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第七幕 崖の下の住人
崖の下の住人
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『ざざざざ……ざざざざ……』
どこかから波の音が聞こえてくる。
横になった俺の手を握ってくれてるのは、灰青色の瞳をした黒い髪の美少女だ。
「あ、ソウタ、目が覚めたのね」
「ニコ……」
長い睫毛にぱっちりした大きな目。ちょっと太めの眉毛。ああ、間違いない。これがニコだ。俺にとって何より大事なニコだ。
いやしかし、さっきの夢の少女、あの子もニコだった。しかも顔までそっくりだった。あれは元の世界のこと、過去の場面だよな。
実際にああいうことがあったのか?
そういえば確かにハルさんと知り合いの何家族かで海に遊びに行ったことはあったな。浜辺で花火したような記憶もある。
でも、あれ? 目が覚めてしまうと、あの子の存在だけが、過去の記憶の中で抜け落ちてる。本当にあの子はいたんだろうか。
ウメコさんの店に来てる不登校の子は俺一人ではなかった。その中にあの子がいたのか? そういえば俺は、誰かに会うために足繁くウメコさんの店に通ってたような気がする。
ただそれが誰だったのか、目が覚めてしまうと、よく分らない。あの子だったのか? そうだったような気もするし、そうじゃなかったような気もする。
いやでも、あんな美少女が身近にいたら記憶に残ってるはずだ。あれは実在しない女の子だったのか。ニコに対する俺の想いが、過去の記憶の中にニコの姿を作りだしてしまったのか。
まあどっちにしろ夢の中のことなんていい加減なもんだから、真剣に考えても分かりっこないか。
「ニコ……何だか不思議な夢を見てたよ」
「えっ? そうなの? 私も夢を見てたけど……」
ふう。ニコの顔を見てると落ち着いてくる。
しかし身体を起こそうとした瞬間、唐突に、意識を失う直前のことが頭によみがえってきた。
そうだ。俺たち二人は濁流に流され、断崖絶壁の上から大海峡に投げ出されたんだ。しかも落ちてる途中で不意に眠くなって、意識を失ってしまったんだ。
あれはヤバかった。
思い出しただけでドキドキしてくる。
俺たち生きてるのか? 死んでもう1回別の世界に転移したとか、ないよな? 生きてるんだったら、どうやって助かったんだ?
『ざざざざ……ざざざざ……』
どこかから波の音が聞こえてくる。海が近いのか。
周りを見渡してみる。
何だか粗末な小屋みたいなところだ。草葺きの屋根がそのまま天井になっている。横の方は岩壁がむき出しになってる。
どこだ、ここは? ゆっくり身体を起こしてみる。
するとニコの向こうに妙な人物……いや生き物がいることに気がついた。
そいつは炉端に座り、背中を丸めて薪をくべていた。身体は茶色い毛に覆われ、背中には白い斑点がある。そして頭には複雑に枝分かれした立派な角が生えていた。
鹿だ。どうみても鹿だ。
中学の修学旅行で行ったのは奈良公園だっけ。あそこにいっぱいいたのと同じやつだ。
いや、もう驚かない。ここは異世界。狼もしゃべれば、ライオンもしゃべる。牛ゴリラは斧を振り回し、鳥女は歌術を使う。鹿が薪をくべても何ら不思議はない。
「ソウタ、この人が……この鹿さんが、私たちを助けてくれたの」
ニコが事情を説明しようとしたが、そこに鋭い突っ込みが入った。
「何でやねん。ワシが助けたんちゃうわ。誰かがお前らをここに置いて行きよったんや」
おお! やっぱりこの鹿もしゃべるんだな。もちろん、しゃべってるのはこの世界の言葉だ。しかしこの勢いとイントネーション、関西弁にしか聞こえない。
「あ、あの、あの……」
ニコは気圧されてそれ以上しゃべれない。とりあえず俺から礼を言おう。
「あの、どなたか存知ませんが、親切にしていただきありがとうございました。僕はソウタ、この子はニコ、二人とも旅人なんですが、イズ川に落ちて流され大海峡に放り出されてしまって……っていうところまでしか覚えてないんです」
「ふん、一応礼儀はわきまえとるんやな。そやけどええ歳こいて川に落ちて流されって、お前、アホちゃうか? 何しとったんや。釣りでもしとったんか」
「いえ、あの……釣りではないです」
「何や、ほな、河辺でその姉ちゃんといちゃついとったんかい。どっちにしてもアホやな」
言葉にすると非常に荒っぽいが、想像して欲しい。奈良公園の鹿が炉端に座ったまま優しい目をしてバリバリの関西弁をしゃべってるんだ。怖いというよりユーモラス、何とも言えず親近感がわくだろう?
「いやもう、アホですいません」
「別に謝らんでもええわ……しやけど、認めてるっちゅうことは、お前ホンマにいちゃついとったんか? それやったらホンマモンのアホやぞ」
「いや、別にいちゃついてたわけじゃないです」
「もうええわ。それよりお前ら何で、揃いも揃って髪黒いねん? 髪染めてるとかアホなこと言うたらシバくぞ」
「いえ、染めてないです。僕は……最初からこの髪で、彼女は最近1年ぐらいで髪が黒くなってきたんです」
「最初からその髪て……お前……その顔……ひょっとして別の世界から転移してきたとか言わへんやろな?」
ニコがハッとした顔でこっちを見た。
この人……いや、この鹿、信用してもいいんだろうか。全て打ち明けていいんだろうか。
これまで出会った言葉を話す動物はみな、俺が普通の人間ではないとすぐに見抜いた。やはりその経験とか動物的カンとかで分かっちゃうんだろう。それにこの関西弁をしゃべる、優しい目の鹿が腹黒い奴だなんて考えられない。
「すいません。実はその通りなんです」
正直に言う。しかし鹿はそこでムッと黙り込んでしまった。え? まずかったか?
「あの、ご迷惑はかけません。道さえ教えてもらえたらすぐに出ていきます」
鹿はふうっとため息をついた。
「お前なあ、ここどこか分かってんのか?」
「いえ、全然」
「ここはなあ、大海峡の南側、断崖絶壁の下にある猫の額ほどの浜や。出て行く道なんかあんにゃったらワシがとっくに出て行っとるわ。ここを出よ思たら海泳ぐか空飛ぶか、それか1500メートル以上の崖をよじ登るしかないわ」
え? 無人島みたいなところなのか。しかも大海峡の南側? 俺たちどうやって海峡を越えたんだ? 海を漂ってきたのか? まさかな。
黙り込んでしまった俺を見てニコが教えてくれた。
「目が覚めたら私たちそこの浜辺に倒れてて、潮が満ちてきたからソウタを引っぱり上げようとしてるところにこの鹿さんが来てくれて、ここまで運んでくれたの」
「ありがとうございます」
もう一度お礼を言っとこう。しかし鹿はチッと舌打ちして言った。
「ワシなあ、もう髪の黒いヤツとは関わりとうないねんけどなあ……」
そ、それは申し訳ない。しかしその言い方、過去には何か関わりがあったっていうことか?
「あの……巻き込んでしまってすいません。今、髪の黒いヤツっておっしゃいましたけど、私たち、先代の歌い手と共に旅をしてたっていう人を探して、大海峡の南側に渡る途中だったんです。ひょっとしてその人について何かご存じじゃないですか?」
俺は思いきって尋ねてみた。
「はあ? 人? 先代の歌い手と一緒に旅をしたメンバーは、魔物1匹、ゴブリン1匹、獣1匹や。人なんかおらん」
そ、そうだったのか。
「その方たちは、今はどうされてるんですか?」
鹿の目の光が変わった。俺をギロッと睨んで答えた。
「ゴブリンは死によった。魔物はワシらを裏切って、今は黙呪王の眷属やっとる。獣っちゅうのは、ワシのことや。乗ってた船が遭難してここに流れ着いてそれっきりや」
!!
そうなのか。俺たちが会おうとしてた、先代の歌い手と一緒に旅をしたという人物がこの鹿だったのか。
偶然なのか? ……いや、誰かが俺たちをここに置いて行ったってことだったよな。俺たちの目的を知っててここに連れてきてくれたのか……さっぱり分らないな。
「あの……お名前をうかがっても良いですか?」
「名前? ああ、ワシの名前はナラや」
俺は関西弁のノリで突っ込みそうになった。
鹿の名前がナラって、お前それ、奈良公園のナラかい! まんまやな!
間違いない。鹿=奈良、それを知ってる異世界人のネーミングだろう。
「それはひょっとして、先代の歌い手さんの命名ですか」
「おお! 分るんか。そや。キョウがつけてくれた名前や。何でも、でかい神様のおる都の名前らしいやんか。カッコええやろ?」
「はい、カッコいいです。っていうか、先代はキョウさんっていう方なんですか」
「そや。キョウや」
鹿=奈良を知ってるということは日本人なんだろうな。『キョウ』っていうことは、本名はキョウスケとかキョウヘイとかかな? そういえば俺の父親も名前は響太で、人からは『キョウ』って呼ばれてたな。
鹿のナラさんはちょっと機嫌を直してくれたみたいだ。
「ほんでお前、ワシを探しとったっちゅうのは何や? どういう理由や?」
「ありがとうございます。実は……」
先代の歌い手と一緒に旅をしたという伝説の人だ。このナラさんには全て正直に話していいだろう。俺は、自分がこの世界に来てからのことを話した。そしてニコに起っている変化について尋ねた。
「髪がだんだん黒くなるとか、歌術が強くなるとか、それだけだったらいいんですけど、この子の身体に何か良くない変化が起ってないかが心配なんです。ナラさん一行は、先代の歌い手さんと一緒に旅をされてて、身体に変化とか、歌の力が大幅に増すとか、ありましたか? 」
「ないな」
即答だ。
「キョウがこの世界に来よった頃から、王の扉の向こうに消えてまうまで、3年ぐらいずっと一緒におったけど、何の変化もなかったわ。歌術も下手くそのままや。ちょっとでも変わったいうたら、奏術が上手なってキョウの歌術を助けられるようになったぐらいやな。他の2匹も特に変化はなかったわ」
「そうですか……」
「そやけどこの子な」
ナラさんはニコをジロジロ無遠慮に見た。
「この子も異世界人の顔しとるで」
「ええっ!」
俺は絶句した。
どういうことだ? ニコは俺みたいな平面顔じゃない。イケメンのジゴさんと美人のナギさんの良いとこ取りみたいな可愛い顔だ。いや、こんな顔の日本人はいないだろう。外人かハーフだったら分るけど。あれ? ハーフ?
「ワシが言うてんのは顔の造りのことやないで。顔全体の雰囲気みたいなもんや。お前もキョウもこの子も、何か共通した雰囲気があるねん。髪が黒なってきたっちゅうのは、元々そうなるべくしてなってきたんちゃうか?」
そ、そうなのか?
その時、ニコが言った。
「あのねソウタ。私ね、これまでに、ソウタと同じ世界にいたような夢を何度も見てるでしょ? さっきもね、砂浜でソウタと『ハナビ』してる夢を見てたの。すごくリアルで……私ね、やっぱりソウタと同じ世界にいてたんじゃないかなって思う」
えっ、えっ、えっ!?
「ソウタ、私のこと、覚えてない?」
ちょ、ちょっと待って。待ってくれ。
砂浜で花火をしてる夢って……さっき俺も同じ夢を見てたんじゃなかったっけ。
あの夢の中にもニコが出てきた。あのニコはこのニコなのか? あれはやっぱり本当にあったことなのか?
だけど目覚めてる時の俺の記憶には、あんな美少女は存在しない。
ん? 存在しない?
ちょ、ちょっと待ってくれ。また頭が混乱してきた。ワケ分らなくなってきた。
どこかから波の音が聞こえてくる。
横になった俺の手を握ってくれてるのは、灰青色の瞳をした黒い髪の美少女だ。
「あ、ソウタ、目が覚めたのね」
「ニコ……」
長い睫毛にぱっちりした大きな目。ちょっと太めの眉毛。ああ、間違いない。これがニコだ。俺にとって何より大事なニコだ。
いやしかし、さっきの夢の少女、あの子もニコだった。しかも顔までそっくりだった。あれは元の世界のこと、過去の場面だよな。
実際にああいうことがあったのか?
そういえば確かにハルさんと知り合いの何家族かで海に遊びに行ったことはあったな。浜辺で花火したような記憶もある。
でも、あれ? 目が覚めてしまうと、あの子の存在だけが、過去の記憶の中で抜け落ちてる。本当にあの子はいたんだろうか。
ウメコさんの店に来てる不登校の子は俺一人ではなかった。その中にあの子がいたのか? そういえば俺は、誰かに会うために足繁くウメコさんの店に通ってたような気がする。
ただそれが誰だったのか、目が覚めてしまうと、よく分らない。あの子だったのか? そうだったような気もするし、そうじゃなかったような気もする。
いやでも、あんな美少女が身近にいたら記憶に残ってるはずだ。あれは実在しない女の子だったのか。ニコに対する俺の想いが、過去の記憶の中にニコの姿を作りだしてしまったのか。
まあどっちにしろ夢の中のことなんていい加減なもんだから、真剣に考えても分かりっこないか。
「ニコ……何だか不思議な夢を見てたよ」
「えっ? そうなの? 私も夢を見てたけど……」
ふう。ニコの顔を見てると落ち着いてくる。
しかし身体を起こそうとした瞬間、唐突に、意識を失う直前のことが頭によみがえってきた。
そうだ。俺たち二人は濁流に流され、断崖絶壁の上から大海峡に投げ出されたんだ。しかも落ちてる途中で不意に眠くなって、意識を失ってしまったんだ。
あれはヤバかった。
思い出しただけでドキドキしてくる。
俺たち生きてるのか? 死んでもう1回別の世界に転移したとか、ないよな? 生きてるんだったら、どうやって助かったんだ?
『ざざざざ……ざざざざ……』
どこかから波の音が聞こえてくる。海が近いのか。
周りを見渡してみる。
何だか粗末な小屋みたいなところだ。草葺きの屋根がそのまま天井になっている。横の方は岩壁がむき出しになってる。
どこだ、ここは? ゆっくり身体を起こしてみる。
するとニコの向こうに妙な人物……いや生き物がいることに気がついた。
そいつは炉端に座り、背中を丸めて薪をくべていた。身体は茶色い毛に覆われ、背中には白い斑点がある。そして頭には複雑に枝分かれした立派な角が生えていた。
鹿だ。どうみても鹿だ。
中学の修学旅行で行ったのは奈良公園だっけ。あそこにいっぱいいたのと同じやつだ。
いや、もう驚かない。ここは異世界。狼もしゃべれば、ライオンもしゃべる。牛ゴリラは斧を振り回し、鳥女は歌術を使う。鹿が薪をくべても何ら不思議はない。
「ソウタ、この人が……この鹿さんが、私たちを助けてくれたの」
ニコが事情を説明しようとしたが、そこに鋭い突っ込みが入った。
「何でやねん。ワシが助けたんちゃうわ。誰かがお前らをここに置いて行きよったんや」
おお! やっぱりこの鹿もしゃべるんだな。もちろん、しゃべってるのはこの世界の言葉だ。しかしこの勢いとイントネーション、関西弁にしか聞こえない。
「あ、あの、あの……」
ニコは気圧されてそれ以上しゃべれない。とりあえず俺から礼を言おう。
「あの、どなたか存知ませんが、親切にしていただきありがとうございました。僕はソウタ、この子はニコ、二人とも旅人なんですが、イズ川に落ちて流され大海峡に放り出されてしまって……っていうところまでしか覚えてないんです」
「ふん、一応礼儀はわきまえとるんやな。そやけどええ歳こいて川に落ちて流されって、お前、アホちゃうか? 何しとったんや。釣りでもしとったんか」
「いえ、あの……釣りではないです」
「何や、ほな、河辺でその姉ちゃんといちゃついとったんかい。どっちにしてもアホやな」
言葉にすると非常に荒っぽいが、想像して欲しい。奈良公園の鹿が炉端に座ったまま優しい目をしてバリバリの関西弁をしゃべってるんだ。怖いというよりユーモラス、何とも言えず親近感がわくだろう?
「いやもう、アホですいません」
「別に謝らんでもええわ……しやけど、認めてるっちゅうことは、お前ホンマにいちゃついとったんか? それやったらホンマモンのアホやぞ」
「いや、別にいちゃついてたわけじゃないです」
「もうええわ。それよりお前ら何で、揃いも揃って髪黒いねん? 髪染めてるとかアホなこと言うたらシバくぞ」
「いえ、染めてないです。僕は……最初からこの髪で、彼女は最近1年ぐらいで髪が黒くなってきたんです」
「最初からその髪て……お前……その顔……ひょっとして別の世界から転移してきたとか言わへんやろな?」
ニコがハッとした顔でこっちを見た。
この人……いや、この鹿、信用してもいいんだろうか。全て打ち明けていいんだろうか。
これまで出会った言葉を話す動物はみな、俺が普通の人間ではないとすぐに見抜いた。やはりその経験とか動物的カンとかで分かっちゃうんだろう。それにこの関西弁をしゃべる、優しい目の鹿が腹黒い奴だなんて考えられない。
「すいません。実はその通りなんです」
正直に言う。しかし鹿はそこでムッと黙り込んでしまった。え? まずかったか?
「あの、ご迷惑はかけません。道さえ教えてもらえたらすぐに出ていきます」
鹿はふうっとため息をついた。
「お前なあ、ここどこか分かってんのか?」
「いえ、全然」
「ここはなあ、大海峡の南側、断崖絶壁の下にある猫の額ほどの浜や。出て行く道なんかあんにゃったらワシがとっくに出て行っとるわ。ここを出よ思たら海泳ぐか空飛ぶか、それか1500メートル以上の崖をよじ登るしかないわ」
え? 無人島みたいなところなのか。しかも大海峡の南側? 俺たちどうやって海峡を越えたんだ? 海を漂ってきたのか? まさかな。
黙り込んでしまった俺を見てニコが教えてくれた。
「目が覚めたら私たちそこの浜辺に倒れてて、潮が満ちてきたからソウタを引っぱり上げようとしてるところにこの鹿さんが来てくれて、ここまで運んでくれたの」
「ありがとうございます」
もう一度お礼を言っとこう。しかし鹿はチッと舌打ちして言った。
「ワシなあ、もう髪の黒いヤツとは関わりとうないねんけどなあ……」
そ、それは申し訳ない。しかしその言い方、過去には何か関わりがあったっていうことか?
「あの……巻き込んでしまってすいません。今、髪の黒いヤツっておっしゃいましたけど、私たち、先代の歌い手と共に旅をしてたっていう人を探して、大海峡の南側に渡る途中だったんです。ひょっとしてその人について何かご存じじゃないですか?」
俺は思いきって尋ねてみた。
「はあ? 人? 先代の歌い手と一緒に旅をしたメンバーは、魔物1匹、ゴブリン1匹、獣1匹や。人なんかおらん」
そ、そうだったのか。
「その方たちは、今はどうされてるんですか?」
鹿の目の光が変わった。俺をギロッと睨んで答えた。
「ゴブリンは死によった。魔物はワシらを裏切って、今は黙呪王の眷属やっとる。獣っちゅうのは、ワシのことや。乗ってた船が遭難してここに流れ着いてそれっきりや」
!!
そうなのか。俺たちが会おうとしてた、先代の歌い手と一緒に旅をしたという人物がこの鹿だったのか。
偶然なのか? ……いや、誰かが俺たちをここに置いて行ったってことだったよな。俺たちの目的を知っててここに連れてきてくれたのか……さっぱり分らないな。
「あの……お名前をうかがっても良いですか?」
「名前? ああ、ワシの名前はナラや」
俺は関西弁のノリで突っ込みそうになった。
鹿の名前がナラって、お前それ、奈良公園のナラかい! まんまやな!
間違いない。鹿=奈良、それを知ってる異世界人のネーミングだろう。
「それはひょっとして、先代の歌い手さんの命名ですか」
「おお! 分るんか。そや。キョウがつけてくれた名前や。何でも、でかい神様のおる都の名前らしいやんか。カッコええやろ?」
「はい、カッコいいです。っていうか、先代はキョウさんっていう方なんですか」
「そや。キョウや」
鹿=奈良を知ってるということは日本人なんだろうな。『キョウ』っていうことは、本名はキョウスケとかキョウヘイとかかな? そういえば俺の父親も名前は響太で、人からは『キョウ』って呼ばれてたな。
鹿のナラさんはちょっと機嫌を直してくれたみたいだ。
「ほんでお前、ワシを探しとったっちゅうのは何や? どういう理由や?」
「ありがとうございます。実は……」
先代の歌い手と一緒に旅をしたという伝説の人だ。このナラさんには全て正直に話していいだろう。俺は、自分がこの世界に来てからのことを話した。そしてニコに起っている変化について尋ねた。
「髪がだんだん黒くなるとか、歌術が強くなるとか、それだけだったらいいんですけど、この子の身体に何か良くない変化が起ってないかが心配なんです。ナラさん一行は、先代の歌い手さんと一緒に旅をされてて、身体に変化とか、歌の力が大幅に増すとか、ありましたか? 」
「ないな」
即答だ。
「キョウがこの世界に来よった頃から、王の扉の向こうに消えてまうまで、3年ぐらいずっと一緒におったけど、何の変化もなかったわ。歌術も下手くそのままや。ちょっとでも変わったいうたら、奏術が上手なってキョウの歌術を助けられるようになったぐらいやな。他の2匹も特に変化はなかったわ」
「そうですか……」
「そやけどこの子な」
ナラさんはニコをジロジロ無遠慮に見た。
「この子も異世界人の顔しとるで」
「ええっ!」
俺は絶句した。
どういうことだ? ニコは俺みたいな平面顔じゃない。イケメンのジゴさんと美人のナギさんの良いとこ取りみたいな可愛い顔だ。いや、こんな顔の日本人はいないだろう。外人かハーフだったら分るけど。あれ? ハーフ?
「ワシが言うてんのは顔の造りのことやないで。顔全体の雰囲気みたいなもんや。お前もキョウもこの子も、何か共通した雰囲気があるねん。髪が黒なってきたっちゅうのは、元々そうなるべくしてなってきたんちゃうか?」
そ、そうなのか?
その時、ニコが言った。
「あのねソウタ。私ね、これまでに、ソウタと同じ世界にいたような夢を何度も見てるでしょ? さっきもね、砂浜でソウタと『ハナビ』してる夢を見てたの。すごくリアルで……私ね、やっぱりソウタと同じ世界にいてたんじゃないかなって思う」
えっ、えっ、えっ!?
「ソウタ、私のこと、覚えてない?」
ちょ、ちょっと待って。待ってくれ。
砂浜で花火をしてる夢って……さっき俺も同じ夢を見てたんじゃなかったっけ。
あの夢の中にもニコが出てきた。あのニコはこのニコなのか? あれはやっぱり本当にあったことなのか?
だけど目覚めてる時の俺の記憶には、あんな美少女は存在しない。
ん? 存在しない?
ちょ、ちょっと待ってくれ。また頭が混乱してきた。ワケ分らなくなってきた。
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