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第四幕 逃避行
レジスタンス・キャンプ
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泥棒猿から魔笛を取り戻し、猿の恩返しというか、思いも寄らない返礼品まで獲た俺たちだったが、ヒヒの森を抜けた後も毒ウニ単独の奇襲攻撃には悩まされ続けた。
魔笛団の地図では、この辺りはずっと危険生物生息のため注意ということになってる。それでも目的地の『ボナ・キャンプ』まで最短距離で行こうとするとここを突っ切るしかない。
引き続き俺が先頭に立ち、ウニが飛んでくる度に震刃で切り捨てた。何匹か連発で来た場合は震壁を展開してやり過ごす。もう4拍子と3拍子の連続には完全に慣れた。
しかし震壁を張り直してる最中にウニが飛んでくることもあり、そういう時には猿からもらった普通の剣が役に立った。奏鳴剣は強力だがすぐには発動できないからな。
そうこうするうちに足元は険しい山道になってきた。レジスタンス組織だけに、人目を避け山中深くにキャンプを構える必要があったんだろう。
『もう大丈夫かな?』
棲息地域を脱したのか、ようやっとウニの攻撃も止んできた。ずっと気を張って歩いてきた俺たちの心の中にも、目的地に近づいた安心感が広がっていた。
このキャンプでしばらく逗留させてもらい、その間にいろいろなことを前に進めよう。歌術の練習だけじゃない。この普通の剣を扱うための剣術も練習しないといけない。
それに俺にはもう一つ大事な宿題がある。奏鳴剣の能力を高めるためにしないといけないこと……つまり、ニコと関係を深めることだ。先日、ちょっとだけそういう雰囲気になってたのに、ヒヒの乱入ですっかり水を差されてしまった。
俺は何となく、斜め後ろを歩くニコを振り返った。
「なあに?」
目が合うと笑顔で小首を傾げる。その仕草がたまらなく可愛い。思わずニヤけてしまう。
しかしその時のことだ。
『ストッ』
左胸に軽い打撃を感じた。ん? 何だ?
「敵襲よっ!!」
次の瞬間、ハルさんが叫んだ。
見ると俺の胸に小さい矢が刺さっている。矢は革ベストで止まっているが、防具屋のおっちゃんの特製品でなければ、心臓に達していたかもしれない。
俺はすぐに震壁を展開したが、そこにもう1本同じ矢が飛んできた。幸い震壁に当たって弾かれたが、ぎりぎりのタイミングだった。危ない危ない。
俺の横ではニコが炎壁を張り、後はハルさんがにらみを利かしている。しかし飛んできた矢はその2本だけだった。敵は単独か。少なくとも取り囲まれているということはなさそうだ。
俺は矢が飛んできたと思われる茂みに向かって震歌を打ち込んだ。
手の平にいつもの振動と引っ張られる感じが起こり、そしてふっと軽くなった。間違いなく何かに当たったはずだが……もう敵は逃げた後なのか、何の反応もない。
いったい何者だ? レジスタンスの拠点の近くなのに。
「それ、吹き矢ね。しかもご丁寧に毒矢よ。矢の先端に触っちゃダメよ。そのベストも後で洗わないといけないわ」
毒ウニから精製した、ハンパない威力の神経毒が塗ってあるらしい。相手は本気で殺しにきているということだ。狙いは俺か。
何か嫌な予感がする。レジスタンスのキャンプ地っていうけど、本当に大丈夫なのか? 黙呪王に乗っ取られてて中は黙呪兵だらけ、とかないよな?
