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02 初対面の不安
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初対面でどうすればいいのか、勝手がわからず戸惑う。だが相手はこれから長い付き合いになるかもしれない相手だから、と頭をフル回転させる。話題を出す時は共通の話題が良い、とわかっている。
類のほうは特に何かを話すつもりはないらしく、今度はビニール袋の中に入っていた固形栄養食に興味を示しているようだった。
共通というと、それを買った大井しかない。
「その……大井、先輩とは、学生時代からの付き合いだと伺いました」
「ああ、うん」
「先生は当時から小説を書いてらっしゃったんですか?」
「……そう、だね。小説みたいなものは書いてたよ」
顔を上げた類が、ようやく山斗を見る。ちゃんと正面から類の顔を見て、山斗は内心でどきりとした。
十年以上昔、会ったことがある。
まったく同じ人なのかはわからないが、よく似ていると思った。
「あの……、」
「氷室ー、ちょっと悪い」
タイミング悪く大井が戻ってくる。慌てて振り返ると、大井は溜息を吐いていた。
「何かあったんですか」
「山根が小宮教授とバトりそうだって。さすがに教授を紹介した手前、放っておけないから、ちょっと帰ってくるわ。電話だとよくわかんないから。悪いけど、打ち合わせは先生とふたりでやってもらえるか。要領はわかるだろ?」
「ええ、なんとか。大丈夫なんですか?」
「小宮教授もアツい人だからな……でも筋を通せばわかってくれる人だから。じゃ、悪いけど失礼するな。類も、ちゃんとしてくれよ」
「……ああ」
襖が閉められ、その向こうでドアを閉められた。
(……緊張してきた)
改めてふたりきりになると、少し落ち着かなくなる。さっき気になったことを訊いてもいいものかどうか。いや、まずは仕事だ。
「先生は、他社ではほとんど仕事をされてないと伺いましたが……」
「先生、いらない」
話を遮られて、思わずまじまじと類の顔を見つめる。
「……え?」
「先生、なんてたいそうな身分じゃない。だから、先生って呼ばないでくれないか」
「ええと……」
思いがけない要望だ。けれどはねつけるようなことではない。なにより本人が嫌だというのなら、素直に従っておいたほうが余計な軋轢を生まなくて済む。
「……では、月城さん」
「うん」
頷いた類は表情の変化は乏しいが、満足そうに見える。無機質に見えた人形のような顔に、ようやく生気が宿ったような。人外的な美しさとでも言おうか。
見惚れている場合ではない。慌てて打ち合わせを始めた。
今持っている仕事の確認と、これからの予定。新作のイメージ、内容。
山斗は前もって類の作品のいくつかを読んできたが、彼の作風は山斗の読書歴の中でいうなら、ちょっと変わった部類だ。
ライトノベルというジャンルはなんにつけても破天荒なイメージがあったのだが、類の作品は現代物なのにどこかSFというかファンタジーめいている。それに加えて純愛で、時に悲恋だ。
主人公はだいたい凡庸に見える少年だが、主人公が好きになったり、惚れられる対象はだいたい人間ではない。アンドロイドだったり、獣人だったり、神様だったり妖怪だったりと多彩。
けれど人間の少女はいなかった。おまけに相手の子が死んでしまうことも少なくない。それで泣かされた話もあった。
「何か、強いこだわりがあるんですか?」
純粋な興味で訊いてみる。類は気を悪くした様子もなく、小さく首を傾げた。
「……何か、おかしいかな」
「いえ、おかしいとは思いませんが……不思議だな、と思って」
「僕にとっては、人が人を好きになることのほうが不思議だから」
「……?」
「人を好きになるって感覚がわからなくて」
「え? でも……」
書いているのは恋愛ばかりではないか。首を傾げると、類は困ったような表情をする。
「動物は好きだよ。でも人を好きになったことはない」
「…………」
不思議といえば不思議だし、納得できるといえば納得できる。人を好きになったことがないから主人公たちが好きになるのはいつも人間ではない者たちで、けれど動物は好きだから好きという感情は書ける、ということだろう。
(……変わった人だな)
上手くやっていけるだろうか。
不安に思っていると、いきなり「ぐううううぅ」と何かが鳴った。
「……今のは?」
「…………腹の音」
「え?」
まじまじと類を見つめる。
そういえば、目を覚ました類が食べたのはゼリーと固形の栄養食、スポーツドリンクだけだ。空腹で倒れていた人間にしてみれば、まだまだ胃が満たされていないに違いない。
「何か食べに行きましょうか。出前でもいいですが」
「あったかいものが食べたいな」
また腹が鳴る音がした。割と主張が激しい鳴り方だ。
繊細そうな顔とのギャップがすごい。
「ちなみに伺いますが……いつから食べてないんですか?」
「いつかな……」
「……昨日は何を食べました?」
「水は飲んだよ」
ダメだ。
話が噛み合わない。
そういえば台所はしばらく使われた形跡がなかった。かといってゴミも特に出ている気配はなかったから、レトルトでしのいでいる様子もない。
「…………どうやって今まで生きてきたんですか……」
──あいつはまったく生活能力がない。
