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第十幕 革命前夜
潜入
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地下墓地への入り口はいくつかある。中は複雑に入り組んでいて、下へ下へ何階層もあるらしい。まさに地下ダンジョンだ。
しかし歌い手が中に入ると『歌い手モード』が発動して、どこを通っても結局、歌を刻んだ扉の前に導かれる。そこはこれまでの一刻城や砂蠍楼と一緒だ。
親衛隊の研究施設があるのは、その扉を越えた区画らしい。どうやって連中が出入りしてるのかは分からない。どこか別に秘密の出入り口でもあるのか。
そしてヌエさんが捕らえられているのも十中八九その研究施設だろう。つまり俺たちはどっちにしても歌を歌って扉を開けないといけない。
「何で前にここに来た時に気付かなかったのかしらねえ。そんな研究施設があるって」
「知らんがな、んなモン。ワシら、レジスタンスとか関わらんかったし、扉開けたらそれで終いやんか」
「それにしても、ねえ」
不満げなハルさんだが、ここも扉の開け方にメインルートとそうじゃないのとあるんだろう。メインルートでないと研究施設には進めない、とか、そういうオチじゃないだろうか。
一刻城では、どうもヌエさんが裏でいろいろ動いてて、俺たちが中に入って扉を開けざるを得なくなった。
砂蠍楼では、籠城してたレジスタンスの人たちを解放するため扉を開けることになったが、そこにも前もってヌエさんが来てた。
そしてこの地下墓地では、ヌエさん自身を助けるために扉を開けることになる。
もちろんわざと捕まったわけじゃないだろうが、いずれも彼女がらみ……まるで俺たちに3つの扉を開けさせたかったみたいだ。彼女はキョウさんと何か約束をしてたらしいが、それが関係してるんだろうか? ノノに訊いても、何も知らないようだった。やはりヌエさん自身に語ってもらうしかない。
幸い宿のすぐ近くに入り口があった。
公園の茂みの中にマンホールの蓋のような岩がある。これをどっこいしょと動かすと下に穴があり、ハルさんが出したツタを伝って地下墓地の第1層に下りることができた。
中は真っ暗だ。街のざわめきも消え、空気もひんやりしている。ここが墓地であることを思い出して急にゾクッとくる。
気がつくと、両腕にそれぞれ女の子がすがりついてきてた。それだけじゃない、背中にも何か当たってる。
その時、ハルさんがランプを点けた。後を振り返って思わず声が出た。
「うわっ!」
俺の背中にはノノが引っ付いてきていて、その胸が当たっていたのだ。
「何よ、そんな声出したら可哀想じゃない」
「い、いや、そういう問題じゃなくって……」
「いいわよ、替わってあげるから。ほら、ノノちゃん、こっち来て」
アミは俺の腕を放り出し、ノノを引っ張って来た。右にニコ、左にノノ、ちょっと離れてアミがふくれっ面で歩いている。
「いいわね。美少女3人に囲まれて」
ハルさんが冷やかしてくるが、とても笑う気になれない。そういう雰囲気じゃない。
「ねえねえ、ここには危険生物とか、魔物とか、いないの?」
ハルさんの質問に
「おお、その黙呪兵の元になったいうゴブリンの一種が今もおる。しやけど別に危ない奴らとちゃうで。おとなしいもんや。ダブがゴブリン語で話しかけたら懐いてもうて、道案内してくれたぐらいや」
ナラさんはまた遠い目になる。その時、俺は重要なことに気がついた。
「そういえば、ダブさんってゴブリンだったんですよね」
「ああ、そうや」
「キョウさん、ナラさん、ヌエさんと一緒に旅をしたんですよね」
「そうやな」
「このべー太も、ハルさんがかついでるギタ郎も、ダブさんが作ってくれたんですよね」
「ふん、そやけど」
「ゴブリンっていったい、どういう種族なんですか?」
「どういう種族って、お前、ゴブリンはゴブリンやがな。それ以上どう説明すんねん」
やっぱりな。ナラさんはそう言うと思った。
「はいはい。代わりに私が教えてあげるわ。ゴブリンも元々は森の民の一種よ」
先生役はやっぱりハルさんだな。
「一口にゴブリンと言っても種類がいろいろあって、言葉も見た目もだいぶ違うわ。ただ森を出て平野で暮らすようになった種族もいて、人間からは妖精とか小鬼とか呼ばれてたんだけど、だんだんゴブリンという呼び名が定着したの」
なるほど、なるほど。
「まあ家畜を盗んだり畑にイタズラしたりして迷惑がられてたけど、頭の良い連中は人間に協力して戦争で手柄を立てたり、手先の器用なのは便利な道具を作ったりして、人間とはそれなりに共存してたのよ。同じ森の民でもエルフと比べると適応力あるわね」
エルフ嫌いのナラさんがすかさずフフンと笑うが、ハルさんは相手にせず続ける。
「ところがね、親衛隊が黙呪兵を使って人々を支配するようになったでしょ。そうなるとゴブリンは黙呪兵にそっくりだから、見つかるなり片っ端から殺されてしまうようになったの」
ああ、また人間の仕業か……
「今じゃ大陸じゅうのゴブリンはほとんど絶滅してしまって、生き残ったわずかな連中が中央森林でひっそり生きてるわ」
「ちっ!」
そこでナラさんが舌打ちした。
「ひっそりと生きてる、っちゅうようなもんやないやろ、あいつら!」
「え? 何かあったんですか?」
「ダブはあいつらに殺されたんや!」
ナラさんは吐き捨てた。
はあっ? どういうことなんだ。同じゴブリン仲間なんだろ?
