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第八幕 奸計の古城
口に出すと本当になる
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蛇に悩まされながらも大海峡沿いを西へ西へ進んでいると、ある日、急に風景が変わった。密林が途切れ、岩のゴロゴロした荒れ地になった。
しかし何かヘンだ。右手には相変わらず大海峡が見えている。しかし……目の前にも大海原が拡がっている。
そうか。これは外洋だ。要するに俺たちは大陸南西区の西海岸に到達したんだ。
5人旅になって約3週間。ようやっとだな。
西海岸は大海峡のような断崖絶壁ではないようだ。岩だらけの荒れ地をずーっと下って行くと、ちゃんと浜辺になってる。
本来なら海沿いに歩いて行くのがいろいろと便利だろうが、海沿いには街道があって普通に人も通る。お尋ね者の俺たちには危険だ。裏道が分ればそちらを歩くのだが、さすがに魔笛団謹製のマップも大陸の南西区は範囲外だ。
となると、しばらくはこれまでと同じように道なき道を進むしかない。早くどこかのレジスタンス組織でこの辺りのマップをゲットしないといけないな。
「最終目的地は大陸南端の山岳地帯だから、とにかくこの西海岸にそって南へ南へ進んでいくことになるんだけど……」
荒れ地に設けたキャンプで火を囲み、ハルさんが今後の予定を確認する。
「問題はレミの街をどうやって回避するかね。レミは西海岸でも有数の大きな街だから、たぶん普通に進めばどのルートでもレミの街を通ることになってしまうわ。回避しようと思うと、海側か山側かどちらかね」
ハルさんは枯れ枝で地面に図を書きながら説明する。
「山側、つまり大陸の内側を通ろうと思うと障害になるのがレミ川ね。かなりの大河で川幅が広いから、たぶん下流域に橋はないわ。でも川をさかのぼるとすごく遠回りになる上に、上流にはアサ山があるわ」
「アサ山って?」
俺が尋ねるとナラさんが教えてくれる。
「四六時中毒ガスまき散らしとる、とんでないヤバい火山や。周囲は草も生えん広大な荒れ地になっとる。しかも何年かに1回大噴火しよる。どうしょうもない危険エリアや」
それはまたすごい所だな。確かに近寄りたくない。
「となると、海側、つまり船に乗るルートだけど、こちらもレミに寄港しない船はないと思うの。ただもっと南の街に向かう船に乗ってしまって、レミで下船しなければ大丈夫じゃないかしら。どう、ナラさん?」
ハルさんはナラさんに話を振った。
「は? わしに話振られても困んねけどな……まあ、それしか手ぇないんちゃうか。レミ川をさかのぼったらそれこそ一刻城があるしな。港で船に乗ったままじっとしとったら大丈夫やろ……何事も起こらんかったらな」
一刻城……そうだ、火山なんかよりもっとヤバい、俺たちが絶対に近寄ってはならない場所だ。
となるともう結論は出ている。海路だ。船だ。ちょっと手前の街で南行きの船に乗り、レミの港では下船しない。そのまま乗り過ごす。
しかし『何事も起こらんかったらな』というナラさんの言葉がちょっと引っかかった。何事も起こらなければ……それを祈ろう。
翌日、俺たちは進路を南に変えて歩き出した。
熱帯密林と荒れ地の境目辺りがまだ歩きやすい。しかし相変わらず蛇は多い。しかも心なしか大型の蛇が増えたような気がする。
ほら、また、ちょっと行った所にデカいコブラみたいなのが、人の背丈ほどに鎌首をもたげてこちらを威嚇している。
厄介なことにこの巨大コブラは、噛みついてくるだけじゃなくって毒を吹きかけてくる。この毒が皮膚からも吸収されるので、かかったらただ事では済まない。となると、剣で切りつけるよりも、少し離れたところから歌術で狙う方が安全だ。
しかし俺が震刃を口にしようとする前に、もうニコの凍刃が飛んで、コブラの頭が落ちた。相変わらずの早業だ。
ソウタよりもニコの方が強い。
今や俺たちの中ではそれが共通認識になった。ニコだけは謙遜して認めないが。
じゃあ、俺はいったい何なんだ? 何しに転移してきたんだ? 第13代の歌い手は俺かニコかどっちなんだ?
