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終幕 歌のあふれる世界へ

二重らせん

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 お祭り騒ぎの群衆を後にして、俺たちは黙呪王の城、つまり二重らせんの塔の根元にやってきた。

 はあ……とうとう来てしまった。

 ジゴさんも、ナギさんも、ハルさんも、ナラさんも、アミも、みんなが行くなと止めてくれたのに、結局、来てしまった。しかもみんなを引き連れてここまで来てしまった。

「お前ら……ホンマに中に入るんか?」

「ねえ、黙呪王なんて、もう放っとかない? 別にこのままでもいいじゃない?」

「そうよ。もうこのままにしときなさいよ」

 やっぱり、みんな、止めるんだな。



「ソウタ、ニコ……」

 ジゴさんとナギさんが前に出る。

「おかげ様で革命は成った。黒い連中の暴走にも助けられたが、どっちにしても王国政府は崩壊した。しかし、お前たちがいなければ、新しい国は作れない。色んな種族をまとめ、民衆を率いるためには黒髪の力が、カリスマが必要だ」

「だからあなたたち、とりあえず今は中に入るの止めない? 新しい国を、新しい政府を作ってからにしない?」

 この2人に言われると辛い。俺にとっても両親みたいなもんだし。

「ううん、ダメ。私たち、中に入らないと。そのために急いでここに来たんだし」

 しかしニコはきっぱり言った。 

「ヌエさんにお願いされたもん。キョウさんを早く元の世界に戻してやってくれって。それに、ソウタもキョウさんに……」

 俺をチラッと見てそこでストップしたのは、彼女なりの気づかいか。



 ノノもこっちをじっと見てる。何か言いたげだが、黙って後で控えている。

 そうだよな。こいつも本当は父親に会いたいはずだ。

 ここにいることは分ってるのに、生まれから一度も会ったことがない……しかも、きっとこのまま、会わないまま、向こうは元の世界に戻ってしまうことになる。

 可愛い『妹』のためにも、俺がしっかりキョウさんと向き合わないと。

「黙呪王なんて本当にいるのかどうか分りません。中に入ったら骨が転がってるだけかもしれません。でもキョウさんはいます。このよく分らないシステムから解放してあげないといけません。それに……」

 俺は続けた。

「キョウさんに会って、伝えないといけないことがいろいろあります……会って、話をしたいんです。このまま置いとくわけにはいかないんです」



 ナラさんが思いきったように口を開いた。

「ヌエは言うた。女神と歌い手と光の歌術がそろえば黙呪王のシステムは終わるてな。ワシはあいつの言葉を信じる。実際にワシらは3つの扉を消してきた。もうこれが最後のはずや。でもな」

 ナラさんの目には涙が光っている。

「お前らが消えて、それと引き換えにこの世界は平和になりました……みたいなオチは要らんで。帰って来い。いざとなったら黙呪王なんか放っとけ。んなモンどうでもええから帰って来い。ええな?」

「分かりました。必ず帰ってきます」

「帰って来なかったら頭カチ割るわよ!」

 アミも、もうぼろ泣きだ。帰って来なければ頭はカチ割れないわけだが、それは言うまい。

「ニコも、帰って来なかったらあの事バラすからね!」

「え、ええっ! それはダメ! ちゃんと帰って来るから」

 えらく慌てている。何だ? 何をバラすんだ? すごく気になるんだが。



 塔の入り口、つまり『王の扉』は、イメージと違ってごく簡素な扉だった。

 材質は何なんだろう? 塔の外壁と同じくコンクリートのような質感で、これまでの3つの扉のような絵や文字はなく、真ん中に3つ、小さな石がはめ込んであるのだけが、ちょっとしたアクセントになっている。