しかしそれは杞憂だったようだ。
キャンプは厳重に柵で囲まれており入り口には見張り用の櫓がある。近づくと櫓の上から歓迎の声が降ってきた。
「おお! ハルが来た! 歌い手様も来られたぞ!」
入り口の扉が重々しく開き、中から迷彩服を着たスキンヘッドの大男が出てきた。
「ハル、久しぶりだな! よく来たな!」
「元気そうじゃない! とうとう頭ツルツルにしちゃったのね」
「未練たらしく残してても仕方ないしな。きれいにそり上げたぜ。わっはっは」
おっさんとハルさんはハグして互いの背中をバンバン叩いている。
「ああ、そちらが歌い手様ですね。よくいらっしゃいました」
おっさんは俺の方を向いて握手の手を差し出した。パッと見は厳ついが目は優しい。俺はその手を握って丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。お世話になります」
そしておっさんはニコにも向き直り
「おお! ニコちゃん、久しぶりだな。って赤ちゃんの時だったから覚えてないよな。大きくなったなあ、っていうか美人になったなあ」
「あ、あの、お世話になります」
ニコはおっさんの大声に圧されておどおどしている。
「まあ、入ってくれ。野郎ばっかりでむさ苦しいところだがゆっくりしていってくれ」
案内されてキャンプの中を歩いていく。敷地は結構な広さだ。通路の両側にはログハウスがずらっと並んでいる。
中央にはテニスコートぐらいの大きさのグランドがある。若い兄ちゃんたちが、教官にハッパをかけられながら、剣の素振りをしている。軍事教練みたいな感じだ。
「このボナ・キャンプの役割は、明日のレジスタンス組織を担う人材を育成することだ。ああやって訓練し、そして卒業生たちが大陸のあちこちに散って行ってそこでまたグループを立ち上げる。そうやって歌い手様と共闘して黙呪王を倒すための組織を拡げてるんだ」
スキンヘッドのおっさんは俺に向かって自慢気に言う。向こうの方では歌術の練習をしてる連中もいる。なるほどなあ。こうやって山の中で日々トレーニングしてるわけか。
「そうそう、ジゴから何か連絡来てない?」
「おう、ちょうど2、3日前に鳥急便で手紙が届いたぞ」
「えっ!? ホント?」
「ああ、ホントだ。ハル宛だったからまだ開けてないけどな」
ハルさんは俺とニコを振り返って嬉しそうに言う。
「良かったわね。やっぱりジゴは元気よ。2、3日前っていうことは、もうちゃんと逃げて自由の身になってるわね。もちろんナギも一緒でしょう」
そうかあ! 良かった。大丈夫とは言われても、ずっと心のどこかで気になってたからからなあ。
「ニコ、良かったなあ」
思わずニコに声をかけた。
「うん」
ニコの返事はそれだけだが、その伏せた目は潤んでいた。そりゃそうだろう。「お父さんは大丈夫」と言いつつも、本当はすごく心配だったみたいだしな。
俺たちは『司令部』と書いてある大きなログハウスに着いた。中に入ると、迷彩服を着たおっさん数人が立ち上がって俺たちを迎えてくれた。
「ん? ゾラはどこ行った?」
スキンヘッドのおっさんがきょろきょろしながら言う。
「あ、いや……さっきからしばらく見てませんね」
「ちっ、あのバカ、歌い手様が到着するから待っとけってあんだけ言っといたのに……まあいい。とりあえず今いるヤツだけでも紹介するよ。座ってくれ」
俺たち3人は、おっさんたちと向き合う形でテーブルについた。
「まず、改めて、俺がこのキャンプのリーダー、ガイだ。よろしくな。そしてこいつが副リーダーのノボ。副リーダーはもう一人いて、俺の息子なんだが、ちょっと席を外してる。そしてノボの隣が教育担当の……」
スキンヘッドのおっさん改めガイさんが、キャンプの幹部たちを一人一人紹介してくれた。そしてこっち側はハルさんが俺とニコを紹介してくれた。
「まずこちらが、第13代の歌い手様であるソウタよ」
「ソウタです。お世話になります。よろしくお願いします」
