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第三幕 抗う者たち

13人目の歌い手

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 夜が更けるにつれ、飲んだくれていたオッサン、オバさんたちは、テーブルに突っ伏したり長椅子にひっくり返ったりして次々に寝入ってしまった。

 静かになった店のテーブルでようやっとハルさんから詳しい話を聞くことができた。



 事の発端は、今から1週間ほど前、西ノ村から届いた「黒い髪の怪しい男が歌っている」という密告だそうだ。

 おそらく俺が畑で歌って黒い鳥女を呼んでしまい、村人たちに詰め寄られた件だ。ナギさんに追い返された村人の誰かがチクったのだろう。

 密告した先はナジャの街の親衛隊。黙呪王の配下でも最も王に忠実で、最も苛烈な部隊だ。大陸の各地に支部があり、黙呪兵を率いて、歌った者、歌術を使った者を厳しく取り締まっている。

 親衛隊はすぐに例の平面顔の手配書を貼り出し、調査を開始した。魔笛団のメンバーはこの手配書で黒髪の男の存在を知り、ジゴさんに『何か知らないか』という手紙を送ったそうだ。まさかジゴさんの家に俺がいるとは思ってなかったらしい。



「ジゴさんから返事は来たんですか?」

 俺は尋ねてみた。

「いいえ。たぶん返事を書く時間はなかったと思うわ。もうその数日後に、親衛隊はあなたがどこにいるか突き止めて、黙呪兵を率いて村を襲撃したんだもん」

 ああ、あれか。俺の脳裏に無残な村の姿が浮かぶ。ひどい話だ。何で村まで燃やしてしまったんだろう。

「密告した者まで含めて村を焼き払ってしまうのは親衛隊のよくやる手口なのよ。生き残った人は歌や音楽をより憎むようになり、黙呪王や親衛隊をさらに恐れるようになる。黒髪は『危険』のフラグになる。恐怖と憎悪で民衆を服従させ、コントロールしやすくするの」

 恐怖政治ってやつだな。ひどい、本当にひどい話だ。



「その翌日、つまり昨日だけど、四つ辻の集落で黒髪の男の目撃情報があったのよ。手配書通りの少年が女の子を連れて店に立ち寄った、ってね。それで親衛隊は早速、南回りの街道に検問を張ったらしいわ」

「ああ、やっぱりそうですか。お店に入ったらじろじろ見られるし、へんな手配書は貼り出されてるし、南回りは危ないと思って真っ直ぐ東に行きました」

「南に行かなくって正解だったわね。でもあなた、東に行ったということは『魔狼の森』を通ったの?」

「何ですか? マロウの森?」

「眷属級の化け物狼が支配する魔の森よ。アタシたちが作った地図ではナジャ近辺で最も危険な地域になってて、団員も立ち入り禁止よ」

 眷属級の化け物狼って……あの白狼のことか? まあ、確かに最初に会った時のラスボス感はハンパなかったけど、あれ、ただのエロ爺ぃだったけどなあ。

「あなた、魔狼に襲われなかった?」

「ええっと、普通の狼には襲われましたけど、震刃を振り回したらそれ以上は襲ってこなくって、その後、白い大きな狼が出てきて、キャンプのマナーについてちょっと注意されました。あれが魔狼なんですかね」

「それよ、その巨大な白狼。とんでもなく凶悪なモンスターじゃなかったの?」

「いやあ、別にそんな感じでは……ニコとの関係について突っ込まれたり、早く子供作れとか言われたりして困りましたけど」

 俺は隣のニコを見た。さっきまでがんばって会話に参加していたが、さすがに疲れ果てたのだろう、今は俺の右肩にもたれてすやすや眠っている。



「ふうん。それはこれまでの情報と違うわね。一昔前になるけど、あの街道を通る商人が何度も魔狼の被害にあったのよ。討伐隊が組まれたけど、ことごとく返り討ちにあって、とうとう親衛隊に泣きついて黙呪兵まで駆り出したけど殲滅できなくって、今はもうあの森に近づく人間はいないわ」

「ああ、白狼もその辺の話を聞かせてくれました」

「え、そんな話までしたの?」

「はい、いろいろ話はしました。ニコは歌術を教えてもらってましたし、僕も黙呪兵との戦い方のヒントをもらいました。最後は僕たち、狼の背中に乗せてもらって山を越えられたんです」

 ハルさんは、はああとため息をついた。

「あなたたち、やっぱりすごいわね。魔狼に実力を認められたっていうことなのね」

 いや、実力を認められたっていうより、あれはニコが狼たちのハートをつかんだことに尽きると思う。俺は横でぺこぺこ謝ってただけだもんな。



「親衛隊も、あなたたちがまさか旧道を通って山から下りてくるとは思ってなかったんでしょうね。森に配備した黙呪兵があなたたちを感知して、それから慌てて部隊を麓の村に展開したみたい」

