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第七幕 崖の下の住人
4本の弦
しおりを挟む 船の中を少し探索させてもらった。
さすがに外側はボロボロになってるが、中の船室は十数年放置されてたとは思えないぐらいそのままだった。調理場もさほど荒れておらず、ニコが欲しがってた調味料も全て手に入った。
浸水してしまった部分を除けば船倉もきれいに残っていて、様々な荷物がそのまま山積みになってた。武器類もあるし、衣類もあるし、植物の種のようなものもある。これ播いたら何が生えてくるんだろう。
「ここにそのまま住めそうですね」
きれいに整った船室を見てると思う。
「おお、ワシも最初のうちはここで寝泊まりしとったけどな、獣はやっぱり地に足着いてる方が落ち着くねん」
まあそれもそうだろうな。
寝具や着替えなど当座必要な物を拝借して船を後にした。陸の孤島とはいえ、生活必需品はここで調達できそうだ。それほど不便な生活を強いられることはなさそうでホッとする。
いつの間にか陽は高く上り、ジリジリと肌に照りつけてくる。南国に来た、という実感が湧いてくる。いろいろ荷物を持って岩場を越えるのは大変だ。汗が噴き出してくる。
「ナラさん、この辺りの岩場、歩きやすいように歌術で道を作ってもいいですか?」
「ええけど、無茶せんようにな。崩れてきたら危ないしな」
「了解です」
俺は行く手を遮る岩を震歌で崩し、岩の突き出た部分を震刃で切り落として簡単な道を作った。
「ほう! ほう! やるやんか。お前、震の歌術が得意か」
「得意というか、他の歌術はほとんど使えません」
そして俺に続いてニコが雨歌を歌い、俺の震歌で大量に舞ったチリや砂埃を洗い流してくれた。雨歌というのは、空気中の水分を水滴にして雨として降らせるものだ。霧歌をさらに進めたものとも言える。
「ほう! ほう! ほう! おネエちゃん、アンタもやるな。さっき魚焼く時もエエ感じに絞った炎歌使てたしな」
やっぱり見る人が見ると実力って分るんだな。ニコは褒められて恥ずかしそうにしてる。
「なるほどお前ら、どっちが歌い手でもおかしないぐらい、歌術は使えるみたいやな」
「そ、そうなんですか?」
「そうやな。お前の震刃も震歌もエグいわ。強さはキョウに負けてへん。おネエちゃんの雨歌も、範囲をきっちり制御して必要なところだけに雨降らしとった。そんなん普通の人間にはできん」
俺とニコは顔を見合わせた。ジゴさんが手紙で言ってたこととも一致する。
『この子も普通の子ではないのかもしれない』
さっきナラさんが言ってた言葉も頭に蘇る。
『この子も異世界人の顔してる』
どういうことなんだろう。考えてるとまた頭が混乱してくる。
俺たちの小屋を作る場所はすぐに決まった。ナラさんの小屋から数十メートル、遠過ぎず近過ぎずの場所に平らな地面がある。水場にも近いし潮をかぶることはなさそうだし、ここが良いだろう。
ニコが作ってくれた昼食を食べた後、ナラさんと船までもう一往復して材木を持ってきた。釘などの金物も船から引き抜いてきた。
せっかく建てた小屋が傾いてくるのもイヤだ。柱が立つ基礎の部分は地面を掘って石を敷き詰めしっかり固める。地面のでこぼこをならし、ちょっと下準備をしただけでもう陽が傾いてきた。こりゃ、思ったより大変だ。
夕食はナラさんが作ってくれた。
「ここで初めてのお客さんやしな。豪勢にしたったで」
見た目は単なる山盛りサラダだ。しかしこの土地で緑がいかに貴重かを考えたら、ナラさんの精一杯のご馳走だということが分かる。
青草や菜っ葉の奥からは魚やイカの干物が出てくる。塩辛いが濃厚な味だ。ニコが目を丸くしてる。
「この干物美味しい!」
「うん、本当に美味しい」
「おお、美味しいやろ。魚はナンボでも獲れるから保存食にする必要もないねんけどな、たまには違った味も食いたなるやん? 干物いうてもな、天日干しと一夜干しと、全然違うねんで……」
立派な角をした鹿が、魚の干物について得意気に語っている。しかもバリバリの関西弁で。シュールだ。やっぱりシュールだ。
しかし「もう髪の黒いヤツとは関わりとうない」って言ってたわりに、何だかんだ俺たちのことを歓迎してくれてる。やっぱりこんな陸の孤島で十年以上過ごしてきて寂しかったんだろうな。
小学生の時に読んだロビンソン・クルーソーの話を思い出す。
乗っていた船が遭難し無人島に一人たどり着いた男は、サバイバルスキルを活かして悠々自適の生活を送るが、唯一『孤独』には苦しめられる。どこかから連れてこられた生け贄を助け、仲間ができた時の彼の喜びは、他のどんなものよりも大きかったという。