立ち上がって頭を下げた。向こうもみな頭を下げて「よろしくお願いします」って挨拶を返してくれてる。改まって紹介されるとすごく緊張する。何か一言、なんて言われると困るから速攻で椅子に座る。
「そしてこちらがジゴとナギの娘さんでニコよ」
「ニコです。両親がお世話になっていたようで、ありがとうございます。よろしくお願いします」
ニコも立ち上がってぺこりと頭を下げた。
俺が相変わらずなのにニコの挨拶は何気に進化してる。ニコってこういう挨拶できるんだ。ジゴさん、ナギさんも良家の出みたいだし、本当はお嬢様だもんな。
「ハルよ。歌い手様は1年ぐらい前にこちらの世界に来られた、っていうことだったよな?」
ガイさんがハルさんに尋ねる。
「そうよ。ソウタ、自分で話す?」
「あ、い、いえ、ハルさんにお任せします」
「そう? じゃ、私から説明するわね」
ハルさんに話を振られるが、こんな場であれこれ説明するなんて、緊張してしまってとても無理だ。
「ソウタは1年ちょっと前、ジゴの家の畑に倒れてるところをニコちゃんに発見されたの。『親戚の子』っていうことにして、ジゴとナギがかくまってたんだけど、誰かが親衛隊に密告したようで、とうとう村に黙呪兵が来たのよ。それが2、3週間前のことね」
おお……それはそれは……みたいな声がおっさんたちから漏れる。みんな黙呪兵の恐ろしさはよく知ってるんだろう。
「ジゴとナギは捕まっちゃったんだけど、この二人は何とか村を逃げ出して、ナジャの手前までたどり着いたの。でもそこには黙呪兵と親衛隊と、それに眷属のベロスまで待ち構えてたのね」
「ええ? マジかよ! よく生き延びられたな」
と驚きの声をあげたのはガイさんだ。
「そうなのよ。聞くとびっくりするけど、ソウタは一人で大量の黙呪兵をなぎ倒してベロスとタイマン張ってたらしいわ。ところがそこにヌエまでが加勢して、とうとう捕まってしまったの。でもニコちゃんが一人で魔笛亭まで走って来て急を知らせてくれて、それで私が例の地下通路を通ってソウタをお迎えに行ったというわけ。この二人、坊ちゃん嬢ちゃんに見えるけど、実はすごいのよ」
うわあ、すっげえ、マジか、信じられん……おっさんたちみんな感嘆の声をあげてくれる。外見は厳ついけど、素直な人たちなんだな。
「それで、やっぱりナジャにはいられなくなったのか」
「そうね。親衛隊も血眼で捜査するだろうし、ちょうど雪も降り出しそうだったので慌てて逃げ出したのよ」
「ナジャには親衛隊の支部があるからな。しかしそれじゃ着の身着のままに近い状態で出てきたんだな」
「最低限の防具と装備だけね。まあ途中でヒヒを懲らしめて武器を巻き上げてきたけど」
「何? あのやっかいなウニ猿どもをか? さすがだなあ」
他にもハルさんが、これまでの旅の経緯を説明してくれた。
「つまり歌い手様ご一行は、これから長く続く黙呪王打倒の旅の準備を整えるため、ここに来てくれたっていうわけだな」
ガイさんが話をまとめてくれた。
「その通りよ。できれば春まで3、4ヶ月ゆっくりさせてもらって、その間に二人に剣術や体術の稽古もつけてあげて欲しいの。歌術や奏術は私の方で教えるから大丈夫よ。それと、大陸各地のレジスタンス組織と連絡をとって、各地の状況を知りたいわ」
「お安いご用だ。剣術や体術は訓練生に混じって一緒に鍛錬するといい。歌術や奏術の練習も、どんどんうちの設備を使ってくれ。歌い手様の歌術を見せてもらうことで、俺たちも大いに学べるし士気も上がる」
「助かるわ。ただ、この子たちは軍隊式のやり方には馴染めないかもしれないから、お手柔らかにね。それにニコちゃんはこの通りの美少女だから、男性が騒ぐかもしれないわ。危ないことのないように、きちんと配慮してあげてね」
「もちろんだ。ここは女性が少ないんで女性用の設備はお粗末だが、なるべく気持ち良く過ごしてもらえるように配慮させてもらうよ」
ハルさんとガイさんがこんな話をしてた時だ。
『ガーン!』
蹴っ飛ばすような音とともに入り口の扉が大きく開いた。
な、何だ?
