一緒に死ねるのは君だけ

olria

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二人だけの部屋で

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 意識とは毒薬のようなもの。徐々に体の中に広がると人をしに至らせる。
だから何も考えない方がいい。何かを考えることで苦しみを味わってしまうのならば…。
なんて考えているのは、私が熱で動けなくなってベッドに寝転がっているせいだろうけど。
せめて今回で終わりますようになどと、希望のない無謀な希望を抱いてみるけど、かなわれそうにない思いはついに何度か天国の扉を叩いては誰からも芳しい返事は貰えずじまい。
一人寂しくスマホを…、いや、SNSを見るだけだから寂しいことはむしろ感じない。私の話は誰からにすることはない。人に自分のことを常に報告するような人たちはリア充だから私とは縁遠いなどと考えているわけではなく、私は自分を愛することのできないたぐいの人間で、だからそんな自分を他人に見せると逆に苦しくなる。
そう、まるで毒のように広がって、じわじわと精神を侵食して、不安を引き起こし、自分が間違ってないのかを毎秒毎秒、考えては忘れようとし、考えては忘れようとする。
忘れたって何になるというのか。逆に思い続けたら痛みもなくなるのではないか、などととめどなく流れる思考の濁流をただ熱と共にぼんやりと受け入れる。
病弱なわけではないけど、体が丈夫なわけでも、ましてや人より頑丈などと言うこともなく。
人生はこれだから不公平なものだと嘆くつもりはない。私の経験はどこまでも私の経験で、他人と分かち合えるだなんて考えてないし、そうすることで何かを達成できるなんてロマンティックな思いに浸るのも性に合わない。
痛みを感じる時はせめて一人ではないことを願う。
ああ、こんな時、せめて彼氏でもいてくれたら、看病でもしてくれたら、なんて贅沢を思うのはただのわがままなんだろうか。別に自分のために尽くしてくれる人が欲しいわけじゃなく、指先で突っつけるほど感情が迎える先に形があって欲しいと願うだけなのだ。
そう思っていたらお兄ちゃんが部屋の中に入ってきた。都合よくも親が再婚して、血は繋がってない兄である。都合よくイケメン、というわけではないことは残念だけど、この際文句は言わない。互いに若いし、今付き合っている相手なんていないんだから少しはいい思いをしたっていいじゃないかなんて、思ったら負けだと思って今までずっと我慢してたけど。熱で頭がおかしくなっているせいなのか、ただ心細いだけなのか、私はどうしても彼の温もりを指先から感じたいと思ってしまったのである。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
「ああ、熱を測ろうと思ったんだが。」
「ずっとそのままだから別にいいけどさ。」
「測ってみないとわからないだろう。」
「別にそれはいいからさ、手をつないでくれない?」
「は?ああ…。わかった。」何気に優しいお兄ちゃん。私より二つ年上で、私が4歳のころからずっと私のお兄ちゃんな人。本当の家族なのだ。
「頭はこんな暑いのに手は冷たいのな。」
お兄ちゃんが私の手を繋いでそう言ってくるけど、別にどうだっていい。心が少しだけ満たされる気がしたから。
「心が冷えてるの。」
「悪いことでも考えたの?」
「世界が終わりますように、とか。」
「なんで世界をさらっと終わらそうとしているの。」お兄ちゃんの返しにくすりと笑う。
「別に私が終わらせようとしているわけじゃないし。私にそんな力あるわけないし。」
「そんな力があったら終わらすのか。」
どうだろう。この世界のこと、何も知らないし。数え切れないほど多くの人々が住んでて、宇宙なんて果てしなく広くて、どこからどこまでが本当のことでそうでないかなんてものもわからなくて。
「熱あるから深くか考えさせないで。」
「それは京ちゃんの悪い癖だよ。思考を無限に展開するんじゃなくて適度に斬るのだぞ。」
「じゃあお兄ちゃんはどうなの。なんでそんなことが出来るようになったの。私はそんなことできないし。」
「俺は別に…。お茶でも飲むとかさ。」
「じゃあお茶持ってきて。」
「起き上がると頭また痛くなるんじゃないか。」
「水分補給は必要なの。」
「わかった。」
お兄ちゃんはそう言って部屋から出た。彼は男なのに体も細いし声も高いのだ。イケメンじゃないのは、髪を伸ばしたら美少女にしか見えないから。だから昔はよく姉妹に間違われた。男子に告白されたこともあるらしいが、その時お兄ちゃんは。
「君はゲイだから俺が好きなわけなの?それともおちんちんが付いてる女の子のほうが好きなだけ?」
そう返されてはたまったもんじゃなかったらしく、それ以来告白されることはなかったようだけど。
