音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

文字の大きさ
112 / 123
終幕 歌のあふれる世界へ

夜明けの奇襲

しおりを挟む
 キナは今日もご機嫌だ。ナラさんの背中でまた『女神の旋律』を歌っている。

 ニコやアミが何度も教え込んだせいだろう。デタラメな歌詞もだいぶ人間語に近づいた。


 女神の旋律 君に歌うよ 下手くそだけど

 光になって 風になって 夢中で歌う ♪


「何だか様になってきたじゃないの」

「っちゅうか、人間の言葉がだいぶ分かるようになってきたみたいやで」

 自分のことをネタにされてても気にしてない。ひょいと地面に下りると、今度はゴブリンたちの所に行く。

 俺たちからもらったドライフルーツを向こうに持って行くこともある。向こうでせしめた木の実を俺たちに持って来てくれることもある。

 それにキナが彼らに頼んでるのか、ひょっとして命令してるのか、彼らもキナと一緒になって『女神の旋律』を歌ってることがある。

 キナがそうやって行ったり来たりしてるうちにゴブリンと人間の距離は近づいた。前はきっちり30メートル開いてたのが、最近は5メートル……いやもう距離はない。ナラさんはもう連中と普通に雑談してるし、森の民の血が流れるハルさんも、徐々にゴブリン語会話を習得しつつある。



 俺たちは森から出て人家が散在する地域を進んでいる。なるべく人のいないルートを選んでいるが、何せ大人数なので人目につく。仕方なく、日中は雑木林などに身を潜め、主に夜間に行軍している。

「もうすぐね。ジゴの情報が正しければ、このまま夜通し歩いて、夜明け前には秘密工場に到着よ」

 月明かりの下、ハルさんの膝には懐かしい魔笛団謹製の地図と、工場の内部構造が記されたメモが拡げられている。

「ここの工場も地下施設だ。自然の洞窟を利用してるんだが、山の中腹に開いたこの穴がメインの出入り口になってる。俺たちはここから正面突破だ。大騒ぎしてできるだけ多くの親衛隊員をこちらに引き寄せる。ゴブたちはその隙にこの谷間の入り口から侵入してもらう。こっそり中のゴブリンを解放し、外に連れ出してやってくれ」

 ジゴさんの作戦はまずまず合理的なものだ。

『了解した。我らは谷間から突入し、できるだけ多くの同士を救出する。ただ、その後は正面に回り、お前たちの背中を守ろう。それぞれ危ない場面では助け合おう』

 今回初めてゴブリンの戦士長が作戦会議に参加してくれた。幸い彼は頭からの人間嫌いではないようで、素直に作戦を受け入れてくれた。

「ありがたい。よろしく頼む」

『ああ、こちらこそ』

 ジゴさんと戦士長が握手した。

 その時、何とも絶妙なタイミングで、キナが女神の旋律を歌い出した。

 胸が熱くなる。長年虐げられ、人間を恨んできたゴブリンと、それに罪悪感を持ち、悩んできた支配者階級の子供が握手した。それを橋渡ししたのが俺たち、そしてこの歌なんだ。

 気がつけばみんなが歌い出していた。俺たちは歌いながら立ち上がり、そして歌いながら歩いた。歌声は夜空にとけていった。



 月が西に傾き、東の空が白んでくる頃、俺たちは首都の南にある渓谷にたどり着いた。俺たちは二手に分かれ、人間たちは山の中腹に向かい、ゴブリンたちは谷間に下りて行った。

「また会おう!」

『おう! また会おうぞ』

 このまま日の出を待たずに突入する。夜明けの奇襲作戦だ。できるだけ無駄な殺生を避け、それでいて相手側に最大限のダメージを与えられる。



 行く手に大きな石扉が現れた。あれがメインの出入り口だな。

 手前に小さな小屋があって中で親衛隊員が居眠りしている。夜勤お疲れ様と声をかける代わりにハルさんが蔦歌を歌った。

 ツタで縛り上げられた門番は、よっぽど熟睡してたんだろう、そのまま眠りこけている。しかしたぶん夢見は良くないだろうな。

「さあ、派手に暴れようぜ」

「了解!」

 ジゴさんの合図で俺は震歌を歌った。

『どごおおおん! がらがらがら』

 石の扉は地響きを立てて砕け落ちた。

「ななな、何だ!」

「何だ、何だ! 何事だ?」

 中から親衛隊員が飛び出してくる。

 俺はゆっくり歩いて彼らの前に立った。そして頭に巻いた布を取って黒髪を曝した。

「みなさん、朝早くからお疲れ様です。僕は歌い手です。みなさんを懲らしめるために来ました。すいません」

 別に謝らなくっても良かったか。まあ癖みたいなもんだ。



「歌い手だあっ!」

「敵襲! 敵襲!」

 さすがに砂蠍楼の手前にいた雑魚の集まりとは違う。あっという間に10人以上の隊員が俺の周囲に展開した。

「あのう、なるべく死者は出したくないので、ちゃんと防御して下さいね」

 一応断った上で、こちらも歌い始める。大勢の敵を相手にする時は乱震刃に限る。ハイスピードラップにノって俺の両手は広角をスイープする。

「うがっ!」

「ぐわあ!」

 慌てて壁術を歌ったヤツもいたが、普通の人間が張った壁術なら、俺の震刃の方が強い。たちまち壁は砕け去り、その後は俺の震刃がもろにヒットする。気がつけばもう立ってるやつは誰もいなかった。え、これで終わり?



 と思ったら中からまたばらばらっと飛び出してきた。

「敵襲だ! 増援を!」

「増援! 増援!」

 そうそう、もっと呼んでくれ。こっちに人を集めてくれ。

 って言ってたらどんどん集まってきてすごい人数になった。しかもぐるっと取り囲まれてしまった。え? ちょっとマズくない? これ。

 目の前のヤツが炎刃を撃ってくる。震壁ではね返す。

 右手のヤツが凍歌を歌う。歌い終わらないうちに震刃で払う。

 左手のヤツが風刃を撃ってくる。震壁を張る、と思ったら後から水刃が飛んでくる。すんでの所で避ける。足元を震刃で払う。

 うわ、目の前のヤツが剣を構えた。左手のヤツがまた風刃だ。えい、もう一度みな震刃で払ってやろう、と思ったら、右手のヤツがボウガンでこっちを狙ってる……間に合わねえ!

「もう、見てられないわね!」

 赤毛の少女が大きな曲刀を振り回しながら飛び込んで来た。ボウガンを構えたヤツを切り払ってくれる。

 それと同時にツタがしゅるしゅると伸びてきて何人かを瞬時に縛り上げた。後の茂みからは強力な炎刃や風刃が飛んできて援護してくれる。

「ご、ごめん」

「謝ってる場合じゃないでしょ!」

「一人でやってみるって言うから任せたのに、頼りないわねえ」

「女神と違うて、歌い手は人間やっちゅうことやな」

 みんないろいろ言ってくれる。しかし親衛隊の方は一気にパニックに陥った。

「うわあ、仲間がいるぞ!」

「増援だ! 増援を頼むうっ!」

 陣形が崩れ、敵味方入り乱れての戦闘になった。しかしこちらは一人一人が強い。親衛隊員はどんどん倒れ、逃げ出す者も出てきた。

「よし! 工場の中に突入だ!」

 ジゴさんが剣を抜いて走り込む。俺たちもそれに続いた。



 中はニルの地下墓地で見たのと似たスチームパンクな空間だった。自然の鍾乳洞を利用したスペースに用途のよく分からない装置がずらーっと並んでる。

「ソウタ、頼んだぞ。全部ぶっ壊してくれ」

「分かりました!」

 俺は右手をかざし震歌を歌いまくった。

 ちょっと直して使えるようになるんじゃ意味がない。装置がバラバラになるまで念入りにぶっ壊した。

 時々出てくる親衛隊の残党をツタで縛り上げながら俺たちは奥へ奥へ進む。また大きな石の扉が出てきた。俺が震歌を歌うと、扉はガラガラと音を立てて崩れた。

 しかし、扉の先に拡がっていた光景に俺たちは凍りついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...