魔笛団の地図では、この辺りはずっと危険生物生息のため注意ということになってる。それでも目的地の『ボナ・キャンプ』まで最短距離で行こうとするとここを突っ切るしかない。
引き続き俺が先頭に立ち、ウニが飛んでくる度に震刃で切り捨てた。何匹か連発で来た場合は震壁を展開してやり過ごす。もう4拍子と3拍子の連続には完全に慣れた。
しかし震壁を張り直してる最中にウニが飛んでくることもあり、そういう時には猿からもらった普通の剣が役に立った。奏鳴剣は強力だがすぐには発動できないからな。
そうこうするうちに足元は険しい山道になってきた。レジスタンス組織だけに、人目を避け山中深くにキャンプを構える必要があったんだろう。
『もう大丈夫かな?』
棲息地域を脱したのか、ようやっとウニの攻撃も止んできた。ずっと気を張って歩いてきた俺たちの心の中にも、目的地に近づいた安心感が広がっていた。
このキャンプでしばらく逗留させてもらい、その間にいろいろなことを前に進めよう。歌術の練習だけじゃない。この普通の剣を扱うための剣術も練習しないといけない。
それに俺にはもう一つ大事な宿題がある。奏鳴剣の能力を高めるためにしないといけないこと……つまり、ニコと関係を深めることだ。先日、ちょっとだけそういう雰囲気になってたのに、ヒヒの乱入ですっかり水を差されてしまった。
俺は何となく、斜め後ろを歩くニコを振り返った。
「なあに?」
目が合うと笑顔で小首を傾げる。その仕草がたまらなく可愛い。思わずニヤけてしまう。
しかしその時のことだ。
『ストッ』
左胸に軽い打撃を感じた。ん? 何だ?
「敵襲よっ!!」
次の瞬間、ハルさんが叫んだ。
見ると俺の胸に小さい矢が刺さっている。矢は革ベストで止まっているが、防具屋のおっちゃんの特製品でなければ、心臓に達していたかもしれない。
俺はすぐに震壁を展開したが、そこにもう1本同じ矢が飛んできた。幸い震壁に当たって弾かれたが、ぎりぎりのタイミングだった。危ない危ない。
俺の横ではニコが炎壁を張り、後はハルさんがにらみを利かしている。しかし飛んできた矢はその2本だけだった。敵は単独か。少なくとも取り囲まれているということはなさそうだ。
俺は矢が飛んできたと思われる茂みに向かって震歌を打ち込んだ。
手の平にいつもの振動と引っ張られる感じが起こり、そしてふっと軽くなった。間違いなく何かに当たったはずだが……もう敵は逃げた後なのか、何の反応もない。
いったい何者だ? レジスタンスの拠点の近くなのに。
「それ、吹き矢ね。しかもご丁寧に毒矢よ。矢の先端に触っちゃダメよ。そのベストも後で洗わないといけないわ」
毒ウニから精製した、ハンパない威力の神経毒が塗ってあるらしい。相手は本気で殺しにきているということだ。狙いは俺か。
何か嫌な予感がする。レジスタンスのキャンプ地っていうけど、本当に大丈夫なのか? 黙呪王に乗っ取られてて中は黙呪兵だらけ、とかないよな?
