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第二幕 旅の始まり
山を越える
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ニコが癒歌を歌って他の狼たちの治療をしている間、気になっていたことを白狼に訊いてみた。
「この森では普通に歌術を使っても魔物は飛んでこないんですか?」
「ん? そんなものは来んぞ。この森で人間が歌術を使えば、ワシらが出向くことになる。ああ、お主が双震刃ばかり使っておったのは魔物に気付かれまいとしてのことか? それならあまり意味はなかったな。お主らが森に入った時点で既にワシらは気付いておったからな」
ああ、なるほど。魔物は来ないのか。だから癒歌を歌っても大丈夫なんだな。でもそれだったら火を起こす時は遠慮なくニコに炎歌を歌ってもらったら良かった。
「そういえばその癒歌も両手を使って『双癒歌』にできるぞ。娘、お主ならできるじゃろう。その方がいっぺんに傷を二つ治すことができる」
言われたニコは2頭の狼を前に左右の手をかざして癒歌を歌った。歌い終わると同時に2頭はパッと立ち上がり歩き出した。
「お見事! やるな、旅人の娘よ。しかもお主、見目が美しいだけでなく声も良いな。聴いているだけでテンションが上がってくる」
褒められてニコは真っ赤になり、治った2頭を両脇に抱え込んで、もふもふの中に顔を埋めてしまった。
「あの……双癒歌も両手でやるから魔物に気付かれないの?」
しばらくして立ち直ったニコが顔を上げて白狼に訊いた。
「そうじゃな。双癒歌にせよ双震刃にせよ、絶対に魔物に気付かれんという保証はないが、気付かれにくいのは確かじゃ。歌術の中でも両手で発動できるものを『双歌術』というんじゃが知らぬか?」
「……実は、僕も彼女も歌術を習い始めたところだったんですが、村が黙呪兵に襲われて、歌術を教えてくれてた彼女のご両親が連れて行かれてしまったんです。僕らはご両親を奪還すべくナジャの街にいる知り合いの所へ急いでる途中なんです」
俺が簡単に事情を説明する。
「ほう、そうじゃったのか。それでこんな人の通らん旧道に入って来たんじゃな。ということは、お主ら、そこの山を越えるつもりかえ?」
「はい、そのつもりですが……何か?」
「ううむ。谷にかかる橋は全て落ちたままじゃし、道も落石だらけ雑草だらけになっておる。わざと倒木で塞いである場所もある。人間の足ではとても1日では越えられんぞ。というか3日かかっても無理かもしれん」
「ええっ?」
どうしよう。俺とニコは顔を見合わせた。その時、ニコの両脇でもふもふされている狼の1頭が白狼に向かって「わふっ」と何か声をかけた。
「ほっほっほ、何じゃ、お前ら、あれだけいきり立っておったくせにすっかり懐いておるな」
白狼は面白そうに笑いながら
「この若い連中が娘を背中に乗せて山を越えてやると言っておる」
と通訳してくれた。
あの、俺は?
白狼が察してくれたのか、狼たちに「わおんっ、わふっ、わふっ」と何か言ってくれてるが、狼たちの反応は冷たい……どころか、視線を逸らされてるよ。
「黒髪の旅人よ。残念じゃ。お主はこやつらに怖がられておるようじゃ」
そうよね。そうだよね。ケガさせたしね。癒歌も下手くそだしね。しかし、俺だけ自分の足で山越えか。厳しいな。
「仕方ない。そなたはワシが乗せて行ってやろう。特別サービスじゃ」
「えっ! 本当ですか? あ、ありがとうございます!」
助かった! でも何だか若い狼たちにはしっかり仕返しされた感じだな。
その後、狼たちはいったん巣に帰り、俺たちも交代で少し睡眠をとった。夜が明けると、約束通り白狼と若手の狼2頭がやってきた。
火の始末をきっちりして、ニコは若手の狼に、俺は白狼の背中にまたがらせてもらう。もう1頭は交代要員だろう。
「それでは行こうかの。振り落とされんようにワシの首筋の毛をしっかり掴んでおくんじゃぞ」
そう言って二三歩足元を確認し、たっと走り出した。その勢いとスピードに俺は声を出すこともできず、白狼の首筋にしがみついているのがやっとだった。
しばらくしてようやっと白狼の動きに慣れてきた。後を振り返るとニコを乗せた狼がすぐ後を付いてきている。もう1頭がしんがりだ。ニコはもう慣れたのか、こっちを見て笑顔で手を振っている。しかしこっちは手を振り返す余裕もない。
「黒髪の旅人よ、飛ぶぞ、しっかり掴まっておくんじゃ」
白狼がそう言うなり、ぶわんと身体が宙に投げ出されそうになる。慌ててまた首にしがみつく。
「下をくくるぞ。頭を下げておけ」
今度は頭すれすれを倒木がかすめて行く。必死で頭を下げる。危ね……もう少し早く言ってくれよ。
断崖絶壁をひょいひょい降りて、また上って行くようなシーンもあり、バシャバシャと谷川を渡る場所もあった。尾根を越え、谷を越え、岩場を越え、周りの景色はめまぐるしく変わって行く。確かにこの山道、俺達の足ではとても1日で越えられなかっただろう。
ニコを乗せた狼は途中で交代したが、白狼の方は俺を乗せたままだ。途中で「疲れませんか?」と声をかけたが、
「大丈夫じゃ。しかしワシもどうせ背中に乗せるならお主ではなく娘の方を乗せたかったわい。男の尻は固くてかなわん。変なものが背中に当たるし」
と文句を言われた。悪かったな! 変なものが当たって。
結局、お昼過ぎには峠を越えて山の向こう側に出ることができた。景色の開けたところで狼たちは足を止め、俺たちは背中から降りた。
なかなか壮大な景色だ。左手、つまり北側は山が連なっており、どの山ももう山頂が白くなっている。目の前から南の方にはずっと平野が拡がっていて、ここから山を下って行った裾野には村らしき集落があり、そのさらに向こうには街がある。あれがナジャの街だな。
北側の山地から流れ出た水が集まって河になり街の真ん中を流れているのが見える。河はいくつかの橋をくぐり、水面を光らせながら南の方にずっと流れて行って、その両岸にはまた広大な荒野と森林が拡がっている。
「ここから先の森は人の手が入った森じゃ。ワシらは行かれぬ」
白狼が言う。そうか、ここでお別れか。
「ありがとうございます。何とお礼を言ったら良いか」
「ありがとうね。もふもふちゃん。2号ちゃんも」
ニコは若い狼たちに勝手に『もふもふ1号』『もふもふ2号』という名前をつけているようだ。だが狼たちもまんざらではないようで、ニコに鼻先をこすりつけて別れを惜しんでいる。
「ほほほ、礼には及ばんぞ」
さすがに白狼が俺に甘えてくることはない。まあ甘えられても困るんだが。
「旅人の娘よ、お主の歌声は本当に良かったぞ。早く両親を取り戻せると良いな」
白狼はそう言ってニコの方にすり寄って行って頭を撫でられている。何だ、美少女には甘えるのかよ!
しかしその白狼が真面目な顔をしてこっちを振り返った。
「そうじゃ、大事なことを言い忘れておった」
何だかこのエロ爺ぃの言うことは信じていいのかどうか微妙だが、まあ聞いておいてやろう。
「もし黙呪兵と戦うことになった時はじゃ、決して奴らの数を減らそうと思うな。お主の歌は強い。黙呪兵などお主の敵ではない。ただ奴らはいくらでも湧いてきよる。消耗するばっかりじゃ。それよりも奴らを操っている人間が必ずどこかにおるはずじゃ。そいつを歌術で討て」
「あ、分かりました。ありがとうございます」
なるほど、これは役に立つ情報だった。肝に銘じておこう。
「それとな、お主ら早く交尾して良い子をたくさん作れ」
だああっ! また交尾ネタかよ!
「お主らの子供であれば森を荒らしたりはせんじゃろ。お主らのような人間が増えれば、ワシらも人間と共存できる。いつかまたこの道も普通に通れるようになるじゃろう。まあ、ワシはその頃にはもう生きとらんじゃろうが」
ああ、そういう意味だったか。
「あの……交尾はともかく、森を大事にする人間が増えるように僕らもがんばります」
「頼んだぞ黒髪の旅人よ。お主の歌の強さ、攻めるばかりではのうて守るためにも使うてくれ。それでは達者でな! またこちらに戻ってきたら旅人話など聞かせてくれ」
そう言って白狼たちはきびすを返し、あっさり走り去った。後には俺たちだけが取り残された……のだが、ニコの様子が変だ。両手で顔を隠したままその場にしゃがみこんでいる。泣いてるのか? 狼たちとの別れがそんなに悲しいのか?
「ニコ、大丈夫か?」
声をかけるが、ニコはそれには答えずぶつぶつ何か言っている。よく聞いてみると
「こ、交尾ってそういう意味だったの……私とソウタの子供……どうしよう……私とソウタと……どうしよう」
今頃、言葉の意味に気付いて照れてるのね。
しかしその照れてる仕草がまた超可愛い。昼間で良かったよ。これが夜に二人きりだったら変な雰囲気になるところだった。
その後、落ち着きを取り戻したニコと二人、その場で軽く腹ごしらえして、下りの山道を歩き始めた。
山の向こう側と比べるとはるかに歩きやすい。ちゃんと整備された普通の道だ。道の両脇も杉やヒノキばかりで、間伐されているらしく木立の中は明るい。森というよりは植樹林という感じで、白狼が「人の手が入った森」と嫌がったのも納得がいく。
ただ、この森も何だか変な感じだ。やはり動物の気配がしない。鳥の鳴き声もしない。
「ニコ、この森も何か変な感じがしないか?」
「うん、する。何かいるような気がする。しかもいっぱいいるような気がする」
怖いな。何だろう。また何かの動物か? 魔物か? 人間か? いや、今度こそ黙呪兵か?
ここで普通の歌術を使えば間違いなく魔物が飛んでくるだろうな。俺が先を歩き、ニコに後を付いてきてもらって、いつでも双震刃を発動できるように心の準備をしておく。
しかし1時間2時間、歩けど歩けど何事も起こらない。道の両脇の森も静まり返ったままだ。昨日の今日だし、俺たちが勘ぐり過ぎなのか。いずれにせよずっと気を張って歩いているからすごく疲れる。
結局、陽が大きく傾いてきた頃に俺たちは麓の村に到着した。
ここにも間違いなく例の張り紙がしてあるだろう。村に入る前、黒髪を隠すためニコのスカーフを頭に巻いてもらった。ターバンみたいでちょっと格好良い。平面顔対策としては、目の周りと鼻の脇に汚れをすり込んで役者のドーランのように陰影をつけてもらった。彫りが深くなるわけではないが、何もしないよりはマシだろう。
「この森では普通に歌術を使っても魔物は飛んでこないんですか?」
「ん? そんなものは来んぞ。この森で人間が歌術を使えば、ワシらが出向くことになる。ああ、お主が双震刃ばかり使っておったのは魔物に気付かれまいとしてのことか? それならあまり意味はなかったな。お主らが森に入った時点で既にワシらは気付いておったからな」
ああ、なるほど。魔物は来ないのか。だから癒歌を歌っても大丈夫なんだな。でもそれだったら火を起こす時は遠慮なくニコに炎歌を歌ってもらったら良かった。
「そういえばその癒歌も両手を使って『双癒歌』にできるぞ。娘、お主ならできるじゃろう。その方がいっぺんに傷を二つ治すことができる」
言われたニコは2頭の狼を前に左右の手をかざして癒歌を歌った。歌い終わると同時に2頭はパッと立ち上がり歩き出した。
「お見事! やるな、旅人の娘よ。しかもお主、見目が美しいだけでなく声も良いな。聴いているだけでテンションが上がってくる」
褒められてニコは真っ赤になり、治った2頭を両脇に抱え込んで、もふもふの中に顔を埋めてしまった。
「あの……双癒歌も両手でやるから魔物に気付かれないの?」
しばらくして立ち直ったニコが顔を上げて白狼に訊いた。
「そうじゃな。双癒歌にせよ双震刃にせよ、絶対に魔物に気付かれんという保証はないが、気付かれにくいのは確かじゃ。歌術の中でも両手で発動できるものを『双歌術』というんじゃが知らぬか?」
「……実は、僕も彼女も歌術を習い始めたところだったんですが、村が黙呪兵に襲われて、歌術を教えてくれてた彼女のご両親が連れて行かれてしまったんです。僕らはご両親を奪還すべくナジャの街にいる知り合いの所へ急いでる途中なんです」
俺が簡単に事情を説明する。
「ほう、そうじゃったのか。それでこんな人の通らん旧道に入って来たんじゃな。ということは、お主ら、そこの山を越えるつもりかえ?」
「はい、そのつもりですが……何か?」
「ううむ。谷にかかる橋は全て落ちたままじゃし、道も落石だらけ雑草だらけになっておる。わざと倒木で塞いである場所もある。人間の足ではとても1日では越えられんぞ。というか3日かかっても無理かもしれん」
「ええっ?」
どうしよう。俺とニコは顔を見合わせた。その時、ニコの両脇でもふもふされている狼の1頭が白狼に向かって「わふっ」と何か声をかけた。
「ほっほっほ、何じゃ、お前ら、あれだけいきり立っておったくせにすっかり懐いておるな」
白狼は面白そうに笑いながら
「この若い連中が娘を背中に乗せて山を越えてやると言っておる」
と通訳してくれた。
あの、俺は?
白狼が察してくれたのか、狼たちに「わおんっ、わふっ、わふっ」と何か言ってくれてるが、狼たちの反応は冷たい……どころか、視線を逸らされてるよ。
「黒髪の旅人よ。残念じゃ。お主はこやつらに怖がられておるようじゃ」
そうよね。そうだよね。ケガさせたしね。癒歌も下手くそだしね。しかし、俺だけ自分の足で山越えか。厳しいな。
「仕方ない。そなたはワシが乗せて行ってやろう。特別サービスじゃ」
「えっ! 本当ですか? あ、ありがとうございます!」
助かった! でも何だか若い狼たちにはしっかり仕返しされた感じだな。
その後、狼たちはいったん巣に帰り、俺たちも交代で少し睡眠をとった。夜が明けると、約束通り白狼と若手の狼2頭がやってきた。
火の始末をきっちりして、ニコは若手の狼に、俺は白狼の背中にまたがらせてもらう。もう1頭は交代要員だろう。
「それでは行こうかの。振り落とされんようにワシの首筋の毛をしっかり掴んでおくんじゃぞ」
そう言って二三歩足元を確認し、たっと走り出した。その勢いとスピードに俺は声を出すこともできず、白狼の首筋にしがみついているのがやっとだった。
しばらくしてようやっと白狼の動きに慣れてきた。後を振り返るとニコを乗せた狼がすぐ後を付いてきている。もう1頭がしんがりだ。ニコはもう慣れたのか、こっちを見て笑顔で手を振っている。しかしこっちは手を振り返す余裕もない。
「黒髪の旅人よ、飛ぶぞ、しっかり掴まっておくんじゃ」
白狼がそう言うなり、ぶわんと身体が宙に投げ出されそうになる。慌ててまた首にしがみつく。
「下をくくるぞ。頭を下げておけ」
今度は頭すれすれを倒木がかすめて行く。必死で頭を下げる。危ね……もう少し早く言ってくれよ。
断崖絶壁をひょいひょい降りて、また上って行くようなシーンもあり、バシャバシャと谷川を渡る場所もあった。尾根を越え、谷を越え、岩場を越え、周りの景色はめまぐるしく変わって行く。確かにこの山道、俺達の足ではとても1日で越えられなかっただろう。
ニコを乗せた狼は途中で交代したが、白狼の方は俺を乗せたままだ。途中で「疲れませんか?」と声をかけたが、
「大丈夫じゃ。しかしワシもどうせ背中に乗せるならお主ではなく娘の方を乗せたかったわい。男の尻は固くてかなわん。変なものが背中に当たるし」
と文句を言われた。悪かったな! 変なものが当たって。
結局、お昼過ぎには峠を越えて山の向こう側に出ることができた。景色の開けたところで狼たちは足を止め、俺たちは背中から降りた。
なかなか壮大な景色だ。左手、つまり北側は山が連なっており、どの山ももう山頂が白くなっている。目の前から南の方にはずっと平野が拡がっていて、ここから山を下って行った裾野には村らしき集落があり、そのさらに向こうには街がある。あれがナジャの街だな。
北側の山地から流れ出た水が集まって河になり街の真ん中を流れているのが見える。河はいくつかの橋をくぐり、水面を光らせながら南の方にずっと流れて行って、その両岸にはまた広大な荒野と森林が拡がっている。
「ここから先の森は人の手が入った森じゃ。ワシらは行かれぬ」
白狼が言う。そうか、ここでお別れか。
「ありがとうございます。何とお礼を言ったら良いか」
「ありがとうね。もふもふちゃん。2号ちゃんも」
ニコは若い狼たちに勝手に『もふもふ1号』『もふもふ2号』という名前をつけているようだ。だが狼たちもまんざらではないようで、ニコに鼻先をこすりつけて別れを惜しんでいる。
「ほほほ、礼には及ばんぞ」
さすがに白狼が俺に甘えてくることはない。まあ甘えられても困るんだが。
「旅人の娘よ、お主の歌声は本当に良かったぞ。早く両親を取り戻せると良いな」
白狼はそう言ってニコの方にすり寄って行って頭を撫でられている。何だ、美少女には甘えるのかよ!
しかしその白狼が真面目な顔をしてこっちを振り返った。
「そうじゃ、大事なことを言い忘れておった」
何だかこのエロ爺ぃの言うことは信じていいのかどうか微妙だが、まあ聞いておいてやろう。
「もし黙呪兵と戦うことになった時はじゃ、決して奴らの数を減らそうと思うな。お主の歌は強い。黙呪兵などお主の敵ではない。ただ奴らはいくらでも湧いてきよる。消耗するばっかりじゃ。それよりも奴らを操っている人間が必ずどこかにおるはずじゃ。そいつを歌術で討て」
「あ、分かりました。ありがとうございます」
なるほど、これは役に立つ情報だった。肝に銘じておこう。
「それとな、お主ら早く交尾して良い子をたくさん作れ」
だああっ! また交尾ネタかよ!
「お主らの子供であれば森を荒らしたりはせんじゃろ。お主らのような人間が増えれば、ワシらも人間と共存できる。いつかまたこの道も普通に通れるようになるじゃろう。まあ、ワシはその頃にはもう生きとらんじゃろうが」
ああ、そういう意味だったか。
「あの……交尾はともかく、森を大事にする人間が増えるように僕らもがんばります」
「頼んだぞ黒髪の旅人よ。お主の歌の強さ、攻めるばかりではのうて守るためにも使うてくれ。それでは達者でな! またこちらに戻ってきたら旅人話など聞かせてくれ」
そう言って白狼たちはきびすを返し、あっさり走り去った。後には俺たちだけが取り残された……のだが、ニコの様子が変だ。両手で顔を隠したままその場にしゃがみこんでいる。泣いてるのか? 狼たちとの別れがそんなに悲しいのか?
「ニコ、大丈夫か?」
声をかけるが、ニコはそれには答えずぶつぶつ何か言っている。よく聞いてみると
「こ、交尾ってそういう意味だったの……私とソウタの子供……どうしよう……私とソウタと……どうしよう」
今頃、言葉の意味に気付いて照れてるのね。
しかしその照れてる仕草がまた超可愛い。昼間で良かったよ。これが夜に二人きりだったら変な雰囲気になるところだった。
その後、落ち着きを取り戻したニコと二人、その場で軽く腹ごしらえして、下りの山道を歩き始めた。
山の向こう側と比べるとはるかに歩きやすい。ちゃんと整備された普通の道だ。道の両脇も杉やヒノキばかりで、間伐されているらしく木立の中は明るい。森というよりは植樹林という感じで、白狼が「人の手が入った森」と嫌がったのも納得がいく。
ただ、この森も何だか変な感じだ。やはり動物の気配がしない。鳥の鳴き声もしない。
「ニコ、この森も何か変な感じがしないか?」
「うん、する。何かいるような気がする。しかもいっぱいいるような気がする」
怖いな。何だろう。また何かの動物か? 魔物か? 人間か? いや、今度こそ黙呪兵か?
ここで普通の歌術を使えば間違いなく魔物が飛んでくるだろうな。俺が先を歩き、ニコに後を付いてきてもらって、いつでも双震刃を発動できるように心の準備をしておく。
しかし1時間2時間、歩けど歩けど何事も起こらない。道の両脇の森も静まり返ったままだ。昨日の今日だし、俺たちが勘ぐり過ぎなのか。いずれにせよずっと気を張って歩いているからすごく疲れる。
結局、陽が大きく傾いてきた頃に俺たちは麓の村に到着した。
ここにも間違いなく例の張り紙がしてあるだろう。村に入る前、黒髪を隠すためニコのスカーフを頭に巻いてもらった。ターバンみたいでちょっと格好良い。平面顔対策としては、目の周りと鼻の脇に汚れをすり込んで役者のドーランのように陰影をつけてもらった。彫りが深くなるわけではないが、何もしないよりはマシだろう。
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