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第五幕 告白
戦場のファーストキス
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しかし会場に一人だけ、それを受け入れない奴がいたようだ。
「うううっ!」
突然苦しげなうめき声がして後を振り返ると、ガイさんが仰向けに倒れるところだった。
あっ!!
その身体には深々と剣が刺さっている。そしてその向こうにはゾラが立ち上がっていた。会場は静まり返る。
「ちっ! 絶好のチャンスを……くそジジイが、邪魔しやがって」
吐き捨てるように言う。
一瞬、何が起ったのか分らなかったが……こいつが俺たちに剣を投げつけ、それをガイさんが、身体を張ってかばってくれたのか?
しかし俺たちが駆け寄るよりも早く、奴はガイさんの身体から剣を引き抜き、
「俺が癒歌を使えないとでも思ったのか。馬鹿め、死ね!」
もう一度、こっちに向かって投げつけてきた。
うわっ! マジか!
震壁では間に合わない。とっさに俺は震刃でその剣をなぎ払った。剣は澄んだ金属音を立てて弾け飛んだ。
危ない! 野郎、もう一回震貫を食らわせてやる!
しかし俺が照準を定めた、その時だった。
奴はにやにや笑いながら両手を地面にかざし、聞いたことのない歌を歌った。抑揚がなく、歌というより呪文に近い感じだ。
何だ? 何してるんだ?
すると驚いたことに、グランドの地面のあちこちがボコボコ盛り上がった。そして土を押しのけて黒い物体が出現し、やがてそいつはゆっくり起き上がった。
……黙呪兵だ。
あっという間に辺りは黙呪兵だらけになった。よく見ると、グランドだけじゃなく、キャンプ内のあちこちの地面から黙呪兵がわき出している。
何でだ!? 何でこんなところに!?
試合会場は一瞬でパニックになった。悲鳴や怒号が響き渡り、人々は右往左往して逃げ惑う。
さっきの歌……あいつが黙呪兵を召喚したのか? だとしたらあいつ何者なんだ? ただの馬鹿だと思っていたが、黙呪王側のスパイだったのか。
しかし、気がつくと奴の姿はもうどこにもない。どさくさに紛れて逃げやがったか。
幸い、グランドにわいた黙呪兵たちはその場にぼーっと突っ立ってるだけで、こっちに襲いかかってくる気配はない。
俺とニコはガイさんに駆け寄った。
「ガイさん!」
ニコと二人で抱き起こすと、苦しげに顔をしかめたまま、何か言おうとしている。
「……ゾラは、ゾラは、あんなことをする奴じゃなかった。あいつは俺の自慢の息子だったんだ。全てはあの野郎のせいだ。あの武器商人のせいだ……歌い手様、どうかゾラを、ゾラを真人間に戻してやって下さい……」
がくりと力が抜けた。
え、え! 死んでないよね? 死んでないよね?
ニコが一生懸命癒歌を歌うが傷はだいぶ深そうだ。お腹から大量に出血している。
「ちょっとガイ! 大丈夫なの!?」
そこにハルさんとノボさんも駆けつけて来た。
「今、ニコが癒歌をかけてるんですが血が止まりません」
俺が報告すると
「分かったわ。後は私たちに任せて。あなたはこの黙呪兵どもを掃除してちょうだい」
預けていた奏鳴剣と雌雄剣を渡された。そしてニコに向かって
「ニコちゃんおかえり。これ、あなたのよね?」
ハルさんはニッと笑って魔笛を差し出した
「はい……ごめんなさい」
彼女は両手でそれを受け取り、胸に抱きしめた。
「謝んなくってもいいわよ。でもね、ソウタの横でこの笛を吹くのは、あなたしかいないのよ」
「はい」
ニコは大きくうなずき、そして俺を見た。俺と目が合うや神妙な表情が解けていって、いつもの彼女の笑顔になった。
ああ、この笑顔だ。女神の笑みが胸に染みる。この笑顔のためなら俺は死ねる。もうこの笑顔を絶対に放さないぞ。
ガイさんが担がれて行くのを見届けてから、周囲の状況を確認する。
