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第五幕 告白
童貞ハッタリ対決
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いくら馬鹿でも歌の力が全く違うことには気付いただろう。まともに戦っても勝てないとなると次はいよいよ反則スイッチをオンにしてくるんじゃないか。
「次は何か仕掛けてくるでしょうか?」
「そうね。次はたぶん、何か反則技を仕掛けてくると思うわ」
ハルさんも同じ意見か。
何をしてくるだろう? 腕力にものを言わせて殴りかかってくるか。
みんなの見てる前でそんなことをしたら反則バレバレだが、試合に勝つことではなく俺を殺すことが主目的ならば、やってくるかもしれない。
殺してしまってから後で何か言い訳をすれば、それがどんな馬鹿げた内容でも、あの支持者たちなら信じてくれそうだ。きっとあのパパも息子を許しちゃうだろう。
殴りかかってこられると正直やばい。胸や腹だったらこの物理防御の装備が守ってくれるが、顔や頭はむき出しだ。あんなマッチョに顔面をぶん殴られたら一発でダウンだ。テンカウントどころか、もう二度と起き上がれないかもしれない。平面顔が凹面顔になってしまう。
あの鎧も気になる。どこかに凶器を仕込んでても分からない。ボタンを押したら腕の辺りからナイフが飛び出してくるとか。いや、また毒矢を飛ばしてくるかもしれない。
ぼちぼち時間だ。ガイさんが出てきてグランド中央で俺たちを呼んでいる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。とにかく反則に気をつけて、大ダメージを食らわないようにね。ここも引き分けでいいからね」
「はい」
俺は椅子を立ってグランド中央に向かう。向こうからガチャガチャと音を立てて馬鹿もやってくる。
「お前たち、準備はいいか? よし、2本目だ。ファイト!」
ガイさんが右手を上げると、カーンと鐘が鳴った。さあ、第2ラウンド開始だ。
いきなり殴られるのを警戒して、俺は少し後退して距離を取った。
しかし奴はそのままの位置で大きく腕を拡げて歌い始めた。知らない歌だ。水の歌術かな? でも水歌や水刃のような攻撃系じゃないな。
すると奴の周りにもうもうと白い煙……いや、霧だ。霧が立ちこめてきた。『霧歌』だ。初めて見たな、この歌術。
あいにく今日は風がない。辺りに立ちこめた霧はなかなか流れず、奴の姿もガイさんの姿も、白いもやの中に消えていく。なるほど、これで観客の視界を遮り、その中で反則ショーをやろうっていうのか。まあ、馬鹿の考えそうなことだ。
と思ったら、野郎、いきなりこっちに向かって走って来た。姿は見えないが、鎧のガチャガチャいう音で分る。
俺は音を立てないように気をつけながら横に横に移動して距離をキープする。野郎、俺がどこにいるか分らないようで、しばらく立ち止まって走り出し、また立ち止まっては走り出しを繰り返している。
よし。
俺はわざと大声で震壁を歌って、すぐにその場を離れた。
「馬鹿が! 歌術を使えば声で位置が分るんだ!」
そう言いながら野郎は震壁の方向に突進して行った。
『ガチャガチャガチャガチャ……ばきーん!』
「ぎゃあああああっ!」
馬鹿はお前だ。まんまとトラップにひっかかりやがった。
この霧の中では半透明の震壁は全く見えない。しかも俺の展開した震壁は大きいし強力だ。触れたものを弾き飛ばす。きっともろにぶち当たってぶっ倒れてるはずだ。
「ガイさん! ガイさん!」
