11 / 26
11 見過ぎ
しおりを挟む
真剣に問題を解く葵の横顔は、長い前髪が邪魔しているものの、造形は綺麗だ。横から見た時にわかる長い睫毛も、男性的な力強さはないが、なよなよしいというわけでもない。芯の通ったしなやかさと言おうか。
遊園地で間近に見た瞳や容貌はやはり強さが秘められていたと思う。何をされたのかは、なるべく思い出さないようにしているし、あれ以来なにもないから特に追及することもしなかった。
綺麗なものは嫌いではない。絢斗の周りを囲んできた多くの女友達も、思えば綺麗な子が多かったように思う。
あまり気にしてきたことはなかったし、絢斗自身は特定の女の子を特別扱いするようなことはしてこなかったのだが、そういう振る舞いをする子もいなかったわけではない。全員まとめて「オトモダチ」だ。ふたりで会うことはなるべくしないし、全員を同じように扱う。
絢斗に特別扱いされたいらしい子はいたし、他の女の子に悋気を起こす子もいたから、そういうものを窘めることはあっても無用の争いは好まなかったので、諍いを起こす子とは距離を置いたし、女の子同士の確執にはなるべく深入りすることもしなかった。
和至は絢斗の周りを取り囲む女の子たちに頓着することなく、絢斗を連れてどこでも遊びに行った、いわば悪友だ。
ナンパこそ絢斗が好まないので自らすることはなかったが、自分たちからしなくても声をかけられるのはしょっちゅうだった。和至も見た目はキリッとした男前だし、うるさいが話はうまい。遊び目的なら好まれるタイプだったのだろう。
口が巧いのは昔からだが、口数の多さは閉口する部分がある。和至の口は一長一短だ。友人が多いのは、明るい性質で性格も悪くないお陰だろうけれど。
「……あの」
「うん? わからないところでもあった?」
「いえ、……あんまり見られていると、やりにくいんですが」
「え?」
少しばかり呆けた顔をしたかもしれない。何の話かわからなかった。
葵が、怪訝そうな目を絢斗に向ける。
「見てたでしょう、ずっと。僕を」
「……あ」
思わず手のひらで口許を覆う。昔のことを思い出している間、ずっと葵を見つめていたらしい。
途中まで意識を持って葵を見ていたが、まさか見つめ続けていたとは。
「……その、……ごめん」
「いえ、謝ってもらうほどのことでもないんですが……何かおかしなものでも付いていましたか?」
「いや、全然。綺麗な顔をしてるなって見てただけだから」
「は?」
「あ」
再びの失言。ちらりと葵を窺えば、怪訝な顔をしていた。それはそうだろう。唐突にもほどがある。
「……夕食の支度をするよ。今日は生姜焼きとおあげの味噌汁。仕込みからオレがやってるから、咲子さんほどの出来ではないかもしれないけど」
誤魔化したい一心で食事の話をする。二十時になるから、あながち的外れな話でもない。
「あ、……はい。お願いします」
作ってもらう身で贅沢は言わないので大丈夫です、といつものように葵が言うのを聞きながら、そそくさと厨房へ引っ込む。
「……失敗した……」
気付かれるほど見つめているなんて。
相手が女の子だったらなんとでも言い訳ができたに違いないが、葵は男で、だから下手な言い訳はおかしいわけで――つまり言い訳を失敗してしまった。
「あんまり気にしないでいてくれるといいんだけどなぁ……」
勉強第一だから大丈夫かな。そうだといいな。観覧車での出来事をあえて忘れ、願望を交えながら祈り、タレに漬け込んだ豚肉とスライスしたタマネギを炒め始めた。
切ったり炒めたり温め直したりするだけだから、時間がかかるわけではない。
肉を多めに盛るのは、若い男がふたりもいて肉の量が少しで済むわけがないと咲子が言った通りにしてのこと。実際にその言葉が当たっているかどうかはともかく、絢斗はもちろん、葵が食事を残したことは一度もなかった。
「はぁ……」
意識しないということを意識するのは難しい。
葵にどういうつもりがあったのかわからない以上、そこをつつくのは藪蛇でしかないだろう。できれば何事もなく過ごしたいし、葵の受験の邪魔になるのは避けたい。
本番の試験では、一点の失点が大きな差になってしまうことは理解しているから、失点の理由になってしまうのは避けたかった。なにしろその後の人生がかかっている。絢斗自身はふらふらしているけれど、目標を持っている人間の邪魔はしたくなかった。
遊園地で間近に見た瞳や容貌はやはり強さが秘められていたと思う。何をされたのかは、なるべく思い出さないようにしているし、あれ以来なにもないから特に追及することもしなかった。
綺麗なものは嫌いではない。絢斗の周りを囲んできた多くの女友達も、思えば綺麗な子が多かったように思う。
あまり気にしてきたことはなかったし、絢斗自身は特定の女の子を特別扱いするようなことはしてこなかったのだが、そういう振る舞いをする子もいなかったわけではない。全員まとめて「オトモダチ」だ。ふたりで会うことはなるべくしないし、全員を同じように扱う。
絢斗に特別扱いされたいらしい子はいたし、他の女の子に悋気を起こす子もいたから、そういうものを窘めることはあっても無用の争いは好まなかったので、諍いを起こす子とは距離を置いたし、女の子同士の確執にはなるべく深入りすることもしなかった。
和至は絢斗の周りを取り囲む女の子たちに頓着することなく、絢斗を連れてどこでも遊びに行った、いわば悪友だ。