「あのね、そうやって人間から弾圧されて弾圧されてひどい目にあってるから、連中すごい排他的なのよ」
「あいつら、ダブのこと『人間と旅をした裏切り者』とか『人間の臭いが染みついてる』とかいうて殺してしまいよったんや……せっかくあの旅を生き残ったのに」
え、えええ!
「ちょ、ちょっと! ニコのお父さんとお母さん、そこに向かったんじゃないの?」
アミが慌てた様子で突っ込む。
「そうなのよ……だからすごく心配なのよ」
し、心配なのよ、って……
「とにかくヌエを助けたら、次はすぐにニコの父ちゃん母ちゃんを助けに行かんとあかん。話が通じる奴らとちゃう」
……ぐうう、何てこった。見るとニコも強張った顔をしてる。
まあジゴさんとナギさんのことだから簡単にやられたりはしないだろうが……ナラさんの言うように、ここを出たら次はすぐに中央森林だ。
地下墓地の中は小部屋で区切られており、それぞれ中にいくつかの墓がある。全体ではものすごい数のお墓だ。
行けども行けども同じような小部屋が整然と並んでいて、すぐに方角が分からなくなる。しかも所々天井が崩れて通れない所があって、非常に複雑な迷路になってる。
歌い手はどこを通っても扉にたどり着く、とは言っても、レジスタンスでもらったマップがなかったら迷って迷って相当な時間をロスするところだった。
途中、何者かの気配というか視線のようなものを感じたが、姿を現わすことはなかった。例のゴブリンかもしれない。大人数にびびってしまって出てこられなかったのだろう。
石段を下りると第2階層だ。時代が少し古くなる分、お墓も若干荒れている。壁や天井が崩れている部屋も多い。しかしここも、さしたることはなく通り抜けられた。
さらに一段下りて第3階層に着いた。この階層に扉があるらしい。
もうほとんどの部屋が大なり小なり崩れていて、墓碑も土砂に埋もれてしまってる。パタパタとコウモリが飛び出して来て度肝を抜かれる。
こ、怖い。正直、怖い。死者の残留思念というか、何とも言えない圧迫感で息が詰まりそうになる。
気がつくとノノが翼を俺の左脇に突っ込んでしがみついてきていた。見ると泣きそうな顔をしてる。なんだ、この子も怖いんだ。自分も魔物のくせに。そう思うと何だかちょっと可愛く思えてきた。
お母さんが心配で、お母さんを助けたくって、怖いのを我慢して必死で人間たちについて来てるんだ。いい子じゃないか。
それに、しがみつかれた左腕が温かい。羽毛のせいだろうか、人間よりも体温が高いんだろうか。
「ノノ、大丈夫だよ」
思わず声をかけた。すると彼女は俺を見て、
「お兄ちゃん……」
間違いない。そう言ったんだ。
は? お兄ちゃん? どういう意味だ?