 ああ、やっぱり、あの森も変な感じだったからなあ。黙呪兵に見つかってたんだな。

「アタシね、ニコちゃんから場所を聞いて、日が暮れる前に、あなたが一人で戦ったススキの原野に行ったのよ。ススキがみな吹き飛んで何もない更地になってるのを見て、歌い手の力の凄まじさを実感したわ」

「いや、あれはでかいライオンが風の歌術……乱風刃とかいうのをやったからで、僕はその辺の草をちょこっと刈ったぐらいです」

「でもその辺に散らばってる黙呪兵の残骸はすごい量だったし、そもそも眷属のモンスターと一対一で戦って、乱風刃を食らって、それでも生きてるっていうことが普通の人間じゃ絶対にあり得ないことよ」

「そうなんですか……」

 普通の人間じゃないって言われてもあまり実感はない。あのライオン、最初は明らかに手を抜いてるみたいだったしなあ。それに結局、鳥女が割り込んで来てライオンをぶっ倒し、俺は寝かされてしまったしな。情けない話だ。

「改めてこの子からいろいろ事情を聞いてまあ驚いたわよ。あなたが1年ぐらい前に異世界から来たこと、ジゴが歌術の手ほどきをしたらいきなりすごい力を発揮したこと、その辺を聞いて、アタシは間違いなくあなたが歌い手だと確信したの。それで地下通路を通って迎えに行ったのよ」



 ハルさんはここまで一気に説明してくれた。これまで謎だったことがいくつか明らかになり話がつながった。

 しかし、まだだ。歌い手のこと、特に気になる『第13代』という言葉について確認しないといけない。俺が13人目なんだとすると、他の12人はどうなったんだ?

「あの、さっき『第13代の歌い手』って言われましたけど……」

「そうね、いよいよその話ね」

 ハルさんはちらっと俺の右肩を見た。

「かなり厳しい話になるから、その子には聞かせない方が良いかもしれないわね」

 そう言った途端に

「ん……何?」

 ニコが起きてしまった。本当に敏感な子だ。



 それを見てハルさんは店の奥の階段を指して言った。

「やっぱり、その話は明日にしましょう。もう朝になっちゃうし、あなたたち、とりあえず寝なさい。2階の一番奥の部屋があなたたちの部屋よ。邪魔しないし、明日はゆっくり寝てて良いわよ」

 う、やっぱりそうきたか。気にはなるが、確かにもう深夜もいいところだ。話は明日でもいいか……

 あれ? っていうか、今、ハルさん、もっと気になること言わなかったか?

「2人一緒の部屋ですか?」

「当たり前じゃないの」

 ハルさんに言われて俺はうろたえた。昨夜は寒夜に野宿だったから一緒に寝たけど、本来はこんな年齢の女子と一緒に寝るなんてあり得ない。姉貴とだって小学生以降は別々の部屋で寝てたぞ。

 しかし、横からニコが断言した。

「いいです。一緒の部屋でいいです」

 ええっ! 驚いてニコを見ると、ぱっと目をそらされた。いや、キミは良いかもしれないけど、俺が困るんだよ。赤い顔してるけど……いったいどういうつもりなんだ。

「ほらほら、あなたたちラブラブなんだから、ちゃんと一緒に寝なさい。お湯の出がちょっと悪いけど、しばらくしたら出てくるから。ほら、行きなさい。おやすみ!」

 無理矢理2階に追いやられてしまった。



 しかも、さすがにベッドはツインだよなと思ったら、部屋の真ん中にでーんとダブルベッドが置いてある。さらにバスルームはガラス張りで室内から丸見えのタイプだ。

 彼女いない歴=年齢の俺は恥ずかしながらラブホに行ったことがない。しかし話では確かこんな感じじゃなかったか。

 ニコと一緒に寝る。うれしくないのかと言われると、そんなことはない。うれしい。強力にうれしい。

 しかし。しかしだ。

 俺はジゴさん、ナギさんから「ニコを頼んだ」と言われている。これは「守ってあげてね」という意味であって「好きにしていいからね」という意味ではない。預かったケーキが美味しそうだからといって食べてしまって良いわけない。ニコの純潔は死守しないといけない。

 ニコはベッドに寝転がってみたり、バスルームをのぞいてみたり、クローゼットを開けたり閉めたりしてはしゃいでる。しかし俺の方は冷や汗ものだ。だ、大丈夫か? 俺。理性を保てるか?

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