音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第八幕 奸計の古城

地獄の扉

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「はああ、やっぱり来ちゃったのねえ……」

 ため息をつきながらハルさんとナラさんも寄ってきた。

「子供たちは?」

「それやん」

 尋ねる俺に、ナラさんが忌々しげに答える。

「子供なんて影も形もないわ。最初から誰もここには入っとらん」

「えっ!? 影も形も?」

「そうなのよ。子供たちが入った形跡がないの。キャンプをしたり、火を焚いたり、食べたり、トイレしたり、何か跡が残るモンだけど、何も無いわ」

 ハルさんも言う。

「あいつら、ワシらをだましよったんや。街に戻って全員ぶっ殺したる」

 ナラさんは怒りが収まらないようだ。

「だましよった、って……何のためにです?」

「知るかいな。外に出たら黙呪兵が周り取り囲んどるとか、ちゃうか」

「ええっ!? あの人たちってレジスタンスですよね」

「んなもん分からんで。あいつら全員ニセ者かも知れんしな」

「いやでも、『子供たちがいない』って大慌てしてたのは事実ですよ」

「それかて演技かも知れんやろ。何かヘンやな思とったんや」

 まあ、ヘンと言えば確かに変な雰囲気だったが……



「それにね。他にもヘンなことがあるの。私たち、子供たちがいないならいないですぐ外へ出るつもりだったのに、出られないのよ」

「え? 何でですか?」

「何故か歌い手モードが発動してしまってて、全然出られないの。どこをどう通ってもここに戻ってきてしまうのよ」

 俺とニコは顔を見合わせた。

「ああ、だから出てこれなかったんですか……あれ? でも僕たちは普通に入って来れましたよ」

「たぶんあの池の飛び石ね。あれが動いてルートが変わるのよ。それに合わせて城の中の水の流れも変わるみたい。何とかお昼までに出ないといけないって3人で焦りまくったんだけど、どうにもならなかったわ」

「ま、いずれにせよワシら、まんまと罠にかかってもうた、いうこっちゃ」

 ナラさんが自虐的に笑った。

「誰の罠ですか?」

「そやから、扉開けて外に出たら黒幕が待っとんのとちゃうか」

 罠……黒幕……さっぱり分らない。ただ俺たちに悪意を持ってることだけは確かだな。



「扉はどこ?」

 ニコがぽつんと言った。

「開けるのか?」

 思わず尋ねたが、愚問だった。

「だって子供たちがいないんだったら、ここにいてもしょうがないよ」

 そりゃそうだよな。

「こっちよ。いらっしゃい」

 ハルさんの後について部屋の奥の方に進んだ。



 ああ、これか。一番奥に一目でそれと分かる大きな石の扉がある。

 特に目を引くのは、そこに刻まれた絵だ。

 歴史上の場面でも描いたんだろうか。女王か、女神か、とにかく女性が仁王立ちになり、大蛇と思われる敵に、雷を落として成敗しているようだ。

 女性の足元には騎士と思われる男性がひざまずいており、その横には鹿らしき動物が描かれている。

 はて、どこかで見たような場面だが……まあいいや。女神の絵の下には文字が刻まれてる。重要なのはこっちだ。

『地獄への扉を開けんとする者は、水の滴りから歌を紡ぐべし』

 ああ、これか。『歌ってみろ』ってやつだな。

 続いて意味のよく分からない文句が並んでる。これが歌詞なんだろうな。

『希望を捨て 業火に焼かれよ

 罪を嘆き 血の池に溺れよ

 巡れよ 地獄

 巡れよ 地の底』

 何だか厨二的っていうか、センスのない歌詞だな。まあタイトルからして『地獄歌』っていうぐらいだから、センスなんか求めてもしょうがないけど。



 そして、メロディーだ。

 はるか上の方から時々、水滴が落ちてくる。扉の脇には壺のようなものがあり、ちょうどその中に水滴が落ちた時には、ポチャンとかピチャンとかいう水音が大きく響いている。

 よく聴いていると、音に高い低いがあり、それが一定の順で鳴っている。メロディーに聞こえないこともない。何だかマイナーな感じの暗い旋律だ。さっきの厨二な歌詞とはマッチしてるかもしれないが。

「どう? ちゃんとメロディーに聞こえる?」

 ハルさんが心配そうに尋ねてくる。

「ええ、まあ一応……」

「ニコは? ニコはメロディーに聞こえる?」

 アミが尋ねる。

「う、うん。自信ないけど……」

 そう答えながら彼女は俺を見る。

 しかし。

 さあ、どうするんだ? どっちが歌うんだ?