俺は大声でレフェリーを呼ぶ。
「何だ? ここにいるぞ」
霧の中から声だけが返ってくる。
「ゾラがダウンしてます。カウントして下さい!」
「えっ! 本当か! ゾラ、ゾラ、どこにいるんだ」
「うぐぐぐ……」
「どこにいるんだ、見えんぞ。返事をしろ」
「……」
返事するわけないじゃん。カウントとられるのに。
「ダウンしてるところが見えんとカウントできんぞ……」
ガイさん、マジで困った声を出している。本当に使えないパパだなあ。
そのうちまたガチャガチャいう鎧の音がし始めた。野郎、何とか起き上がったんだな。
「誰がダウンしただと? ウソを言うな。卑怯者め」
卑怯者め、って反則する気満々のお前に言われたくないが。
そこで霧歌の効果が切れてきたのか、霧が少し薄くなってきた。白いベールの向こうが時々うっすら見えるようになってきた。
その途端、ガチャガチャいう音が響き、野郎がこっちに突進してくるのが見えた。
しまった。見つかったか。いよいよ反則モード全開だな。殴りかかってくるつもりだ。しかしまずい。今、震壁を張っても見切られる。
いよいよアレの出番か。仕方ない。
俺は後退して間合いをとりながら『自分の左腕』に向けて震歌を歌い始めた。
「来いやっ、来いやっ、来いやっ、来いやっ♪」
ものすごい振動で左腕がバラバラになりそうだ。
いや、もちろん震歌で自分の左腕を爆発させようとしているわけではない。これは試合が始まる前に『奥の手』としてハルさんに教えてもらった歌術だ。
震歌だと盛り上げて行って急に止めるところを、逆にフェードアウトして静かに歌を止めた。そうすることで俺の左腕は高速で震動したままの状態になった。ものすごい震動で腕が外れてどこか飛んで行ってしまいそうだ。
歌術『震衣』、初めてだが何とかうまくできたようだ。
その時ちょうど野郎が踏み込んできた。
いきなり鉄拳が飛んでくる。俺の顔面めがけてストレートだ。
やば。俺は左腕を顔の前にかざして防御した。
『ばきゃーーん!』
「ぐわああああああっ!」
ものすごい金属音が響いた。それと同時に叫び声を発しながらすっ飛んでいったのは、俺ではなくゾラの方だ。
すごい勢いで震動している俺の左腕、これが震壁と同じような障壁になって、奴を弾き飛ばしたんだ。
震動を身にまとう。自分の身体の一部を犠牲にし、攻防一体の強力な武具にする。それがこの震衣だ。俺の方は痛くも痒くもない。というか左腕の感覚は完全に麻痺している。
十数秒後、霧が完全に晴れると同時にゾラがダウンしている姿が観客の目に入った。
「何だ? 何があったんだ?」
「ゾラ様がダウンしてるぞ!」
おっさん側も若手側も会場内はみな騒然となる。
ゾラが倒れているのが確認できたのだろう。役立たずのレフェリーもさすがにカウントを始めた。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
えらくゆっくりのカウントだなあ……奴はカウント・シックスでようやっと立ち上がった。よろよろしているが、観客は拍手喝采だ。
「よし残り2分、両者、ファイト!」
奴はまた霧歌を歌い始めた。辺りには白い霧が立ちこめ、また白い壁が視界を遮ってしまう。
まだ反則を続ける気か? お次は何だ? 俺の左腕はまだ高速震動中だ。いくら物理的に攻撃してきてもはじき返してやるぞ。
と思ったら、奴は俺に話しかけて来た。
「ふん、よく聞けニセ者よ」
姿は見えない。どこからかねちっこい声だけが聞こえてくる。
「実はな、さっきニコを抱いてやったんだ」
はあ? 何言ってんだ、こいつ?
