音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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終幕 歌のあふれる世界へ

響く革命歌

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 KYな女神さまが首都に向け行進を始めてしまって、焦ったのはジゴさんだ。

「弱ったな、ソウタ。どうしよう」

 本当に弱った顔をしてる。

「いや、もうこのまま行くしかないっしょ。ゴブリンは止まりません」

 まあ、俺は元々、ジゴさんとナギさんだけを行かせるつもりはなかったからな。むしろ「ニコ、グッジョブ!」と言いたいところだ。

「革命なんてね、誰がどんな風にしたか、じゃなく、結果オーライなのよ。革命が成功すれば、その過程なんてどうでもいいじゃない」

 後からハルさんも声をかけてくれる。ハルさんも元々、歌い手と共に戦う派だったからな。

「いや、別に過程にこだわってるわけじゃないんだがな……」

 ジゴさんは煮え切らない。

 しかしもう、始まってしまったものは仕方ない。俺たちの周りではゴブリン戦士たちが口々に『女神の旋律』を歌いながら小走りに駆けている。もう革命の第3段階は始まってしまったんだ。



 山を下りると見渡す限りの草原だ。春の陽光をバックに、伸びてきた新緑が冬枯れの草と入れ替わりつつある。

 首都までは半日ぐらいのはずなのだが……何だあれは? 草原のあちこちに黒い物が見える。

 げっ! あれは黙呪兵だ。

 とんでもない数の黙呪兵が広い草原いっぱいに展開している。どういうことだ? 黙呪兵は在庫不足になってるはずじゃなかったのか?

 気がつくと、もう奴らの先陣が目の前にいた。

 黒いしわくちゃが剣を抜いた。ん? この辺りの黙呪兵は剣を使うのか。見たところ粗末な銅剣だが、それでも剣は剣だ。まともにヒットすればただ事では済まない。とりあえず震刃で手当たり次第、剣を弾く。

 ジゴさんナギさんを含め、俺たちは黙呪兵と戦い慣れている。歌術を使う者、剣を抜く者、それぞれの戦い方で、襲いかかってくる奴らをなぎ払って進む。

 しかしゴブリン戦士たちは初めて黙呪兵と対峙して戸惑っている。そりゃそうだろう。見た目は自分たちとそっくりだ。身内に襲われてるみたいなものだ。仲間意識の強い彼らにとってはやりにくいだろう。あ、いけない。わざわざ黙呪兵に話しかけて切り倒されたゴブがいる。奴らに話は通じない。

「ニコ、歌おう! 『女神の旋律』で黙呪兵を無力化しよう」

「うん、分かった」

「ニコ、ワシの背中乗れ。その方が声が遠くまで届くやろ。キナと一緒に歌え」

「うん、ありがとう」

 彼女はナラさんの背中にまたがり、ゴブリン娘と一緒に歌い出した。その姿はすごく絵になってる。作者はドラ……なんだったっけ、革命を率いる女神の絵があったよな。あんな感じだ。胸は露出してないけど。



 剣を振り回して荒れ狂っていた黙呪兵がピタリと止まった。ジッと耳を澄まし、光の女神が歌う革命のテーマソングに聞き入っている。その隙にこっちはどんどん通り過ぎて行く。

『ありがたい。助かったぞ。同士討ちは避けたいからな』

 戦士長がしみじみ言う。いやいや、俺たちも黙呪兵の正体を知ってしまった以上、できるだけ殺生はしたくない。

 しかし黙呪兵の数が多過ぎた。草原の遠くの方からも次々こっちに集まってくる。そして歌が届かない範囲から時々弓矢が飛んできたり、歌術が飛んできたりする。

 どこかに親衛隊員がいて彼らを操ってるはずなのだが、生い茂った草の影になって遠くが見渡せない。

 あ、またゴブ戦士に矢が当たった。倒れたところに仲間が駆け寄って癒歌をかけ、大事には至らなかったようだが、危ない危ない。

 ゴブリン同士で傷つけ合うような悲劇をまねいた連中にあらためて腹が立つ。舌打ちしたくなる。



 その時だった。

『ばっしいいいいん!!』

 真っ青に晴れわたった空から草原の一点に向かって稲妻が走った。

 な、何だ何だ何だ?

