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第十幕 革命前夜

ゴブリンの村へ

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 ノノは母親の遺骨を持って、いったん故郷へ帰ることになった。

 ほとんど感情を表に出さない子が、泣いていた。母親の身体にすがって、静かに、ずっと、泣いていた。可哀想で可哀想で見てられないほどだった。

 しかし、しばらくして俺のところに来た時にはもう落ち着いた表情だった。

「私、帰る。でも……母さん置いて、また来る」

「うん、また戻って来てくれ。力を貸してくれ」

「女神に……光の歌術教える」

「そうだ。その役目もあったよな。今はお前が族長なんだよな。頼んだよ」

 こくりとうなずく。

「俺たちは今から中央森林に向かう。場所、分るかな?」

「大丈夫。お前のいる場所、いつでも分かる」

「え? 俺のいる場所? 何で?」

「……」

 彼女は黙ったまま、謎めいた微笑みを見せた。そしてそのままぷいっと向こうに行ってしまった。何だ? ひょっとして……やっぱりそうなのか?



 北へ向けて飛び立つ彼女を見送り、俺たちはまたまた船に乗り込んだ。

 当たり前だが全員ひどく沈んでいた。

 もう1日でも半日でも早く着いていれば、ヌエさんを助けられたんじゃないか……タラレバの話をしてもしょうがないのだが、どうしてもそんなことを思って自らを責めてしまう。

 しかし、落ち込んでる暇はない。今度はジゴさんナギさんが危ない。すぐに中央森林に向かわねばならない。その思いだけが俺たちを動かしていた。



 ジゴさんたちがニルを発って2週間ちょっと。もうぼちぼち中央森林に着いてる頃だ。ゴブリンたちに接触する前に止めたかったんだが、もう間に合わないか。

 ジゴさんも百戦錬磨の旅人だ。何の準備も情報もなく不用意にゴブリンに近づくことはないと思うが、なにせ連中は極度の人間嫌いの上、攻撃的だ。何があるか分からない。

 しかもこのゴブリン娘、名前はキナというが、何と村長の孫娘であることが判明した。

 この子を差し出して

「俺たちが助けてやったんだ」

という話に持って行けたら良いが、向こうはこの子を血眼になって捜索してるだろうし、場合によっちゃ、一戦交えるつもりになってるかもしれない。冷静にこっちの話を聞いてくれるとは思えない。そこにジゴさんが行けば……危ないな、やっぱり。

 とにかくキナをしっかり手なずけて、俺たちの言うように動いてもらわないと……しかしそれもなかなか難しそうだ。

 もうすっかり俺たちに馴染んでるのはいいんだが、お転婆というかヤンチャというか、今もナラさんの背中に乗って両手で角をつかみ、ゆさゆさ揺さぶってる。

「ちょお、ちょお、キナ、それ止めて。頭クラクラするやんか」

 元気のないナラさんが、さらに元気のない声で哀願したぐらいでは止まってくれない。

 さらに、いつもだったらそんな姿を速攻でからかうだろうハルさんやアミも、うつむいたままため息をついてる。元気なのはゴブリン娘だけだ。



 船を選んだのは少しでも早く着くためだ。川を遡って行く形になるので、普通ならあまり速度は出ない。しかし俺たちには奏鳴剣がある。

 レミ川を遡った時と同じように、俺が奏鳴剣を水の中に突っ込み、ニコが笛で水歌を奏でる。水鳴剣のジェット噴射で水上バイク程度のスピードは出る。

 途中で笛をハルさんに、奏鳴剣はアミに替わってもらうこともあったが、格段にスピードが落ちる。やはり俺とニコの組み合わせがベストのようだ。

 他にも船は通っている。親衛隊に見つかるリスクはあるが、もうそんなことは言ってられない。水上検問があったら強行突破するしかない。周りの船を蹴散らしながら、俺たちの乗った小船は異次元のスピードで川を遡って行った。