「俺がディープなキスをしてやったら、ニコのやつ興奮して自分から求めてきやがったんで、たっぷり可愛がってやったんだ。ひいひい泣いて喜んでたぞ」
何だ、こいつ? 突然エロ話を始めたぞ。
俺を挑発してるつもりか? 精神攻撃のつもりか? しかしニコをよく知ってる俺にはこいつの勝手な妄想だとすぐに判ってしまう。相手にしない。
しかし馬鹿の妄想は止まらない。ニコの××××を○○○○してやったとか、△△△を□□□させたとか、とてもここには書けないような卑猥なことを大声で話し続ける。
「お前、昼間っからそんな下品なハッタリ並べてて恥ずかしくないのか?」
俺は呆れ声で言った。
「ハ、ハッタリだと!? 何を言うか貴様! これは真実だ。厳粛な真実だ」
何が厳粛な真実だ、馬鹿野郎。
それに俺は、こいつの話を聞いてて一つ確信したことがある。向こうが精神攻撃をかけてくるなら、こっちも精神攻撃でカウンターしてやろう。
「そんなこと言ってても、お前、まだ童貞だろ?」
!!
図星だったようだ。奴は大慌てした。
「だだだ誰が童貞だっ! 俺はヤりまくってるぞ、千人斬りだっ!」
「何が千人斬りだ。そんなリアリティのないエロ妄想を得意げに語ってるのが童貞の証拠だろ。ハッタリならせめて十人斬りぐらいにしとけ」
「ううううるさいっ! うるさいっ! うるさいっ! 俺は本当にニコを抱いたんだ! ××××を○○○○したんだっ!」
「じゃあ訊くが、ニコの身体には目立つホクロが1つあるんだが、どこにある? 言ってみろ。言えたらお前のエロ妄想を信じてやる。ほら、言ってみろ」
これはカマかけてるわけではない。本当にニコの身体には1つ、可愛いほくろがある。場所は左胸の脇の方だ。実際に見て知ってるのは俺ぐらいだろう。
「……」
「ほら言えよ、言ってみろよ。言えないんだろ。妄想乙だな、童貞野郎」
「っくうううっ、うるさいっ! きき貴様こそ童貞だああっ!」
逆上して声が裏返っている。
ここは勝負所だ。俺もビッグなハッタリをかけてやろう。
俺は余裕をにおわせながら
「ふっ、残念ながら、俺はニコと毎日、普通にヤってるぞ。性奴隷プレイなんかじゃないけどな」
言ってやった。
ニコごめん。ああ、いつか本当にニコとそういう関係になれたらいいんだが。
「お前な、筋肉育ててる暇があったらその性格直さないと、一生童貞だぞ」
止めを刺してやった。
「ぐあああああああっ!」
奴は発狂したようだ。獣のような雄叫びを上げるのと同時に、これまでと違う金属音が響いた。どこかから武器を出したな。
「こ、殺してやるっ! 殺してやるっ!」
俺を探して霧の中をガチャガチャ走り回っている。俺は後退して息を潜める。この霧がかえって好都合だ。
足音が少し遠ざかった。よし、ちょうどいいタイミングだ。
俺は3つめの歌を慎重に歌った。多少効果が落ちてもいい。確実に発動するように歌う。
「吹けや風よ、吹けや風よ、吹き流し、吹き払い、吹き倒せ、ふううう~♪」
うまく行ったようだ。今の俺にも使える唯一の風の歌術、風歌。
俺の周りに風が渦巻き始め、やがてそれが一陣の風となってグランドを吹き抜けた。そして風はグランドに立ちこめる霧を一気に吹き払った。視界が開けた。
奴はちょうどグランド中央で、どこからか取り出した片手剣を大上段に振りかぶり、そのままの姿勢で固まっていた。
みなの視線は自然とその剣に降り注がれる。観客席がざわついた。
俺は奴のかざした剣を指差し、ガイさんに声をかけた。
「そいつ、何か持ってますよ」
「あっ! あああああああ……」
奇妙な声をあげたのはガイさんだ。息子が露骨にルール違反していることにショックを受けたのだろうか。
「ゾ、ゾラの反則により、ソウタに1本!」
『カーン』
苦しげなガイさんの声にかぶさるように澄んだ鐘の音が鳴り響いた。
よし。童貞同士のハッタリ対決、こっちの勝利だ。
俺は自分のコーナーに戻りながら振り返った。ニコと目が合った。彼女は俺をジッと見つめていた。
ニコ、ネタに使ってごめん。さっきの俺のハッタリ、まさか聞こえてなかったよね?
