音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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終幕 歌のあふれる世界へ

温かい涙

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「そうだ! お前が背中にかついでたそれ、べー太だろ? どこで拾ったんだ?」

「どこでって、ナラさんが大事に保管してたんです」

「あいつ……」

 今度は親父が泣く番だった。何だか親子で泣いてばかりだ。

「あいつも、とんでもなくいい奴だろ? 俺がこの世界に来て初めて言葉を交わした奴なんだ。鹿がしゃべるなんて、しかもコテコテの関西弁だなんて、あり得ないだろ? 思わず奈良公園の鹿を思い出して『ナラ』って名付けてやったんだ」

「やっぱり。そうだと思ってました」

「あいつも偉くなったよな。光の女神を乗せる、神の使いみたいじゃねえか。俺がいくら頼んでも男はダメだ、って乗せてくれなかったのに」

「僕も乗せてもらってないです」

「何でも、男は尻が硬いし、背中にヘンなものが当たるから嫌なんだそうだ」

「それ、白い魔狼も言ってました」

「ああ、あの白い大きな狼だな」

「見てたんですか?」

「だから、お前のこと、ずっと見守ってたって言っただろ」

 そうだったのか……あの時も俺は見守られてたのか……



「それ、ちょっと弾かせてもらっていいか?」

「もちろんです! 元々お父さんの楽器です」

「ああ、懐かしいな。20年ぶりか」

 ぶぶん、ぶん、ぶん……上手っ! ちょっと弾いただけなのにメチャクチャ上手いのが分かる。出音が全然違う。

「ん? ネックが直してあるな」

「はい、最初折れてたんで、魚の浮き袋を煮詰めてニカワ作って直しました」

「すげっ! おま、すげえな」

「え? すげえ、ですか?」

「すげえよ。普通、ネック折れてたら諦めるだろ。しかもちゃんとニカワ使ったのかよ」

「あ、でも、どうしても弾きたかったから……」

 親父はべー太を横に置いて座り直した。

「お前、ひょっとして、元の世界でもベース……俺のベース弾いてたのか?」

「あ、はい、勝手に弾いてすいません」

「いやいや、いいんだ、いいんだ。元々お前にやるつもりだったし。でも、母さんにクラシックばっかりやらされてたんだろ?」

「いえ。音痴がひどくて途中でさじを投げられました。音痴をからかわれて学校にも行けなくなってた時、ウメコさんの店でお父さんのライブ動画を見せられて、『あなたもベース弾きなさいよ』って言ってもらって、それでがんばってまた学校行って、高校入って、バンド始めたんです」

「ウメコ……あいつ……そうかあ……」

 また親父の目に涙が浮かんだ。

「俺がこんな所でぼーっとしてる間に、お前にはいろいろ苦労させたんだな。申し訳なかった。でもいろんな人に助けてもらって、ちゃんと成長して、ここまで来てくれたんだ」

「いえ……ウメコさんもそうですし、ナラさんも、ヌエさんも、元はお父さんの仲間です。僕はちゃんとお父さんに助けてもらってます」

「奏太……お前、本当に大人になったな。いい男になったな。嬉しいよ。本当に嬉しいよ」

 親父はとうとう抱きついてきた。俺たちはハグし合ったまま泣いていた。ニコを置いといて申し訳ない……しかし見ると彼女もぼろぼろに泣いていた。



 しかしその時、どこからともなく、ポーンという機械音がした。

「何です? 今の音」

「……残念ながら、そろそろ面会時間は終わりのようだ」

 えっ? 面会終わり?

「俺は行かなきゃならない。元の世界へ」

「えっ? もう行っちゃうんですか?」

 見ると、鏡がぼやーっと赤く光っている。

「そうなんだ。最初から決まってるみたいでな。たぶん30分ぐらい……引き継ぎが済んだら先代の歌い手は消えてしまう。元の世界に戻るんだ」

 そういえば、もう親父の足元は透けてるように見える。

「ちょ、ちょっと待って下さい。まだ言わないといけないことがいっぱいあるんです。ノノが、ノノが、お父さんにすごく会いたがってました……」

「あんな可愛い娘に会えないのは俺も本当に辛い。だがこれはどうにもならないんだ。愛してるよ、と言っといてくれ」

「それにナラさんもいろいろ言ってました。ダブさんのこととか……」

「ああ、ダブもいい奴だったぜ」

「それにそれに……」



「奏太、スマン、時間がない。聞いてくれ。こっから出る方法だ」

 親父は俺を制して立ち上がった。その腰から下はもう透けてしまってる。

「1つ目の方法は、ここでのんびり過ごしながら、次の歌い手が来るのを待つことだ。交代要員が来たら元の世界に戻れる」

 親父は俺の目をジッとのぞき込んだ。

「しかし、お前は、もう元の世界には戻らないんだな?」

 心臓がズキっとする。すぐに返事ができない。

 せっかく親父に会えたのに。もっともっと、話したいことも、教えてもらいたいこともあるのに。いいのか? 元の世界に戻らなくてもいいのか?

 また涙があふれてきた。ここに来て何度泣いたんだ。もう分からない。

「2つめの方法は、この鏡を壊すことだ。先代からの引き継ぎでは、こいつを壊せば塔の外に出られるらしい。この鏡こそが、黙呪王のシステムの中心だ。しかしこの鏡、普通に壊そうとしても壊れない。壊す方法は……聞いてるよな? ニコちゃん」

 親父はニコに尋ねる。

「はい。私が、光の歌術を使います」

「そうだ。光の女神が光の歌術を使う、それしか壊す方法はない。そしてこの鏡を壊してしまえば、もう二度と元の世界との行き来はできない。それでいいんだな?」

「は……はい……」

 ようやっと返事できた。しかし涙で声が詰まる。

「ただ、誰も鏡を壊したことはないから、その後どうやって外に出られるのかは分からない。ひょっとしたら巨大ドラゴンが現れて『俺が初代黙呪王だ』つってラストバトルになるのかもしれない。何者かと一戦交える覚悟はしといてくれ」

「はい……」

「許してもらえるかどうか分からないが、母さんと姉ちゃんには、ヌエのことも正直に話して謝ってみるよ。お前がこっちで立派な男に成長してることも、彼女と幸せにやってることも伝えおく。そうだ、ウメコにも話してやらないといけないな」

「お願いします……」

「奏太、よく顔を見せてくれ」

 そういう親父はもう首のところまで消えてしまってる。

「はい゛……」

「最後に、できたらヌエの墓に花を供えてやってくれ、あいつ、あんな性格してるくせに可愛らしい花が好きなんだ。頼んだぞ」

「わがりまじだ……」

 もう泣き過ぎて声が変になってる。

「泣くな、奏太。お前は最高の息子だ。俺の誇りだ。向こうでみんなに自慢……」

「おどうざん!」

 消えてしまった。



 俺はニコの前で、恥ずかしげもなく、おいおい泣いてしまった。

 ただそれは別れが悲しい、切ないだけの涙ではなかった。嬉しさや安堵感も混じった温かい涙が、俺の頬を川のように流れ落ちた。
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