黙呪兵はかなりの数だ。このグランドに湧いた黙呪兵だけでも40~50体、キャンプのあちこちに出てきた奴を合わせると100体は超えそうな感じだ。
ただいずれもあまり活性は高くない。みなぼーっと立ってるか、うろうろしてるだけだ。何だかコマンドを与えられていないロボットみたいな印象だ。
やはり実戦経験の差だろうか。若手の連中は、こんなにおとなしい黙呪兵を前にしてもパニクって逃げ回っているが、おっさんたちはひるまずに剣を振るい、歌術を歌って黙呪兵を駆逐している。ただ数が多いのでなかなか減らない。
とりあえず、すぐ近くにいる奴を1体、2体、震刃で切り倒してみる。そうすると俺を敵性と判断したのだろう。周囲の黙呪兵がこちらに向かってくる。しかし数が多いから右手一本だとなかなか片付かない。
「ソウタ、これ使う?」
ニコが魔笛を見せる。そうだな、奏鳴剣の出番だ……ただ、その前にもう少し黙呪兵をこちらに集めることができるといいんだが。
その時、あるアイデアが頭に浮かんだ。ダメ元でやってみようか。
「ニコ、俺の歌『女神の旋律』のメロディーをその笛で吹ける?」
「うん、できるよ」
で、できるのか。こっちから話を振っておいて彼女の即答に驚く。
「じゃあちょっとやってみて」
ニコは笛を口に当て、お馴染みのメロディーを奏でてくれた。
よく知ってるメロディーでも、楽器が変わるとイメージが変わる。垢抜けない旋律が、すごくスッキリとした爽快な曲に聞こえる。
っていうか、ニコって本当にメロディーの記憶力がハンパない。わずか数回聴いただけの旋律をこんなに覚えてるのか。すごいな。
周囲の黙呪兵がおとなしくなった。ニコの笛の音に魅入られているようだ。
そこで俺も歌い出した。ニコの笛と俺の歌の合奏というか、合わせ技だ。
「女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど 顔を上げ 胸を張って 必死で歌う♪」
笛がメロディーガイドになってくれるので、音痴の俺でも若干歌いやすくなる。
俺は、キャンプ中に届くことを願って、思い切り大声で歌った。ああ、久々に大声で歌ったな。気持ちいいぞ。
案の定だ。
キャンプ中の黙呪兵たちがわさわさと寄って来た。ただ暴れるでも踊り出すでもなく、俺たちの歌をおとなしく聞き入っている。そして人間たち、おっさんも若手もみな「何だ、この歌は」と振り返った。
最初に歌った時はあの鳥女が飛んできた。おまけに村人も詰めかけてきた。2回目に歌った時はヒヒが引き寄せられた。
ジゴさんは何度も言っていた。
「歌には力がある。歌えば何かが起る」
俺はひょっとするとこの歌には何かを呼び寄せる力があるのではないかと思ったんだが、どうもその推測は当たっていたようだ。
集まってきた黙呪兵たちは今やグランドにひしめき合っている。よし、いい頃合いだ。
「ニコ、ありがとう! よし、水・凍・風のコンボで行こう」
「うん!」
俺は奏鳴剣を抜いて黙呪兵たちに向けた。ニコは俺のすぐ脇にぴったり寄り添った。
そして彼女が美しくなめらかな旋律を奏でると、みすぼらしい木剣は青い光を放ち、その先端辺りから凄まじい勢いで水流がほとばしった。俺はその反動に耐えながら、頭の上でぐるりぐるり剣を振り回し、奴らを水浸しにした。
続けて旋律は下降音型のメロディーを繰り返す。剣からは冷気が放たれ、水を浴びせられた黙呪兵たちはあっという間に凍りつき、彫像のように固まってしまった。
ちらっとニコが俺を見た。俺はうなずく。
それを合図に笛の音はブレス成分を含んだ荒々しい音色に変わる。そして剣からは真空の刃が断続的に放たれた。俺たち二人を取り囲んでいた黙呪兵は、乱風刃を食らい、ガラスのような音を発しながら砕けていった。辺りにはダイヤモンドダストのようなキラキラが舞う。
剣を握っている自分でも驚くほどの光景だ。ヒヒを相手に戦った時より剣の威力が数段上がった気がする。俺とニコの関係が深まったということか?