何度も5人で議論したが答えは出ない。
ただ、この世界に赤ちゃんとして生まれてきた『転生者』の歌い手はいない。成長途中で急に髪が黒くなって歌い手になった者もいない。その辺を考えると、ニコが歌い手ということも考えにくい。
……そんなことを考えてると、また巨大コブラだ。さっきのヤツよりさらにでかい。
しかしあっという間にニコの凍歌で真っ白ガチガチに凍り付いた。俺が震刃でバラそうかと思ったら、もうアミが剣を抜いている。
『ぱきーん』
コブラはバラバラに砕け散った。
「私たちの出る幕、ないわねえ」
ハルさんが自嘲気味に笑う。しかし、まさにその通りだ。さっきから男3人はほとんど何もしてない。
「姉ちゃんらが強いから、わしら、楽でええわ」
ナラさんも笑ってる。
「ううん、ハルさんたちが後にいてくれるから安心して飛び込めるのよ。もし私がしくじっても、絶対助けてくれる、絶対何とかしてくれる、って思ってるから」
そう言いながらアミはちらっと俺を見た。なんで俺の方を見るんだよ。俺は何にもできねえぞ。
しかしまあ、そういうのが『仲間への信頼』ってやつなんだろうな。そうだ、俺はタンクだ。ヘイト引きつけ係だ。戦闘が長引くような場面があれば役に立つこともあるだろう。何せ人に嫌われるのは得意だからな、って、それを言わせないでくれと……
しかしその後も男3人には出番がないまま、寂れた漁村や農家が点在するエリアに入って来た。
さすがに蛇の数も減ってきた。しかしもっと危ない相手の姿がちらほら……それは一般市民だ。
こんな大陸の端の端だが、お尋ね者の歌い手一行に対してどういう反応をするのか、全く情報がない。ナラさんもこの辺りのことは「知らん」の一言だ。
頼りにできそうなのは『カンの街にはレジスタンス組織があったはず』というハルさんの記憶だけだ。カンの街はここから2、3日の距離で、それほど遠くない。俺たちは人家を避け、わざわざ蛇のいる密林の中で野営しながら、南へ南へ進んだ。
カンの街は地中海風の綺麗な港町だった。
家々の壁は真っ白でオレンジ色の屋根とのコントラストが美しい。街は小さな港に向いてなだらかに傾斜していて、山側から見下ろしても、港から見上げても、白とオレンジと木々の緑が美しいモザイクを成している。
レジスタンス組織は確かにあった。
そこは旅人向けの小さな宿屋だった。俺たちが名乗ると宿の親父=この地域の組織のリーダーは狂喜した。
「生きていらっしゃったんですね!」
お腹の出っ張った親父は慌てて宿の扉を閉め、臨時休業の札を出した。
やっぱり、やっぱりだ。
第13代の歌い手はイズの滝から落ちて死んだ、旅を始めて半年で早々に消されてしまった……レジスタンス組織の中ではもうすっかり、そういう話になっていたらしい。
「早速、ありったけの鳥急便を飛ばして大陸各地のレジスタンスに報せます。歌い手様は元気だと!」
「いえいえいえ、ちょっと、ちょっと待って」
慌ててハルさんが止める。
「あのね、作戦上、歌い手は死んだことにしておいてもらえないかしら。黙呪王を欺くためよ。敵を欺くにはまず味方、って言うでしょ」
そうだよな。ここはとりあえず死んだことにしておいた方が良いよな。レジスタンス組織もいろいろみたいだしな。
「いや、そんなこと言っても……亡くなったって聞いた時はみんなどれだけ悲しんだか。それが生きてたってなったらみな泣いて喜びますよ」
親父はなかなか納得しなかった。俺が頭を下げてお願いしてようやっと、大陸各地に鳥急便を飛ばすというのは思いとどまってくれた。しかし今度は妙なことを言う。
「あれですよね? あれのためにレミに行かれるんですよね? だからレミの組織にだけは報せておきます。向こうも準備があるでしょうから」
『あれ』って何?
