージュナが当たってね。もっと早く連絡できたなら良かったが、旅立つなら明日が吉日だとまで指定されていては……いや、驚かせてしまったな」
テュホンは竜人のわりに、居丈高で高圧的な物言いはしない。だが雰囲気はやはり竜人らしく、冷ややかで近寄りがたいものはある。
「遊学の年数は……そうだな、そこまでは卜占では出なかった。だからこの男が満足するまで、になるかもしれんが。そう長くはかかるまいよ」
なあ? とテュホンに話を振られたラージュナは美しいのにむっつりとした顔で、少し考えるように首を傾げた。
「……長くても十年から十五年でしょう」
この場の空気が一瞬で暗く澱んだ気がしたが、レーファは気付かないフリで蒸籠の蓋を開けてもちもちの皮に包まれたエビ餃子を箸でつまんだ。エビの甘い匂いがたまらない。
醤油と酢を絡め、あつあつの餃子にかぷりと噛み付く。皮も何か練り込んであるのか、なんとも表現できない甘い味がした。
食べ物に夢中になっているのはいかにも子どもらしいだろう、だから今の空気に気付かなかったのは仕方がないはず、と思うのだが、ラージュナは何が楽しくてずっとレーファに視線をくれているのだろう。最初からちっとも動かない。
(……落ち着かない)
彼が、清潤に似すぎているから。
何十回も生き直しているが、やはり最初の清潤とのやりとりは忘れられなかった。
自分がどう死んだのかも。
(……今日は、夢を見るかもしれない)
悪夢の予感。
溜息をひっそりと吐くと、食事を再開した。
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