もしどちらかのうち一つで答えたならお兄ちゃんはどう反応していたんだろうか。私は別にお兄ちゃんがお姉ちゃんでも構わないけど、それは家族だからで…。
階段を上る音の後にお兄ちゃんがまた部屋の扉をノックもなく開けて現れた。
「お兄ちゃんって、なんで毎回毎回ノックしないの。」ちょっとイラっとしたので聞いてみる。
「別にしたくないから。」
「非礼じゃん。」
私はお兄ちゃんから冷たい緑茶を受け取ってごくごくと飲む。美味しい。
「子供のころからノックする習慣なんてなかったから今更…。」
「子供のころは同じ部屋だったもんね。」
「まあね。」
小学校3年生まではずっと同じ部屋だった。生理が始まってから部屋を別々にしてもらったけど、私物をよく共有しているからか互いにノックもなく部屋に入ることはいつものこと。
「と言うか京ちゃんだってノックしないじゃん。俺がオナニーでもしてたらどうするつもりだよ。」
またなんてことを言っているんだろう、お兄ちゃんは。緑茶を飲んでたら絶対ふいてた。
「デリカシーなさすぎじゃない?」
そう聞くとお兄ちゃんは愁いを帯びた顔をする。夕暮れに照らされ、影のかかった彼の顔はまるでまるで名作の絵画のように美しく見えて息をのむ。
「別に。」
わかってる。彼の性格がそうなったのには理由があるのだ。再婚するまえ、まだ6歳のお兄ちゃんは目の前で母を失った。工事現場を通る途中、鉄骨が落ちてきて、息子である自分を飛ばして母は押しつぶされてぐちゃぐちゃになったんだという。
そんなことを見てしまったら、子供の脆い心がどうなるかなんて想像に難くない。
その時点でどこかが欠如してしまい、自分でもどうすればいいのかわからなくなっている、と言ったところなんだと思う。
兄が自分の人として欠如している部分を自覚してもどうすることも出来なくなっている時、私はどうすればいいのかわからない。
「昔はよく一緒に遊んでたんだけど、最近は遊ばなくなってるじゃん。」だから私は何となくそんなことを言ってみた。
「おままごととか?」
「お人形で遊んだり。」
人形遊びは好きだった。プラスチックの人形ではなく、布で作られた人形で、古びたデザインのもの。よく話しかけてたからか人形に魂が出来ちゃって夜中に歩き回ったこともあった。
いや、そんなわけない。ただの勘違いである。
「人形遊びがしたいって?」
「したいって言ったらしてくれるの?」
「別にいいけど?」
「いいって。そうじゃなくて、ボードゲームとか?」私の部屋にはジェンガとチェスがあるのだ。将棋とか囲碁とかは苦手。多分、私は直線的な考えをするのが好きな野だ。線が曲がりに曲がると頭の中がこんがらがってしまう。
「じゃあチェス。」
お兄ちゃんはそう言って棚にあるチェス盤を下した。兄はテーブルを私のベッドのすぐ近くまで運ばせる。なよなよな体形のくせにそれなりに力持ちなのが不思議でならない。
駒を並ばせて、私が白。兄はいつも黒を取る。白が先に始めるから、出方が見たいだけなのかな。
ポーンを二つ前に。D4とE4。そうすると兄はナイトを二つも動かした。それからは私は堅実に陣形を作って、兄は陣形より私の攻略法でも探しているのか次々と強いコマで回りこもうとして防がれるばかり。
そして私がクイーンを動かし始めて三回目にチェックメートとなった。
「やっぱ勝てないや。」兄は肩をすくめた。
「面白くなかったの?」
「いや、京ちゃんと一緒なら何でも楽しいよ。」
「口説いてる?今弱ってるからそう言うの言われるとコロッと行っちゃうかもしれないよ?」
兄はそう言われて笑った。
「口説いた方がよかった?」
兄が私の目を見ながら言うものだから。
「わ、わかんないし。」
「でも俺って、あれだよ。別にそんな、いい奴じゃないし。」
「いい奴って何。」
「あれか。女の子は悪い男が好きってあれか。」
「違うし、私は別に悪い男なんか好きじゃないし。」
「じゃあ俺も別に好きじゃないってことでいいよね。」
「何言ってるの。お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょう。」
「そうなの?」
「違うの?」
「どうなの?」
「なんで私に聞くの。お兄ちゃんのことでしょう?」
「そうなんだけど、なんか、こう…。」お兄ちゃんがそう言いながら近づいてきたんだけど、何をするのだろうと思い黙ってみていると。唇を唇で防がれた。
「すごいカサカサ。」お兄ちゃんが私の唇を指で突っつきながらそう言ってて。
「病人に何するの!」
「え、嫌だった?」
「嫌じゃないし。何ならもう一回していいくらいだし。」
「じゃあもう一回。」またお兄ちゃんと唇を重ねる。
そこからは早かった。と言うか、なんでゴムとか持ってるの。妹の部屋に来るのに持ってくるとか、絶対間違ってる。そんな兄を誘惑した私も悪かった気がするけど。
そして私たちは半裸の状態で隣り合って寝転がっていた。熱はすっかり冷めてる。運動をすると免疫システムが活発になるからなのか。