「次は何か仕掛けてくるでしょうか?」
「そうね。次はたぶん、何か反則技を仕掛けてくると思うわ」
ハルさんも同じ意見か。
何をしてくるだろう? 腕力にものを言わせて殴りかかってくるか。
みんなの見てる前でそんなことをしたら反則バレバレだが、試合に勝つことではなく俺を殺すことが主目的ならば、やってくるかもしれない。
殺してしまってから後で何か言い訳をすれば、それがどんな馬鹿げた内容でも、あの支持者たちなら信じてくれそうだ。きっとあのパパも息子を許しちゃうだろう。
殴りかかってこられると正直やばい。胸や腹だったらこの物理防御の装備が守ってくれるが、顔や頭はむき出しだ。あんなマッチョに顔面をぶん殴られたら一発でダウンだ。テンカウントどころか、もう二度と起き上がれないかもしれない。平面顔が凹面顔になってしまう。
あの鎧も気になる。どこかに凶器を仕込んでても分からない。ボタンを押したら腕の辺りからナイフが飛び出してくるとか。いや、また毒矢を飛ばしてくるかもしれない。
ぼちぼち時間だ。ガイさんが出てきてグランド中央で俺たちを呼んでいる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。とにかく反則に気をつけて、大ダメージを食らわないようにね。ここも引き分けでいいからね」
「はい」
俺は椅子を立ってグランド中央に向かう。向こうからガチャガチャと音を立てて馬鹿もやってくる。
「お前たち、準備はいいか? よし、2本目だ。ファイト!」
ガイさんが右手を上げると、カーンと鐘が鳴った。さあ、第2ラウンド開始だ。
いきなり殴られるのを警戒して、俺は少し後退して距離を取った。
しかし奴はそのままの位置で大きく腕を拡げて歌い始めた。知らない歌だ。水の歌術かな? でも水歌や水刃のような攻撃系じゃないな。
すると奴の周りにもうもうと白い煙……いや、霧だ。霧が立ちこめてきた。『霧歌』だ。初めて見たな、この歌術。
あいにく今日は風がない。辺りに立ちこめた霧はなかなか流れず、奴の姿もガイさんの姿も、白いもやの中に消えていく。なるほど、これで観客の視界を遮り、その中で反則ショーをやろうっていうのか。まあ、馬鹿の考えそうなことだ。
と思ったら、野郎、いきなりこっちに向かって走って来た。姿は見えないが、鎧のガチャガチャいう音で分る。
俺は音を立てないように気をつけながら横に横に移動して距離をキープする。野郎、俺がどこにいるか分らないようで、しばらく立ち止まって走り出し、また立ち止まっては走り出しを繰り返している。
よし。
俺はわざと大声で震壁を歌って、すぐにその場を離れた。
「馬鹿が! 歌術を使えば声で位置が分るんだ!」
そう言いながら野郎は震壁の方向に突進して行った。
『ガチャガチャガチャガチャ……ばきーん!』
「ぎゃあああああっ!」
馬鹿はお前だ。まんまとトラップにひっかかりやがった。
この霧の中では半透明の震壁は全く見えない。しかも俺の展開した震壁は大きいし強力だ。触れたものを弾き飛ばす。きっともろにぶち当たってぶっ倒れてるはずだ。
「ガイさん! ガイさん!」
俺は大声でレフェリーを呼ぶ。
「何だ? ここにいるぞ」
霧の中から声だけが返ってくる。
「ゾラがダウンしてます。カウントして下さい!」
「えっ! 本当か! ゾラ、ゾラ、どこにいるんだ」
「うぐぐぐ……」
「どこにいるんだ、見えんぞ。返事をしろ」
「……」
返事するわけないじゃん。カウントとられるのに。
「ダウンしてるところが見えんとカウントできんぞ……」
ガイさん、マジで困った声を出している。本当に使えないパパだなあ。
そのうちまたガチャガチャいう鎧の音がし始めた。野郎、何とか起き上がったんだな。
「誰がダウンしただと? ウソを言うな。卑怯者め」
卑怯者め、って反則する気満々のお前に言われたくないが。
