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第八幕 奸計の古城

永遠のライバル

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「……ソウタ、ソウタ……」

 誰かが呼んでる。

 誰だよ。眠いんだよ。寝かしといてくれよ。

「……ソウタ! ソウタ!」

 何だよ、もう。手足が痺れてんだよ。放っといてくれよ。

 あれ? 手足が痺れてる? 何で?

「……ソウタ、起きてよ! お願い! 起きて」

 あ、ニコ……ニコか。起きる、起きるよ。

「ああ、良かった……起きてくれた」

 ニコが大きな目をうるうるさせながら俺の顔をのぞき込んでいる。



 身体を起こそうとするがうまく力が入らない。彼女に手伝ってもらい上半身だけ起こして周りを見渡す。

 すぐ横にナラさんがべったり腹ばいになって、こちらも頭だけもたげている。

「おお、起きたか。気分はどうや」

「気分は別に悪くないんですけど、身体が痺れちゃってます」

「お前もか。ワシもや。ふはははは」

 その笑いにも力がない。



 その時、白い光の中で仁王立ちになったニコのシルエットを思い出した。

 そうだ、俺たちはあの蛇女と戦ってて……ニコが雷歌を歌って……いつもとちょっと歌詞が違うなと思ったら、ものすごい閃光に包まれて……記憶はそこで途切れてる。

「ワシら3人とも雷属性に耐性あったから良かったけど、普通やったら死んどるわ」

「え? いったい何が起こったんですか?」

「それはそこのお嬢ちゃんに訊いてみ」

「はあ……ニコ、何があったんだ……っていうかニコは大丈夫なのか?」

「うん……私は大丈夫みたい。ごめんなさい……あんまり腹が立って、頭に血が上っちゃって、雷歌の歌詞を間違えちゃったの。そしたらものすごい大きな雷が落ちたみたいで」

「あーあ、何にも無くなってもうたわ。ものすごい威力や」

 岩棚の端っこまで這って行って下をのぞき込んだナラさんが呆れたような声を出す。俺も真似して下をのぞき込んだら、

「あーあ」

 思わず同じ声が出た。



 蛇女はいない。黙呪兵もいない。というか沖合で俺たちを取り囲んでいた艦隊もいない。氷の壁も無くなり海面は元の高さに戻っている。

 しかし。

 砂浜がない。東西の岩場もない。何もない。そこにあるのは切り立った崖と海だけだ。

 要するに、蛇女がいた辺りを中心にあらゆる物体が消失し、そこが大きくえぐれて、入り江の内側が全て海になってしまったのだろう。

 海水は電気を良く通す。周囲にいた艦隊も凄まじい高圧電流に曝されたんだろう。海面にはたくさんの木くずや何かの残骸が浮かんでいるが、その多くが黒く焦げている。とんでもない大爆発が起こった後のようだ。

「ワシも途中で意識飛んでしもたけど、あんな雷歌、初めて見たわ。キョウの雷歌よりもずっと強烈や。普通の人間がおる場所では絶対に歌ったらアカンで。死人続出や」

「はい……ごめんなさい」

「いやいや、別に謝らんでええけどな」

 ナラさんは、はあ、とため息をついて続けた。

「しやけど、これ、どないする? 小屋どころか浜辺全体が消えてもうた。辛うじてここと、下の2段目は残っとるけど、こんだけのスペースで生活して行けるんかな」

 とりあえず保存食はこの奥の倉庫に多少ある。すぐに飢え死ぬことはないけど、さすがにこれだけのスペースでずっと生活するのは辛い。これは真剣にここから逃げ出す方法を考えなければならない。



 その時、ニコが大きな声を出した。

「あ! そうだ、忘れてた!」

 何だ? 何を忘れてたんだ?