「ナラさんはここでずっと一人で寂しくなかったですか?」
思い切って訊いてみた。
「そうやなあ……」
彼は遠い目になった。
「キョウが死んだ時点でワシの人生ももう終わった思てたけど、人間と違うて獣は自分では死ねんのや。早うお迎えが来んかな、そればっかり思とったから、最初の2、3年は寂しいこともなかったな。毎日、今日死ぬか、明日死ぬか、死ぬのを楽しみに生きとったんや」
ああ……そうか。一緒に旅し、一緒に戦った歌い手が黙呪王に殺されてしまったんだ。そういう心境になっても無理はないだろうなあ。
「そやけどな、それが5年になり10年になってくるとな、だんだん変わってくるねんな。あれ? 何でワシ死なへんのやろ? 何でお迎え来んのやろ? ワシ生きてて何か意味あるんか? まだ何かやることあるんか? そんな風に思うようになってくるんやな」
そう言いながらナラさんは立ち上がって部屋の隅に行き、布で覆われた何かをくわえて持って来た。
「こ、これは!」
思わず声が出た。布の中から現れたのは……木製の楽器だった。箱形の胴から竿が出ていて弦が張ってある。そう。あのギタ郎にそっくりだ。
そしてその弦は4本。しかもギタ郎と比べてかなり太い。
つまり、これは、ベース?
「これはな、キョウの遺品や。あいつは『ベー太』いうて呼んどったけどな」
『ベー太』っていうことは、やっぱりこれはベースなんだな。
ただ残念なことにネックの部分がぽっきり折れてしまってて演奏はできない。
「誰が作ったんですか? これ」
「ああ、これは一緒に旅しとったゴブリンのダブが、キョウにあれこれ注文されて作ったんや。何でも元の世界にこれと似た楽器があったらしい」
「あの……ひょっとして、これの弦が6本のヤツも作りました?」
「おお、作ったで。そっちはダブが弾いとったんや」
思わずニコと顔を見合わせた。間違いない。ギタ郎だ。そうか、ギタ郎はこのべー太とセットで作られた物だったんだ。何でギタ郎だけあのヒヒが持ってたのかは分からないが。
「その弦が6本のヤツは、偶然僕たちが手に入れて、今も仲間が持ってます」
「おお! ホンマか! ダブが死んだ時にどっか行ってしもてな。どこ行ったんかと思てたら、誰かが持っとったんやな。良かった良かった」
涙を流さんばかりに喜んでる。偶然とはいえ本当に良かったよ。あのヒヒのボスに感謝しないとな。
「ほんでな、さっきの話や。このキョウの遺品を見ながらな、何でワシはいつまでも生きてるんか、自問しながら日々を送ってきたんや。するとな、答っちゅうわけでもないんやろけど、いつも頭に出てくる場面があるんやな」
ナラさんはベー太に視線を向けながら続けた。
「キョウがこれを弾いて、ダブが6本弦の方を弾いて、ワシがリズムを刻んで、もう1匹の魔物が歌うてな。キョウは『バンド』いうとったけど、1人と3匹で同じ音楽を演奏する、それがな、なんや楽しいねん。すごい楽しいねん」
「バンド……」
つぶやいたのはニコだ。
「そうやバンドや。何でワシ死なへんのやろ? 何でお迎え来んのやろ? それを考えてるとな、いつもあの楽しかったバンドの場面が頭に浮かんでくるねんな」
ナラさんはまた遠い目になった。
「寂しいんかっていうとちょっと違うけどな、ワシはな、また誰かと音楽をやりたいんやと思う。バンドをやりたいんやと思う。それがなかなか死なれへん理由なんやろな」
「ソウタ、私もバンドやりたい」
ニコは身を乗り出してきた。その真剣な眼差しに俺はちょっと驚いた。
「私ね、ソウタが他の人と一緒にバンドやってる夢を何度も見たの。でもね、いつも私は観客席で見てるだけなの。ソウタと一緒にバンドやるって約束する夢も見たことあるわ。でもそれも結局叶わないの」
んん? 一緒にバンドやるって約束する夢……俺も見たような気がする。
「それにね、ほら、イズの町で黙呪兵を集めるためにハルさんとアミちゃんと私たちで一緒にソウタの歌を演奏したでしょ? あの時ね、私、涙が出るほど嬉しかったの。あ、これバンドだ、って思ったの」
そうか。あれは俺も嬉しかったな。軽音に入って初めてバンドやった時の感動を思い出したもんな。
ナラさんは俺をじっと見ている。ニコも俺を見ている。2人とも俺の言葉を待っているようだ。そして俺がそれを遠慮する理由はない。
「よし! やろう、バンド」
「うん!」
俺の宣言にニコは大きくうなずいた。しかしナラさんは立ち上がってまた部屋の隅に行く。ん? どうしたんだ?