そこで霧歌の効果が切れてきたのか、霧が少し薄くなってきた。白いベールの向こうが時々うっすら見えるようになってきた。
その途端、ガチャガチャいう音が響き、野郎がこっちに突進してくるのが見えた。
しまった。見つかったか。いよいよ反則モード全開だな。殴りかかってくるつもりだ。しかしまずい。今、震壁を張っても見切られる。
いよいよアレの出番か。仕方ない。
俺は後退して間合いをとりながら『自分の左腕』に向けて震歌を歌い始めた。
「来いやっ、来いやっ、来いやっ、来いやっ♪」
ものすごい振動で左腕がバラバラになりそうだ。
いや、もちろん震歌で自分の左腕を爆発させようとしているわけではない。これは試合が始まる前に『奥の手』としてハルさんに教えてもらった歌術だ。
震歌だと盛り上げて行って急に止めるところを、逆にフェードアウトして静かに歌を止めた。そうすることで俺の左腕は高速で震動したままの状態になった。ものすごい震動で腕が外れてどこか飛んで行ってしまいそうだ。
歌術『震衣』、初めてだが何とかうまくできたようだ。
その時ちょうど野郎が踏み込んできた。
いきなり鉄拳が飛んでくる。俺の顔面めがけてストレートだ。
やば。俺は左腕を顔の前にかざして防御した。
『ばきゃーーん!』
「ぐわああああああっ!」
ものすごい金属音が響いた。それと同時に叫び声を発しながらすっ飛んでいったのは、俺ではなくゾラの方だ。
すごい勢いで震動している俺の左腕、これが震壁と同じような障壁になって、奴を弾き飛ばしたんだ。
震動を身にまとう。自分の身体の一部を犠牲にし、攻防一体の強力な武具にする。それがこの震衣だ。俺の方は痛くも痒くもない。というか左腕の感覚は完全に麻痺している。
十数秒後、霧が完全に晴れると同時にゾラがダウンしている姿が観客の目に入った。
「何だ? 何があったんだ?」
「ゾラ様がダウンしてるぞ!」
おっさん側も若手側も会場内はみな騒然となる。
ゾラが倒れているのが確認できたのだろう。役立たずのレフェリーもさすがにカウントを始めた。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
えらくゆっくりのカウントだなあ……奴はカウント・シックスでようやっと立ち上がった。よろよろしているが、観客は拍手喝采だ。
「よし残り2分、両者、ファイト!」
奴はまた霧歌を歌い始めた。辺りには白い霧が立ちこめ、また白い壁が視界を遮ってしまう。
まだ反則を続ける気か? お次は何だ? 俺の左腕はまだ高速震動中だ。いくら物理的に攻撃してきてもはじき返してやるぞ。
と思ったら、奴は俺に話しかけて来た。
「ふん、よく聞けニセ者よ」
姿は見えない。どこからかねちっこい声だけが聞こえてくる。
「実はな、さっきニコを抱いてやったんだ」
はあ? 何言ってんだ、こいつ?
「俺がディープなキスをしてやったら、ニコのやつ興奮して自分から求めてきやがったんで、たっぷり可愛がってやったんだ。ひいひい泣いて喜んでたぞ」
何だ、こいつ? 突然エロ話を始めたぞ。
俺を挑発してるつもりか? 精神攻撃のつもりか? しかしニコをよく知ってる俺にはこいつの勝手な妄想だとすぐに判ってしまう。相手にしない。
しかし馬鹿の妄想は止まらない。ニコの××××を○○○○してやったとか、△△△を□□□させたとか、とてもここには書けないような卑猥なことを大声で話し続ける。
「お前、昼間っからそんな下品なハッタリ並べてて恥ずかしくないのか?」
俺は呆れ声で言った。
「ハ、ハッタリだと!? 何を言うか貴様! これは真実だ。厳粛な真実だ」
何が厳粛な真実だ、馬鹿野郎。
それに俺は、こいつの話を聞いてて一つ確信したことがある。向こうが精神攻撃をかけてくるなら、こっちも精神攻撃でカウンターしてやろう。
「そんなこと言ってても、お前、まだ童貞だろ?」
!!