ま、とりあえず、これでグランドに集まった黙呪兵は片付いた。
しかし奏鳴剣が届かなかったのだろう。キャンプの向こうの方ではまだ黙呪兵とベテラン勢の小競り合いが続いていた。ここからはちょっと距離がある。ニコと一緒に走って行っても良いが、ニコはここにいた方が安全だ。
奏鳴剣、遠距離……検索をかけるまでもなく答えは出てる。
ニコを見た。真正面から目が合った。心臓がズキッとした。彼女も同じことを考えてたんだろう。
「ニコ……」
「なあに?」
「キスしていいか?」
「うん、いいよ」
彼女は頬を染めつつ、こっくりうなずいた。
俺は右手に奏鳴剣を持ったまま、彼女の身体を抱き寄せた。動かない左手がもどかしい。でも彼女は素直に身を任せ、ちょっと上を向いてくれた。
目を閉じていたんだろう。自分が何を見ていたか記憶にない。覚えているのは彼女の柔らかい唇の感触だけだ。
ああ、これがキスか。
彼女いない歴=年齢の俺にとってはもちろん人生初めてのキスだ。そしておそらくニコにとっても。
ファーストキスというのはもうちょっとロマンティックな状況でするもんだと思ってた。
でも、こういう切迫した戦いの場面で、砕け散った黙呪兵のダストに取り囲まれながらじゃないと、ヘタレの俺は一歩踏み出せなかったかもしれない。
まだまだ高鳴っている胸を押さえながら、照れを振り切るようにニコに言った。
「よし、行ってくる。俺が合図したら炎鳴剣だ。もう一度合図するまで続けてくれ」
「うん、分かった」
赤い顔でうなずくニコを置いて俺は走った。グランドを出て通路の向こう側。司令部の手前だ。
この辺りの黙呪兵は荒れている。拳を振り上げて人間に襲いかかってくる。やはりこちらが攻撃するとスイッチが入るのだろうか。おっさんたちが何人か剣や歌術で応戦しているが押され気味だ。
ニコのところからだいぶ距離があるが大丈夫かな。俺は振り返って遠くに見える彼女に合図した。
笛の音は聞こえない。しかし構えた奏鳴剣が赤く光ったかと思うと、その先からごおっと音を立てて炎が噴き出した。まるで火炎放射器のようだ。
この距離でちゃんと炎鳴剣が発動してるということは、やはりキスをした効果は出ているのだろう。しかもこの威力……間違いなく以前より数段パワーアップしてる。
俺は剣を振り回し、暴れる黙呪兵たちを焼き払った。
奴らは言葉にならない声を上げながら倒れていった。何だかその姿は哀れだ。
でも仕方ない。恨むなら召喚したあの馬鹿を恨んでくれ。
「うううっ!」
突然苦しげなうめき声がして後を振り返ると、ガイさんが仰向けに倒れるところだった。
あっ!!
その身体には深々と剣が刺さっている。そしてその向こうにはゾラが立ち上がっていた。会場は静まり返る。
「ちっ! 絶好のチャンスを……くそジジイが、邪魔しやがって」
吐き捨てるように言う。
一瞬、何が起ったのか分らなかったが……こいつが俺たちに剣を投げつけ、それをガイさんが、身体を張ってかばってくれたのか?
しかし俺たちが駆け寄るよりも早く、奴はガイさんの身体から剣を引き抜き、
「俺が癒歌を使えないとでも思ったのか。馬鹿め、死ね!」
もう一度、こっちに向かって投げつけてきた。
うわっ! マジか!
震壁では間に合わない。とっさに俺は震刃でその剣をなぎ払った。剣は澄んだ金属音を立てて弾け飛んだ。
危ない! 野郎、もう一回震貫を食らわせてやる!
しかし俺が照準を定めた、その時だった。
奴はにやにや笑いながら両手を地面にかざし、聞いたことのない歌を歌った。抑揚がなく、歌というより呪文に近い感じだ。
何だ? 何してるんだ?
すると驚いたことに、グランドの地面のあちこちがボコボコ盛り上がった。そして土を押しのけて黒い物体が出現し、やがてそいつはゆっくり起き上がった。
……黙呪兵だ。
あっという間に辺りは黙呪兵だらけになった。よく見ると、グランドだけじゃなく、キャンプ内のあちこちの地面から黙呪兵がわき出している。
何でだ!? 何でこんなところに!?