俺が怪訝な顔をしたからか、彼女はぷいっとそっぽ向いてしまった。いや、お兄ちゃんって、一般的な意味ですよね。ちょいとちょいとそこのお兄さん、みたいな。
第3階層の奥はがらんとした広い空間になっていて……あったよ、石の扉。これか。
「これが『天国の扉』。ほんで、ここに刻まれてる文字が『天国歌』。とうとうここまで来てもうたか」
ナラさんが独り言のようにつぶやく。
地獄、煉獄と来て、最後が天国か。全然天国っぽくないけどな。何ならここが一番地獄っぽい。
扉の絵は……ん? これまでとちょっと違う。
女神と騎士はいるんだが、一歩下がっている。鹿やエルフ、もう一人の女性は目を押さえている。そして、オークのような巨人を光の矢で射貫いているのは、鳥女だ。
間違いない。
これは先日、砂蠍楼を出たところで展開された戦いの場面だ。ノノがゾラを射止めた決定的瞬間だ。
これまでの扉には、俺たちが蛇女姉妹を倒した場面が描かれていた。
何故だ? 何故、大昔に作られた石の扉に、現在進行形の事実が刻まれてるんだ? 分からない。さっぱり分からない。メンバーみんな、首を傾げている。
唯一あり得るとしたら、俺たちの方が、神話というか既存のストーリーに沿って動かされてるということだ。俺たちは必死で生きてる。旅してる。それが最初から運命づけられてるなんて、考えたくもないが。
そして扉の文字はこう記している。
『天国への扉を開けんとする者は、風から歌を紡ぐべし』
確かにどこからか風が吹き込み、ヒューヒューと気持ち悪い音を立てている。
歌詞はこうだ。
『女神の吹く 笛の音に誘われ
光は全て 全ては光と知れ
巡れよ 天上界
永遠の愛に至る道』
こんな真っ暗闇の中で光がどうとか言われても……と思ったが、逆に真っ暗闇だからこそ光のありがたさが分かる、ということなのかもしれない。
女神の吹く笛の音……これもイミシンだ。
この風の音を指してるのかもしれないし、光の女神=ニコが吹く、奏鳴剣の魔笛のことかもしれない。ニコは間違いなく笛の名手だからな。
まあいいか。いずれにしてもこの扉を開けなければ光は射さない。
俺とニコは風の音からメロディーを聞き取り、それをメモに記した。そしてこれまで2つの扉と同じく、全員で声をそろえて『天国歌』を歌った。
しかし歌い手が中に入ると『歌い手モード』が発動して、どこを通っても結局、歌を刻んだ扉の前に導かれる。そこはこれまでの一刻城や砂蠍楼と一緒だ。
親衛隊の研究施設があるのは、その扉を越えた区画らしい。どうやって連中が出入りしてるのかは分からない。どこか別に秘密の出入り口でもあるのか。
そしてヌエさんが捕らえられているのも十中八九その研究施設だろう。つまり俺たちはどっちにしても歌を歌って扉を開けないといけない。
「何で前にここに来た時に気付かなかったのかしらねえ。そんな研究施設があるって」
「知らんがな、んなモン。ワシら、レジスタンスとか関わらんかったし、扉開けたらそれで終いやんか」
「それにしても、ねえ」
不満げなハルさんだが、ここも扉の開け方にメインルートとそうじゃないのとあるんだろう。メインルートでないと研究施設には進めない、とか、そういうオチじゃないだろうか。
一刻城では、どうもヌエさんが裏でいろいろ動いてて、俺たちが中に入って扉を開けざるを得なくなった。
砂蠍楼では、籠城してたレジスタンスの人たちを解放するため扉を開けることになったが、そこにも前もってヌエさんが来てた。
そしてこの地下墓地では、ヌエさん自身を助けるために扉を開けることになる。
もちろんわざと捕まったわけじゃないだろうが、いずれも彼女がらみ……まるで俺たちに3つの扉を開けさせたかったみたいだ。彼女はキョウさんと何か約束をしてたらしいが、それが関係してるんだろうか? ノノに訊いても、何も知らないようだった。やはりヌエさん自身に語ってもらうしかない。
