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第九幕 砂の楼閣
双子の姉妹
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穴だらけの岩山にたどり着いた。
一つ一つの穴は遠くで見ていたよりも大きい。人間が立って歩けるぐらいの高さがある。
「これ、どこから入るんですか」
「歌い手やったらどっから入っても煉獄の扉に行き着くがな。どっからでもええねん」
「前はどこから入ったんですか?」
「んなもん、覚えとるかいな」
ということで、手近な穴から入って行こうとした時だ。逆に中から出てきた少年と鉢合わせになった。
「な、なんだ! 親衛隊か!」
少年は慌てた様子で剣を抜いた。
「あ、待って下さい! 親衛隊じゃないです」
こちらも大慌てだ。しかし彼は俺の黒髪に気付いてくれたようだ。
「ひょ、ひょっとして、あなたは、歌い手様ですか!?」
「ああ……そう呼ばれることが多いです」
「し、失礼しましたあっ!」
彼は剣を投げ捨て、俺たちの前にひざまずいた。
「……えと、あの、あなたはレジスタンスの方ですか?」
「はいっ! レジスタンス『煉獄会』のゾンです」
「ゾン君、そんな、ひざまずかなくっていいから、普通に起きて話してよ」
「あ、はいっ!」
パッと立ち上がったが、気をつけの姿勢のままだ。
「レジスタンスのみなさんはどこにいるの?」
「中の広間にいます。すぐにリーダーを呼んできます!」
「あ、ちょっと……」
止めるのも聞かず、剣も拾わず、駆け出してしまった。
とりあえず、中にレジスタンスの人たちがいることは間違いない。リーダーを呼んでくるっていうなら、ちょっとここで待とう。
しばらくしてゾン君と一緒に穴の奥から出てきたのは……あれ? カロさん? 何で? キャンプの手前で待ってるって言ってたのに。しかも装備まで着替えてるぞ。
戸惑う俺たちを見て彼女はニッと笑った。
「その顔はきっと、私と姉と間違えてるわね」
あれ? 口調が違う……えっ? 姉?
「私は煉獄会リーダー代行のナロ。双子の姉のカロとはよく間違えられるのよ」
双子の姉……ああ、双子なのか。しかしそっくりだな。
「双子としても、よく似てるわね。そっくりね」
ハルさんも驚いてる。
「お前ら、双子の姉妹で親衛隊とレジスタンスのアタマやってんのか。はああ?」
ナラさんが呆れたような声を出す。そうかカロさんが言ってた身内っていうのは双子の妹のことだったのか。
「残念ね。身内はオトコじゃなかったわね」
ハルさんに突っ込まれてアミはふくれっ面をしている。
「その通り。姉妹で親衛隊とレジスタンス。変だと思うでしょ? まあいろいろ事情はあるんだけどそれはさておき、歌い手様。ようこそいらっしゃいました。こんな所で立ち話も何だし、どうぞ中に入って下さい。案内するわ」
カロさんと比べるとくだけた雰囲気だ。見た目はそっくりでも、性格はだいぶ違うのかもしれない。
穴の中は複雑な迷路になっている。所々、上から流砂のように砂が落ちてきて道を塞いでいる。ただどこからか外の光が差し込んでいて、真っ暗ではない。照明がなくても歩けるレベルだ。
「こっちよ。足元に気をつけてね」
ナロさんに導かれてたどり着いたのは広い空洞だった。奥の方からばらばらっと人が駆け寄ってくる。
「歌い手様!」
「ああ、助かった!」
「お待ちしてました!」
老若男女いろいろだが……確かにナロさんとゾン君を入れてちょうど10人。これが残った全員か。
「あの鳥女の言った通りだったな」
「本当だ。ちゃんと来てくれたんだ」
ん? 今、聞き捨てならない言葉が。
「鳥女って? 何か言ったんですか?」
「ああ、今から半年ほど前になるかな。黙呪王の眷属の鳥女が飛んで来て、『もうすぐ歌い手が現れるから準備しておけ』って言ったのよ」
ナロさんの答えに俺たちは顔を見合わせる。ヌエさん……こっちにも手を回していたのか。
