音痴の俺が転移したのは歌うことが禁じられた世界だった

改 鋭一

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第八幕 奸計の古城

車いすの少女

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 ずっと火を焚いていたせいか、蛇やゴキに襲撃されることなく朝を迎えることができた。

 雨は完全に止み空はすっきり晴れ上がったが、みな言葉少なで、キャンプにはいつもと違う緊張感が漂っていた。

 朝食を摂りながらもう一度作戦を確認する。

「ガキどもが生きとるとしたら、どっかの小部屋に隠れとるやろ。声かけながら城の中をぐるっと一回りするだけや。普通やったら3、4時間かかるかどうかやな。お昼までには戻ってこれる」

 ナラさんが説明する。子供たち、無事でいてくれよ。

「中におる敵は、蛇、ゴキ、それにクモとナメクジや。みなデカいのはデカいけど、そんなに強いことはない。ワシら3人で十分や」

 本当に十分なんだろうか。心配だなあ。

「アミが苦手な敵もおるから、前衛はワシが行くわ。雷の歌術もあるし、だいたいのルートも知っとるからな」

「……よろしくお願いします」

 アミが申し訳なさそうに言う。

「いいのよいいのよ、オジさんたちもたまには仕事しないとね。アミちゃんが真ん中で、アタシがしんがりを務めるわ」

 アミの肩をハルさんがぽんぽん叩く。

「それより子供たちが怪我してたり弱ったりしてたら癒術をお願いね」

「うん、それは任せて」

「歩けへんぐらい弱ってたらワシの背中に乗せて運ぶわ」

 3人の間でちゃんと役割分担はできてるようだ。




「だから……」

 ハルさんが俺とニコの方を向いた。

「子供たちを発見できても、できなくっても、私たち、お昼までにいったん戻ってくるわ。必ずよ。もし戻ってこなければ……」

「こなければ……?」

「私たちに何かあったということね。あなたたちにも危険が及ぶ可能性があるわ。あなたたちは絶対に中に入っちゃダメよ。2人ですぐにここから逃げなさい」

 しかしニコは黙ったまま、首をふるふると横に振った。俺も首を横に振った。

「そんなこと、できるわけないじゃないですか」

 しかしハルさんは力説する。

「ダメよ。何のために私たち身体を張って一緒に旅してきたと思ってるの? あなたたちに幸せになってもらいたいからよ。あなたたちが城に一歩でも入れば全てが水の泡だわ」

「迷子のガキを探しに行くだけや。んな大したこっちゃないがな。心配すな心配すな」

 ナラさんは事も無げに言う。

「ちゃんと帰ってくるから、絶対に中に入っちゃダメよ。死亡フラグなんだからね」

 精一杯怖い顔をしてアミも言う。

 仲間にここまで言われると反論できない。俺とニコは黙ってしまった。



 3人を見送り、ニコと並んで焚き火の前に腰掛けるが……落ち着かない。

 1時間経ち、2時間経ち、日も高くなってきた。まだこんなすぐには戻って来ないだろうと分かっちゃいるが、何度も何度も城壁の方を見てしまう。

 3人のことは信じてる。

 ハルさんは、威力はそれほどではないにしても多彩な歌術を使える。ボウガンも撃てる。それにいざという時にはツタ使いの技が炸裂する。あれは本当に便利だし強力だ。

 ナラさんは、キョウさんと共に黙呪城まで行った百戦錬磨の猛者だ。奏術でリズムを繰り出してもらうのもいいが、雷の歌術も強いし、実は震の歌術も使える。角を使って普通に毒蛇を蹴散らしてるのも見た。

 そしてアミは、剣士としても強いが、実はいろいろな歌術も使えるし、剣舞で戦いながら奏術をすることもできる。ヒーラーとしても一流だ。小柄で可愛らしい見かけによらず、恐ろしく有能な戦士だ。

 つまり3人とも、むちゃくちゃ強い。そしてそれぞれが仲間の戦い方を見て臨機応変に適応できる器用さを持っている。むしろ俺の方が不器用だ。

 大丈夫。大丈夫。あの3人なら大丈夫。

 自分に言い聞かせる。何度も言い聞かせる。



「何だか落ち着かないね、ソウタ」

 そういうニコはどっしり落ち着いてるように見える。

「ああ、そうだな……あの3人だから大丈夫とは思うけど、やっぱり心配だな」

「だよね……」

 彼女はそこで改まった口調になった。

「でもね、こんなこと言うと3人に怒られるかもしれないけどね、私たち、きっと中に入ることになると思うの」

 おいおいおい! 何てこと言うんだ……でも、俺も何となくそういう気がするんだな。

「だってね、あんなにお天気が不自然に変わったり、港に足止めになったり、船を下りた途端に見つかっちゃったり、子供が行方不明になったり、河が渦巻きだらけになったり、いろいろおかしいじゃない?」