 3日目、川は2つに分れた。左側はバリン砂漠から流れ出たもので、ちょっと前に俺たちが下ってきた川だ。そしてもう一方が中央森林に端を発する川だ。俺たちは右に舵を取り、さらに流れを遡っていった。

 既に周囲に人家はなくなり、行けども行けども森林が続いている。川幅も狭くなってくる。流れも速くなってくる。もうぼちぼち中央森林の辺縁部だ。

「このままゴブリン集落まで船で行けるんですか?」

「いや。近くまでは行けるけど、最後はちょっと歩かんとあかんな」

 ナラさんが教えてくれる。その背中には相変わらずゴブリン娘が乗っかっていて、角にイタズラしている。

「そ、それちょっと止めて、キナ。それ止めて」

 ナラさんも持て余し気味だ。ん? その時、ゴブリン娘が何か言った。

「お、おお。村は警戒厳重で、周りに見張り台がいくつもあるで、言うとる」

 そうだろうな。

「見張り交代の時にはタイコを鳴らすらしい。その時が手薄や。この子らはいっつもタイコの音を合図に村から逃げ出して外で遊んどったらしい」

 そんなことしてるから人間に捕まるんだ。これからは気をつけるんだぞ……と言おうと思ったら、ナラさんも同じことをキナにお説教したようだ。ふくれっ面の彼女が角をガタガタ揺さぶって反撃している。

「ちょ、ちょ、ちょ、それ勘弁や」

 伝説の魔鹿さんもお転婆ゴブリン娘にはたじたじだ。



 その翌日、川の上流にたどり着いた。川は渓流のようになってしまい、もう船で上るのは無理だ。俺たちは船を降り、獣道を歩き出した。

 ニルを発って5日。陸路なら2週間ぐらいかかるところを、ものすごいスピードでやって来た。笛の吹き過ぎでニコとハルさんは唇が腫れてるぐらいだ。

 周囲は深い森林だ。木々が生い茂り見通しが利かない。

 もちろん地図なんかない。キナの言う見張り台がどの辺にあるのか、大まかな位置でも分かれば作戦も立てられるんだが、何の情報もない。

 こんな時、ノノがいてくれたら、さっと偵察飛行してきてくれるんだが……彼女はまだ戻ってこない。故郷で新族長としていろいろ重要事に取り組んでるはずだ。

「この辺からはワシらが先頭に立つわ。キナは土地勘あるし、ワシも多少は鼻が利く」

「はい、お任せします」

「よろしく」

 それまで先頭を務めていた俺とアミは下がってナラさんと入れ替わった。大喜びのキナがナラさんの背中でぴょんぴょん飛び跳ねている。

「こらこら、キナ、静かにせい」

 と言って聞く子ではない。

「ゴブリンは、目も、耳も、鼻もええ。しかも歌術で野生動物を使役しよる。索敵能力はすごい高い。なるべく風下に回りながら、静かに静かに行くで」

 うわあ、テイマーか……猛禽類とか元々索敵能力の高い生き物を使われたら、すぐに見つかっちゃいそうだ。ってか、そんなローカル歌術があるのか。すごいな。何でもアリだな。



 息を潜めるようにしながら、深い森を少しずつ進む。時々キナがナラさんにルートを伝える。今や彼女が頼りだ。

 その時、遠くで

『トントントン……』

 あっ! タイコの音だ。間違いない。ゴブリンの集落だ。

 よし、見張り交代の間に一気に距離を詰めるぞ。俺たちは音のした方に全力で走り出した。はあ、はあ、はあ……しばらく走って一息つく。だいぶ集落に近づいたはずだ。

 その時、すぐ近くの樹上に何やらツリーハウスのようなものがあるのに気がついた。

「ハルさん、あれ」

 しかもそこに1匹のゴブリンがよじ登って行こうとしている。あれが次の見張り当番だな。

「行くわよ」

 ハルさんがツタの種を投げると同時に小声で歌った。しゅるしゅるとツタが伸び、ゴブリンに巻き付き、一瞬のうちに声も出せないぐらい、がんじがらめに縛り上げてしまった。ゴブリンはなすすべもなく幹から落下する。

「ごめんよ」

 気の毒だし謝っておこう。幸い大きなケガはしてないようだ。

 イモ虫状態のそいつを連れてくる。しかし恐怖に満ちていた彼の目は、キナを見るや歓喜の色に変わった。キナも喜んで何か言いながら彼の頭をぺちぺち叩いている。

 少しだけツタを緩めて会話できるようにしてやると、彼はキナに向かってわーっと話し出し、そのうちおいおい泣き出した。そ、そんなに嬉しいのか?