彼がガラクタの中から取りだしたのは鍋のフタ2つと丸い木箱だった。
鍋のフタは持ち手が取れて真ん中に穴が開いてる。壊れてるじゃん。何をする気だ? あっ! 木箱には皮が張ってある。間違いない。タイコだ、これ。
「これまたやる日が来るとは思わんかったわ……」
自分の角に鍋のフタをひっかけ、手元にタイコを置く。
そして後ろ足で床をドン、ドン、と踏み鳴らし始めた。蹄のせいで腹に響くような良い低音が出る。
右の前足は鍋のフタを軽く叩いてカンカンとリズミカルな金属音を出し、左の前足でタイコをトン……トン……と叩く。
すごい! ドラムセットだ。バスドラム、ハイハット、スネアのリズムが、シンプルな8ビートが、見事に再現されてる。
「姉ちゃんは楽器、何やるんや?」
ドラムを鳴らしながら、ナラさんはニコに声をかけた。
「私はこれ!」
ニコは魔笛を取り出し、口に当てて『女神の旋律』を吹き始めた。
俺は……楽器がない俺は歌うしかない。もうヤケクソの大声で歌う。
女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど 顔を上げ 胸を張って 必死で歌う♪
夜の浜辺にドラムと笛と音痴な歌が響いた。
波打ち際には歌に引き寄せられた魚が大量に打ち上げられ、翌朝俺たちを驚かすことになるんだが、この時点ではそんなこと知るよしもない。
歌いながら俺は考えていた。
小屋を建てる以外にやることがもう一つ増えた。このべー太を直してみよう。やっぱり俺にはベースが必要だ。だって俺はベーシストなんだから。
さすがに外側はボロボロになってるが、中の船室は十数年放置されてたとは思えないぐらいそのままだった。調理場もさほど荒れておらず、ニコが欲しがってた調味料も全て手に入った。
浸水してしまった部分を除けば船倉もきれいに残っていて、様々な荷物がそのまま山積みになってた。武器類もあるし、衣類もあるし、植物の種のようなものもある。これ播いたら何が生えてくるんだろう。
「ここにそのまま住めそうですね」
きれいに整った船室を見てると思う。
「おお、ワシも最初のうちはここで寝泊まりしとったけどな、獣はやっぱり地に足着いてる方が落ち着くねん」
まあそれもそうだろうな。
寝具や着替えなど当座必要な物を拝借して船を後にした。陸の孤島とはいえ、生活必需品はここで調達できそうだ。それほど不便な生活を強いられることはなさそうでホッとする。
いつの間にか陽は高く上り、ジリジリと肌に照りつけてくる。南国に来た、という実感が湧いてくる。いろいろ荷物を持って岩場を越えるのは大変だ。汗が噴き出してくる。
「ナラさん、この辺りの岩場、歩きやすいように歌術で道を作ってもいいですか?」
「ええけど、無茶せんようにな。崩れてきたら危ないしな」
「了解です」
俺は行く手を遮る岩を震歌で崩し、岩の突き出た部分を震刃で切り落として簡単な道を作った。
「ほう! ほう! やるやんか。お前、震の歌術が得意か」
「得意というか、他の歌術はほとんど使えません」
そして俺に続いてニコが雨歌を歌い、俺の震歌で大量に舞ったチリや砂埃を洗い流してくれた。雨歌というのは、空気中の水分を水滴にして雨として降らせるものだ。霧歌をさらに進めたものとも言える。
「ほう! ほう! ほう! おネエちゃん、アンタもやるな。さっき魚焼く時もエエ感じに絞った炎歌使てたしな」
やっぱり見る人が見ると実力って分るんだな。ニコは褒められて恥ずかしそうにしてる。
「なるほどお前ら、どっちが歌い手でもおかしないぐらい、歌術は使えるみたいやな」
「そ、そうなんですか?」