「……そうなんだよなあ」

「ソウタが『神の見えざる手』って言ったけど、本当に、何かに導かれてるみたいな、そんな感じがするの」

「……うん」

「だからきっと、私たち、中に入ることになってるんだと思う。抗えない、運命の力みたいな」

 そうかもしれない。

「何だか、子供たちを人質にして俺たち5人を呼び寄せ、そして次に3人を人質にして俺たち2人を城の中に呼び込む、そんなことを誰かが企んでるんじゃないかって気がする」

「うん……でも誰が?」

「分からない。そこまでして俺たちに死亡フラグを立てさせたい奴って誰だろう? やっぱり黙呪王側の奴かな」

「でもそれだったら、フラグなんか立てる前にやっつけちゃえ、ってならない? 本拠地まで来られる方が面倒じゃん」

「だよなあ……」



「ソウタ、あのね」

 ニコは顔を上げて俺を見た。

「また夢の話するけど、いい?」

「ああ、もちろん」

 彼女の夢の話は久々だ。

「これまで何度も見た夢なんだけどね、先日また見たの。私ね、ソウタの学校の『ガクエンサイ』っていうのに行くの」

 ガクエンサイって……『学園祭』だよな。

「私は、クルマイスっていうのに乗って、座ったまま大きな建物の中に入って行くんだけど、中で大きな音で歌を演奏してるの」

『車いす』という単語を聞いて、何故か俺の心臓はドキッとした。

「演奏してるのはね、ソウタのバンドなの。ソウタはべー太に似た4本弦の楽器を弾いてて、タイコ叩いたり、ギタ郎みたいなの弾いてる男の子もいて、その前で綺麗な女の子が歌ってて、すんごく楽しそうなの」

 それは……実際にあった場面か? 俺の高校の学園祭か? あの軽音のステージか?

「私はクルマイスに座ったままそれを観てて、『いいなあ、私も仲間に入りたいなあ、一緒に音楽したいなあ』って強烈に思ってるのに、自分は一人ぼっちで、仲間も友達もいない、っていう夢なの」



 それを聞いて俺の脳裏にはある光景が浮んだ。

 県立高校の体育館。俺はステージからたくさんの生徒たちを見下ろしてる。

 みんなノリノリで、飛び跳ねたり拳を振り上げたり叫んだりして、俺たちの学園祭ライブを楽しんでくれてる。

 でも俺が見てるのはその後、体育館の隅にいる車いすの女の子だ。中学校の制服を着たその子は、飛び跳ねることも叫ぶこともなく静かに、でも熱い視線で俺たちの、いや、俺の演奏を見ていた。

 あの子は誰だった? 何故、車いすなんだ?

 ……思い出せない。

 というか、思い出そうとするとブレーキがかかる。横から拳銃を突きつけられてるような、ヒヤッとした感覚に襲われる。

 思い出すな。思い出してはいけない。誰かにそう脅されてるような感じだ。



「ソウタがこの前、言ってたよね。『バンド』って、前の世界の言葉では、『絆』とか『団結』とかっていう意味もある、って」

「……あ、ああ」

「私がね、もしこの世界に転生してきたんだったら、きっと、ソウタと一緒にバンドをやるために転生したんだと思うの。それが前の世界で叶えられなかったことなんだと思う」

 一緒にバンドをやる?

 ……そうだ、あの浜辺の夢で一緒に花火をした女の子とも、『バンドをやろう』って約束したような覚えがある。

 あの子もニコと呼ばれていた。病弱そうだった。あの子が車いすの少女なのか? 分らない。

「崖の下のビーチで暮らしてる時はね、ソウタと2人きりで生きて行くのもいいかなって思ってたけど、こうやって仲間も一緒に旅していると、やっぱりバンドがいいな、これが私の求めてたものなんだなって思うの。だからね」

 ニコは真っ直ぐ俺に向かって宣言した。

「3人がお昼までに戻ってこなかったら、私、城の中に入るよ。それがバンド、つまり絆だと思うから。ソウタも来てくれるよね?」

 そうだな。もう俺のハラも決まってる。

「ああ、もちろん、行くさ」

「良かった!」

 ニコは俺の横にひっつき、肩に頭をのせてきた。

「やっぱりソウタはソウタね」

「何だよ、それ」

「うふふ。バンドで演奏してる時のソウタはすごい楽しそうで、すごい輝いてたよ」

「そ、そうか」

「うん」



 ニコはこちらを見上げながら続けた。

「あの時ね、ソウタがバンドで演奏してたのは、『女神の旋律』だったんだよ。歌詞は違ってたけど。だから私、初めて畑であの歌を聴いた時、『あ、この歌だ! 私、絶対この歌知ってる!』って思ったの」

「ああ、だからあんなに食いつきが良かったんだな」

「うん。もっかい歌ってってしつこく頼んで、それでヌエさんが飛んで来ちゃったんだよね」

「そうだったよなあ」

 あれも何だかもう遠い昔のことのように思える。

 っていうか、あれ? 女神の旋律は、俺がこっちに来てから作った曲なんだけどな。おかしいな。似たような曲を演奏してたのか。

 いや、そういえば学園祭のライブでどんな曲をったのか、全く記憶がない。どうもこっちの世界に来た時にいろいろ大事な記憶を置いてきてしまったようだ。
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