しかしそれは杞憂だったようだ。
キャンプは厳重に柵で囲まれており入り口には見張り用の櫓がある。近づくと櫓の上から歓迎の声が降ってきた。
「おお! ハルが来た! 歌い手様も来られたぞ!」
入り口の扉が重々しく開き、中から迷彩服を着たスキンヘッドの大男が出てきた。
「ハル、久しぶりだな! よく来たな!」
「元気そうじゃない! とうとう頭ツルツルにしちゃったのね」
「未練たらしく残してても仕方ないしな。きれいにそり上げたぜ。わっはっは」
おっさんとハルさんはハグして互いの背中をバンバン叩いている。
「ああ、そちらが歌い手様ですね。よくいらっしゃいました」
おっさんは俺の方を向いて握手の手を差し出した。パッと見は厳ついが目は優しい。俺はその手を握って丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます。お世話になります」
そしておっさんはニコにも向き直り
「おお! ニコちゃん、久しぶりだな。って赤ちゃんの時だったから覚えてないよな。大きくなったなあ、っていうか美人になったなあ」
「あ、あの、お世話になります」
ニコはおっさんの大声に圧されておどおどしている。
「まあ、入ってくれ。野郎ばっかりでむさ苦しいところだがゆっくりしていってくれ」
案内されてキャンプの中を歩いていく。敷地は結構な広さだ。通路の両側にはログハウスがずらっと並んでいる。
中央にはテニスコートぐらいの大きさのグランドがある。若い兄ちゃんたちが、教官にハッパをかけられながら、剣の素振りをしている。軍事教練みたいな感じだ。
「このボナ・キャンプの役割は、明日のレジスタンス組織を担う人材を育成することだ。ああやって訓練し、そして卒業生たちが大陸のあちこちに散って行ってそこでまたグループを立ち上げる。そうやって歌い手様と共闘して黙呪王を倒すための組織を拡げてるんだ」
スキンヘッドのおっさんは俺に向かって自慢気に言う。向こうの方では歌術の練習をしてる連中もいる。なるほどなあ。こうやって山の中で日々トレーニングしてるわけか。
「そうそう、ジゴから何か連絡来てない?」
「おう、ちょうど2、3日前に鳥急便で手紙が届いたぞ」
「えっ!? ホント?」
「ああ、ホントだ。ハル宛だったからまだ開けてないけどな」
ハルさんは俺とニコを振り返って嬉しそうに言う。
「良かったわね。やっぱりジゴは元気よ。2、3日前っていうことは、もうちゃんと逃げて自由の身になってるわね。もちろんナギも一緒でしょう」
そうかあ! 良かった。大丈夫とは言われても、ずっと心のどこかで気になってたからからなあ。
「ニコ、良かったなあ」
思わずニコに声をかけた。
「うん」
ニコの返事はそれだけだが、その伏せた目は潤んでいた。そりゃそうだろう。「お父さんは大丈夫」と言いつつも、本当はすごく心配だったみたいだしな。
俺たちは『司令部』と書いてある大きなログハウスに着いた。中に入ると、迷彩服を着たおっさん数人が立ち上がって俺たちを迎えてくれた。
「ん? ゾラはどこ行った?」
スキンヘッドのおっさんがきょろきょろしながら言う。
「あ、いや……さっきからしばらく見てませんね」
「ちっ、あのバカ、歌い手様が到着するから待っとけってあんだけ言っといたのに……まあいい。とりあえず今いるヤツだけでも紹介するよ。座ってくれ」
俺たち3人は、おっさんたちと向き合う形でテーブルについた。
「まず、改めて、俺がこのキャンプのリーダー、ガイだ。よろしくな。そしてこいつが副リーダーのノボ。副リーダーはもう一人いて、俺の息子なんだが、ちょっと席を外してる。そしてノボの隣が教育担当の……」
スキンヘッドのおっさん改めガイさんが、キャンプの幹部たちを一人一人紹介してくれた。そしてこっち側はハルさんが俺とニコを紹介してくれた。
「まずこちらが、第13代の歌い手様であるソウタよ」
「ソウタです。お世話になります。よろしくお願いします」