「鳥女の言うことは半信半疑だったけど、ちょうどその頃、あの連中が中央からやってきて『使者を殺した』とかわけの分からない言いがかりをつけてきたんだ。しかもリーダーのファドを……カロの名前を使って呼び出し、殺しやがった……」
レジスタンスのみんなはしんとなった。誰かがぎりっと歯ぎしりをする音が聞こえた。
「あたしたちはすぐに報復に出た。連中の大半は雑魚だ。大したことはなかった。しかし隊長の『黒腕』と配下2人がやたらと強い。しかも連中、あろうことかこの砂蠍楼を破壊しようとしたんだ。あたしたちは『歌い手様が来る』その言葉を信じてここに逃げ込み、籠城したのさ」
そういうことだったのか。
「カロが『投降しろ』ってしつこく言ってきたけど、歌い手様が来られた時、誰がお迎えするんだ? 砂蠍楼を誰が守るんだ? 白旗あげるなんて、あたしたちにはできない相談だったね」
そこで彼女はまたニッと笑った。
「でも良かった。歌い手様は本当に来てくれた。ファドもこれで浮かばれる」
一同、良かった良かったと喜びの言葉を口にした。
しかし一つ気になることがある。
「あの……さっき言ってた黒腕って?」
「ああ、応援部隊の隊長のことさ。何をしたのか知らないが右腕が真っ黒なんだ。しかもその腕が硬くって硬くって、刀でも切れないし、歌術も吸収してしまうんだ。配下の2人も1人は剣術、1人は体術が師範クラスだ。あたしたちではなかなか歯が立たない」
そういえば俺も自分の腕を武器にするというヤバい歌術『震衣』を使って後遺症に悩んだな。おかげでアミと出会えたからそれはそれで良かったんだが。
「でもそんなヤツ、さっき倒した連中の中にはいなかったわよね?」
「うん、いなかった」
そうなんだよな。アミもうなずく。
「さっき応援部隊のキャンプに乗り込んで大掃除をしてきたんですが、雑魚ばっかりでボス敵は留守だったようです」
みなどよめく。
「いや、敵の数を減らして下さっただけでも非常にありがたいことです。さすが歌い手様です」
ちょっとイケメンのオジさんが頭を下げる。
「ああ、紹介するね。あたしのダンナ様だよ」
ナロさんが寄り添って腕を組んだ。
「申し遅れました。煉獄会の事務局をしているレドです」
ほう、カロさんは独身っぽかったけど、ナロさんは結婚してるのか。
そこでようやっと全員の自己紹介の時間になった。じゃあゾン君はナロさん夫婦の息子? と思ったが、そうではなかったようだ。
「実はね、あたしも3年前まで親衛隊員だったんだよ。カロが支部長で、あたしはサブ。あたしたちは孤児で、親衛隊の中で育てられた。いつも2人セット、2人で歯を食いしばって大きくなった」
ちょっと待てよ。
カロさんとナロさん。双子の姉妹。孤児。
何か引っかかるんだが……何だっけ。
「ただいくらがんばっても、孤児の出身じゃ、世襲の多い親衛隊の中では絶対に上級隊員にはなれない。だからこんな過酷な土地に派遣されたんだ。ただ雑草育ちのあたしたちにとっちゃ、これぐらい別にどうって事なかった。ガラは悪いが正直者が多いこの町は、あたしたちの第二の故郷になった」
「ここは砂蠍楼があるから昔からレジスタンスが元気だ。親衛隊の方が遠慮してるぐらいさ。だから敵対せずお互いに助け合って町の治安を守ってきたんだ」
レドさんが続ける。
「いつも一緒に砂漠でサソリ狩りをするうちに彼女と仲良くなってしまってね。でもさすがにレジスタンスと親衛隊の幹部同士が結婚するなんて前代未聞でいろいろモメたんだが、結局彼女が親衛隊を抜けてレジスタンスに入って、それで一件落着さ」
ふーん。ロミオとジュリエット? みたいな関係だもんな。
「それもリーダーのファドがいろいろ骨を折ってくれたおかげさ。猛反対してたカロさんを説得してくれて、最後はみんなから祝福してもらえた……」
その時、ニコが俺の袖をくいくいと引っ張った。何だ?
そして俺の着ているレザーアーマーを指差す。
「これ作ってくれた防具屋さん……」
あっ!
思わず声が出た。
そうだ。俺が愛用してるこのスペシャル防具。これを作ってくれた防具屋さんが語ってた昔の悲劇。確か、双子の赤ちゃんと奥さんを親衛隊に連れ去られたって言ってたよな。しかもその双子の名前がカロとナロ、じゃなかったっけ?
