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05 がんばります
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「真柄さんは、僕に時間を割いていていいんですか?」
勉強の休憩時間、葵がそんなことを訊いてくる。
勉強を始めた最初の頃より慣れてくれたのか、それとも絢斗が葵の志望大学に在籍していることを知ったからか、少し懐いてくれているような気がし始めた夏の終わり頃だ。
「どうして?」
「……恋人、とか……いるんじゃないかって」
カッコイイから、と理由も添えてくれる。
「いや、特定の子はいないけど」
「……不特定ならいると?」
鋭い問いだが、珍しい問いではない。
「前はそうだったけどね。咲子さんの世話になってからは全然」
他人を連れ込むなと言われたわけではなく、店の手伝いをしていると自然に疎遠になってしまった。いいことなのか悪いことなのかはわからないけれど、今は今で気楽だと感じる。淋しくもない。
それに、まったく連絡を途絶えさせているわけでもないのだ。
「SNSで連絡くれる子もいるし……今はそういう気持ちになれないだけっていうか……」
「じゃあ、このまま僕の勉強、見てもらっていても大丈夫ですか?」
おや、と葵を見る。真面目な顔で、揶揄っている様子もない。葵なりに、気を遣ってくれているのか。
「もちろん。そうでなければ何が何でも引き受けなかったよ。弟ができたみたいで、オレも楽しい」
「楽しいって……」
少し拗ねた口ぶりだが、怒ってはいない。頭を撫でると複雑そうな顔をされた。
「オレより雫石くん……呼びにくいな。葵くんって呼んでもいい?」
「え、ええ。構いませんけど」
勢いに押されてか、頷いてくれたのを幸いにして、名前で呼ぶことにする。
「じゃあ葵ね。葵くんだって、モテそうじゃないか。まあ……前髪で顔隠れちゃってるし、四六時中勉強してるみたいだから、彼女はいないんだろうけど」
「……そうですね」
ぷい、と顔を横向けてしまうのは、いかにも年下らしくてかわいらしい。こういうところを見てしまうと、ついつい弄りたくなってしまうものだ。
長めの前髪を一房、つん、と軽く引っ張ってやる。
「髪だってすっきりさせれば、きっとモテると思うね」
「……いいんです、そんなの」
受験生なんですから、と言う声はどこか拗ねている。
本当にかわいらしい。
「受験生が色気づいても、って? 勉強が疎かになるのは考え物だけど、張り合いになるならいいんじゃないかなぁ」
「張り合い、ですか?」
「そう。合格のために受験勉強を頑張る、っていうと、合格した後にぽっかり穴があいたみたいになる人もいるし。彼女とか、好きな子と大学生活を楽しむんだ、って気持ちもあったほうが、合格だけを目標にするよりも勉強のやり甲斐があると思うんだよね」
これはオレの数少ない友人の言葉の受け売りだけどね、と笑って付け足す。
「やり甲斐……」
「そう。モチベーションっていうかな。……勉強だけがマストになると、苦しくなっちゃうからね」
家のために。体裁のために。そんな理由で受けさせられて、結果は出したが課せられた重荷の通過点にすぎない。いつまで続くのかわからないから、逃げ出したくなる。
葵は自分の意志で選び、受験しているようだから、そこは素直に羨ましい。
自分の未来を選択できるなら、そのほうがよかった。
「僕は。真柄さんが勉強を見てくれるの、嬉しいです」
「……嬉しい?」
葵の言葉に現実に引き戻されると、小首を傾げた。
「塾も行ってないので、勉強の方向性に迷うことはあって。真柄さんと僕、タイプは違うんですけれど、噛み砕いて教えてくれますし……合間に話してくれる豆知識とかも、面白いです」
勉強をすることで飽きることはなかったが、楽しいと思うこともなかった。けれど今は楽しいとも思う、と葵は言ってくれる。
押し付けられた家庭教師だが、そんな風に言われるとは思わなかった。彼の邪魔になっていない、少しでもプラスになっているなら、絢斗こそ嬉しいと思う。
「……で、話は変わりますけど。こちらが先日の抜き打ち小テストの結果です」
「え? ……あ、これ、葵くんが苦手だって言ってた範囲の……」
ぴらりと見せてくれた小テストを受け取ると、すぐに点数へ目が行く。
百点。
「苦手だって言ってたじゃないか?」
「はい。ちょうど、教えてくれたところで……前だったら落としてたなっていう問題も、取れて」
「ちょっとは手応え感じた?」
いつも表情がそんなに変わらない葵が、高揚しているのが伝わる。問いかけには「はい」と頷いてくれた。
「嬉しい、って思いました。教えてもらったこと、ちゃんと身についてるって」
はにかむように微笑むのが可愛らしい。髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜるように頭を撫でてやる。
まさか男を可愛らしいなんて思う日が来るとは思わなかった。
「わ、……何するんですか」
「次。そうだな……模試で物理と古典と現文の点が良かったら、お祝いしよう。あと、なにかひとつ、なんでも願い事を叶えるよ」
「物理と古典と現文? どうしてその三つなんですか」
「前の模試の点数が怪しかったからね。現文の問題文の意図のくみ取り方は、設問が意地悪な時もあるけど……まだちょっと引っかかる時があるみたいだから。教えるけど、成果は結果で出るだろう?」
