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03 鶴の一声
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「どうせなら休みがてら、ここでお勉強すればいいじゃない。涼しくしておくし、飲み物くらい出すわ。絢斗も一昨年は受験生だったんだから、わかることもあるでしょう」
「……咲子さん、無茶言うね……」
受験勉強なんて、受験が終わったら忘れ去るものではないか。けれど咲子は鼻で笑う。
「あなたが頭が良かったことくらい、覚えていますからね?」
「そうは言うけど、もし彼の志望校が理系だったらオレだってわからないかもしれないじゃないか」
「じゃあ訊いてみればいいじゃない。雫石くんの志望校……は言わなくてもいいけれど、文系なの? 理系なの?」
志望校まで訊いちゃうとプライバシーの侵害になるかもしれないから、と、配慮しているのかしていないのかわからないことを咲子は言う。
途端、口許に手を当てていた葵が、ふは、と息を漏らす。堪えきれず噴き出してしまったらしい。しばらく肩を揺らした後で、恐縮しきった様子で頭を下げる。
「す、すみません」
笑っちゃって、と言うと、すぐに笑いを引っ込める。澄ましているよりは、先ほどのように笑ったほうが少年らしくて良いと思うのだけれど。
「こちらこそ。咲子さん、初対面でいきなり馴れ馴れしいのは嫌われちゃうよ?」
「あらぁ。若くてきれいな子に嫌われたら悲しいわ」
絢斗とはタイプが違うけれど、きれいな子ね、と鈴を転がすように笑う。
「それはセクハラじゃないかな……」
「ふ、ふふ……」
思わず漏れた、という声に、絢斗は振り返る。葵は口許を抑えていたが、笑っているのは明らかだった。先ほど噴き出した時より笑っている。
絢斗が見ていることに気付くと、なんとか無理矢理に笑いを収めた様子で、またぺこりと頭を下げる。
「……すみません、お気遣いありがとうございます。法学部を目指しているので、文系です」
「あら、じゃあホントに絢斗が先生でピッタリじゃない。雫石くん、この子こう見えても法学部なのよ。今は休学してるけど……来年何かの試験を受けるとか言ってたでしょう」
「オレのプライバシー、ダダ漏れだね?」
別にいいけど、と苦笑する。今までは誰に聞かれても適当に濁してきたが、まさかここで咲子に、初対面の少年相手にバラされるとは思わなかった。
いつもなら咲子もそんな話はケムに巻くのに、そんなに葵の顔が気に入ったのだろうか。そういえばこの人は面食いだと言っていたな、と、世話になる時に言っていたことを思い出す。
絢斗も顔の良さで居候を認められているようなものだ。
「来年試験って……予備試験ですか?」
食い付いてきた葵を、おや、と改めて見る。
予備試験は司法試験を受けるルートのひとつだ。すぐわかったということは、葵も司法試験を受ける――弁護士志望ということか。
とはいえ絢斗は積極的に弁護士を目指しているわけではないが。それは言う必要もないだろう。
「……そうだよ。ま、ほんとに受けるかは保留にしてるけど」
それも家、実家が絡むので面倒なところだ。いま休学しているのは、ちょっとした反抗というところ。そこも話す必要もないだろうから黙っておく。
「受けないんですか?」
「わからない。先のことはまだ決めかねているんだ」
むしろ将来を見通せないから踏み出せないと言おうか。絢斗なりに悩んでいることはたしかだ。
「この子、こんなでも出来は良いから、色々と質問すればいいわ」
「ほんとにひどいね?!」
容赦ない、と嘆くと、咲子はふふふと笑って絢斗の背中を叩く。
「あなたも若い子から刺激をもらいなさい。将来のために一生懸命になれる子といるのは、悪くないわよ」
「……いいこと言ってるみたいだけど、雫石くんと親しくなりたいのは咲子さんのほうだろ」
