音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第九幕 砂の楼閣

怪しいSOS

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「ソウタ、お茶入れたよ」

「あ、ありがと」

 ニコが妙に優しい。

 あの夜アミと何があったの? とか、訊いてくるのかと思いきや、あの夜のことについては何も口にしない。アミともこれまで以上に仲良くしてる。

 女心はよく分からない。

 ジゴさんから結婚の許可も下りたぐらいだし、指輪もしてるし、もう大丈夫だとは思う。でもあのボナ・キャンプのトラウマはまだまだ癒えていない。また突然「さようなら」とか言い出すんじゃないかと、心の奥から不安が湧いてくる。

 とりあえず「好きだ」というのを毎日口に出すようにしてるし、鼻血が出ない程度のスキンシップは欠かさないようにしてる。今の俺にできるのはそれが精一杯だ。

 ジゴさんの手紙をテーブルに置き、ニコの入れてくれたお茶をすする。うん、美味しい。



 そうそう、そうだった。その後のことだ。

 古城でボス敵の蛇女を倒した俺たちは、街に戻ってきてまず、スギナ会に詰め寄った。ナラさんなんか、完全に戦闘態勢だった。

「おい! 子供らなんかどこにもおらんかったわ。どういうこっちゃ! お前ら、人ダマして何させよっちゅうんじゃ、おるぁあ!」

 立派な角を持つ大きな鹿がドスの利いた関西弁ですごむ。ものすごい迫力だ。ヤスさん他、お偉い方が並んで、腰を90度に折り曲げ、泣きそうになりながら謝った。

「申し訳ありません! 我々も訳が分からんのです」

 聞けば、俺たちが古城に向かったその日の午後、ひょっこり子供たちが帰って来たのだという。

 3人とも古城に着いてイカダを下りた途端に意識を失い、気がついたら町外れの小屋で寝てたらしい。4日間も寝てたのはたぶん、歌術で眠らされていたのだろう。

「慌てて歌い手様の後を追ったのですが、皆さまもう舟を下りて森の中に入られた後のようでして……」

「それやったらそれで、ぼおっとここで待っとらんと、何かすべきことがあるやろが! ああ!?」

「す、すいません!」

 ナラさんの怒りはなかなか収まらない。

「それより、子供たちを拉致った犯人について何か情報はないの?」

 ハルさんは冷静だ。

「それが、目撃情報がない上、子供たちも何も覚えてないようでして……あ、そういえば」

「そういえば?」

「子供の服に、見慣れない鳥の羽が付着してまして」

「鳥の羽? 見せて」

「はい、これです」

 ヤスさんが見せてくれたのは真っ黒い、カラスみたいな羽だった。

 俺たちは顔を見合わせた。そういえば城に入った時にヒヒっという笑い声を聞いたような気がする。

「ヌエさんでしょうか……」

「あいつ……どういうつもりや……」

「僕たちにフラグを立てさせたかったんでしょうか?」

「そんなことしてあいつに何の得があんねん」

「さあ……さっぱり分かりませんね」



 そういえばカンの街を出航した直後から何かヘンだった。

 急に風が止んで足止めされ、レミに近づいたら今度は嵐。船酔いで死にそうになって船を下りたらすぐに見つかってしまい、スギナ会に着いたら子供たちが拉致られてた。

 仕方なく一刻城に行き、俺とニコを残して3人が中に入ったら、何故か歌い手モードが発動。俺たちも中に入らざるを得なくなった。

 その後、ボス敵を呼び出してしまったのは俺たちのせいだとしても、あの蛇女、俺たちが妹の仇だと知ってた。何で知ってたんだ?

 まるで誰かが俺たちを一刻城に呼び寄せ、フラグを立てさせた上にあの蛇女と戦わせたとしか思えないじゃないか。

 しかし天候操作できるほどの歌の力を持ったモンスターは眷属の中でも少ないらしい。となるともう他に容疑者はいない。

 ヌエさん、これまで俺たちをあれこれ助けてくれたのに。どうして?

 先代のキョウさんとの約束に関係してるのか? にしても、これまでの行動とつながりが見えない。やっぱり黙呪王側に寝返ったのか? いや、そんな簡単にスタンスを変える人ではないはずだ。



