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12 おとまり

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 クリスマスに浮かれたイルミネーションが街を飾っている季節、葵は願書を入手したのだと教えてくれた。
 取り寄せが始まってすぐに手に入れているのだから、提出もきっと大丈夫だ。そんな些細なミスをする男ではないし、たぶん両親からもメールか何かでリマインドが来るだろう。
 そろそろ本番も見えてきた、ある週末。この日は食事をとった後、絢斗の部屋で勉強を続けていた。
 午後から休憩を交え、過去問題を解くのに熱中していたが、そろそろ休憩にしたほうがいいか、と時間を見る。
「あっ」
 やってしまった。
 腕時計の針が指した時刻は、日付が変わろうとしている。
「ああー、気を付けてたんだけどな……」
 いつも遅くとも二十三時前には帰していたのに。
 思いのほか熱が入ってしまったらしい。
 葵が申し訳なさそうにする。
「すみません……集中しちゃってて気付かなくて……」
「いや、これは葵くんが悪いわけじゃないよ。タイマーをセットしなかったオレが悪い」
 何かに集中して時間を忘れるなんてこと、しばらくなかったのに。滅多にやらない失態に溜息を吐き出すと、帰り支度をしようとしている葵を止めた。
「夜遅いし、危ないから、泊まっていきなよ。明日学校がなくてよかった」
「え」
「繁華街も近いし、年末は酔っ払いも多くなるし……変なふうに絡まれるのもイヤだろう? 受験前に何かあっても良くないし……まぁ、オレが送ってもいいんだけど。どのみち、明日も勉強を見る約束だったし」
「……いいんですか?」
「ん、かまわないよ。部屋着も貸すから」
 下着も新しいのがあったよな、と思い出しつつ、着替えを出して風呂の準備を整える。
「あの……いいんですか、ほんとに」
「いいよ? 客用布団も……たしかオレが前に使ってたのがあるはず……葵くんが風呂入ってる間に出しておくから」
「それはありがたいんですけれど、そうじゃなく」
「ん?」
 葵を振り返ると、彼はやけに真剣な眼差しで絢斗を見つめている。
「僕、冗談とか揶揄いの意味でキスしたわけじゃないですからね」
「えっ?」
「なかったことにされてしまっているかもしれないですけれど」
 忘れてはいない。
 いないが、こんな時に持ち出される話だとは思わなかった。
「……勉強が、疎かになるとか……」
「張り合いが出るならいいって真柄さんから聞きました」
 言った覚えがあるだけに、咄嗟の返事に窮する。それに、今までの葵を思い出すと、勉強中に上の空だったとか模試の結果が悪くなったなんてことも一切なかった。どちらかといえば成績はかなり上がったほうだ。
 だから張り合いという意味なら、間違いなく張り合いがあったのだろう。
 空気を読まない電子音が風呂の湯が準備できたことを伝える。逃げるように湯を止めに行き、かろうじて「入っておいで」と着替えとタオルを渡した。
「……参ったな……」
 葵が浴室に入ったのを確認してから、溜息を吐く。
 遊園地、観覧車で。
 口付けられたことは当然、覚えている。同性に口付けを受けるなんて、酒の席以外で聞いたことがなかった。もちろん性嗜好が同性に向く人もいることは知っていたが、だからといって自分にそれが向けられるとは、今の今まで思わなかった。
 あの時のことを覚えてはいるが、あのあと葵があの件について触れることはなかったし、なんとなく絢斗も言及せずにいたものだから、触れないほうがいいことのような気がしていた。
 あれだけで終わった、と、どこかで思っていたことは否めない。葵がどういうつもりであんなことをしてきたのか、わからなかったから。
 嫌がらせではなかったし、明らかといえばそうなのかもしれないが、ちゃんと聞いたわけでもない。訊けばいいとも思うが、尻込みしてしまってできないでいた。
 今の関係性が心地良いと思っているからだ。葵を弟のように思っていたし、壊したくはなかった。
「いやでも……」
 冗談ではなくキスされたとして。
 何か、あるのだろうか。
「何があるって……」
 葵の性格からいって、力任せに強引に迫ってくることはないだろう。今までだってそうだったのだから。体格だって、上背は絢斗に分があるし、力勝負だって葵のほうが細いだろうから、これも絢斗は負ける気はない。
 客用布団をリビングに敷いて調えると、キッチンで水を飲む。
 何か、あるのだろうか。
 仕掛けてくるのなら、葵からになる。けれど、葵が強引にあれこれ仕掛けてくるとは考えにくい。これは今までの彼を見てきた経験上の判断だ。彼は絢斗の気持ちを無視するようなタイプではない。
 だったら、どうしてあんなことを言ったのだろう。
「……意識してほしい、……とか?」
 葵の気持ちを揶揄うつもりなんてこれっぽっちもないが、彼の素直な気持ちを知って意識することは、できる。ぎこちなくならないかと言われると、そこはわからないが。
 いたずらに揶揄うこともしないつもりはある。本気の気持ちを揶揄われて喜ぶ人間なんていないからだ。そんなことで葵を傷付けたくはない。
 女の子が相手なら、たぶん迷わずフッていた。付き合う気もないのに、気を持たせてしまうほうが残酷だと思うからだ。
 ではどうして――。
「……あれ?」
「真柄さん、お風呂お借りしました」
「え? あ、おかえり」
 今、大切なことに気付きかけたのに、霧散してしまった。そのうち思い出すか、と思い直し、葵と入れ替わりで風呂に入った。
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