立ち上がって頭を下げた。向こうもみな頭を下げて「よろしくお願いします」って挨拶を返してくれてる。改まって紹介されるとすごく緊張する。何か一言、なんて言われると困るから速攻で椅子に座る。
「そしてこちらがジゴとナギの娘さんでニコよ」
「ニコです。両親がお世話になっていたようで、ありがとうございます。よろしくお願いします」
ニコも立ち上がってぺこりと頭を下げた。
俺が相変わらずなのにニコの挨拶は何気に進化してる。ニコってこういう挨拶できるんだ。ジゴさん、ナギさんも良家の出みたいだし、本当はお嬢様だもんな。
「ハルよ。歌い手様は1年ぐらい前にこちらの世界に来られた、っていうことだったよな?」
ガイさんがハルさんに尋ねる。
「そうよ。ソウタ、自分で話す?」
「あ、い、いえ、ハルさんにお任せします」
「そう? じゃ、私から説明するわね」
ハルさんに話を振られるが、こんな場であれこれ説明するなんて、緊張してしまってとても無理だ。
「ソウタは1年ちょっと前、ジゴの家の畑に倒れてるところをニコちゃんに発見されたの。『親戚の子』っていうことにして、ジゴとナギがかくまってたんだけど、誰かが親衛隊に密告したようで、とうとう村に黙呪兵が来たのよ。それが2、3週間前のことね」
おお……それはそれは……みたいな声がおっさんたちから漏れる。みんな黙呪兵の恐ろしさはよく知ってるんだろう。
「ジゴとナギは捕まっちゃったんだけど、この二人は何とか村を逃げ出して、ナジャの手前までたどり着いたの。でもそこには黙呪兵と親衛隊と、それに眷属のベロスまで待ち構えてたのね」
「ええ? マジかよ! よく生き延びられたな」
と驚きの声をあげたのはガイさんだ。
「そうなのよ。聞くとびっくりするけど、ソウタは一人で大量の黙呪兵をなぎ倒してベロスとタイマン張ってたらしいわ。ところがそこにヌエまでが加勢して、とうとう捕まってしまったの。でもニコちゃんが一人で魔笛亭まで走って来て急を知らせてくれて、それで私が例の地下通路を通ってソウタをお迎えに行ったというわけ。この二人、坊ちゃん嬢ちゃんに見えるけど、実はすごいのよ」
うわあ、すっげえ、マジか、信じられん……おっさんたちみんな感嘆の声をあげてくれる。外見は厳ついけど、素直な人たちなんだな。
「それで、やっぱりナジャにはいられなくなったのか」
「そうね。親衛隊も血眼で捜査するだろうし、ちょうど雪も降り出しそうだったので慌てて逃げ出したのよ」
「ナジャには親衛隊の支部があるからな。しかしそれじゃ着の身着のままに近い状態で出てきたんだな」
「最低限の防具と装備だけね。まあ途中でヒヒを懲らしめて武器を巻き上げてきたけど」
「何? あのやっかいなウニ猿どもをか? さすがだなあ」
他にもハルさんが、これまでの旅の経緯を説明してくれた。
「つまり歌い手様ご一行は、これから長く続く黙呪王打倒の旅の準備を整えるため、ここに来てくれたっていうわけだな」
ガイさんが話をまとめてくれた。
「その通りよ。できれば春まで3、4ヶ月ゆっくりさせてもらって、その間に二人に剣術や体術の稽古もつけてあげて欲しいの。歌術や奏術は私の方で教えるから大丈夫よ。それと、大陸各地のレジスタンス組織と連絡をとって、各地の状況を知りたいわ」
「お安いご用だ。剣術や体術は訓練生に混じって一緒に鍛錬するといい。歌術や奏術の練習も、どんどんうちの設備を使ってくれ。歌い手様の歌術を見せてもらうことで、俺たちも大いに学べるし士気も上がる」
「助かるわ。ただ、この子たちは軍隊式のやり方には馴染めないかもしれないから、お手柔らかにね。それにニコちゃんはこの通りの美少女だから、男性が騒ぐかもしれないわ。危ないことのないように、きちんと配慮してあげてね」
「もちろんだ。ここは女性が少ないんで女性用の設備はお粗末だが、なるべく気持ち良く過ごしてもらえるように配慮させてもらうよ」
ハルさんとガイさんがこんな話をしてた時だ。
『ガーン!』
蹴っ飛ばすような音とともに入り口の扉が大きく開いた。
な、何だ?
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