「あの……カロさんとナロさんは孤児だったんですよね。何かお父さんやお母さんの記憶は残ってませんか?」
「ああ、あたしたちは大陸の北西部の出身で、赤ん坊の時に母さんと一緒に親衛隊に拉致られたのさ」
!! やっぱりだ。
「母さんは親衛隊員の慰み者になって悪い病気をうつされ、早くに亡くなっちまった。母さんの話だと父さんは優秀な防具職人だったらしい。そっちももう生きちゃいないだろうがな……」
ナロさんは寂しそうに笑った。
その時、ハルさんが「あああっ!」と叫んだ。気付くの遅いよ、ハルさん。
俺はレザーアーマーを脱ぎ、怪訝な顔をする彼女に見せた。
「この防具は何度も僕の命を救ってくれた優れものです。作ってくれた防具屋さんの銘がここにあります。『ウォル』という名前に覚えはありませんか?」
彼女はレザーアーマーを握りしめたまま固まった。やがてその手が小刻みに震えだした。
「これは父の名前です……」
彼女の頬を涙が伝った。
「父は、生きてるんですか?」
「ええ、ナジャの街で元気にやってるわ。今やナジャどころか大陸の北西部で一番の防具職人よ。ニコの防具も彼の作品だし、私のもそうよ。ウチのレジスタンスはみな彼の防具を身につけてるわ。彼の腕がみんなの命を守ってくれてるのよ」
ニコもマントをめくってコルセット状の防具を見せる。こっちも歴戦の中でビクともしない逸品だ。
「それに何度再婚を勧めても頑なに独り身を貫いててね。酔うといつも奥さんと双子の娘の話をして泣くのよ」
そこでナロさんは泣き崩れてしまった。慌ててレドさんが抱き起こす。
「あの人、娘さんたちが元気にしてるって知ったら喜び過ぎてどうにかなっちゃうんじゃないかしら」
そういうハルさんも涙声だ。
「あたし、あたし、父に手紙を書きます。いえ、ナジャに行きます。いえ、それよりこのことを早くカロにも言わないと」
「ほな、もう、さっさと扉開けて外出よか!」
勢いよくナラさんが立ち上がった。
「行きましょう!」
俺も立ち上がった。
外で待つカロさんに、早く、一刻も早く、このことを教えてあげないと。ナロさん以上にお姉さんとしていろいろガマンして来たっぽい人だ。どんだけ喜ぶだろう。
「煉獄の扉はどちら?」
ハルさんはもう荷物を背負っている。
「はい、こちらです。ご案内します」
レドさんが先に立って歩き出した。
※防具屋さんの話は第3幕「三人の晩餐」初出です。
一つ一つの穴は遠くで見ていたよりも大きい。人間が立って歩けるぐらいの高さがある。
「これ、どこから入るんですか」
「歌い手やったらどっから入っても煉獄の扉に行き着くがな。どっからでもええねん」
「前はどこから入ったんですか?」
「んなもん、覚えとるかいな」
ということで、手近な穴から入って行こうとした時だ。逆に中から出てきた少年と鉢合わせになった。
「な、なんだ! 親衛隊か!」
少年は慌てた様子で剣を抜いた。
「あ、待って下さい! 親衛隊じゃないです」
こちらも大慌てだ。しかし彼は俺の黒髪に気付いてくれたようだ。
「ひょ、ひょっとして、あなたは、歌い手様ですか!?」
「ああ……そう呼ばれることが多いです」
「し、失礼しましたあっ!」
彼は剣を投げ捨て、俺たちの前にひざまずいた。
「……えと、あの、あなたはレジスタンスの方ですか?」
「はいっ! レジスタンス『煉獄会』のゾンです」
「ゾン君、そんな、ひざまずかなくっていいから、普通に起きて話してよ」
「あ、はいっ!」
パッと立ち上がったが、気をつけの姿勢のままだ。
「レジスタンスのみなさんはどこにいるの?」
「中の広間にいます。すぐにリーダーを呼んできます!」
「あ、ちょっと……」
止めるのも聞かず、剣も拾わず、駆け出してしまった。
とりあえず、中にレジスタンスの人たちがいることは間違いない。リーダーを呼んでくるっていうなら、ちょっとここで待とう。
しばらくしてゾン君と一緒に穴の奥から出てきたのは……あれ? カロさん? 何で? キャンプの手前で待ってるって言ってたのに。しかも装備まで着替えてるぞ。
戸惑う俺たちを見て彼女はニッと笑った。
「その顔はきっと、私と姉と間違えてるわね」
あれ? 口調が違う……えっ? 姉?