 その稲妻は親衛隊員の鎧をとらえたもののようだった。証拠に、その周囲からこちらに飛んでくる弓矢がピタッと止まった。

『ばしゃあああああん!!』

 今度はまた全然違う方向に落ちた。これは……偶然の落雷じゃない。歌術だ。雷歌だ。

 空を仰ぐ。

 太陽の光を一瞬遮った黒い影。ああ……あの子が戻ってきてくれたんだ。

 ん? 影は1つじゃないぞ。5つ、6つ、いやもっとだ。影たちは姿勢を変え、編隊になって次々と舞い降りてきた。

 目の前で、ギリシア彫刻のような美少女が黒い翼を畳んでいる。裸の胸に視線が落ちそうになるが必死で堪える。横で曲刀を構えたアミが睨んでるからだ。

 翼を整えた鳥娘がこちらを向いた。珍しく喜びを顔に表している。

「お兄ちゃ……いや、歌い手……私、戻ってきた」

「ああ、ありがとう! おかえり」

「いろいろ忙しかった。遅くなった」

「いいんだよ、そんなこと。むしろ絶好のタイミングだ」

 俺が言うと思い切り目尻を下げて嬉しそうに笑った。か、可愛いじゃないか、こいつ。

「村の戦士も来てくれた。光の女神と、歌い手と、一緒に戦う」

 彼女が振り返った先には上半身裸の美女が10人並んでいた。ぐっと突き出された胸胸胸……ついに俺の目は欲望に負けた。

「ちょっと、ソウタ! また胸ばっかり見て!」

 ほら、アミが怒ってる。

「族長はまだ若い。我々が補佐役として付いて来ることになった。それに元々、我らは光の女神を助ける役割を負った種族だ。僕(しもべ)として好きなように使ってくれ」

 キリッとした顔の鳥女がニコに言う。

「はい、よろしくお願いします」

 ニコが下りてあいさつすると、ノノが彼女の前に歩み寄った。

「後で、光の歌術教える」

「うん、よろしくね」

 美少女2人の笑顔……見てるだけでも、すごい安心感と勇気が湧いてくる。



 しかしその時また、遠くから集まってきた黙呪兵が弓矢を飛ばしてきた。

「すいません。声が届く範囲の黙呪兵は何とかなるんですが、遠くの連中は親衛隊員を倒さないとどうにもなりません。さっきみたいに親衛隊員を雷歌で狙い撃ちしてもらえませんか」

「心得た。行くぞ!」

 俺がお願いすると、鳥女たちはいっせいに翼を拡げバサバサッと飛び立った。しばらくすると草原のあちこちで雷鳴がとどろき、何本もの火柱が立った。

「よし、俺たちはまた歌いながら行こう」

 再び鹿の背にまたがった女神とゴブリン娘を中心に、俺たち、そしてその外側をゴブリン戦士たちが囲んで歌いながら進む。

 そのさらに外側を、戦闘停止した黙呪兵たちが幾重にも取り囲んだ。気がつくと、黙呪兵たちまでも、一緒に『女神の旋律』を歌っている。歌詞はデタラメだ。しかしメロディーはちゃんと追えている。

 驚いた。どういうことだ?

 ゴブリンに代々受け継がれた遺伝子に、この歌に反応するようなコードが書き込まれているんだろうか。まさかな。

 しかし草原を埋めんばかりの黙呪兵の……いや、元・黙呪兵の、というべきか、その歌声は海の波のようになって響き渡り、重なり合って大合唱のうねりとなった。



 遠くの方に奇妙な物が見えてきた。

 空高くそびえる、天に届かんばかりの巨大な塔……よく見るとハシゴがねじれたような、らせん構造、いや二重らせん構造をしている。

「あれが黙呪城よ」

 ハルさんは懐かしそうな顔だ。

「何だって、あんなヘンな形してるの?」

 アミが俺の疑問を代弁してくれた。

「初代の黙呪王も異世界人で、異世界の何かの構造を模して不思議な塔を作った、そんな都市伝説があるな」

 ジゴさんがドヤ顔で教えてくれる。確かに、何かであんな構造を見たような気もするが思い出せない。

「毎日あの下で生活してて見慣れちゃえば不思議でも何でもないわよ。ただのヘンな塔よ」

 ナギさんが吐き捨てるように言う。まあ、この3人にとってこの首都のシンボルは、いろいろ複雑な思いを抱かせる物だろうからな。

「はああ……とうとう、また来てもうたわ」

 そしてナラさんはため息だ。

「お前ら、ホンマにあそこに行くんか?」

「……はい」

「そうか……」

 また、ため息だ。

「ノノ、本当にあの中にキョウさんがいるのか?」

 俺が尋ねると、横を歩いていた鳥娘がこっくりうなずいた。

「ナラさん、だからこそ、行かないといけないんです」

 俺が言うと、ナラさんは、もう一つ追加でため息をついた。

「そう言うて、キョウも出てこんかったんや。なんぼ中で生きとっても出てこれんかったら死んでるんと一緒やん。お前らまで出てこんかったら、ワシ、もうホンマに生きとれんで」

「大丈夫です。確かに僕一人だと怪しいですけど、女神さまと一緒ですから」

 ナラさんの背中で一生懸命歌ってるニコを仰ぎ見て、俺は答えた。



 たくさんの元・黙呪兵たちと大合唱しながら草原を進むうち、ようやっと首都の城壁が見えてきた。

 しかしそれと同時に城壁の中からいくつも黒い煙が上がっているのが見えた。

「何だ、あの煙?」

「何かしらね。焚き火っていうレベルじゃないわね。火事?」

「いえ、同時にいくつも火事が起こるなんておかしいわ」

「誰かレジスタンスが先走ったか?」

「その可能性はあるわね」

「でもそれはマズいわよ。個別に鎮圧されちゃったら大きな戦力ダウンよ」

 ジゴさんたちが議論してるうち、偵察に飛んでくれたノノが戻ってきた。

「街、燃えてる。それに人、たくさん死んでる」

 えっ!? もう街の中でも革命が始まってしまった?

「おかしいな……俺たちが各レジスタンス組織に伝えた作戦では、『大臣や高官は人質』だ。そんなに派手に殺すことはない。しかも火を放つなんて話もないぞ。延焼したら市民に被害が出る」

 ジゴさんの顔が曇る。そうだよな。この人が考えた革命だ。たくさんの人命を犠牲にするはずがない。

「ヘンね……」

「うーん、急いだ方がいい。レジスタンスの誰かが暴走してるなら止めないといけない。そんなことあり得ないと思うけどな」



「それと……」

 ノノが続ける。

「この先、門の手前に大きいの、いる」

「え? 大きいのって?」

「たぶん、眷属」

 え、えええええっ! やっぱりいるの?

 ジゴさんと目が合った。親父、苦笑してる。

「ソウタ、ニコ、悪いが頼んだぞ」

 ほら、やっぱり僕たちが一緒に来といて良かったでしょ? と言いたかったが、それはのみ込み、代わりにウインクしておいた。お父さん、貸し、ですよ。
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