「お兄ちゃんって絶対経験あるでしょう。なんでそんなにうまいの?」
「いや、別に。俺だって初めてだし。」
「じゃあ勉強したの?AVでも見て勉強したの?」
「見ない見ない。ずっと京ちゃんのこと考えながら予習はしてたけど。」
「なんてことを…。」
「背徳的でたまらないよね。」
「それをお兄ちゃんが、いうか、病人に、運動さえて、痛いし、初めてだし!」私は枕でバンバンとお兄ちゃんを殴った。
お兄ちゃんはクスクスと笑う。
「でもよかったでしょう?」
「よかったでしょうじゃないでしょうが。獣なの?死ぬの?」
「え、でもよかったでしょう?」
「掘り返すな。」
「一体どうしろと。」
「黙って。」
「はいはい。」
「はいは一回。」
「こいつ…。」
「何よ。」
「なんでも。」
私たちは少しの時間笑いあった。なんでこんなことをしてしまったんだろうとやはりぼんやりとした頭で思ってしまう。
「お兄ちゃんって、昔から家からあまり出なかったじゃん。」
「まあね。」
「それって、やっぱりトラウマが原因?」
「多分ね。」
「自分のことなのに自覚ないわけ?」
「自覚はあるさ。誰も失いたくないと思ったら、どうしようも出来ない。」
「悪夢にうなされてて私のベッドで毎日一緒に寝てたものね。」
「それは言うな。恥ずかしくなるだろうが。」
「今恥ずかしいことしたばっかりなのに何言ってるの。」
確かに、とお兄ちゃんは苦笑した。
「ずっと、俺には京ちゃんだけだったんだよ。」
「母親代わりってこと?」
「少しは?」
「少しって、どのくらい?」
「抱き着いたら撫でてくれると嬉しいかな。」
「試してみる?」私がそう言うとお兄ちゃんは私の背中に腕を回して、私のそこそこある胸に顔を埋めた。
ちょっとくすぐったい。頭を撫でてみる。さらさらな髪が心地いい。
「どう?」
「このまま死にたい。」
「死なないで。」
「京ちゃんとなら一緒に死んでもいい。」
「心中はしないから。まだ私たちは立ち過ぎたばっかでしょう?」
お兄ちゃんが話すとしゃれにならない感じがして、言葉に重みがあるというか、それが酷く心をざわつかせたけど、あえて外には感情を出せずに平静を装って言葉だけを重ねた。
「二人ともまだ大学生だもんね。今死んだら親父は二人分の学費が蒸発することになるから絶対泣くだろうね。」
「そうそう。だから仕事とかまだしたことないし、お金稼いで、私たち二人で海外旅行とかも行ってみたいじゃん?」
「結婚して?」
「ちょっと早い?」
「いいけど。」
「でも実際どうなんだろう。」
「法律違反じゃないんだって。」
「調べてたの?」
「そりゃ調べるよ。」
「結婚する気満々だったの?」
「じゃあ聞くけどさ、京ちゃんだって今まで誰とも付き合ったことないよね。」
「そうだけど?」
「俺も今まで誰とも付き合ったことないじゃん。」
「それって、お兄ちゃんの見た目とか性格がハードル高かったのが原因なんじゃないの?」
「それ言っちゃう?それ俺に言うの?」
「私は別に普通にモテてたし。」
「お前学校中でブラコン認定されてたじゃん。」
「休み時間に抱き着いただけだし。」
「それだよ。」
「けどお弁当はお兄ちゃんが私に作ってくれたんでしょう?」うちは共働きで、再婚が出来たのもお母さんお父さんが仕事で元から知り合ってたからなのだ。それでお母さんもお父さんも専業主婦じゃないから昼食とかずっと買って食べてたんだけど、お兄ちゃんが台所に立てるようになってからはお料理はお兄ちゃんがするようになったのである。
「お前が起きるのが遅いからだろうが。」
「お兄ちゃんが起きるのが早いの。お母さんか。」
お兄ちゃんは私のその返しに一瞬黙り込んだ。昔からそう、ちょっとでも踏み込もうとすると拒絶して、ここまで来るのに私が一体どれだけ苦労したか。
「冗談冗談。」お兄ちゃんはすぐに笑顔に戻ったけど。
「私がずっとそばにいるから。」
「うん。京ちゃんだけだよ。俺がこれからも一緒に生きたいと思ってるのは。」
その日の夜、私は初めてお兄ちゃんを出会った日のことを夢で見ていた。
どこか酷く不安げな顔をした、可愛らしい女の子。ああ、女の子だと思っていたのだ、このころは。
私は自分より大きな子なのに不安そうな顔をしていることを見て、ああ、私がこの子を守ってあげなくては、なんて思っていたものだ。
起きたら親に私たちがやったことがバレて大変なことになった。反対はされなかったけど、ひとつ屋根の下なんだから自重したほうがいいとか、避妊はしっかりするようにとかネチネチと言われて二人ともクタクタ。
「ごめん。」二人で皿洗いをしながら私が言うと、
「悪いと思ったら一緒に死んでくれ。」
私は苦笑い。彼はやっぱりどこか欠如しているけど、そんな彼を愛し続けることをこれからも辞めるつもりはない。


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