ハルさんを見るが、ハルさんも『?』という顔をしている。あれってなんですか? と訊き返して良いものかどうかも分からない。
結局、そこは親父を止めきれなかった。レミの組織『だけ』っていうなら実害はないだろう。
人間の部屋なんかで寝たくないと言うナラさんには馬小屋を借りた。夕食後、俺たちはミーティングのためにその馬小屋に集まった。
開口一番、ハルさんが強い口調でナラさんに言った。
「ちょっとあんた、宿の親父が言ってた『あれ』って何なのよ! 隠してることがあるなら言いなさいよ」
「はあ? 隠してるって何やねん。隠してることなんかあるか、ヴォケ」
「じゃあ『あれ』って何なのよ」
「そやから一刻城のことやろ」
「はあ? 何で私たちが一刻城に行くことにされてるのよ。あの親父、そのためにここに来たんですよね、っていう言い方だったわよ」
「あのなあ!」
ナラさんの声も大きくなった。
「お前らなあ、『口に出すと本当になる』っちゅうの知ってるか?」
俺たちは顔を見合わせ、うなずいた。
「この前、言うたやろ。一刻城と黙呪王の城は連動しとる、中に入ったら黙呪城に行かんとあかんようなる、て」
そうだ。だから俺たちは絶対にそこに近寄っちゃいけないんだろ……あ、そうか。
「考えたら分かるやろ。つまり、黙呪城の中に入って行こ思うたら、一刻城に行ってフラグ立てんとあかん、っちゅうことや」
フ、フラグですか。
「何よ、そのフラグって?」
ハルさんは言いながらごくっと唾を呑んだ。
「言わすんやな? 知らんぞ、ホンマにそこに行くことになっても」
ヘタレの俺はその場の重圧に耐えられなかった。
「ナラさん、分かりました。その先はいいです。要するに、黙呪城に行こうとする歴代の歌い手はみな一刻城にフラグを立てに行った、そういうことですね?」
「そういうこっちゃ。もちろん、かつてワシもキョウと一緒に行った。それ以上詳しいことは言わすな」
「分かりました」
話は結局、いかにレミの街を避けるかだ。
宿の親父によると、このカンの街から客船は出ていないが、大陸の西岸を伝って行く貨物船ならあるということだった。
貨物船だから大きな街であるレミに寄港しないということはないだろう。しかし下船しないで船に乗っておくことは可能だ。
明日、宿の親父に貨物船の寄港日や航路を確かめてもらう、とりあえずそういう結論になった。
宿の部屋に戻った。俺とニコは夫婦用の部屋、ハルさんとアミはそれぞれ個室だ。別れる時にアミが俺をジト目で見ていたが、俺がよっぽどニヤけていたんだろう。
しかし、2人とも疲れていたのと、久々のお風呂でホッとしたのとで、何もせずにぐうぐう寝てしまった。も、もったいない。
しかし何かヘンだ。右手には相変わらず大海峡が見えている。しかし……目の前にも大海原が拡がっている。
そうか。これは外洋だ。要するに俺たちは大陸南西区の西海岸に到達したんだ。
5人旅になって約3週間。ようやっとだな。
西海岸は大海峡のような断崖絶壁ではないようだ。岩だらけの荒れ地をずーっと下って行くと、ちゃんと浜辺になってる。
本来なら海沿いに歩いて行くのがいろいろと便利だろうが、海沿いには街道があって普通に人も通る。お尋ね者の俺たちには危険だ。裏道が分ればそちらを歩くのだが、さすがに魔笛団謹製のマップも大陸の南西区は範囲外だ。
となると、しばらくはこれまでと同じように道なき道を進むしかない。早くどこかのレジスタンス組織でこの辺りのマップをゲットしないといけないな。
「最終目的地は大陸南端の山岳地帯だから、とにかくこの西海岸にそって南へ南へ進んでいくことになるんだけど……」
荒れ地に設けたキャンプで火を囲み、ハルさんが今後の予定を確認する。
「問題はレミの街をどうやって回避するかね。レミは西海岸でも有数の大きな街だから、たぶん普通に進めばどのルートでもレミの街を通ることになってしまうわ。回避しようと思うと、海側か山側かどちらかね」
ハルさんは枯れ枝で地面に図を書きながら説明する。
「山側、つまり大陸の内側を通ろうと思うと障害になるのがレミ川ね。かなりの大河で川幅が広いから、たぶん下流域に橋はないわ。でも川をさかのぼるとすごく遠回りになる上に、上流にはアサ山があるわ」
「アサ山って?」
俺が尋ねるとナラさんが教えてくれる。