「そうやな。お前の震刃も震歌もエグいわ。強さはキョウに負けてへん。おネエちゃんの雨歌も、範囲をきっちり制御して必要なところだけに雨降らしとった。そんなん普通の人間にはできん」
俺とニコは顔を見合わせた。ジゴさんが手紙で言ってたこととも一致する。
『この子も普通の子ではないのかもしれない』
さっきナラさんが言ってた言葉も頭に蘇る。
『この子も異世界人の顔してる』
どういうことなんだろう。考えてるとまた頭が混乱してくる。
俺たちの小屋を作る場所はすぐに決まった。ナラさんの小屋から数十メートル、遠過ぎず近過ぎずの場所に平らな地面がある。水場にも近いし潮をかぶることはなさそうだし、ここが良いだろう。
ニコが作ってくれた昼食を食べた後、ナラさんと船までもう一往復して材木を持ってきた。釘などの金物も船から引き抜いてきた。
せっかく建てた小屋が傾いてくるのもイヤだ。柱が立つ基礎の部分は地面を掘って石を敷き詰めしっかり固める。地面のでこぼこをならし、ちょっと下準備をしただけでもう陽が傾いてきた。こりゃ、思ったより大変だ。
夕食はナラさんが作ってくれた。
「ここで初めてのお客さんやしな。豪勢にしたったで」
見た目は単なる山盛りサラダだ。しかしこの土地で緑がいかに貴重かを考えたら、ナラさんの精一杯のご馳走だということが分かる。
青草や菜っ葉の奥からは魚やイカの干物が出てくる。塩辛いが濃厚な味だ。ニコが目を丸くしてる。
「この干物美味しい!」
「うん、本当に美味しい」
「おお、美味しいやろ。魚はナンボでも獲れるから保存食にする必要もないねんけどな、たまには違った味も食いたなるやん? 干物いうてもな、天日干しと一夜干しと、全然違うねんで……」
立派な角をした鹿が、魚の干物について得意気に語っている。しかもバリバリの関西弁で。シュールだ。やっぱりシュールだ。
しかし「もう髪の黒いヤツとは関わりとうない」って言ってたわりに、何だかんだ俺たちのことを歓迎してくれてる。やっぱりこんな陸の孤島で十年以上過ごしてきて寂しかったんだろうな。
小学生の時に読んだロビンソン・クルーソーの話を思い出す。
乗っていた船が遭難し無人島に一人たどり着いた男は、サバイバルスキルを活かして悠々自適の生活を送るが、唯一『孤独』には苦しめられる。どこかから連れてこられた生け贄を助け、仲間ができた時の彼の喜びは、他のどんなものよりも大きかったという。
「ナラさんはここでずっと一人で寂しくなかったですか?」
思い切って訊いてみた。
「そうやなあ……」
彼は遠い目になった。
「キョウが死んだ時点でワシの人生ももう終わった思てたけど、人間と違うて獣は自分では死ねんのや。早うお迎えが来んかな、そればっかり思とったから、最初の2、3年は寂しいこともなかったな。毎日、今日死ぬか、明日死ぬか、死ぬのを楽しみに生きとったんや」
ああ……そうか。一緒に旅し、一緒に戦った歌い手が黙呪王に殺されてしまったんだ。そういう心境になっても無理はないだろうなあ。
「そやけどな、それが5年になり10年になってくるとな、だんだん変わってくるねんな。あれ? 何でワシ死なへんのやろ? 何でお迎え来んのやろ? ワシ生きてて何か意味あるんか? まだ何かやることあるんか? そんな風に思うようになってくるんやな」
そう言いながらナラさんは立ち上がって部屋の隅に行き、布で覆われた何かをくわえて持って来た。
「こ、これは!」
思わず声が出た。布の中から現れたのは……木製の楽器だった。箱形の胴から竿が出ていて弦が張ってある。そう。あのギタ郎にそっくりだ。
そしてその弦は4本。しかもギタ郎と比べてかなり太い。
つまり、これは、ベース?