楽しみにしてるからね、と笑顔で言えば、「……がんばります」と気負ったような返事を返してくれるので、また頭を撫でた。
勉強の休憩時間、葵がそんなことを訊いてくる。
勉強を始めた最初の頃より慣れてくれたのか、それとも絢斗が葵の志望大学に在籍していることを知ったからか、少し懐いてくれているような気がし始めた夏の終わり頃だ。
「どうして?」
「……恋人、とか……いるんじゃないかって」
カッコイイから、と理由も添えてくれる。
「いや、特定の子はいないけど」
「……不特定ならいると?」
鋭い問いだが、珍しい問いではない。
「前はそうだったけどね。咲子さんの世話になってからは全然」
他人を連れ込むなと言われたわけではなく、店の手伝いをしていると自然に疎遠になってしまった。いいことなのか悪いことなのかはわからないけれど、今は今で気楽だと感じる。淋しくもない。
それに、まったく連絡を途絶えさせているわけでもないのだ。
「SNSで連絡くれる子もいるし……今はそういう気持ちになれないだけっていうか……」
「じゃあ、このまま僕の勉強、見てもらっていても大丈夫ですか?」
おや、と葵を見る。真面目な顔で、揶揄っている様子もない。葵なりに、気を遣ってくれているのか。
「もちろん。そうでなければ何が何でも引き受けなかったよ。弟ができたみたいで、オレも楽しい」
「楽しいって……」
少し拗ねた口ぶりだが、怒ってはいない。頭を撫でると複雑そうな顔をされた。
「オレより雫石くん……呼びにくいな。葵くんって呼んでもいい?」
「え、ええ。構いませんけど」
勢いに押されてか、頷いてくれたのを幸いにして、名前で呼ぶことにする。
「じゃあ葵ね。葵くんだって、モテそうじゃないか。まあ……前髪で顔隠れちゃってるし、四六時中勉強してるみたいだから、彼女はいないんだろうけど」
「……そうですね」
ぷい、と顔を横向けてしまうのは、いかにも年下らしくてかわいらしい。こういうところを見てしまうと、ついつい弄りたくなってしまうものだ。
長めの前髪を一房、つん、と軽く引っ張ってやる。
「髪だってすっきりさせれば、きっとモテると思うね」
「……いいんです、そんなの」
受験生なんですから、と言う声はどこか拗ねている。
本当にかわいらしい。
「受験生が色気づいても、って? 勉強が疎かになるのは考え物だけど、張り合いになるならいいんじゃないかなぁ」
「張り合い、ですか?」
「そう。合格のために受験勉強を頑張る、っていうと、合格した後にぽっかり穴があいたみたいになる人もいるし。彼女とか、好きな子と大学生活を楽しむんだ、って気持ちもあったほうが、合格だけを目標にするよりも勉強のやり甲斐があると思うんだよね」
これはオレの数少ない友人の言葉の受け売りだけどね、と笑って付け足す。
「やり甲斐……」
「そう。モチベーションっていうかな。……勉強だけがマストになると、苦しくなっちゃうからね」
家のために。体裁のために。そんな理由で受けさせられて、結果は出したが課せられた重荷の通過点にすぎない。いつまで続くのかわからないから、逃げ出したくなる。
葵は自分の意志で選び、受験しているようだから、そこは素直に羨ましい。
自分の未来を選択できるなら、そのほうがよかった。
「僕は。真柄さんが勉強を見てくれるの、嬉しいです」
「……嬉しい?」
葵の言葉に現実に引き戻されると、小首を傾げた。
「塾も行ってないので、勉強の方向性に迷うことはあって。真柄さんと僕、タイプは違うんですけれど、噛み砕いて教えてくれますし……合間に話してくれる豆知識とかも、面白いです」
勉強をすることで飽きることはなかったが、楽しいと思うこともなかった。けれど今は楽しいとも思う、と葵は言ってくれる。
押し付けられた家庭教師だが、そんな風に言われるとは思わなかった。彼の邪魔になっていない、少しでもプラスになっているなら、絢斗こそ嬉しいと思う。
「……で、話は変わりますけど。こちらが先日の抜き打ち小テストの結果です」
「え? ……あ、これ、葵くんが苦手だって言ってた範囲の……」
ぴらりと見せてくれた小テストを受け取ると、すぐに点数へ目が行く。
百点。
「苦手だって言ってたじゃないか?」
「はい。ちょうど、教えてくれたところで……前だったら落としてたなっていう問題も、取れて」
「ちょっとは手応え感じた?」
いつも表情がそんなに変わらない葵が、高揚しているのが伝わる。問いかけには「はい」と頷いてくれた。
「嬉しい、って思いました。教えてもらったこと、ちゃんと身についてるって」
はにかむように微笑むのが可愛らしい。髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜるように頭を撫でてやる。
まさか男を可愛らしいなんて思う日が来るとは思わなかった。
「わ、……何するんですか」
「次。そうだな……模試で物理と古典と現文の点が良かったら、お祝いしよう。あと、なにかひとつ、なんでも願い事を叶えるよ」
「物理と古典と現文? どうしてその三つなんですか」
「前の模試の点数が怪しかったからね。現文の問題文の意図のくみ取り方は、設問が意地悪な時もあるけど……まだちょっと引っかかる時があるみたいだから。教えるけど、成果は結果で出るだろう?」
楽しみにしてるからね、と笑顔で言えば、「……がんばります」と気負ったような返事を返してくれるので、また頭を撫でた。
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