「そうよ」
言い切られるといっそ潔い。
面倒なことを頼まれたなと内心で溜息を吐いたが、嫌な気分ではなかった。
「……咲子さん、無茶言うね……」
受験勉強なんて、受験が終わったら忘れ去るものではないか。けれど咲子は鼻で笑う。
「あなたが頭が良かったことくらい、覚えていますからね?」
「そうは言うけど、もし彼の志望校が理系だったらオレだってわからないかもしれないじゃないか」
「じゃあ訊いてみればいいじゃない。雫石くんの志望校……は言わなくてもいいけれど、文系なの? 理系なの?」
志望校まで訊いちゃうとプライバシーの侵害になるかもしれないから、と、配慮しているのかしていないのかわからないことを咲子は言う。
途端、口許に手を当てていた葵が、ふは、と息を漏らす。堪えきれず噴き出してしまったらしい。しばらく肩を揺らした後で、恐縮しきった様子で頭を下げる。
「す、すみません」
笑っちゃって、と言うと、すぐに笑いを引っ込める。澄ましているよりは、先ほどのように笑ったほうが少年らしくて良いと思うのだけれど。
「こちらこそ。咲子さん、初対面でいきなり馴れ馴れしいのは嫌われちゃうよ?」
「あらぁ。若くてきれいな子に嫌われたら悲しいわ」
絢斗とはタイプが違うけれど、きれいな子ね、と鈴を転がすように笑う。
「それはセクハラじゃないかな……」
「ふ、ふふ……」
思わず漏れた、という声に、絢斗は振り返る。葵は口許を抑えていたが、笑っているのは明らかだった。先ほど噴き出した時より笑っている。
絢斗が見ていることに気付くと、なんとか無理矢理に笑いを収めた様子で、またぺこりと頭を下げる。
「……すみません、お気遣いありがとうございます。法学部を目指しているので、文系です」
「あら、じゃあホントに絢斗が先生でピッタリじゃない。雫石くん、この子こう見えても法学部なのよ。今は休学してるけど……来年何かの試験を受けるとか言ってたでしょう」
「オレのプライバシー、ダダ漏れだね?」
別にいいけど、と苦笑する。今までは誰に聞かれても適当に濁してきたが、まさかここで咲子に、初対面の少年相手にバラされるとは思わなかった。
いつもなら咲子もそんな話はケムに巻くのに、そんなに葵の顔が気に入ったのだろうか。そういえばこの人は面食いだと言っていたな、と、世話になる時に言っていたことを思い出す。
絢斗も顔の良さで居候を認められているようなものだ。
「来年試験って……予備試験ですか?」
食い付いてきた葵を、おや、と改めて見る。
予備試験は司法試験を受けるルートのひとつだ。すぐわかったということは、葵も司法試験を受ける――弁護士志望ということか。
とはいえ絢斗は積極的に弁護士を目指しているわけではないが。それは言う必要もないだろう。
「……そうだよ。ま、ほんとに受けるかは保留にしてるけど」
それも家、実家が絡むので面倒なところだ。いま休学しているのは、ちょっとした反抗というところ。そこも話す必要もないだろうから黙っておく。
「受けないんですか?」
「わからない。先のことはまだ決めかねているんだ」
むしろ将来を見通せないから踏み出せないと言おうか。絢斗なりに悩んでいることはたしかだ。
「この子、こんなでも出来は良いから、色々と質問すればいいわ」
「ほんとにひどいね?!」
容赦ない、と嘆くと、咲子はふふふと笑って絢斗の背中を叩く。
「あなたも若い子から刺激をもらいなさい。将来のために一生懸命になれる子といるのは、悪くないわよ」
「……いいこと言ってるみたいだけど、雫石くんと親しくなりたいのは咲子さんのほうだろ」
「そうよ」
言い切られるといっそ潔い。
面倒なことを頼まれたなと内心で溜息を吐いたが、嫌な気分ではなかった。
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