 同じことを思ったようだ。みな、何となく黙り込んでしまった。

 俺はとりあえず紙を取り出して歌詞を書き写し、次に線を5本引いて、メロディーを音符にした。扉が開いたままになっても、これで誰かにこの歌を伝えることはできる。



「あのな、もじゃもじゃ。それとアミ。ちょっと聞いてくれるか」

 ナラさんが口を開いた。

「キョウが戻って来んかった時、残った3人で死ぬほど悔やんだことがあるねん。それはな、何でキョウを1人で行かせたんか、っちゅうことやねん」

「でも、それは、『王の間』には歌い手本人しか入れないから、でしょ?」

「そうや。確かにそう言われとる。しやけど誰がそれを確認したんや? お前、確認したんか? しとらんやろ? ワシらも誰かが言うてることをうのみにして確認なんかせんかった。何でやってみんかったんや、一緒に入ってみんかったんや、っちゅうことや」

 誰も、何も言えなかった。

「歌い手1人に責任を全部負わせて、最後も1人や。試しに一緒に入ろうともせんかった。それでええんか? そう思わんか?」

「……言ってること、よく分かるわ」

 ハルさんがしんみりした調子で答える。

「ふふん。珍しく意見が一致するやんか」

 ナラさんがにやりと笑った。



「この扉を開けたらもう戻れなくなる。とてつもない重責をこの2人のどちらかが負うことになる。この子たちだけにそんなことさせられないわ。そういうことよね?」

「そうや。そういうこっちゃ」

「分かった!」

 アミが笑顔になった。

「みんなで一緒に歌うのね。地獄歌を」

「そや。何が起こるか分からん。扉は開かんかもしれん。しやけど、とりあえず試してみよやないか。ああ?」

「そうよね。西海岸に行こうって主張したのは私だし……」

「ワシら3人で城に入る、どうっちゅうことない、そう言うたんはワシやしな」

「みんなで共同責任ね」

 そう言いながら3人が俺とニコを取り囲んだ。

「っちゅうことや。ワシらに歌を教ええや」

「えっ? いや、僕もニコも、もう覚悟はできてますよ」

「だめよ。あなたたちだけに辛い思いはさせないわ。教えなさい。歌を」

 聞いてくれない。

「つべこべ言わずに教えなさい!」

 アミなんか俺の胸ぐらをつかまんばかりの勢いだ。

「わ、分かりました。じゃあ、ちょっとこの扉から離れて、あっちの方に行って練習しましょう」



 ちょうど良い機会だ。ニコに音階を歌ってもらって、みんなに音符の読み方をレクチャーする。

 みなそれぞれ歌術を使える連中だからのみ込みも早い。小一時間もすればさっき俺が書き取った譜面と歌詞を見ながら地獄歌を歌えるようになった。結局、音痴の俺が一番下手だ。

 せっかくだから奏術もしよう。

 ハルさんにはギタ郎で3コードを弾いてもらい、俺はべー太を奏でる。ナラさんは足踏みのベードラと鍋ぶたのハイハットだけ鳴らしてもらう。ニコとアミは楽器なしだが、歌は全員で声を合わせて歌う。

 いける! いけるぞ。

 ちょっと練習したら、結構バンドらしい音になった。



 よし。じゃあ、いよいよ扉の前で演奏しよう。

「ほな、いくでえ。1、2、3、ほい」

 ナラさんのカウントで演奏スタートだ。

『ドンドンカッ、ドドンドンカッ、ドンドンカッ、ドドンドンカッ♪』

 ナラさんの繰り出すゆったりしたリズムに、俺のべー太が静かにノる。

『ジャン、ジャン、ジャン、ジャンジャン、ジャン、ジャン、ジャン♪』

 ハルさんのギタ郎はダウンストロークだけのコードプレイだ。コードはメロに合わせてセブンス系の3コードだ。

 そして5人で静かに歌う。

『希望を捨て 業火に焼かれよ 罪を嘆き 血の池に溺れよ……♪』

 それにしても暗い歌だなあ。

『巡れよ 地獄 巡れよ 地の底♪』

 ……それでも5人で歌い終わった。

 さあ、扉よ、開け!

 ゴトンと扉が身震いした。そして扉に刻まれた歌詞の文字が光った。

 開くぞ……と思ったら、扉はそのまま、さらさらさらと砂のようになって……崩れてしまった。

 扉は、消滅した。
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