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第八幕 奸計の古城

敷かれたレール

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 カンの宿と同じように、俺とニコは夫婦扱いで同室、ハルさんとアミはそれぞれ個室、ナラさんはどうしても土間がいいというので馬小屋の一画を仕切ってもらって専用スペースにしてもらった。

 はああ、ようやっと横になれる。昨夜はあんまり寝てないし眠くて仕方ない。まだ昼間だが俺たちは寝間着に着替えてベッドに飛び込んだ。

 しかし。

 どうも外が騒がしい。誰かがローカをバタバタ走って行く足音が何度も聞こえる。何か大声を出している奴もいる。

「にぎやかなところだなあ」

 起き上がってぼやくと

「誰かを探してるみたいね」

 隣のベッドの中からニコが言う。

 確かに、みな口々に「いたか?」「いない!」「見つかったか?」「見つからない!」なんて会話をしてるみたいだ。

 まさか、かくれんぼしてるわけじゃないよな?



 しばらくして遠慮がちにドアがノックされた。

 あれ? 歓迎パーティーは夕方からだったよな。まだだいぶ早いぞ。何だ?

「歌い手様、ご休憩中に大変恐縮なのですが、ちょっとこちらにおいでいただけませんでしょうか。緊急事態でして」

 ?

 行くと会議室みたいな所に人がバタバタ出入りしている。ハルさん、アミ、それにナラさんも呼ばれてきた。

「何なんですかね?」

「さあ? アタシも寝てるところを起こされたのよ。緊急事態だって言ってたけど、何だかイヤな予感ね」

 ハルさんも怪訝な顔をしている。

「ようやっと船酔いマシになってきたところやのに、起きて歩いたらまたくらくらしてきたわ」

 ナラさんも不満げだ。



「ご休憩中にお呼び立てして、誠に申し訳ありません。実は困ったことが起こりまして……」

 ヤスさんの話はこういうことだった。

 このスギナ会には『ツクシ団』という子供のレジスタンス組織が附属してる。スギナ会の会員の子供とか孤児とかが集まっていて、レジスタンス活動の見習いみたいなことをやってる。港で俺たちを見つけたのも、このツクシ団の子だ。

 その中でも特に元気の有り余った3人の子が、俺たちの到着を待ちきれず、「下見に行ってくる」と勝手に一刻城に向い、もう3日経つのに帰って来ないのだという。



「幼い頃から一刻城の周りをうろうろしてる子たちなんで大丈夫だと思ってたんですが、この通りのひどいお天気ですし、それに河の流れがヘンなんです」

「河の流れって、何か関係あるんですか?」

 不思議に思って訊いてみた。

「はい。一刻城はレミ河の河辺に建っていて、歩いて行くより船で行く方が早いのです。ですので歴代の歌い手様も、我々がレミの街から船でお送りしております」

 げ。また船か。

「それで、河の流れがどうヘンなの?」

 今度はハルさんが尋ねる。

「それが、一刻城の近くで渦を巻いていて、城に近づくことも遠ざかることもできないのです」

「それやったら船に乗らんでええがな。ワシらん時は船なんか乗らんかったわ」

 ナラさんが吐き捨てるように言う。

「いやしかし、森を通っていきますといろいろと厄介な生き物もおりますし、時間もかかります」

「んなモン、どうっちゅうことあるかい。どうせ蛇とかデカいゴキブリやろ。んなモン、ワシらの敵やあるかい」

 しかし巨大ゴキと聞いてアミがぶるっと身震いした。どうやらツンデレ山猫娘にも苦手な生き物は存在するようだ。

「いや、その、森を通りますと我々も道案内できませんし面目が……」

「んなモン知るかっちゅうねん。お前らの面目が立とうが立つまいが、んなモンどうでもええんじゃ、ヴォケ」

 どうしても船に乗りたくないナラさんは完全に喧嘩モードだ。

「ナラさん、ナラさん、喧嘩しないで下さい」

「ああ? うるさいなもう。ワシは船なんか乗りとないんや……」

 俺が止めてもまだブツブツ言ってる。



「で、要するに私たちはどうしたらいいんですか?」

 ヤスさんに尋ねると、彼は言いにくそうにしながらも

「皆さまにはここで1週間程度ゆっくりしていただき、十分に英気を養ってからお勤めを果たしていただくのが良いかと思っておりましたが……」

 おいおい、無茶なことを言わないでくれよ。

「できましたら明日ここを発っていただき、城の中に子供たちがいましたら保護していただきたいのです」

 うへえ。やっぱり。

「それはいいんだけど……船で? 歩いて?」

 ハルさんが確認すると

「途中まで我々が船でお送りします。その後は歩いて行っていただくことになりますが、それでも最初から歩いて行くより時間短縮になるかと思います」

 どうしても船に乗せたいらしい。

「ちっ!」

 舌打ちしたのはナラさんだ。しかし俺たち全員がため息をつきたい気分だった。

 もちろん子供たちは心配だし、すぐにでも助けに行ってやりたい。ただ俺たち、何だか否応なく一刻城に行くようレールを敷かれているような気がしてきた。



 部屋に戻るともう眠気はどこかに吹き飛んでしまっていた。

「何だか神の見えざる手が俺たちを一刻城に行かせようとしてるみたいだな」

 俺が言うと

「うん……でもソウタ、私、一刻城に行くよ」

 そう言うだろうと思ってたよ。

「でも、もしニコが歌い手だったら死亡フラグが立ってしまうぞ」

「ううん。私は歌い手じゃないよ。だってソウタが裏の畑に来た日のことよく覚えてるもん」

「そんなのたまたま転移しただけかもしれないだろ? ニコだって前の世界の記憶がだんだん戻ってきてるじゃん」

「でもナラさんが言ってたよ。これまで女性の歌い手はいたけど、『転生者』の歌い手は聞いたことないって」

 それなんだよな。しかしこれまでなかったから絶対にない、とは言えない。

「それにね……もし私が歌い手だったとしても、子供たちを放って逃げてしまうなんて私できない」

「他の3人が一刻城に行ってくれたとしても?」

「だって、そしたら今度は3人のことが心配だよ」

「まあ、そうだよな。俺も同じ気持ちだ」

 俺たちは顔を見合わせてため息をついた。



 夕方から俺たちの歓迎会&壮行会が開かれた。

 前ではまた組織の幹部たちが長々と挨拶していたが、もう俺たちは聞いてなかった。ひたすら料理を詰め込んで体力回復に努めた。

 そして夜が更けてから各自部屋を抜け出し、ナラさんのいる馬小屋に集合した。ここなら人に聞かれる心配はないからな。外はまだ雨が降ってるし。

「さあ、いろいろ困ったことになったわ……」

 ハルさんが口火を切ったがみな無言だ。

「何とか城に行かないようにしたかったけど、そうはいかなくなったわ。私たちのために子供たちが城に入ったんだとすると、助け出してあげないといけないわ」

 みな黙ってうなずく。

「となると、港で話していたように、ソウタとニコはどこかで待機してもらって、残り3人で行くしかないわね」

「あの……私も行きたい……」

 ニコが言うが、ナラさんがぴしゃっと封じた。

「やめとけ」

「どうして? どうしてダメなの?」

 珍しくニコも食い下がる。

「あのな……しゃあないから、もう言うわ。一刻城の中の話や。よう聞いとけ」

 ナラさんは深刻な顔で話し始めた。
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