大井の言葉が思い出される。そしてもうひとつの言葉も。
──おまえもあいつの世話を焼くことになるね。断言してもいい。
(……恨みますよ、大井さん……)
たしかに世話を焼くことになりそうだ、と思いながら深い溜息を吐いた。
類のほうは特に何かを話すつもりはないらしく、今度はビニール袋の中に入っていた固形栄養食に興味を示しているようだった。
共通というと、それを買った大井しかない。
「その……大井、先輩とは、学生時代からの付き合いだと伺いました」
「ああ、うん」
「先生は当時から小説を書いてらっしゃったんですか?」
「……そう、だね。小説みたいなものは書いてたよ」
顔を上げた類が、ようやく山斗を見る。ちゃんと正面から類の顔を見て、山斗は内心でどきりとした。
十年以上昔、会ったことがある。
まったく同じ人なのかはわからないが、よく似ていると思った。
「あの……、」
「氷室ー、ちょっと悪い」
タイミング悪く大井が戻ってくる。慌てて振り返ると、大井は溜息を吐いていた。
「何かあったんですか」
「山根が小宮教授とバトりそうだって。さすがに教授を紹介した手前、放っておけないから、ちょっと帰ってくるわ。電話だとよくわかんないから。悪いけど、打ち合わせは先生とふたりでやってもらえるか。要領はわかるだろ?」
「ええ、なんとか。大丈夫なんですか?」
「小宮教授もアツい人だからな……でも筋を通せばわかってくれる人だから。じゃ、悪いけど失礼するな。類も、ちゃんとしてくれよ」
「……ああ」
襖が閉められ、その向こうでドアを閉められた。
(……緊張してきた)
改めてふたりきりになると、少し落ち着かなくなる。さっき気になったことを訊いてもいいものかどうか。いや、まずは仕事だ。
「先生は、他社ではほとんど仕事をされてないと伺いましたが……」
「先生、いらない」
話を遮られて、思わずまじまじと類の顔を見つめる。
「……え?」
「先生、なんてたいそうな身分じゃない。だから、先生って呼ばないでくれないか」
「ええと……」
思いがけない要望だ。けれどはねつけるようなことではない。なにより本人が嫌だというのなら、素直に従っておいたほうが余計な軋轢を生まなくて済む。
「……では、月城さん」
「うん」
頷いた類は表情の変化は乏しいが、満足そうに見える。無機質に見えた人形のような顔に、ようやく生気が宿ったような。人外的な美しさとでも言おうか。
見惚れている場合ではない。慌てて打ち合わせを始めた。
今持っている仕事の確認と、これからの予定。新作のイメージ、内容。
山斗は前もって類の作品のいくつかを読んできたが、彼の作風は山斗の読書歴の中でいうなら、ちょっと変わった部類だ。
ライトノベルというジャンルはなんにつけても破天荒なイメージがあったのだが、類の作品は現代物なのにどこかSFというかファンタジーめいている。それに加えて純愛で、時に悲恋だ。
主人公はだいたい凡庸に見える少年だが、主人公が好きになったり、惚れられる対象はだいたい人間ではない。アンドロイドだったり、獣人だったり、神様だったり妖怪だったりと多彩。
けれど人間の少女はいなかった。おまけに相手の子が死んでしまうことも少なくない。それで泣かされた話もあった。
「何か、強いこだわりがあるんですか?」
純粋な興味で訊いてみる。類は気を悪くした様子もなく、小さく首を傾げた。
「……何か、おかしいかな」
「いえ、おかしいとは思いませんが……不思議だな、と思って」
「僕にとっては、人が人を好きになることのほうが不思議だから」
「……?」
「人を好きになるって感覚がわからなくて」
「え? でも……」
書いているのは恋愛ばかりではないか。首を傾げると、類は困ったような表情をする。
「動物は好きだよ。でも人を好きになったことはない」
「…………」
不思議といえば不思議だし、納得できるといえば納得できる。人を好きになったことがないから主人公たちが好きになるのはいつも人間ではない者たちで、けれど動物は好きだから好きという感情は書ける、ということだろう。
(……変わった人だな)
上手くやっていけるだろうか。
不安に思っていると、いきなり「ぐううううぅ」と何かが鳴った。
「……今のは?」
「…………腹の音」
「え?」
まじまじと類を見つめる。
そういえば、目を覚ました類が食べたのはゼリーと固形の栄養食、スポーツドリンクだけだ。空腹で倒れていた人間にしてみれば、まだまだ胃が満たされていないに違いない。
「何か食べに行きましょうか。出前でもいいですが」
「あったかいものが食べたいな」
また腹が鳴る音がした。割と主張が激しい鳴り方だ。
繊細そうな顔とのギャップがすごい。
「ちなみに伺いますが……いつから食べてないんですか?」
「いつかな……」
「……昨日は何を食べました?」
「水は飲んだよ」
ダメだ。
話が噛み合わない。
そういえば台所はしばらく使われた形跡がなかった。かといってゴミも特に出ている気配はなかったから、レトルトでしのいでいる様子もない。
「…………どうやって今まで生きてきたんですか……」
──あいつはまったく生活能力がない。
大井の言葉が思い出される。そしてもうひとつの言葉も。
──おまえもあいつの世話を焼くことになるね。断言してもいい。
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