「四六時中毒ガスまき散らしとる、とんでないヤバい火山や。周囲は草も生えん広大な荒れ地になっとる。しかも何年かに1回大噴火しよる。どうしょうもない危険エリアや」
それはまたすごい所だな。確かに近寄りたくない。
「となると、海側、つまり船に乗るルートだけど、こちらもレミに寄港しない船はないと思うの。ただもっと南の街に向かう船に乗ってしまって、レミで下船しなければ大丈夫じゃないかしら。どう、ナラさん?」
ハルさんはナラさんに話を振った。
「は? わしに話振られても困んねけどな……まあ、それしか手ぇないんちゃうか。レミ川をさかのぼったらそれこそ一刻城があるしな。港で船に乗ったままじっとしとったら大丈夫やろ……何事も起こらんかったらな」
一刻城……そうだ、火山なんかよりもっとヤバい、俺たちが絶対に近寄ってはならない場所だ。
となるともう結論は出ている。海路だ。船だ。ちょっと手前の街で南行きの船に乗り、レミの港では下船しない。そのまま乗り過ごす。
しかし『何事も起こらんかったらな』というナラさんの言葉がちょっと引っかかった。何事も起こらなければ……それを祈ろう。
翌日、俺たちは進路を南に変えて歩き出した。
熱帯密林と荒れ地の境目辺りがまだ歩きやすい。しかし相変わらず蛇は多い。しかも心なしか大型の蛇が増えたような気がする。
ほら、また、ちょっと行った所にデカいコブラみたいなのが、人の背丈ほどに鎌首をもたげてこちらを威嚇している。
厄介なことにこの巨大コブラは、噛みついてくるだけじゃなくって毒を吹きかけてくる。この毒が皮膚からも吸収されるので、かかったらただ事では済まない。となると、剣で切りつけるよりも、少し離れたところから歌術で狙う方が安全だ。
しかし俺が震刃を口にしようとする前に、もうニコの凍刃が飛んで、コブラの頭が落ちた。相変わらずの早業だ。
ソウタよりもニコの方が強い。
今や俺たちの中ではそれが共通認識になった。ニコだけは謙遜して認めないが。
じゃあ、俺はいったい何なんだ? 何しに転移してきたんだ? 第13代の歌い手は俺かニコかどっちなんだ?
何度も5人で議論したが答えは出ない。
ただ、この世界に赤ちゃんとして生まれてきた『転生者』の歌い手はいない。成長途中で急に髪が黒くなって歌い手になった者もいない。その辺を考えると、ニコが歌い手ということも考えにくい。
……そんなことを考えてると、また巨大コブラだ。さっきのヤツよりさらにでかい。
しかしあっという間にニコの凍歌で真っ白ガチガチに凍り付いた。俺が震刃でバラそうかと思ったら、もうアミが剣を抜いている。
『ぱきーん』
コブラはバラバラに砕け散った。
「私たちの出る幕、ないわねえ」
ハルさんが自嘲気味に笑う。しかし、まさにその通りだ。さっきから男3人はほとんど何もしてない。
「姉ちゃんらが強いから、わしら、楽でええわ」
ナラさんも笑ってる。
「ううん、ハルさんたちが後にいてくれるから安心して飛び込めるのよ。もし私がしくじっても、絶対助けてくれる、絶対何とかしてくれる、って思ってるから」
そう言いながらアミはちらっと俺を見た。なんで俺の方を見るんだよ。俺は何にもできねえぞ。
しかしまあ、そういうのが『仲間への信頼』ってやつなんだろうな。そうだ、俺はタンクだ。ヘイト引きつけ係だ。戦闘が長引くような場面があれば役に立つこともあるだろう。何せ人に嫌われるのは得意だからな、って、それを言わせないでくれと……
しかしその後も男3人には出番がないまま、寂れた漁村や農家が点在するエリアに入って来た。
さすがに蛇の数も減ってきた。しかしもっと危ない相手の姿がちらほら……それは一般市民だ。
こんな大陸の端の端だが、お尋ね者の歌い手一行に対してどういう反応をするのか、全く情報がない。ナラさんもこの辺りのことは「知らん」の一言だ。
頼りにできそうなのは『カンの街にはレジスタンス組織があったはず』というハルさんの記憶だけだ。カンの街はここから2、3日の距離で、それほど遠くない。俺たちは人家を避け、わざわざ蛇のいる密林の中で野営しながら、南へ南へ進んだ。
カンの街は地中海風の綺麗な港町だった。
家々の壁は真っ白でオレンジ色の屋根とのコントラストが美しい。街は小さな港に向いてなだらかに傾斜していて、山側から見下ろしても、港から見上げても、白とオレンジと木々の緑が美しいモザイクを成している。