 彼は……キナの兄ちゃんだった。

 1年ほど前、お転婆で有名な村長の孫娘が、いつものように友達数人と村の境界を越え、隣の山で遊んでいて行方不明になった。

 ゴブリンたちは半狂乱になって周辺を探し回ったが彼女は見つからない。しかも不吉なことに、近くで人間どものキャンプ跡が見つかった。

 人間にさらわれた……ゴブリン村は絶望に沈んだ。キナの兄ちゃん、シン君は、「何でお前がちゃんと見とかなかったんだ!」と理不尽に責められまくった。

 しかし何百年にもわたって蓄積した人間に対する恨みはこれで一気に加熱し、あっさり沸点を超えた。

 もう逃げてばかりはいられない! 奴らを倒せ! 皆殺しだ! 勝てないかもしれない。それでもいい。玉砕上等!

 ということでこの1年、キナ奪還作戦、というよりも人間界への報復作戦が着々と準備され、もう決行寸前まで来ていた。

 ちょうどそんな時だ。

 3日ほど前、人間の番(つがい)が村の境界を越えて入って来た。何かごちゃごちゃ言っていたが問答無用。森の獣たちを総動員して襲わせた。奴ら、風の歌術や奏術を操って抵抗してきたが、森の中で戦えば我らの敵ではない。とっ捕まえてぐるぐる巻きだ。

 今夜、奴らを殺して喰う。全員で焼き肉パーチーだ。それで栄養と勢いをつける。そして明日、選ばれた戦士たちが森を出発する。

 さあ、とうとう、待ちに待った作戦決行だ。



 ……というのが彼の話してくれたゴブリン村の現状だ。

 えええええっ!!

 ちょ、ちょっと待て!!

 ジゴさん、ナギさん……やっぱり捕まってるのか。っつか、焼き肉パーチーって……アカンやろっ!!

 ……ま、待て。落ち着け、俺。

 ということは、2人はまだ生きてるってことだ。本当に際どいタイミングだったが、まだ間に合う。



 幸いシン君はお兄ちゃんだけあって物わかりが良かった。

 俺たちが妹を救出しここまで連れてきたこと、妹を誘拐した親衛隊とは宿敵の関係にあることなどをナラさんの通訳で説明されると、妹を助けて下さってありがとうございます、という意味のことを言い、ツタを解かれると頭を下げた。

 この子も村長の孫だ。というか、この子が次々代の村長かもしれない。俺たちも、ツタで縛り上げた非礼をわび、ジゴさんたちを解放してくれるよう頭を下げてお願いした。

 しかし彼は言う。

 自分たち若い世代はそうでもないが、年寄り世代の人間嫌いは強烈で、人間に興味を持ったり、人間の話をするだけでも激怒されぶん殴られるぐらいだ。

 あの人間たちは村に侵入しようとした重罪犯だ。本来なら瞬殺されるはずだったのが、焼き肉パーチーをするために生かされているだけだ。それを解放してもらうなんてとても無理だ……

 それを聞いてキナがきーきー声をあげて怒りだした。『何で無理なのよ! 私を助けてくれたこの人たちがお願いしてるのよ!』とでも言ってくれてるのだろう。シン君は『まあまあまあ』となだめている。

 そりゃ、そうだろうなあ。ダブさんが、人間と旅をしたっていうだけで殺されたぐらいだ。話し合いで穏便に解放してもらうのは無理か。

 やはり実力行使でいかざるを得ないな。
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