「私は煉獄会リーダー代行のナロ。双子の姉のカロとはよく間違えられるのよ」
双子の姉……ああ、双子なのか。しかしそっくりだな。
「双子としても、よく似てるわね。そっくりね」
ハルさんも驚いてる。
「お前ら、双子の姉妹で親衛隊とレジスタンスのアタマやってんのか。はああ?」
ナラさんが呆れたような声を出す。そうかカロさんが言ってた身内っていうのは双子の妹のことだったのか。
「残念ね。身内はオトコじゃなかったわね」
ハルさんに突っ込まれてアミはふくれっ面をしている。
「その通り。姉妹で親衛隊とレジスタンス。変だと思うでしょ? まあいろいろ事情はあるんだけどそれはさておき、歌い手様。ようこそいらっしゃいました。こんな所で立ち話も何だし、どうぞ中に入って下さい。案内するわ」
カロさんと比べるとくだけた雰囲気だ。見た目はそっくりでも、性格はだいぶ違うのかもしれない。
穴の中は複雑な迷路になっている。所々、上から流砂のように砂が落ちてきて道を塞いでいる。ただどこからか外の光が差し込んでいて、真っ暗ではない。照明がなくても歩けるレベルだ。
「こっちよ。足元に気をつけてね」
ナロさんに導かれてたどり着いたのは広い空洞だった。奥の方からばらばらっと人が駆け寄ってくる。
「歌い手様!」
「ああ、助かった!」
「お待ちしてました!」
老若男女いろいろだが……確かにナロさんとゾン君を入れてちょうど10人。これが残った全員か。
「あの鳥女の言った通りだったな」
「本当だ。ちゃんと来てくれたんだ」
ん? 今、聞き捨てならない言葉が。
「鳥女って? 何か言ったんですか?」
「ああ、今から半年ほど前になるかな。黙呪王の眷属の鳥女が飛んで来て、『もうすぐ歌い手が現れるから準備しておけ』って言ったのよ」
ナロさんの答えに俺たちは顔を見合わせる。ヌエさん……こっちにも手を回していたのか。
「鳥女の言うことは半信半疑だったけど、ちょうどその頃、あの連中が中央からやってきて『使者を殺した』とかわけの分からない言いがかりをつけてきたんだ。しかもリーダーのファドを……カロの名前を使って呼び出し、殺しやがった……」
レジスタンスのみんなはしんとなった。誰かがぎりっと歯ぎしりをする音が聞こえた。
「あたしたちはすぐに報復に出た。連中の大半は雑魚だ。大したことはなかった。しかし隊長の『黒腕』と配下2人がやたらと強い。しかも連中、あろうことかこの砂蠍楼を破壊しようとしたんだ。あたしたちは『歌い手様が来る』その言葉を信じてここに逃げ込み、籠城したのさ」
そういうことだったのか。
「カロが『投降しろ』ってしつこく言ってきたけど、歌い手様が来られた時、誰がお迎えするんだ? 砂蠍楼を誰が守るんだ? 白旗あげるなんて、あたしたちにはできない相談だったね」
そこで彼女はまたニッと笑った。
「でも良かった。歌い手様は本当に来てくれた。ファドもこれで浮かばれる」
一同、良かった良かったと喜びの言葉を口にした。
しかし一つ気になることがある。
「あの……さっき言ってた黒腕って?」
「ああ、応援部隊の隊長のことさ。何をしたのか知らないが右腕が真っ黒なんだ。しかもその腕が硬くって硬くって、刀でも切れないし、歌術も吸収してしまうんだ。配下の2人も1人は剣術、1人は体術が師範クラスだ。あたしたちではなかなか歯が立たない」
そういえば俺も自分の腕を武器にするというヤバい歌術『震衣』を使って後遺症に悩んだな。おかげでアミと出会えたからそれはそれで良かったんだが。
「でもそんなヤツ、さっき倒した連中の中にはいなかったわよね?」
「うん、いなかった」
そうなんだよな。アミもうなずく。
「さっき応援部隊のキャンプに乗り込んで大掃除をしてきたんですが、雑魚ばっかりでボス敵は留守だったようです」
みなどよめく。
「いや、敵の数を減らして下さっただけでも非常にありがたいことです。さすが歌い手様です」
ちょっとイケメンのオジさんが頭を下げる。
「ああ、紹介するね。あたしのダンナ様だよ」
ナロさんが寄り添って腕を組んだ。
「申し遅れました。煉獄会の事務局をしているレドです」
ほう、カロさんは独身っぽかったけど、ナロさんは結婚してるのか。
そこでようやっと全員の自己紹介の時間になった。じゃあゾン君はナロさん夫婦の息子? と思ったが、そうではなかったようだ。
「実はね、あたしも3年前まで親衛隊員だったんだよ。カロが支部長で、あたしはサブ。あたしたちは孤児で、親衛隊の中で育てられた。いつも2人セット、2人で歯を食いしばって大きくなった」
ちょっと待てよ。
カロさんとナロさん。双子の姉妹。孤児。
何か引っかかるんだが……何だっけ。
「ただいくらがんばっても、孤児の出身じゃ、世襲の多い親衛隊の中では絶対に上級隊員にはなれない。だからこんな過酷な土地に派遣されたんだ。ただ雑草育ちのあたしたちにとっちゃ、これぐらい別にどうって事なかった。ガラは悪いが正直者が多いこの町は、あたしたちの第二の故郷になった」
「ここは砂蠍楼があるから昔からレジスタンスが元気だ。親衛隊の方が遠慮してるぐらいさ。だから敵対せずお互いに助け合って町の治安を守ってきたんだ」
レドさんが続ける。
「いつも一緒に砂漠でサソリ狩りをするうちに彼女と仲良くなってしまってね。でもさすがにレジスタンスと親衛隊の幹部同士が結婚するなんて前代未聞でいろいろモメたんだが、結局彼女が親衛隊を抜けてレジスタンスに入って、それで一件落着さ」
ふーん。ロミオとジュリエット? みたいな関係だもんな。
「それもリーダーのファドがいろいろ骨を折ってくれたおかげさ。猛反対してたカロさんを説得してくれて、最後はみんなから祝福してもらえた……」
その時、ニコが俺の袖をくいくいと引っ張った。何だ?
そして俺の着ているレザーアーマーを指差す。
「これ作ってくれた防具屋さん……」
あっ!
思わず声が出た。
そうだ。俺が愛用してるこのスペシャル防具。これを作ってくれた防具屋さんが語ってた昔の悲劇。確か、双子の赤ちゃんと奥さんを親衛隊に連れ去られたって言ってたよな。しかもその双子の名前がカロとナロ、じゃなかったっけ?
「あの……カロさんとナロさんは孤児だったんですよね。何かお父さんやお母さんの記憶は残ってませんか?」
「ああ、あたしたちは大陸の北西部の出身で、赤ん坊の時に母さんと一緒に親衛隊に拉致られたのさ」
!! やっぱりだ。
「母さんは親衛隊員の慰み者になって悪い病気をうつされ、早くに亡くなっちまった。母さんの話だと父さんは優秀な防具職人だったらしい。そっちももう生きちゃいないだろうがな……」
ナロさんは寂しそうに笑った。
その時、ハルさんが「あああっ!」と叫んだ。気付くの遅いよ、ハルさん。
俺はレザーアーマーを脱ぎ、怪訝な顔をする彼女に見せた。
「この防具は何度も僕の命を救ってくれた優れものです。作ってくれた防具屋さんの銘がここにあります。『ウォル』という名前に覚えはありませんか?」
彼女はレザーアーマーを握りしめたまま固まった。やがてその手が小刻みに震えだした。
「これは父の名前です……」
彼女の頬を涙が伝った。
「父は、生きてるんですか?」
「ええ、ナジャの街で元気にやってるわ。今やナジャどころか大陸の北西部で一番の防具職人よ。ニコの防具も彼の作品だし、私のもそうよ。ウチのレジスタンスはみな彼の防具を身につけてるわ。彼の腕がみんなの命を守ってくれてるのよ」
ニコもマントをめくってコルセット状の防具を見せる。こっちも歴戦の中でビクともしない逸品だ。
「それに何度再婚を勧めても頑なに独り身を貫いててね。酔うといつも奥さんと双子の娘の話をして泣くのよ」
そこでナロさんは泣き崩れてしまった。慌ててレドさんが抱き起こす。
「あの人、娘さんたちが元気にしてるって知ったら喜び過ぎてどうにかなっちゃうんじゃないかしら」
そういうハルさんも涙声だ。
「あたし、あたし、父に手紙を書きます。いえ、ナジャに行きます。いえ、それよりこのことを早くカロにも言わないと」
「ほな、もう、さっさと扉開けて外出よか!」
勢いよくナラさんが立ち上がった。
「行きましょう!」
俺も立ち上がった。
外で待つカロさんに、早く、一刻も早く、このことを教えてあげないと。ナロさん以上にお姉さんとしていろいろガマンして来たっぽい人だ。どんだけ喜ぶだろう。
「煉獄の扉はどちら?」
ハルさんはもう荷物を背負っている。
「はい、こちらです。ご案内します」
レドさんが先に立って歩き出した。
※防具屋さんの話は第3幕「三人の晩餐」初出です。
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