図星だったようだ。奴は大慌てした。
「だだだ誰が童貞だっ! 俺はヤりまくってるぞ、千人斬りだっ!」
「何が千人斬りだ。そんなリアリティのないエロ妄想を得意げに語ってるのが童貞の証拠だろ。ハッタリならせめて十人斬りぐらいにしとけ」
「ううううるさいっ! うるさいっ! うるさいっ! 俺は本当にニコを抱いたんだ! ××××を○○○○したんだっ!」
「じゃあ訊くが、ニコの身体には目立つホクロが1つあるんだが、どこにある? 言ってみろ。言えたらお前のエロ妄想を信じてやる。ほら、言ってみろ」
これはカマかけてるわけではない。本当にニコの身体には1つ、可愛いほくろがある。場所は左胸の脇の方だ。実際に見て知ってるのは俺ぐらいだろう。
「……」
「ほら言えよ、言ってみろよ。言えないんだろ。妄想乙だな、童貞野郎」
「っくうううっ、うるさいっ! きき貴様こそ童貞だああっ!」
逆上して声が裏返っている。
ここは勝負所だ。俺もビッグなハッタリをかけてやろう。
俺は余裕をにおわせながら
「ふっ、残念ながら、俺はニコと毎日、普通にヤってるぞ。性奴隷プレイなんかじゃないけどな」
言ってやった。
ニコごめん。ああ、いつか本当にニコとそういう関係になれたらいいんだが。
「お前な、筋肉育ててる暇があったらその性格直さないと、一生童貞だぞ」
止めを刺してやった。
「ぐあああああああっ!」
奴は発狂したようだ。獣のような雄叫びを上げるのと同時に、これまでと違う金属音が響いた。どこかから武器を出したな。
「こ、殺してやるっ! 殺してやるっ!」
俺を探して霧の中をガチャガチャ走り回っている。俺は後退して息を潜める。この霧がかえって好都合だ。
足音が少し遠ざかった。よし、ちょうどいいタイミングだ。
俺は3つめの歌を慎重に歌った。多少効果が落ちてもいい。確実に発動するように歌う。
「吹けや風よ、吹けや風よ、吹き流し、吹き払い、吹き倒せ、ふううう~♪」
うまく行ったようだ。今の俺にも使える唯一の風の歌術、風歌。
俺の周りに風が渦巻き始め、やがてそれが一陣の風となってグランドを吹き抜けた。そして風はグランドに立ちこめる霧を一気に吹き払った。視界が開けた。
奴はちょうどグランド中央で、どこからか取り出した片手剣を大上段に振りかぶり、そのままの姿勢で固まっていた。
みなの視線は自然とその剣に降り注がれる。観客席がざわついた。
俺は奴のかざした剣を指差し、ガイさんに声をかけた。
「そいつ、何か持ってますよ」
「あっ! あああああああ……」
奇妙な声をあげたのはガイさんだ。息子が露骨にルール違反していることにショックを受けたのだろうか。
「ゾ、ゾラの反則により、ソウタに1本!」
『カーン』
苦しげなガイさんの声にかぶさるように澄んだ鐘の音が鳴り響いた。
よし。童貞同士のハッタリ対決、こっちの勝利だ。
俺は自分のコーナーに戻りながら振り返った。ニコと目が合った。彼女は俺をジッと見つめていた。
ニコ、ネタに使ってごめん。さっきの俺のハッタリ、まさか聞こえてなかったよね?
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