「おっしゃ! ここも、これまで通りみんなで歌おか」

 ナラさんがリズムを刻み始める。

「ほい、リーダー。歌の順番決めてや」

「え、順番? 僕が決めるんですか? 正しい順番とかないんですか?」

「んなもん、あらへん。好きな順番でええんや」

「じゃあ、僕たちが巡った順番で、地獄歌、煉獄歌、天国歌の順で行きましょうか」

「おっしゃ!」

「了解!」

 まず、一刻城にあった地獄歌からだ。


「希望を捨て 業火に焼かれよ

 罪を嘆き 血の池に溺れよ

 巡れよ 地獄

 巡れよ 地の底♪」


 歌い終わったところで、扉にはめ込んである石の1つが光った。あ、なるほど、そういう仕掛けか。

 よし、次は砂蠍楼の煉獄歌だ。


「光を求め 救いを求め

 人の世は 囚われの監獄

 巡れよ 煉獄

 地の底から 天国へ至る道♪」


 やっぱり厨二っぽい歌詞だなあ。しかし扉は反応してるようで、ちゃんと2つ目の石が光った。よし、最後の歌、天国歌だ。


「女神の吹く 笛の音に誘われ

 光は全て 全ては光と知れ

 巡れよ 天上界

 永遠の愛に至る道♪」


 歌い終わると3つ目の石が光り……そして予想通り、扉はさらさらの砂のようになって崩れ去った。

「やっぱりな……前の時と違う」

 ナラさんが言う。

「前の時は扉、消えなかったんですか」

「そうや。横にガガガと開いただけやった」

 とすると、やっぱりこれが正解、メインルートということになるな。

 しかしメインルートということは、これから真のラスボス出現、ラストバトルになるとか、そういう可能性もある。



 開いた扉の前でみんなとハグをした。

 お別れのハグではない。ないんだが、ひょっとして……という思いがよぎる。

 黙呪王、本当にいたらどうしよう、巨大ドラゴンが出てきたらどうしよう、不死の魔術師が出てきたらどうしよう……ない、ない。そんなことあり得ない。

 キョウさんはどういう状態なんだろう。どこかに閉じ込められてるんだろうか。ヌエさんみたいに瀕死の状態だったらどうしよう……ない、ない。ヌエさんもノノも、キョウさんは元気だって言ってた。

 あれこれ迷う俺の手をニコが握った。

「ソウタ、行こう」

 女神の手は温かく、笑顔は眩しかった。

「よし、行こう」

 みんなの声を振り切って、俺たちは建物の中に踏み込んだ。



 中はがらんとしたホールだ。

 壁も天井も真っ白で、何の家具も装飾もなく、殺風景この上ない。あまりの真っ白さに遠近感がおかしくなる。

 しかし目が慣れてくると、ホールの手前と奥の方に、これまた真っ白な階段があるのに気が付く。2つの階段はそれぞれ緩やかにカーブを描きながら天井に吸い込まれていってる。

「上がろうか」

「うん」

 ここにつっ立っててもしょうがない。俺たちは手前の階段を上がり始めた。

 やはりこの階段が二重らせんを描いているようだ。2本の階段は、ねじれ合いながら、どこまでも上っていく。一定間隔で連絡通路があり、のぞくと向こう側の階段が見える。不思議な構造だ。

 この塔って、外から見た時にはかなりの高さがあったよな。これ、どこまで上っていくんだろう。

 時々どちらかが足をひっかけてバランスを崩しそうになると、つないだ手にぎゅっと力が入る。手を放して別々に上った方が良いんだろうけど、何だか手を放すとどっちかが消えてしまうんじゃないか、みたいな不安があって、俺たちはずっと手をつないでいた。



 沈黙が気になりだした頃、ニコが急にまたヘンなことを言い出した。

「ソウタ、最近、夢って見ない?」

 え? 夢?

「あ、ああ……時々見るけど」

「前に言ってた、私と似た子、出てくる?」

「ああ、時々出てくるよ」

「ふうん……」

 彼女の手に少しだけ力が入った。

「あのね、私、考えたの……」

「うん」

「私とソウタ、過去の夢の中ではよく一緒にいるのに、何でソウタの記憶から私が消えてるのか、っていうこと」

 それを聞いた時、何か心の中がヒヤッとした。あの、車いすの女の子、あの記憶に触れた時と同じ感覚だ。

「私、つい何日か前、また不思議な夢を見たの」

「う、うん」

 何だか声がかすれる。のどが渇いてる。

「私ね、病気でベッドに寝てるの。身体にいろんな管とか線とかつながってて、たぶん、あんまり具合が良くないの」

 心臓がズキンとする。それ以上、聞きたくない。思い出したくない。

「私はソウタと違って、転生者でしょ? 私ね、前の世界では、病気で死……」

「待って」



 その時、唐突に壁が現れ、目の前を白く塞いだ。ここで行き止まりだ。

 横にまた連絡通路がある。

 しかし、おかしい。のぞき込んでみると、途中にドアがあって遮られている。これまでと違い、向こう側の階段が見えない。何だ? あのドア。

 王の間!

 そうか。あれが王の間の入り口か。

 いや、『間』っていうほどのスペース、ないはずだけどな。どういう構造になってんだ? 2人で顔を見合わせる。

 あの中に黙呪王がいるのか。

 ドアを開けると巨大ドラゴンが飛び出して来るのか?

 それとも王の骨だけが転がってるのか?

 ゾンビになってるとか、実はロボットでしたとか、ないよな。

 えい、今さらあれこれ考えててもしょうがない。

「行こうか、ニコ」

「うん」

 俺たちは連絡通路に入り、ドアの前に立った。左手でぎゅっとニコの手を握り、ふーっと息を吐いて、ドアノブを回す。

『ガチャ』

 ドアは簡単に開いた。
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