試合会場は一瞬でパニックになった。悲鳴や怒号が響き渡り、人々は右往左往して逃げ惑う。
さっきの歌……あいつが黙呪兵を召喚したのか? だとしたらあいつ何者なんだ? ただの馬鹿だと思っていたが、黙呪王側のスパイだったのか。
しかし、気がつくと奴の姿はもうどこにもない。どさくさに紛れて逃げやがったか。
幸い、グランドにわいた黙呪兵たちはその場にぼーっと突っ立ってるだけで、こっちに襲いかかってくる気配はない。
俺とニコはガイさんに駆け寄った。
「ガイさん!」
ニコと二人で抱き起こすと、苦しげに顔をしかめたまま、何か言おうとしている。
「……ゾラは、ゾラは、あんなことをする奴じゃなかった。あいつは俺の自慢の息子だったんだ。全てはあの野郎のせいだ。あの武器商人のせいだ……歌い手様、どうかゾラを、ゾラを真人間に戻してやって下さい……」
がくりと力が抜けた。
え、え! 死んでないよね? 死んでないよね?
ニコが一生懸命癒歌を歌うが傷はだいぶ深そうだ。お腹から大量に出血している。
「ちょっとガイ! 大丈夫なの!?」
そこにハルさんとノボさんも駆けつけて来た。
「今、ニコが癒歌をかけてるんですが血が止まりません」
俺が報告すると
「分かったわ。後は私たちに任せて。あなたはこの黙呪兵どもを掃除してちょうだい」
預けていた奏鳴剣と雌雄剣を渡された。そしてニコに向かって
「ニコちゃんおかえり。これ、あなたのよね?」
ハルさんはニッと笑って魔笛を差し出した
「はい……ごめんなさい」
彼女は両手でそれを受け取り、胸に抱きしめた。
「謝んなくってもいいわよ。でもね、ソウタの横でこの笛を吹くのは、あなたしかいないのよ」
「はい」
ニコは大きくうなずき、そして俺を見た。俺と目が合うや神妙な表情が解けていって、いつもの彼女の笑顔になった。
ああ、この笑顔だ。女神の笑みが胸に染みる。この笑顔のためなら俺は死ねる。もうこの笑顔を絶対に放さないぞ。
ガイさんが担がれて行くのを見届けてから、周囲の状況を確認する。
黙呪兵はかなりの数だ。このグランドに湧いた黙呪兵だけでも40~50体、キャンプのあちこちに出てきた奴を合わせると100体は超えそうな感じだ。
ただいずれもあまり活性は高くない。みなぼーっと立ってるか、うろうろしてるだけだ。何だかコマンドを与えられていないロボットみたいな印象だ。
やはり実戦経験の差だろうか。若手の連中は、こんなにおとなしい黙呪兵を前にしてもパニクって逃げ回っているが、おっさんたちはひるまずに剣を振るい、歌術を歌って黙呪兵を駆逐している。ただ数が多いのでなかなか減らない。
とりあえず、すぐ近くにいる奴を1体、2体、震刃で切り倒してみる。そうすると俺を敵性と判断したのだろう。周囲の黙呪兵がこちらに向かってくる。しかし数が多いから右手一本だとなかなか片付かない。
「ソウタ、これ使う?」
ニコが魔笛を見せる。そうだな、奏鳴剣の出番だ……ただ、その前にもう少し黙呪兵をこちらに集めることができるといいんだが。
その時、あるアイデアが頭に浮かんだ。ダメ元でやってみようか。
「ニコ、俺の歌『女神の旋律』のメロディーをその笛で吹ける?」
「うん、できるよ」
で、できるのか。こっちから話を振っておいて彼女の即答に驚く。
「じゃあちょっとやってみて」
ニコは笛を口に当て、お馴染みのメロディーを奏でてくれた。
よく知ってるメロディーでも、楽器が変わるとイメージが変わる。垢抜けない旋律が、すごくスッキリとした爽快な曲に聞こえる。
っていうか、ニコって本当にメロディーの記憶力がハンパない。わずか数回聴いただけの旋律をこんなに覚えてるのか。すごいな。
周囲の黙呪兵がおとなしくなった。ニコの笛の音に魅入られているようだ。
そこで俺も歌い出した。ニコの笛と俺の歌の合奏というか、合わせ技だ。
「女神の旋律 君に歌うよ 音痴だけど 顔を上げ 胸を張って 必死で歌う♪」
笛がメロディーガイドになってくれるので、音痴の俺でも若干歌いやすくなる。
俺は、キャンプ中に届くことを願って、思い切り大声で歌った。ああ、久々に大声で歌ったな。気持ちいいぞ。
案の定だ。
キャンプ中の黙呪兵たちがわさわさと寄って来た。ただ暴れるでも踊り出すでもなく、俺たちの歌をおとなしく聞き入っている。そして人間たち、おっさんも若手もみな「何だ、この歌は」と振り返った。