ナンパこそ絢斗が好まないので自らすることはなかったが、自分たちからしなくても声をかけられるのはしょっちゅうだった。和至も見た目はキリッとした男前だし、うるさいが話はうまい。遊び目的なら好まれるタイプだったのだろう。
口が巧いのは昔からだが、口数の多さは閉口する部分がある。和至の口は一長一短だ。友人が多いのは、明るい性質で性格も悪くないお陰だろうけれど。
「……あの」
「うん? わからないところでもあった?」
「いえ、……あんまり見られていると、やりにくいんですが」
「え?」
少しばかり呆けた顔をしたかもしれない。何の話かわからなかった。
葵が、怪訝そうな目を絢斗に向ける。
「見てたでしょう、ずっと。僕を」
「……あ」
思わず手のひらで口許を覆う。昔のことを思い出している間、ずっと葵を見つめていたらしい。
途中まで意識を持って葵を見ていたが、まさか見つめ続けていたとは。
「……その、……ごめん」
「いえ、謝ってもらうほどのことでもないんですが……何かおかしなものでも付いていましたか?」
「いや、全然。綺麗な顔をしてるなって見てただけだから」
「は?」
「あ」
再びの失言。ちらりと葵を窺えば、怪訝な顔をしていた。それはそうだろう。唐突にもほどがある。
「……夕食の支度をするよ。今日は生姜焼きとおあげの味噌汁。仕込みからオレがやってるから、咲子さんほどの出来ではないかもしれないけど」
誤魔化したい一心で食事の話をする。二十時になるから、あながち的外れな話でもない。
「あ、……はい。お願いします」
作ってもらう身で贅沢は言わないので大丈夫です、といつものように葵が言うのを聞きながら、そそくさと厨房へ引っ込む。
「……失敗した……」
気付かれるほど見つめているなんて。
相手が女の子だったらなんとでも言い訳ができたに違いないが、葵は男で、だから下手な言い訳はおかしいわけで――つまり言い訳を失敗してしまった。
「あんまり気にしないでいてくれるといいんだけどなぁ……」
勉強第一だから大丈夫かな。そうだといいな。観覧車での出来事をあえて忘れ、願望を交えながら祈り、タレに漬け込んだ豚肉とスライスしたタマネギを炒め始めた。
切ったり炒めたり温め直したりするだけだから、時間がかかるわけではない。
肉を多めに盛るのは、若い男がふたりもいて肉の量が少しで済むわけがないと咲子が言った通りにしてのこと。実際にその言葉が当たっているかどうかはともかく、絢斗はもちろん、葵が食事を残したことは一度もなかった。
「はぁ……」
意識しないということを意識するのは難しい。
葵にどういうつもりがあったのかわからない以上、そこをつつくのは藪蛇でしかないだろう。できれば何事もなく過ごしたいし、葵の受験の邪魔になるのは避けたい。
本番の試験では、一点の失点が大きな差になってしまうことは理解しているから、失点の理由になってしまうのは避けたかった。なにしろその後の人生がかかっている。絢斗自身はふらふらしているけれど、目標を持っている人間の邪魔はしたくなかった。
1
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説

多分前世から続いているふたりの追いかけっこ
雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け
《あらすじ》
高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。
桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。
蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)

ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話
NANiMO
BL
人生に疲れた有宮ハイネは、日本に滞在中のアメリカ人、トーマスに助けられる。しかもなんたる偶然か、トーマスはハイネと交流を続けてきたネット友達で……?
「きみさえよければ、ここに住まない?」
トーマスの提案で、奇妙な同居生活がスタートするが………
距離が近い!
甘やかしが過ぎる!
自己肯定感低すぎ男、ハイネは、この溺愛を耐え抜くことができるのか!?
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト
春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。
クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。
夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。
2024.02.23〜02.27
イラスト:かもねさま
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~
みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。
成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪
イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる