18 / 123
第三幕 抗う者たち
オネエ言葉に嘘はない
しおりを挟む
その頃の俺は、お昼前に起きて午後から自転車でウメコさんの店に行くのが日課だった。
ウメコさんの店は隣町の駅の裏、けばけばしい看板が並ぶ通りにある。自転車を停めて鍵を3つかけ、雑居ビルの狭い階段を上がった2階、紫色の重たいドアを開ける。
「あらソウタ、今日も来たのね。いらっしゃい」
濃い化粧をしたオバさんのようなオジさんが笑顔で俺を迎えてくれる。そう。ウメコさんはいわゆるオネエ言葉を話す人で、この店は『オバさんのようなオジさんたち』がお相手してくれる夜の店だ。元は俺の父親の行きつけだったらしいが、母親もウメコさんとは友達だ。
たいていウメコさんも出勤したところで、いきなり一杯やりながらお昼のワイドショーを観てる。俺が行くとグラスにジンジャーエールを入れてくれて、後は俺の好きなようにさせてくれる。ああしなさい、こうしなさいは一切言わない。
だから俺も、一緒にTV観たり、カウンターで勉強したり、お店のカラオケ歌わせてもらったり、ステージに置いてあるドラムセット叩かせてもらったり、好きなことしながら時間をつぶし、他のオジさんたちが出勤してきて開店準備で忙しくなる前には店を出て家に帰る。夕方になってしまうと帰り道で同級生に会うのが嫌だしな。
「そこのアコギ、お客さんがくれたやつだから好きに弾いてもいいわよ」
「ええっ、こんなの指が痛くなりそうでやだ。ドラムの方がいい」
一時は家から一歩も出なかった俺が外に出られるようになったのはウメコさんのおかげだ。
「学校なんか行かなくていいけど、家の外に全然出ないのは良くないわよ。ウチのお店に遊びにいらっしゃい」
そう言って、俺を引っ張り出してくれた。
俺があんなに辛い目にあったのに歌や音楽を嫌いにならなかったのも、ウメコさんのおかげだ。決して俺の音痴を『矯正』しようなどとはせず、カラオケで好きなだけ歌わせてくれた。
「ウチのお客さんだってみんな音痴よ。でもたくさん歌ってるうちに自然と心に響く歌を歌えるようになるのよ。アンタ良い声してるし、そのうちきっと上手くなるわ。好きなだけ歌っていいわよ」
そして俺にもっと積極的に音楽をやるようにけしかけてくれたのもウメコさんだ。ある時、お店で動画を見せてくれた。俺の父親のライブ映像だった。すげえ格好良くって感動しまくった。
「アンタもきっと素晴らしいミュージシャンになるわ。ベース弾いてみたらどう? まだ家にあるでしょ」
その言葉で俺は初めて、父親が残していったベースを手に取った。自分を捨てた父親……俺にとっては遠い人だったのが急に身近になった。父親の動画を見て、ベースを弾いて、そして自分もいつか人前で演奏し歌いたいと思うようになった。
そうだ、そのために、高校へ行って軽音に入ろう。となったら、やっぱり中学校には行った方が良いよなあ。
ちっ、仕方ない。俺は歯を食いしばって学校に戻った。
俺が高校に合格した時は、お店でお祝いのパーティーをしてくれた。オネエ言葉のオジさんたちはみな優しかった。人生の中でいろいろ苦労を重ねてきた人たちだ。俺の話を聞いて自分のことのように怒ったり、泣いたり、喜んだりしてくれた。
でもあの頃の俺がウメコさんの店に足繁く通ってたのにはもう一つ理由があった。
「ウメコさん、今日はあの子は来ないの?」
「今日はお母さんと病院みたいよ」
「ああ、そうなんだ……」
残念。がっかりだ。すごくがっかりだ。
あれ? 『あの子』って誰だっけ?
そこで目が覚めた。
寝てたのか。何か懐かしい夢見てたな。
しかし身体のあちこちの痛みが俺を現実に引き戻した。気がつくと全身傷だらけのボロボロだ。いててててて。
後ろ手に手錠をかけられ、口には粘着テープを貼られ、ああ、足にも鎖がつながってる。えらく厳重だな。
そうだ、俺はあのライオンのモンスターと戦ってて、横やりを入れて来た鳥女に眠らされたんだった。あれからどのぐらい時間が経ったんだろう。
あ! そうだ、ニコはどうしたんだろう。無事だろうか。ちゃんとナジャにたどり着いたんだろうか。何よりそれが心配だ。すごく心配だ。ニコのことを思うとジッとしてられなくなる。
ここはどこだ? 俺は身体を起こして周囲を見回した。
ああ、牢屋か。3秒で分るぐらい典型的な地下牢の光景だ。
汚れた石の床、石の壁、石の天井、そして通路に面した部分はお約束の鉄格子になっている。中は結構広い。鉄格子の向こうから少し光が入って来るが、牢の奥の方は真っ暗でよく見えない。
通路をはさんだ向かい側にも同じような牢があり、その隣にも牢が並んでいる。しかし人影は見えないし、騒いでいる奴もいない。どこかに警備兵もいるんだろうがここからは見えない。辺りはしんとしている。
逃げなきゃ。
ここはちょっと歌っただけでも殺される世界だ。俺がやったことは死刑×数百回分にも値するだろう。黙呪王がどんな奴か知らないが、絶対にまともな奴じゃない。俺は必ず殺される。
村を出て、少しだけ、少しだけだが俺は変わったと思う。
かつての俺は何かあったら謝る方法しか考えられない人間だった。しかしここは謝って済むような世界ではない。そして今の俺には、歌術がある。俺の歌術……大したことはないが、狼の群れや黙呪兵を蹴散らすぐらいの力はある。あの巨大な化け物ライオンと戦って、とりあえず死なずに生きてる。
俺はニコを守らないといけない。一刻も早くニコの所に戻らないといけない。
そのためにはもう謝ってる場合じゃない。ビビってる場合じゃない。じっとしていても殺されるなら一か八か逃げよう。あの馬鹿でかいライオンと比べたら、牢屋の警備兵ぐらい何ていうことはない。死ぬ気で暴れまくったら逃げられるはずだ。
よし、逃げよう。
まずこの粘着テープを取らないと。俺は床に寝転がり、頬を石の床に擦りつけた。土下座しまくってるみたいで格好悪いが仕方ない。
痛い、痛い。顔が痛い。でも何度もやるうちにテープの端が浮いてきた。どうだ。彫りの浅い平面顔だからできる技だ。ギリシア彫刻みたいな顔では鼻が邪魔してできないだろ、ざまぁ。
もうちょっと、もうちょっと……よし、だいぶ剥がれてきた。後はベロで中から押して……口の端が唾液だらけになってしまったが、よし、これぐらいあれば小声で歌うことはできるな。
歌術さえ使えるようになれば、後は楽勝だ。
俺は後ろ手にされている両手首と人差し指をくっと曲げ、手錠の鎖に照準を合わせた。そして粘着テープのすき間からこっそり双震刃を歌った。暗い牢の中に俺がぶつぶつ歌う声が響き、やがてチャリンという音がした。
よし、手が自由になった。口の粘着テープを剥がして投げ捨て、今度は足の鎖を切る。OK、両足もフリーだ。
立ち上がって鉄格子のすき間から通路をうかがう。誰もいないな。俺は両手の人差し指を鉄格子に向け双震刃を歌った。
あれ? 切れない。これくらいの金属棒、スパッと切れるはずなんだが。もう一度やってみる。切れない。指先には振動を感じてるのに、何で? ちょっと焦ってくる。
「あなたの歌、素晴らしい強さね。でもそれは震刃では切れないわよ」
突然後から声をかけられて俺は30センチぐらい飛び上がった。
俺の背後に立っていたのは、痩せてひょろっと背の高い……男だった。チリチリのアフロヘアで頭が膨れ上がっているが顔は小さい。女性的な風貌だが、よく見ればオッサンだ。
顔が骸骨だったらあのキャラにそっくりだな、とか、有名なロックギタリストにこんなルックスの人いたよな、とか思いながら呆然としている俺に向かって、男は笑顔で続けた。
「その鉄格子はね、振動を両端に逃がしてしまうように作られてるのよ。だって震の歌術を使える旅人だったらみなすぐに脱獄してしまうでしょ?」
ああ、なるほど。そりゃそうだ。
っていうか、この人、オネエ言葉だな。こっちの世界でもオバさんっぽいオジさんっているんだな。あれ? そういえばさっきウメコさんの夢を見てたんじゃなかったっけ?
「アタシはハル、あなたがソウタね。その黒髪、エキゾチックなお顔、そしてその歌の強さ、間違いなく黒髪の歌い手様ね。あなたをお迎えに来たわ」
男は握手の手を差し出した。
この人も俺を歌い手と呼ぶのか。しかし、お迎えって何だよ。エキゾチックなお顔って、平面顔っていうことだよな? 俺はいろいろ戸惑いながらその手を握った。骨張っているが大きく温かい手だ。
「アタシたち、あなたがこの世界に現れるのをずっと待ってたのよ。お会いできて光栄だわ」
え? それって、俺がこの世界に転移してくるのを待ってたっていうことか? 俺の異世界転移は偶然じゃないのか?
「ああ、どうしてアタシまでこの牢に入ってたのかって? それはまた後で説明するわ」
いや、別にそんなこと訊いてないんですけど。
「話は後、後。とりあえずこの野暮な場所から出るわよ」
ハルと名乗ったアフロ男は、まだいっぱい『?』を浮かべている俺を制して、鉄格子の根元の少し離れた2個所に何やら粒状のものをぱらぱらっと播いた。
「こういう鉄格子はね、こうやるのよ。ああ、歌い手様の目の前でやるのって緊張するわ」
男は勝手に緊張しながら、両手の平をその鉄格子の根元にかざし歌い出した。細いが綺麗な声だ。
「芽を出し芽を出し、伸びて伸びて、たくましくなって、引張れ引張れ~♪」
俺は目を疑った。妙に下ネタっぽい男の歌に呼応して鉄格子の根元から植物がにょきにょき生えてきたのだ。なるほどさっき播いたのは植物の種だったのか。
しかもそいつはツタのように鉄格子に巻き付きながら見る間に大きく太くなり、鉄棒を左右に引っ張ってぐにゅうううっと曲げてしまった。あっという間に鉄格子が拡がって通り抜けられるぐらいの隙間ができていた。すごいな。こんな歌術もあるのか。
「見てくれた? アタシの得意技。アタシにとってはこんな鉄格子、出入り自由よ。さあ、行きましょ」
男はさっさと鉄格子の外に出て、こっちに手を差し伸べている。
「早く。ここを出るわよ」
俺は一瞬、躊躇した。こんなワケの分からん奴を信用していいのか? そもそも鳥女に一瞬気を許したために眠らされてこんなところへ放り込まれたんだ。まただまされてさらに窮地に陥れられるんじゃないのか?
いやいや。どう考えたって、もう既にこれ以上の窮地はないだろう。このままじっとしてたら確実に死が待ってる。俺自身、さっきここから逃げ出そうとしてたんじゃないか。とにかくニコの所に行かないと。
それに俺にはオネエ言葉に対する親近感と信頼があった。オネエ言葉。それは人生の辛酸をなめ尽くした者たちの共通言語だ。オネエ言葉に嘘はない。オネエ言葉を話す人に心からの悪人はいない。
「行きます!」
俺はもう一度、アフロ頭でオネエ言葉のオッサン、ハルさんの手をしっかり握って鉄格子の隙間をくぐり、牢の外に出た。
ウメコさんの店は隣町の駅の裏、けばけばしい看板が並ぶ通りにある。自転車を停めて鍵を3つかけ、雑居ビルの狭い階段を上がった2階、紫色の重たいドアを開ける。
「あらソウタ、今日も来たのね。いらっしゃい」
濃い化粧をしたオバさんのようなオジさんが笑顔で俺を迎えてくれる。そう。ウメコさんはいわゆるオネエ言葉を話す人で、この店は『オバさんのようなオジさんたち』がお相手してくれる夜の店だ。元は俺の父親の行きつけだったらしいが、母親もウメコさんとは友達だ。
たいていウメコさんも出勤したところで、いきなり一杯やりながらお昼のワイドショーを観てる。俺が行くとグラスにジンジャーエールを入れてくれて、後は俺の好きなようにさせてくれる。ああしなさい、こうしなさいは一切言わない。
だから俺も、一緒にTV観たり、カウンターで勉強したり、お店のカラオケ歌わせてもらったり、ステージに置いてあるドラムセット叩かせてもらったり、好きなことしながら時間をつぶし、他のオジさんたちが出勤してきて開店準備で忙しくなる前には店を出て家に帰る。夕方になってしまうと帰り道で同級生に会うのが嫌だしな。
「そこのアコギ、お客さんがくれたやつだから好きに弾いてもいいわよ」
「ええっ、こんなの指が痛くなりそうでやだ。ドラムの方がいい」
一時は家から一歩も出なかった俺が外に出られるようになったのはウメコさんのおかげだ。
「学校なんか行かなくていいけど、家の外に全然出ないのは良くないわよ。ウチのお店に遊びにいらっしゃい」
そう言って、俺を引っ張り出してくれた。
俺があんなに辛い目にあったのに歌や音楽を嫌いにならなかったのも、ウメコさんのおかげだ。決して俺の音痴を『矯正』しようなどとはせず、カラオケで好きなだけ歌わせてくれた。
「ウチのお客さんだってみんな音痴よ。でもたくさん歌ってるうちに自然と心に響く歌を歌えるようになるのよ。アンタ良い声してるし、そのうちきっと上手くなるわ。好きなだけ歌っていいわよ」
そして俺にもっと積極的に音楽をやるようにけしかけてくれたのもウメコさんだ。ある時、お店で動画を見せてくれた。俺の父親のライブ映像だった。すげえ格好良くって感動しまくった。
「アンタもきっと素晴らしいミュージシャンになるわ。ベース弾いてみたらどう? まだ家にあるでしょ」
その言葉で俺は初めて、父親が残していったベースを手に取った。自分を捨てた父親……俺にとっては遠い人だったのが急に身近になった。父親の動画を見て、ベースを弾いて、そして自分もいつか人前で演奏し歌いたいと思うようになった。
そうだ、そのために、高校へ行って軽音に入ろう。となったら、やっぱり中学校には行った方が良いよなあ。
ちっ、仕方ない。俺は歯を食いしばって学校に戻った。
俺が高校に合格した時は、お店でお祝いのパーティーをしてくれた。オネエ言葉のオジさんたちはみな優しかった。人生の中でいろいろ苦労を重ねてきた人たちだ。俺の話を聞いて自分のことのように怒ったり、泣いたり、喜んだりしてくれた。
でもあの頃の俺がウメコさんの店に足繁く通ってたのにはもう一つ理由があった。
「ウメコさん、今日はあの子は来ないの?」
「今日はお母さんと病院みたいよ」
「ああ、そうなんだ……」
残念。がっかりだ。すごくがっかりだ。
あれ? 『あの子』って誰だっけ?
そこで目が覚めた。
寝てたのか。何か懐かしい夢見てたな。
しかし身体のあちこちの痛みが俺を現実に引き戻した。気がつくと全身傷だらけのボロボロだ。いててててて。
後ろ手に手錠をかけられ、口には粘着テープを貼られ、ああ、足にも鎖がつながってる。えらく厳重だな。
そうだ、俺はあのライオンのモンスターと戦ってて、横やりを入れて来た鳥女に眠らされたんだった。あれからどのぐらい時間が経ったんだろう。
あ! そうだ、ニコはどうしたんだろう。無事だろうか。ちゃんとナジャにたどり着いたんだろうか。何よりそれが心配だ。すごく心配だ。ニコのことを思うとジッとしてられなくなる。
ここはどこだ? 俺は身体を起こして周囲を見回した。
ああ、牢屋か。3秒で分るぐらい典型的な地下牢の光景だ。
汚れた石の床、石の壁、石の天井、そして通路に面した部分はお約束の鉄格子になっている。中は結構広い。鉄格子の向こうから少し光が入って来るが、牢の奥の方は真っ暗でよく見えない。
通路をはさんだ向かい側にも同じような牢があり、その隣にも牢が並んでいる。しかし人影は見えないし、騒いでいる奴もいない。どこかに警備兵もいるんだろうがここからは見えない。辺りはしんとしている。
逃げなきゃ。
ここはちょっと歌っただけでも殺される世界だ。俺がやったことは死刑×数百回分にも値するだろう。黙呪王がどんな奴か知らないが、絶対にまともな奴じゃない。俺は必ず殺される。
村を出て、少しだけ、少しだけだが俺は変わったと思う。
かつての俺は何かあったら謝る方法しか考えられない人間だった。しかしここは謝って済むような世界ではない。そして今の俺には、歌術がある。俺の歌術……大したことはないが、狼の群れや黙呪兵を蹴散らすぐらいの力はある。あの巨大な化け物ライオンと戦って、とりあえず死なずに生きてる。
俺はニコを守らないといけない。一刻も早くニコの所に戻らないといけない。
そのためにはもう謝ってる場合じゃない。ビビってる場合じゃない。じっとしていても殺されるなら一か八か逃げよう。あの馬鹿でかいライオンと比べたら、牢屋の警備兵ぐらい何ていうことはない。死ぬ気で暴れまくったら逃げられるはずだ。
よし、逃げよう。
まずこの粘着テープを取らないと。俺は床に寝転がり、頬を石の床に擦りつけた。土下座しまくってるみたいで格好悪いが仕方ない。
痛い、痛い。顔が痛い。でも何度もやるうちにテープの端が浮いてきた。どうだ。彫りの浅い平面顔だからできる技だ。ギリシア彫刻みたいな顔では鼻が邪魔してできないだろ、ざまぁ。
もうちょっと、もうちょっと……よし、だいぶ剥がれてきた。後はベロで中から押して……口の端が唾液だらけになってしまったが、よし、これぐらいあれば小声で歌うことはできるな。
歌術さえ使えるようになれば、後は楽勝だ。
俺は後ろ手にされている両手首と人差し指をくっと曲げ、手錠の鎖に照準を合わせた。そして粘着テープのすき間からこっそり双震刃を歌った。暗い牢の中に俺がぶつぶつ歌う声が響き、やがてチャリンという音がした。
よし、手が自由になった。口の粘着テープを剥がして投げ捨て、今度は足の鎖を切る。OK、両足もフリーだ。
立ち上がって鉄格子のすき間から通路をうかがう。誰もいないな。俺は両手の人差し指を鉄格子に向け双震刃を歌った。
あれ? 切れない。これくらいの金属棒、スパッと切れるはずなんだが。もう一度やってみる。切れない。指先には振動を感じてるのに、何で? ちょっと焦ってくる。
「あなたの歌、素晴らしい強さね。でもそれは震刃では切れないわよ」
突然後から声をかけられて俺は30センチぐらい飛び上がった。
俺の背後に立っていたのは、痩せてひょろっと背の高い……男だった。チリチリのアフロヘアで頭が膨れ上がっているが顔は小さい。女性的な風貌だが、よく見ればオッサンだ。
顔が骸骨だったらあのキャラにそっくりだな、とか、有名なロックギタリストにこんなルックスの人いたよな、とか思いながら呆然としている俺に向かって、男は笑顔で続けた。
「その鉄格子はね、振動を両端に逃がしてしまうように作られてるのよ。だって震の歌術を使える旅人だったらみなすぐに脱獄してしまうでしょ?」
ああ、なるほど。そりゃそうだ。
っていうか、この人、オネエ言葉だな。こっちの世界でもオバさんっぽいオジさんっているんだな。あれ? そういえばさっきウメコさんの夢を見てたんじゃなかったっけ?
「アタシはハル、あなたがソウタね。その黒髪、エキゾチックなお顔、そしてその歌の強さ、間違いなく黒髪の歌い手様ね。あなたをお迎えに来たわ」
男は握手の手を差し出した。
この人も俺を歌い手と呼ぶのか。しかし、お迎えって何だよ。エキゾチックなお顔って、平面顔っていうことだよな? 俺はいろいろ戸惑いながらその手を握った。骨張っているが大きく温かい手だ。
「アタシたち、あなたがこの世界に現れるのをずっと待ってたのよ。お会いできて光栄だわ」
え? それって、俺がこの世界に転移してくるのを待ってたっていうことか? 俺の異世界転移は偶然じゃないのか?
「ああ、どうしてアタシまでこの牢に入ってたのかって? それはまた後で説明するわ」
いや、別にそんなこと訊いてないんですけど。
「話は後、後。とりあえずこの野暮な場所から出るわよ」
ハルと名乗ったアフロ男は、まだいっぱい『?』を浮かべている俺を制して、鉄格子の根元の少し離れた2個所に何やら粒状のものをぱらぱらっと播いた。
「こういう鉄格子はね、こうやるのよ。ああ、歌い手様の目の前でやるのって緊張するわ」
男は勝手に緊張しながら、両手の平をその鉄格子の根元にかざし歌い出した。細いが綺麗な声だ。
「芽を出し芽を出し、伸びて伸びて、たくましくなって、引張れ引張れ~♪」
俺は目を疑った。妙に下ネタっぽい男の歌に呼応して鉄格子の根元から植物がにょきにょき生えてきたのだ。なるほどさっき播いたのは植物の種だったのか。
しかもそいつはツタのように鉄格子に巻き付きながら見る間に大きく太くなり、鉄棒を左右に引っ張ってぐにゅうううっと曲げてしまった。あっという間に鉄格子が拡がって通り抜けられるぐらいの隙間ができていた。すごいな。こんな歌術もあるのか。
「見てくれた? アタシの得意技。アタシにとってはこんな鉄格子、出入り自由よ。さあ、行きましょ」
男はさっさと鉄格子の外に出て、こっちに手を差し伸べている。
「早く。ここを出るわよ」
俺は一瞬、躊躇した。こんなワケの分からん奴を信用していいのか? そもそも鳥女に一瞬気を許したために眠らされてこんなところへ放り込まれたんだ。まただまされてさらに窮地に陥れられるんじゃないのか?
いやいや。どう考えたって、もう既にこれ以上の窮地はないだろう。このままじっとしてたら確実に死が待ってる。俺自身、さっきここから逃げ出そうとしてたんじゃないか。とにかくニコの所に行かないと。
それに俺にはオネエ言葉に対する親近感と信頼があった。オネエ言葉。それは人生の辛酸をなめ尽くした者たちの共通言語だ。オネエ言葉に嘘はない。オネエ言葉を話す人に心からの悪人はいない。
「行きます!」
俺はもう一度、アフロ頭でオネエ言葉のオッサン、ハルさんの手をしっかり握って鉄格子の隙間をくぐり、牢の外に出た。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。
武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。
人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】
前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。
そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。
そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。
様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。
村を出て冒険者となったその先は…。
※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。
よろしくお願いいたします。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。

2人の幼馴染が私を離しません
ユユ
恋愛
優しい幼馴染とは婚約出来なかった。
私に残されたのは幼馴染という立場だけ。
代わりにもう一人の幼馴染は
相変わらず私のことが大嫌いなくせに
付き纏う。
八つ当たりからの大人の関係に
困惑する令嬢の話。
* 作り話です
* 大人の表現は最小限
* 執筆中のため、文字数は定まらず
念のため長編設定にします
* 暇つぶしにどうぞ

貴方の隣で私は異世界を謳歌する
紅子
ファンタジー
あれ?わたし、こんなに小さかった?ここどこ?わたしは誰?
あああああ、どうやらわたしはトラックに跳ねられて異世界に来てしまったみたい。なんて、テンプレ。なんで森の中なのよ。せめて、街の近くに送ってよ!こんな幼女じゃ、すぐ死んじゃうよ。言わんこっちゃない。
わたし、どうなるの?
不定期更新 00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…

誰もシナリオを知らない、乙女ゲームの世界
Greis
ファンタジー
【注意!!】
途中からがっつりファンタジーバトルだらけ、主人公最強描写がとても多くなります。
内容が肌に合わない方、面白くないなと思い始めた方はブラウザバック推奨です。
※主人公の転生先は、元はシナリオ外の存在、いわゆるモブと分類される人物です。
ベイルトン辺境伯家の三男坊として生まれたのが、ウォルター・ベイルトン。つまりは、転生した俺だ。
生まれ変わった先の世界は、オタクであった俺には大興奮の剣と魔法のファンタジー。
色々とハンデを背負いつつも、早々に二度目の死を迎えないために必死に強くなって、何とか生きてこられた。
そして、十五歳になった時に騎士学院に入学し、二度目の灰色の青春を謳歌していた。
騎士学院に馴染み、十七歳を迎えた二年目の春。
魔法学院との合同訓練の場で二人の転生者の少女と出会った事で、この世界がただの剣と魔法のファンタジーではない事を、徐々に理解していくのだった。
※小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。
小説家になろうに投稿しているものに関しては、改稿されたものになりますので、予めご了承ください。

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね
いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。
しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。
覚悟して下さいませ王子様!
転生者嘗めないで下さいね。
追記
すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。
モフモフも、追加させて頂きます。
よろしくお願いいたします。
カクヨム様でも連載を始めました。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる