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第十幕 革命前夜

歌は、いいな

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「ちょ、ちょお、ええ加減、それ止めてえな……」

 キナは俺たちと一緒に遠征隊に加わることができて大喜びだ。ずっとナラさんの背中で飛び跳ねている。

 しかしナラさんの困り切った様子を笑う者はいない。大人たちはみなうつむいて黙々と歩いている。



 ニコが歌ったことで場が和み、衝突は回避された。その後、改めて俺とニコを人間側の代表にして、ナラさんの通訳で村長らと対峙した。

 ジゴさんの言い方だとゴブリンたちに恩を売るような感じになってしまう。それじゃプライドが高い上、被害者意識にこり固まった彼らには受け入れ難いだろう。

 だから、ゴブリンをひどい目に合わせている連中は『たまたま』俺たちにとっても宿敵なんだと話し、共通の敵を一緒に討つ『共闘作戦』ということにした。

 俺たちは親衛隊を倒す。ゴブリンたちはゴブリンを解放する。お互い、危ない時には助け合う。これなら双方、上からだの下からだの言わなくても良い。

『それなら良い。共に戦おう』

 ようやっと村長を取り巻く長老連中もうなずいた。



 ということで、ジゴさんナギさんを加えた俺たち一行がゴブリンの戦士たちを先導し、黙呪兵の秘密工場に向かって中央森林を北上しているのだが……どうも微妙な雰囲気だ。

『共に戦おう』と言ったはずなのに、ゴブリンはゴブリンで常に固まり、俺たちと交わろうとしない。言葉が通じないからしょうがない面もあるが、どこかにまだ敵対心のようなものが残っているようだ。

「しかし……何だな」

 俺の隣を歩くジゴさんが頭を掻きながら話しかけてくる。

「ソウタに言われてハッとしたな」

「え? 何がですか?」

「いや、あのゴブリン村でのことだよ。俺にはまだ『人間様がゴブリンを助けてやるんだ』みたいな気持ちがあったんだなって」

「いやあれは、交渉術として、こういう言い方をした方が良いと思います、って言っただけで……」

「いやいや、ソウタもいろいろな種族、いろいろな生き物と一緒に旅をして、一緒に歌ってきただろ。一緒に音楽やるならみな平等だ。どっちが上とか下とかいうことはないよな。俺もソウタを見習わないといけないなと思ったよ」

「止めて下さいよ。そんなに褒められたら照れるじゃないですか」

 俺が赤い顔してるのをアミが振り返ってにやにやしている。

「でも、どうにかならないかしらねえ、この雰囲気」

 ハルさんが後のゴブリンたちを見て嘆く。彼らはきっちり30メートルほど間を開けて黙ってついてくる。休憩時間でも決して話しかけてくることはない。そして時々厳しい視線を投げてくる。気を抜けば後から襲われるんじゃないかと不安になる。



 しばらくするとまた会話が途切れてしまった。

 黙って歩いているとどうしてもヌエさんのことが頭に浮かんでくる。

 彼女は最期に教えてくれた。キョウさんは生きてる、今も黙呪城にいると。そして彼女がこれまで俺たちを黙呪城に行かせようとしてきたのは、キョウさんを早く元の世界に戻してやりたかったからだと。

『黙呪王なんて……』と言いかけてたのは、黙呪王なんて『いない』と言いたかったのか、俺とニコと光の歌術の3つがそろえば、黙呪王なんて『ちょろい』と言いたかったのか。

 いずれにしても、俺たちが本当に倒すべきは黙呪王なんかじゃなく親衛隊や王国政府の大臣たちだ、って言ってたよな。

 ヌエさんを殺したのも親衛隊、そしてあのゾラだ。

 もう許せない。本当に人間の心を失っているならば、既に死んでいるのと同じだ。その黒く腐った心臓を止めてやる。ヌエさんの仇を討ってやる。



 ジゴさんは、工場を破壊することで黙呪兵の供給を断ち、その上で大陸全土のレジスタンス組織と連携し、革命を起こそうと考えているようだ。ノートにはそう書いてあった。

 俺たちはゴブリンとの間を仲裁した流れでついて来てるが、どこまで一緒に行くか、まだ決めてない。というかバタバタしててジゴさんと詳しい話ができてない。

 ジゴさんはこれまで、ソウタとニコを巻き込みたくないと手紙やノートに書いていた。どこかで「お前らは帰れ」と言われるんだろうか? 