幸い宿のすぐ近くに入り口があった。
公園の茂みの中にマンホールの蓋のような岩がある。これをどっこいしょと動かすと下に穴があり、ハルさんが出したツタを伝って地下墓地の第1層に下りることができた。
中は真っ暗だ。街のざわめきも消え、空気もひんやりしている。ここが墓地であることを思い出して急にゾクッとくる。
気がつくと、両腕にそれぞれ女の子がすがりついてきてた。それだけじゃない、背中にも何か当たってる。
その時、ハルさんがランプを点けた。後を振り返って思わず声が出た。
「うわっ!」
俺の背中にはノノが引っ付いてきていて、その胸が当たっていたのだ。
「何よ、そんな声出したら可哀想じゃない」
「い、いや、そういう問題じゃなくって……」
「いいわよ、替わってあげるから。ほら、ノノちゃん、こっち来て」
アミは俺の腕を放り出し、ノノを引っ張って来た。右にニコ、左にノノ、ちょっと離れてアミがふくれっ面で歩いている。
「いいわね。美少女3人に囲まれて」
ハルさんが冷やかしてくるが、とても笑う気になれない。そういう雰囲気じゃない。
「ねえねえ、ここには危険生物とか、魔物とか、いないの?」
ハルさんの質問に
「おお、その黙呪兵の元になったいうゴブリンの一種が今もおる。しやけど別に危ない奴らとちゃうで。おとなしいもんや。ダブがゴブリン語で話しかけたら懐いてもうて、道案内してくれたぐらいや」
ナラさんはまた遠い目になる。その時、俺は重要なことに気がついた。
「そういえば、ダブさんってゴブリンだったんですよね」
「ああ、そうや」
「キョウさん、ナラさん、ヌエさんと一緒に旅をしたんですよね」
「そうやな」
「このべー太も、ハルさんがかついでるギタ郎も、ダブさんが作ってくれたんですよね」
「ふん、そやけど」
「ゴブリンっていったい、どういう種族なんですか?」
「どういう種族って、お前、ゴブリンはゴブリンやがな。それ以上どう説明すんねん」
やっぱりな。ナラさんはそう言うと思った。
「はいはい。代わりに私が教えてあげるわ。ゴブリンも元々は森の民の一種よ」
先生役はやっぱりハルさんだな。
「一口にゴブリンと言っても種類がいろいろあって、言葉も見た目もだいぶ違うわ。ただ森を出て平野で暮らすようになった種族もいて、人間からは妖精とか小鬼とか呼ばれてたんだけど、だんだんゴブリンという呼び名が定着したの」
なるほど、なるほど。
「まあ家畜を盗んだり畑にイタズラしたりして迷惑がられてたけど、頭の良い連中は人間に協力して戦争で手柄を立てたり、手先の器用なのは便利な道具を作ったりして、人間とはそれなりに共存してたのよ。同じ森の民でもエルフと比べると適応力あるわね」
エルフ嫌いのナラさんがすかさずフフンと笑うが、ハルさんは相手にせず続ける。
「ところがね、親衛隊が黙呪兵を使って人々を支配するようになったでしょ。そうなるとゴブリンは黙呪兵にそっくりだから、見つかるなり片っ端から殺されてしまうようになったの」
ああ、また人間の仕業か……
「今じゃ大陸じゅうのゴブリンはほとんど絶滅してしまって、生き残ったわずかな連中が中央森林でひっそり生きてるわ」
「ちっ!」
そこでナラさんが舌打ちした。
「ひっそりと生きてる、っちゅうようなもんやないやろ、あいつら!」
「え? 何かあったんですか?」
「ダブはあいつらに殺されたんや!」
ナラさんは吐き捨てた。
はあっ? どういうことなんだ。同じゴブリン仲間なんだろ?
「あのね、そうやって人間から弾圧されて弾圧されてひどい目にあってるから、連中すごい排他的なのよ」
「あいつら、ダブのこと『人間と旅をした裏切り者』とか『人間の臭いが染みついてる』とかいうて殺してしまいよったんや……せっかくあの旅を生き残ったのに」
え、えええ!