 俺たちは何だかもやもやした気持ちのまま、次の行き先も決めきれず、そのままレミの街に逗留している。

 スギナ会の人たちは、申し訳なさもあるのだろう、丁重にもてなしてくれてる。今朝、ジゴさんの手紙が転送されてきた時もすぐに部屋まで持って来てくれた。

 その時、ノックの音がした。

「ソウタさん、また手紙ですよ」

 あ! ナギさんからだな。

 しかし俺が立ち上がるより早くニコが扉まで走って行って手紙を受け取った。

「あれ? お母さんからじゃないわ」

 がっかりした声だ。

「誰からだ?」

「これ、誰だろう。全然知らない名前よ」

「ふうん。どれどれ?」

 差出人は『南東区親衛隊ジェフ地方分隊長 カロ』とある。

 もちろん親衛隊を名乗ってるのはウソだ。敵の目を誤魔化すためにレジスタンス間の手紙ではよく使う手だ。でもカロという名前には全く覚えがない。

 とりあえず封を開けてみる。流麗な文字は女性っぽい。

 いったい何の手紙だ? どれどれ……


☆☆☆☆☆☆


 歌い手様へ

 初めまして。面識もないのに突然手紙を送りつける無礼をお許し下さい。

 私は大陸の南東区、ジェフの町で親衛隊の支部長をしているカロと申します。何故、親衛隊の人間が歌い手様に手紙を書いているのか……きっと面食らわれているでしょう。しかし今から書きます事情を読んでいただければ、お分かりいただけると思います。



 ご存じかと思いますが大陸の南東区は乾燥した地域が多く、このジェフの町も広大なバリン砂漠の真ん中にあります。過酷な土地であるためか人心は荒っぽく、治安もあまり良くありません。

 我々親衛隊は治安維持の任務も負っておりますので、この地での仕事は大変です。そのためか、本来敵対するはずのレジスタンス組織とも友好的な関係を保ち、両者が協力して民の安全を守るという、大陸の北部では考えられないような状況が長年続いてきました。親衛隊の上層部も、この地の特殊事情を配慮して、これまでその関係を黙認してくれていました。

 ところが世には争いを好み、それを生活の糧にしている者もいます。何者かが我々とレジスタンスの関係を大げさに言い触らし、上層部も動かざるを得なくなりました。しかも王都から派遣された調査官が何者かに暗殺されてしまい、さらに事が大きくなってしまいました。

 上層部はレジスタンスが暗殺犯であると決めつけ、我々に彼らの討伐命令を出しました。我々は動くに動けず対応策を協議していたのですが、業を煮やした上層部が応援部隊を派遣しました。そしてこの応援部隊の連中が、我々には黙って、卑怯な手段でレジスタンスのリーダーをおびき出し殺してしまったのです。

 レジスタンスのメンバーは激怒し、副リーダーを筆頭に蜂起、応援部隊と戦闘になりました。しかし数で勝る応援部隊に追い詰められ、歌い手様もご存じの砂蠍楼サカツロウに立てこもりました。そしてそのまま膠着状態になってしまってもう1ヶ月以上経ちます。

 我々は応援部隊に逆らうこともできず、といっておおっぴらにレジスタンスの味方をするわけにも行かず、非常に苦しい立場におかれています。裏でレジスタンスに食料や水を差し入れるなどして支援していますが、これもいつまで続けられるか分りません。



 内輪の恥ずかしい話をしてしまい申し訳ありません。このようなことを書きましたのも、歌い手様からレジスタンスの彼らに、投降を呼びかけてもらえないかと思ったからなのです。

 このままだと彼らはジリ貧です。いずれ全滅することになるでしょう。投降すれば重罪にはしないと上層部は約束していますが、彼らはもう我々の説得も聞いてくれません。

 しかし彼らは歌い様を信奉しています。歌い手様から話をしてもらえれば、彼らも動くのではないかと思うのです。

 間もなく歌い手様はジェフの町に、砂蠍楼に来られると聞いています。本来ならば我々はそれを阻止し、戦わねばならない立場の者ですが、今は歌い手様の来訪を待ちわびています。

 にわかには信じ難い話だと思います。しかしもう歌い手様におすがりするしかないのです。何とか彼らに投降を呼びかけてもらえませんでしょうか?どうかお願いします。



 応援部隊は町の北側に陣を構えており、そちらに近づかれると危険です。南側から町に入り、中央にあります我々の駐屯所にアクセスしていただければ比較的安全かと思います。

 いずれにせよ一度お会いしてお話ができたらと思います。ジェフの町におこしの際にはとにかくまず我々にお声かけ下さいませ。砂漠の旅は過酷かつ危険です。ご無事を切に願っております。それでは、失礼いたします。



 黙呪暦255年11月3日

 南東区親衛隊ジェフ支部長 カロ


☆☆☆☆☆☆


 横からのぞきこんでたニコも目を丸くしてる。これ、本当に親衛隊の人間からの手紙みたいだ。驚いた。

 わざわざこんな内情を書いて来るところが妙にリアルで生々しい。しかし、怪しいと言えばめちゃくちゃ怪しい。

 そもそも砂蠍楼サカツロウって何だ? 何で俺たちがそこに行く話になってるんだ?

 ってか、何でこんな遠くの親衛隊が俺たちの現在地を知ってる?

 村を焼き払ったあの極悪非道の親衛隊が、レジスタンスと仲良しで、彼らを助けるために俺たちを頼る……そんなことあり得るのか?



 とりあえずみんなで作戦会議だ。場合によっては旅の目的地も変える必要がある。
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