「これ、これ。これを見つけて、ソウタを慌てて起こしたの」

 彼女が指差した物を見て俺は思わず声を上げた。

「ツタじゃないか!」

 ツタが上の方からぶら下がっている。ただのツタじゃない。俺とニコにはよく見慣れた中央森林産の巨蔦オオツタだ。こんなものがここに普通に生えてるわけがない。

「ちょっと合図を送ってみようか」

 ツタの端を持ってクイクイと引っ張ってみる。すると、上の方からもクイクイと引っ張り返してきた。念のためもう一度、クイクイクイと引っ張る。今度はクイクイクイと返ってくる。

 間違いない。これは誰かが上から垂らしてくれたツタだ。誰か? こんなツタを操れる人間は他にはいない。

「ハルさんが来てくれたんだ!」



 とりあえず俺が上がってみることになった。

 上に行ってハルさんに状況を伝え、安全策のためツタをもう何本か垂らしてもらう。俺はもう一度下り、ニコやナラさん、そして荷物の搬出を終わらせて、最後に上がる。そういう段取りだ。

 身体にしっかりツタをくくり付け、クイクイと合図を送る。ずっしりと重いことで誰かが上がって来ると理解してもらえたようだ。ツタはゆっくりゆっくり引っ張り上げられる。

 すぐ横を滝の飛沫が落ち、岩は濡れている。自力で登ることは絶対に不可能だ。しかしツタにぶら下がった状態だとラクチンだ。しかも上まで何時間もかかるかと思っていたら、この垂直の壁はそれほど高さはなかったようで、1時間ちょっとで壁の上にあるテラス状の岩棚に到着した。



「ソウタ……あんた、陽に焼けてたくましくなったわね」

「ハルさんも、筋肉ムキムキになったじゃないですか」

「もうロッククライミングには飽きたけどね」

 ハルさんは俺をしっかり抱きしめて涙声だ。

 そしてハルさんの後には小柄な美少女が、どういう顔をしたらいいか分からず、結局怒った顔になって突っ立っていた。

「アミ……一緒に来てくれたんだな。ありがとう。ちゃんと旅に出られたんだな」

「べ、別にアンタのために来たんじゃないわよ。ニコが気になるから来たのよ。ニコは? あの子は大丈夫なの?」

「ああ、ニコも元気だよ。下で待ってる」

「あ、そう。そんならいいわ」

 ぷいっとそっぽを向いてしまった。何だ? 照れてるのか? 可愛いじゃないか。

「アミちゃん、あなた素直じゃないわねえ。あんなにソウタのこと心配して会いたがってたのに」

 ハルさんが突っ込むとアミは大慌てだ。

「そそそそ、そんなことないです。ややこしいこと言わないで下さい!」

 そういえばニコが、アミは意外に俺のことを気に入ってるかもしれない、みたいなことを言ってたな……いや、確かにややこしいから、そんなことは考えないでおこう。



「ああ、そうそう。そう言えばさっきのあのキノコ雲は何だったの?」

「キノコ雲?」

「そうよ。真っ白い光の柱みたいなのが見えたかと思うと、ものすごい音と振動がして、崖の下から煙が立ち上がって、キノコみたいな形になって空に上がっていったわ。何かとんでもない歌術を使ったんじゃないの?」

「ああ、それはニコが雷歌を使ったんです。ちょっと歌詞を間違えたら、とんでもない威力になっちゃったみたいで、俺もナラさんもひっくり返ってたんです」

「ええ? あれって稲妻だったの。とんでもないわねえ……ってか、ナラさんって誰?」

 ああ、そうか、ナラさんのことを話しておかないといけないな。

 滝から落ちる途中でヌエに拾われ、この下の浜辺に連れて来られてから3ヶ月余りのことをごく簡単に話した。



「そういえばハルさんはどうしてこの場所が分かったんですか?」

「それがね、あなた達がイズの大滝から落ちた後、アタシが必死で崖下に降りようとしてたら、アタシのところにもそのヌエが飛んできて、あなたたちは大海峡の対岸にいる、って教えてくれたのよ」

 ああ、あいつ、そんなことまでしてくれてたんだ。

「それでアタシたち、はるばる大陸の中央部まで回り込んで大海峡のこっち側に渡って来たんだけど、今度はあなたたちの正確な位置が分からなくって途方に暮れてたら、またヌエが来てここだって教えてくれた上に、あなたたちに危険が迫ってるから早くしろ、って言ってくれたの」

