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終幕 歌のあふれる世界へ

 カーテンコール ~歌のあふれる街~

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「ちょっと、お父さん! こんな所で寝ないでよ。もう! 店で寝るんだったら、上の部屋で寝てよ」

「うるせえな、カロ、いいじゃねえか……昨日徹夜で仕事して眠てえんだよ……」

「だからそんなたくさんの注文、いっぺんに受けるなって言ったでしょ」

「あのなあ、俺が作った防具は大陸一なんだよ……俺が作らなきゃ誰が作るんだ……何たって黙呪王をぶっ倒した、女神様と歌い手様の防具も俺が作ったんだ……むにゃむにゃ」

「もうそのセリフは聞き飽きたわよ。だからここで寝ないでって! お父さん!」

「姉ちゃん、もう放っときなよ。それよりこのカクテル、3番テーブルさんにお願い」

「だってナロ、お父さん寝込んだらぐずぐずになっちゃって、運ぶの大変でしょ」

「いいわよ、いいわよ、店が終わってからレドに運んでもらうから」



 ナジャの下町にある魔笛亭は今日も大賑わいだ。

 かつてはこの地のレジスタンスが密かに集った由緒正しい店だが、今は、遠く砂漠の地から来た双子の美人姉妹が切り盛りしている。

 何でもこの姉妹、大陸一の防具職人として知られるウォル・モルの娘さんで、幼い頃に生き別れになってたのが、歌い手様との縁で再会できたらしい。

 客は老若男女を問わないが、オネエ言葉を話す者が多いのが、この店の特徴だ。

 今は王国の総務大臣を勤めるハル・アイビーシード、『オネエの神』と呼ばれる彼がこの店を開いた、その頃からのオネエ仲間が、今も常連客として残っているのだ。



「そういや、お前、建国10年祭に行ってきたんだって?」

「ああ! すごかったぜ。そもそも首都ジャコに行くのが初めてだったんだけどさ、まーあ、大きな街でなあ。このナジャの何倍もありそうだった」

「何だお前、街が広いってのが感想か?」

「いやいや、そうじゃねえよ。その広い広い街の真ん中にな、市民広場っていう、またでっかい広場があってな、そこをいろいろな人間、いろいろな種族が埋め尽くしてんだ。そりゃもうすごい数でなあ」

「いろいろな種族って?」

「ゴブリンもいっぱいいたし、エルフもいたなあ。それにあれ、ハーピーっていうのか、ノノさんと同じ鳥女の種族もいたぞ」

「何! ノノさん!?」

 突然、隣のテーブルのヒゲ面が乱入してきた。

「ノノさん、元気だったか? 相変わらず綺麗だったか?」

「ああ、ノノさん綺麗だったよ。ステージで歌ってた」

「あああ! 俺も行きたかったよお!」

 ヒゲ面は悔しげに頭を掻きむしった。



 建国10年祭という言葉を聞いて、他のテーブルの者たちも次々話に加わってきた。

「俺さあ、5年祭の時に行ったんだけど、あん時に見た、第1騎士団長のアミ様の剣舞が、いまだに目に焼き付いてるわ」

「アミ様! アミ様! 俺っちのアイドルだよお!」

「うるさいわよ、酔っ払い! アミ様はもう人妻よ」

「あああああっ! それを言わないでくれええっ!」

「アイドルって言やあ、俺はやっぱり女王様だよ。ニコ様だよ。王道の美しさだ」

「ま、何せ、ホンモノの女神様だからな。いつも大きな鹿に乗ってて、後光が差してるもんな」

「でも女王様、3人目の子供を産んでから、ちょっとふっくらしたのよね」

「馬鹿野郎! それがいいんじゃねえか。俺はもう国務大臣のソウタ様が羨ましくって羨ましくって……」

「馬鹿はアンタよ! 歌い手様を羨ましがってもしょうがないでしょ。歌い手様と女王様は前世からのご縁よ。アンタなんかがどうこう言っても……あ、カロ姉さん! 例のサボテンのカクテルお願い」

「はあい。ナロ! メスカリン1つ」

「はあい。メスカリンね。濃い目? 薄い目?」

「濃い目だって」

「了解!」



 しばらくすると、レザーベストにマントを羽織った、かつての歌い手と同じ姿の青年が現れ、店の奥にある小さいステージに立った。当然、髪は黒く染め、肩から4本弦の楽器を下げている。

「きゃあああ! ゾン君!」

「ゾーン! 待ってたわよぉ!」

「ゾン様ぁ、格好いい!」

 黄色い声、茶色い声、いろいろな声があがる。

 青年は4本弦の楽器からボンボンと低音をはじき出し、アップテンポな歌を歌い出した。この店の専属歌手だったのが、最近は人気が出てきて、他の店やストリートでもライブをやってるらしい。

「やっぱゾンの歌はいいわ」

「砂漠仕込みの声がいいのよね」

 音程が高くなると少しハスキーな成分が混じるのが、女性やオネエたちだけでなく、オッサンにもセクシーに聞こえるらしい。



 何曲かオリジナル曲を演奏した後、リクエストタイムになった。

「はい! お馴染みのリクエストタイムでーす! みなさま、何かリクエスト曲はありますか?」

 その時、勝手にもう歌い出した者がいた。


『ああ 君に出会うためここに来た~

 ああ 君に歌うため世界を越えた~♪』


 歌っているのは10年前、光の革命によって黙呪王が滅ぼされた際の革命歌でもあり、今は国歌として愛唱される『女神の旋律』だ。

「誰よ? 勝手に歌ってるの?」

「親父さんだよ、ウォルの親父さん」

「女神の旋律は最後にみんなで合唱するんだろ?」

「ウォル、その曲は最後にとっときなさいよ」


『女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど~

 顔を上げ 胸を張って 必死で歌う~♪』


「ダメだあ、聞いちゃいねえ。親父さん、どんだけ飲んだんだ」

「もういいや、何度でも歌っちゃえよ」

「よーし、歌えや、歌えや、女神の旋律~ 君に歌うよ~ 音痴だけど~♪」

「お前、ホントに音痴!」

「ぎゃっはっはっはっは!」

「はいはい、じゃあ、みんなで歌いましょう!」

 歌い手姿の青年も加わって、店の中は大合唱になった。



 歌声は店の外にあふれ出し、通りに響いていた。通りには同じような店が他に何軒もあり、夜更けにもかかわず、街のあちこちに歌が流れていた。

 街の北側に拡がる森から、かすかに狼の遠吠えが聞こえてきた。その声も、何か歌っているような、楽しげな声だ。

 晩秋の街に初雪がちらつく。

 しかし誰もそれには気付かず、歌声はいつまでも止むことがなかった。
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