レジスタンス組織は確かにあった。
そこは旅人向けの小さな宿屋だった。俺たちが名乗ると宿の親父=この地域の組織のリーダーは狂喜した。
「生きていらっしゃったんですね!」
お腹の出っ張った親父は慌てて宿の扉を閉め、臨時休業の札を出した。
やっぱり、やっぱりだ。
第13代の歌い手はイズの滝から落ちて死んだ、旅を始めて半年で早々に消されてしまった……レジスタンス組織の中ではもうすっかり、そういう話になっていたらしい。
「早速、ありったけの鳥急便を飛ばして大陸各地のレジスタンスに報せます。歌い手様は元気だと!」
「いえいえいえ、ちょっと、ちょっと待って」
慌ててハルさんが止める。
「あのね、作戦上、歌い手は死んだことにしておいてもらえないかしら。黙呪王を欺くためよ。敵を欺くにはまず味方、って言うでしょ」
そうだよな。ここはとりあえず死んだことにしておいた方が良いよな。レジスタンス組織もいろいろみたいだしな。
「いや、そんなこと言っても……亡くなったって聞いた時はみんなどれだけ悲しんだか。それが生きてたってなったらみな泣いて喜びますよ」
親父はなかなか納得しなかった。俺が頭を下げてお願いしてようやっと、大陸各地に鳥急便を飛ばすというのは思いとどまってくれた。しかし今度は妙なことを言う。
「あれですよね? あれのためにレミに行かれるんですよね? だからレミの組織にだけは報せておきます。向こうも準備があるでしょうから」
『あれ』って何?
ハルさんを見るが、ハルさんも『?』という顔をしている。あれってなんですか? と訊き返して良いものかどうかも分からない。
結局、そこは親父を止めきれなかった。レミの組織『だけ』っていうなら実害はないだろう。
人間の部屋なんかで寝たくないと言うナラさんには馬小屋を借りた。夕食後、俺たちはミーティングのためにその馬小屋に集まった。
開口一番、ハルさんが強い口調でナラさんに言った。
「ちょっとあんた、宿の親父が言ってた『あれ』って何なのよ! 隠してることがあるなら言いなさいよ」
「はあ? 隠してるって何やねん。隠してることなんかあるか、ヴォケ」
「じゃあ『あれ』って何なのよ」
「そやから一刻城のことやろ」
「はあ? 何で私たちが一刻城に行くことにされてるのよ。あの親父、そのためにここに来たんですよね、っていう言い方だったわよ」
「あのなあ!」
ナラさんの声も大きくなった。
「お前らなあ、『口に出すと本当になる』っちゅうの知ってるか?」
俺たちは顔を見合わせ、うなずいた。
「この前、言うたやろ。一刻城と黙呪王の城は連動しとる、中に入ったら黙呪城に行かんとあかんようなる、て」
そうだ。だから俺たちは絶対にそこに近寄っちゃいけないんだろ……あ、そうか。
「考えたら分かるやろ。つまり、黙呪城の中に入って行こ思うたら、一刻城に行ってフラグ立てんとあかん、っちゅうことや」
フ、フラグですか。
「何よ、そのフラグって?」
ハルさんは言いながらごくっと唾を呑んだ。
「言わすんやな? 知らんぞ、ホンマにそこに行くことになっても」
ヘタレの俺はその場の重圧に耐えられなかった。
「ナラさん、分かりました。その先はいいです。要するに、黙呪城に行こうとする歴代の歌い手はみな一刻城にフラグを立てに行った、そういうことですね?」
「そういうこっちゃ。もちろん、かつてワシもキョウと一緒に行った。それ以上詳しいことは言わすな」
「分かりました」
話は結局、いかにレミの街を避けるかだ。
宿の親父によると、このカンの街から客船は出ていないが、大陸の西岸を伝って行く貨物船ならあるということだった。
貨物船だから大きな街であるレミに寄港しないということはないだろう。しかし下船しないで船に乗っておくことは可能だ。
明日、宿の親父に貨物船の寄港日や航路を確かめてもらう、とりあえずそういう結論になった。
宿の部屋に戻った。俺とニコは夫婦用の部屋、ハルさんとアミはそれぞれ個室だ。別れる時にアミが俺をジト目で見ていたが、俺がよっぽどニヤけていたんだろう。
しかし、2人とも疲れていたのと、久々のお風呂でホッとしたのとで、何もせずにぐうぐう寝てしまった。も、もったいない。
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