「ちょ、ちょっと! ニコのお父さんとお母さん、そこに向かったんじゃないの?」
アミが慌てた様子で突っ込む。
「そうなのよ……だからすごく心配なのよ」
し、心配なのよ、って……
「とにかくヌエを助けたら、次はすぐにニコの父ちゃん母ちゃんを助けに行かんとあかん。話が通じる奴らとちゃう」
……ぐうう、何てこった。見るとニコも強張った顔をしてる。
まあジゴさんとナギさんのことだから簡単にやられたりはしないだろうが……ナラさんの言うように、ここを出たら次はすぐに中央森林だ。
地下墓地の中は小部屋で区切られており、それぞれ中にいくつかの墓がある。全体ではものすごい数のお墓だ。
行けども行けども同じような小部屋が整然と並んでいて、すぐに方角が分からなくなる。しかも所々天井が崩れて通れない所があって、非常に複雑な迷路になってる。
歌い手はどこを通っても扉にたどり着く、とは言っても、レジスタンスでもらったマップがなかったら迷って迷って相当な時間をロスするところだった。
途中、何者かの気配というか視線のようなものを感じたが、姿を現わすことはなかった。例のゴブリンかもしれない。大人数にびびってしまって出てこられなかったのだろう。
石段を下りると第2階層だ。時代が少し古くなる分、お墓も若干荒れている。壁や天井が崩れている部屋も多い。しかしここも、さしたることはなく通り抜けられた。
さらに一段下りて第3階層に着いた。この階層に扉があるらしい。
もうほとんどの部屋が大なり小なり崩れていて、墓碑も土砂に埋もれてしまってる。パタパタとコウモリが飛び出して来て度肝を抜かれる。
こ、怖い。正直、怖い。死者の残留思念というか、何とも言えない圧迫感で息が詰まりそうになる。
気がつくとノノが翼を俺の左脇に突っ込んでしがみついてきていた。見ると泣きそうな顔をしてる。なんだ、この子も怖いんだ。自分も魔物のくせに。そう思うと何だかちょっと可愛く思えてきた。
お母さんが心配で、お母さんを助けたくって、怖いのを我慢して必死で人間たちについて来てるんだ。いい子じゃないか。
それに、しがみつかれた左腕が温かい。羽毛のせいだろうか、人間よりも体温が高いんだろうか。
「ノノ、大丈夫だよ」
思わず声をかけた。すると彼女は俺を見て、
「お兄ちゃん……」
間違いない。そう言ったんだ。
は? お兄ちゃん? どういう意味だ?
俺が怪訝な顔をしたからか、彼女はぷいっとそっぽ向いてしまった。いや、お兄ちゃんって、一般的な意味ですよね。ちょいとちょいとそこのお兄さん、みたいな。
第3階層の奥はがらんとした広い空間になっていて……あったよ、石の扉。これか。
「これが『天国の扉』。ほんで、ここに刻まれてる文字が『天国歌』。とうとうここまで来てもうたか」
ナラさんが独り言のようにつぶやく。
地獄、煉獄と来て、最後が天国か。全然天国っぽくないけどな。何ならここが一番地獄っぽい。
扉の絵は……ん? これまでとちょっと違う。
女神と騎士はいるんだが、一歩下がっている。鹿やエルフ、もう一人の女性は目を押さえている。そして、オークのような巨人を光の矢で射貫いているのは、鳥女だ。
間違いない。
これは先日、砂蠍楼を出たところで展開された戦いの場面だ。ノノがゾラを射止めた決定的瞬間だ。
これまでの扉には、俺たちが蛇女姉妹を倒した場面が描かれていた。
何故だ? 何故、大昔に作られた石の扉に、現在進行形の事実が刻まれてるんだ? 分からない。さっぱり分からない。メンバーみんな、首を傾げている。
唯一あり得るとしたら、俺たちの方が、神話というか既存のストーリーに沿って動かされてるということだ。俺たちは必死で生きてる。旅してる。それが最初から運命づけられてるなんて、考えたくもないが。
そして扉の文字はこう記している。
『天国への扉を開けんとする者は、風から歌を紡ぐべし』
確かにどこからか風が吹き込み、ヒューヒューと気持ち悪い音を立てている。
歌詞はこうだ。
『女神の吹く 笛の音に誘われ
光は全て 全ては光と知れ
巡れよ 天上界
永遠の愛に至る道』
こんな真っ暗闇の中で光がどうとか言われても……と思ったが、逆に真っ暗闇だからこそ光のありがたさが分かる、ということなのかもしれない。
女神の吹く笛の音……これもイミシンだ。
この風の音を指してるのかもしれないし、光の女神=ニコが吹く、奏鳴剣の魔笛のことかもしれない。ニコは間違いなく笛の名手だからな。
まあいいか。いずれにしてもこの扉を開けなければ光は射さない。
俺とニコは風の音からメロディーを聞き取り、それをメモに記した。そしてこれまで2つの扉と同じく、全員で声をそろえて『天国歌』を歌った。
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