 ああやっぱり、明らかに俺たちを助けようとして動いてくれてるみたいだ。

「あいつ、黙呪王の眷属なのに何で私たちを助けるのかしら? 裏があるのかしら」

「実はあのヌエって、先代の歌い手と一緒に旅をしたメンバーの一人で、先代と交わした約束を果たそうとして、わざと敵側についたらしいんです。ナラさんが言ってました」

「ああ、なるほど……やっぱり何か秘密があるのね。どっちにしてもそのナラさんにも上がってきてもらって、いろいろ話を聞かせてもらわないといけないわね」

「そうですね。ぜひ一緒に旅をしてもらうべき方です。とりあえず僕は1回下に降りて、引き上げの段取りについて話をしてきます」

「そうね。もう夕方になってくるから急ぎましょう」



 しばらくして俺はニコとナラさんの所に戻った。

「おお、どないやった?」

「やはり一緒に旅をしていた仲間でした。ヌエに場所を教えてもらって、はるばる僕たちを引き上げに来てくれたようです。ナラさんも行きましょう」

「いや、ワシなあ、ちょっと気になるねんけどな。このツタ、中央森林の巨蔦オオツタやろ? お前の仲間のオッサンいうのはひょっとして耳尖ってへんか?」

 ああ……やっぱりその話になったか。

 ナラさんは、エルフとはずっと戦い続けて来た永遠のライバル、犬猿の関係だって言ってたよな。でもウソついたってバレバレだしな。正直に言うしかないだろう。

「ハーフエルフでもエルフはエルフや。そんな奴に助けてもらった上に一緒にメシ食うとか一緒に旅するとか、無理無理。お前ら二人だけで行け。ワシは元々ここにおったんや、ここに骨を埋めるわ」

「骨を埋めるって言うほどの地面がもう無いじゃないですか。浜辺も小屋も無くなってしまって、もうここで生活はできないでしょ。一緒に行きましょう。いや、一緒に来て下さい」

 それでもナラさんは頑強に拒否し続けた。もう夕方になってしまう。仕方ない、ニコを先に上がらせよう。ニコはハルさんやアミに会いたがって、すぐに上がって行った。



 上でニコがこの状況を伝えたからだろう。何と入れ替わりでハルさんが降りてきた。

 しかし、ハルさんとナラさん、2人はいきなり睨み合ったまま何も言わない。めっちゃ気まずい。お、俺、どうしたらいいんだ。

 俺はハルさんがギタ郎を背負ってることに気がついた。

「ナラさん、あのハルさんの背中の楽器、ダブさんが作った6本弦の楽器ですよ」

「おお、そうみたいやな」

 それだけかよ。

「ハルさん、この鹿さんが俺たちをずっと助けてくれたんです」

「分かってるけど、いきなりこんなに睨まれたら、お礼も挨拶も言えないじゃないの」

 って、2人とも大人げないなあ。



 困った俺はべー太を出して来て1人で弾き始めた。

『ぶん、ぶん、ぶーん、ぶん♪』

 弾いてるのは『女神の旋律』のベースラインだ。

 この曲には何か力がある。いろいろなものを呼び寄せたり、攻撃意思をなくさせたり、気持ちを一つにしたり……

 ほら、ハルさんが俺を見てる。『仕方ないな』っていう顔でギタ郎を構えた。そしてぼろん、ぼろんとコードを弾き始めた。

 下手くそだけど歌う。ナラさんの顔を見ながら歌う。

 するとそっぽを向いたままナラさんが後ろ足でドン、ドンとリズムを刻み始めた。しばらくすると観念した顔でタイコを持って来て叩き始めた。



 とうとう揃った。ベースと、ギターと、ドラムだ。これがバンドの基本骨格だ。

 そしてこれはべー太、ギタ郎、ナラさんが叩く太鼓……先代の旅の中で一緒に鳴っていた、その3つの楽器の再会のシーンでもあった。



 女神の旋律 君に歌うよ 下手くそだけど

 光になって 風になって 夢中で歌う 俺の女神に ♪



 演奏が終わった時、ナラさんが大きな声を出した。

「ああ、もう、負けや! ソウタ、お前はキョウとはまた違う力を持っとる。アカン、お前には勝てん。 クッソ、行くわ、もう! 一緒に行ったるわ!」

 良かったあ。

 これもまた、この曲の持つ不思議な力だったのだろうか。

 ハルさん、ナラさん、そして諸々の荷物を吊り上げ、最後に俺が上がった時にはもう日が暮れていた。
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