「これはな、キョウの遺品や。あいつは『ベー太』いうて呼んどったけどな」
『ベー太』っていうことは、やっぱりこれはベースなんだな。
ただ残念なことにネックの部分がぽっきり折れてしまってて演奏はできない。
「誰が作ったんですか? これ」
「ああ、これは一緒に旅しとったゴブリンのダブが、キョウにあれこれ注文されて作ったんや。何でも元の世界にこれと似た楽器があったらしい」
「あの……ひょっとして、これの弦が6本のヤツも作りました?」
「おお、作ったで。そっちはダブが弾いとったんや」
思わずニコと顔を見合わせた。間違いない。ギタ郎だ。そうか、ギタ郎はこのべー太とセットで作られた物だったんだ。何でギタ郎だけあのヒヒが持ってたのかは分からないが。
「その弦が6本のヤツは、偶然僕たちが手に入れて、今も仲間が持ってます」
「おお! ホンマか! ダブが死んだ時にどっか行ってしもてな。どこ行ったんかと思てたら、誰かが持っとったんやな。良かった良かった」
涙を流さんばかりに喜んでる。偶然とはいえ本当に良かったよ。あのヒヒのボスに感謝しないとな。
「ほんでな、さっきの話や。このキョウの遺品を見ながらな、何でワシはいつまでも生きてるんか、自問しながら日々を送ってきたんや。するとな、答っちゅうわけでもないんやろけど、いつも頭に出てくる場面があるんやな」
ナラさんはベー太に視線を向けながら続けた。
「キョウがこれを弾いて、ダブが6本弦の方を弾いて、ワシがリズムを刻んで、もう1匹の魔物が歌うてな。キョウは『バンド』いうとったけど、1人と3匹で同じ音楽を演奏する、それがな、なんや楽しいねん。すごい楽しいねん」
「バンド……」
つぶやいたのはニコだ。
「そうやバンドや。何でワシ死なへんのやろ? 何でお迎え来んのやろ? それを考えてるとな、いつもあの楽しかったバンドの場面が頭に浮かんでくるねんな」
ナラさんはまた遠い目になった。
「寂しいんかっていうとちょっと違うけどな、ワシはな、また誰かと音楽をやりたいんやと思う。バンドをやりたいんやと思う。それがなかなか死なれへん理由なんやろな」
「ソウタ、私もバンドやりたい」
ニコは身を乗り出してきた。その真剣な眼差しに俺はちょっと驚いた。
「私ね、ソウタが他の人と一緒にバンドやってる夢を何度も見たの。でもね、いつも私は観客席で見てるだけなの。ソウタと一緒にバンドやるって約束する夢も見たことあるわ。でもそれも結局叶わないの」
んん? 一緒にバンドやるって約束する夢……俺も見たような気がする。
「それにね、ほら、イズの町で黙呪兵を集めるためにハルさんとアミちゃんと私たちで一緒にソウタの歌を演奏したでしょ? あの時ね、私、涙が出るほど嬉しかったの。あ、これバンドだ、って思ったの」
そうか。あれは俺も嬉しかったな。軽音に入って初めてバンドやった時の感動を思い出したもんな。
ナラさんは俺をじっと見ている。ニコも俺を見ている。2人とも俺の言葉を待っているようだ。そして俺がそれを遠慮する理由はない。
「よし! やろう、バンド」
「うん!」
俺の宣言にニコは大きくうなずいた。しかしナラさんは立ち上がってまた部屋の隅に行く。ん? どうしたんだ?
彼がガラクタの中から取りだしたのは鍋のフタ2つと丸い木箱だった。
鍋のフタは持ち手が取れて真ん中に穴が開いてる。壊れてるじゃん。何をする気だ? あっ! 木箱には皮が張ってある。間違いない。タイコだ、これ。
「これまたやる日が来るとは思わんかったわ……」
自分の角に鍋のフタをひっかけ、手元にタイコを置く。
そして後ろ足で床をドン、ドン、と踏み鳴らし始めた。蹄のせいで腹に響くような良い低音が出る。
右の前足は鍋のフタを軽く叩いてカンカンとリズミカルな金属音を出し、左の前足でタイコをトン……トン……と叩く。
すごい! ドラムセットだ。バスドラム、ハイハット、スネアのリズムが、シンプルな8ビートが、見事に再現されてる。
「姉ちゃんは楽器、何やるんや?」
ドラムを鳴らしながら、ナラさんはニコに声をかけた。
「私はこれ!」
ニコは魔笛を取り出し、口に当てて『女神の旋律』を吹き始めた。
俺は……楽器がない俺は歌うしかない。もうヤケクソの大声で歌う。
女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど 顔を上げ 胸を張って 必死で歌う♪
夜の浜辺にドラムと笛と音痴な歌が響いた。
波打ち際には歌に引き寄せられた魚が大量に打ち上げられ、翌朝俺たちを驚かすことになるんだが、この時点ではそんなこと知るよしもない。
歌いながら俺は考えていた。
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