 大陸全土を巻き込んだ大きな動きが起ろうとしている。歌い手の俺はどうしたらいいんだろう。

 思わず、ほおっとため息が出る。



 その時、ナラさんの背中に飽きたのだろう、キナが下りて自分でちょこちょこ歩き出した。

 どうしても大人たちの足にはついて行けず遅れがちになって、ゴブリン戦士たちの列に混じり、抱っこしてもらったり頭を撫でてもらったりしてる。で、しばらくするとタタタと走って俺たちの方に戻ってくる。

 ただ、そうしながらもご機嫌で何やら鼻歌を歌っている。

「あら? キナちゃん、『女神の旋律』を歌ってるの?」

 ニコが笑顔になる。本当だ。あの歌を歌ってる。

「何や、お気に入りみたいやで。時々歌うてはるわ。歌詞はめちゃくちゃやけど」

 ナラさんの言うように、歌詞は人間語ともゴブリン語ともつかない勝手なものだが、メロディーはちゃんと覚えてくれてるようだ。

 ニコが一緒に歌ってやると、キナは大喜びだ。何だかそれを見てると俺も歌ってやりたくなってきた。俺たちが歌ってると、そこにアミも加わった。



「そうだ。訊こうと思ってたんだが、この歌はソウタが作った歌か?」

 ジゴさんが尋ねてくる。

「え? ああ、そうです」

「ひょっとして、ウチの畑で歌ったってやつか?」

「そうです、そうです」

「ニコのことを歌ったっていうやつでしょ?」

 ナギさんまで突っ込んでくる。

「あ、あの……そ、そうです……」

「ええーっ! そうだったの?」

 アミがにやにや笑いながら話に入ってくる。ってお前、その話、前にもしてやったじゃねえか。知らなかったフリしやがって。



「ふうん……そうかあ、なるほど」

 しかしジゴさんはしきりに感心してる。

「な、何ですか? ジゴさん」

「いやあ、不思議な歌だなあと思ってな」

「すいません。異世界人の歌なんで……」

 それを聞いてジゴさんは笑い出した。

「ハハハ、相変わらず謝らなくってもいいところで謝るんだな、ソウタ。不思議な歌っていうのは、良い意味で言ってるんだぞ」

「そ、そうなんですか……」

「ああ。この世界の歌は短いだろ。歌術が発動すればそこで終わりだ。しかもあんまり抑揚がない」

「まあ、そうですねえ」

「ソウタの歌は、メロディーが繰り返され、違うメロディーにつながって行って、そしてどんどん盛り上がっていって、そしてまた潮が引いていくように静かになる。起承転結というか、歌の中に小さな世界があるみたいなんだな」

「あ、ありがとうございます」

「それに歌詞が良い。異世界に転移して戸惑ってたら女神と出会って、みたいなストーリーがよく分かる。だからよけいに、君に出会うためここに来た、君のために歌うんだ、ってところがグッとくる」

「ちょっと照れくさいですけど……」

 その時、キナがまた大きな声で歌い出した。

『△×&○#□÷○×$~』

「こりゃまた、ひどい歌詞だな」

 得意気に歌ってるその様子と歌詞のあまりのデタラメぶりに俺たち全員が噴き出してしまった。ずっと元気のなかったナラさんまでも声を上げて笑っていた。

 横からニコとアミが歌詞を教えようとするが、キナは無視してデタラメ歌詞で歌い続ける。それがまたコントのようで面白い。気がつけばみんなが笑顔になっていた。

 いいな……歌は、いいな……

 何となくそんな言葉が頭の中に浮かんだ。
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