最初に歌った時はあの鳥女が飛んできた。おまけに村人も詰めかけてきた。2回目に歌った時はヒヒが引き寄せられた。
ジゴさんは何度も言っていた。
「歌には力がある。歌えば何かが起る」
俺はひょっとするとこの歌には何かを呼び寄せる力があるのではないかと思ったんだが、どうもその推測は当たっていたようだ。
集まってきた黙呪兵たちは今やグランドにひしめき合っている。よし、いい頃合いだ。
「ニコ、ありがとう! よし、水・凍・風のコンボで行こう」
「うん!」
俺は奏鳴剣を抜いて黙呪兵たちに向けた。ニコは俺のすぐ脇にぴったり寄り添った。
そして彼女が美しくなめらかな旋律を奏でると、みすぼらしい木剣は青い光を放ち、その先端辺りから凄まじい勢いで水流がほとばしった。俺はその反動に耐えながら、頭の上でぐるりぐるり剣を振り回し、奴らを水浸しにした。
続けて旋律は下降音型のメロディーを繰り返す。剣からは冷気が放たれ、水を浴びせられた黙呪兵たちはあっという間に凍りつき、彫像のように固まってしまった。
ちらっとニコが俺を見た。俺はうなずく。
それを合図に笛の音はブレス成分を含んだ荒々しい音色に変わる。そして剣からは真空の刃が断続的に放たれた。俺たち二人を取り囲んでいた黙呪兵は、乱風刃を食らい、ガラスのような音を発しながら砕けていった。辺りにはダイヤモンドダストのようなキラキラが舞う。
剣を握っている自分でも驚くほどの光景だ。ヒヒを相手に戦った時より剣の威力が数段上がった気がする。俺とニコの関係が深まったということか?
ま、とりあえず、これでグランドに集まった黙呪兵は片付いた。
しかし奏鳴剣が届かなかったのだろう。キャンプの向こうの方ではまだ黙呪兵とベテラン勢の小競り合いが続いていた。ここからはちょっと距離がある。ニコと一緒に走って行っても良いが、ニコはここにいた方が安全だ。
奏鳴剣、遠距離……検索をかけるまでもなく答えは出てる。
ニコを見た。真正面から目が合った。心臓がズキッとした。彼女も同じことを考えてたんだろう。
「ニコ……」
「なあに?」
「キスしていいか?」
「うん、いいよ」
彼女は頬を染めつつ、こっくりうなずいた。
俺は右手に奏鳴剣を持ったまま、彼女の身体を抱き寄せた。動かない左手がもどかしい。でも彼女は素直に身を任せ、ちょっと上を向いてくれた。
目を閉じていたんだろう。自分が何を見ていたか記憶にない。覚えているのは彼女の柔らかい唇の感触だけだ。
ああ、これがキスか。
彼女いない歴=年齢の俺にとってはもちろん人生初めてのキスだ。そしておそらくニコにとっても。
ファーストキスというのはもうちょっとロマンティックな状況でするもんだと思ってた。
でも、こういう切迫した戦いの場面で、砕け散った黙呪兵のダストに取り囲まれながらじゃないと、ヘタレの俺は一歩踏み出せなかったかもしれない。
まだまだ高鳴っている胸を押さえながら、照れを振り切るようにニコに言った。
「よし、行ってくる。俺が合図したら炎鳴剣だ。もう一度合図するまで続けてくれ」
「うん、分かった」
赤い顔でうなずくニコを置いて俺は走った。グランドを出て通路の向こう側。司令部の手前だ。
この辺りの黙呪兵は荒れている。拳を振り上げて人間に襲いかかってくる。やはりこちらが攻撃するとスイッチが入るのだろうか。おっさんたちが何人か剣や歌術で応戦しているが押され気味だ。
ニコのところからだいぶ距離があるが大丈夫かな。俺は振り返って遠くに見える彼女に合図した。
笛の音は聞こえない。しかし構えた奏鳴剣が赤く光ったかと思うと、その先からごおっと音を立てて炎が噴き出した。まるで火炎放射器のようだ。
この距離でちゃんと炎鳴剣が発動してるということは、やはりキスをした効果は出ているのだろう。しかもこの威力……間違いなく以前より数段パワーアップしてる。
俺は剣を振り回し、暴れる黙呪兵たちを焼き払った。
奴らは言葉にならない声を上げながら倒れていった。何だかその姿は哀れだ。
でも仕方ない。恨むなら召喚したあの馬鹿を恨んでくれ。
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作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
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