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第二幕 旅の始まり
平面顔の男
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お昼を過ぎ、食事をどうするか考え始めた頃にちょうど小さな集落に到着した。
南北方向に走る別の街道と交差する四つ辻に3~4軒の家が並んでる。村というよりも道の駅みたいな感じだな。オープンカフェというか、茶店というか、そんな感じの店もある。
お茶を二人分注文して支払いし、街道沿いの席に座った。お茶といっても緑茶ではない。この辺のお茶はシナモンとスパイスの香りの強い、ちょうどチャイのような感じのミルクティーだ。最初から砂糖が多めに入っているので疲労回復には良いかもしれない。
ここまで全く誰とも出会わず歩いて来たが、この南北方向の街道はそれなりに人通りがあるようで、店では行商人らしい客が2組ほどテーブルで話し込んでいた。
お茶をすすりながら、バックパックから引っ張り出した地図でナジャの街までの道と、周辺の地理を確認しておく。
ナジャの街を中心にしたこの地図では、俺たちが出てきた村は地図の西端になっている。『西ノ村』というのが正式な村名なのか、単にナジャから見て西にある村だからそう書いてあるだけなのか、どっちなのか分からない。俺たちも会話では単に『村』としか言ってなかったしな。
俺たちが歩いてきた街道はそのまま真っ直ぐ東にナジャまで走っているが、この先は森林地帯に入り、山越えになっている。山を越えた向こう側まで集落などは一切ない。
このままこの道を行けばおそらく今晩は野宿だ。それを避けようと思うとここで南に進路を変え、山の南側をぐるっと遠回りして行くことになる。
それでも普通はこの南回りのルートを選ぶだろう。この寒空に野宿はきつい。遠回りになるのでさらにもう1日かかってしまうが、こっちは途中にいくつか村や集落があり、食べたり泊まったりには困らないっぽい。定期馬車もこちらを通っているんだろう、バス停ならぬ馬車停のマークが書いてある。
しかし気になることがある。さっきお茶を持って来てくれたオバちゃんがやたらと俺たちをジロジロ見るんだ。今も店の奥から顔を出してこっちをうかがっている。
この世界では俺たちはもう結婚年齢に達してるし、これぐらいの年格好の人間がカップルで旅をしていたからといって見咎められることはないはずだ。まあ、ニコはちょっと人目を引くぐらいの美少女だが、同性のオバちゃんからそんなにジロジロ見られることはないだろう。
そのうち、集落の別の家からも人が出てきて、街道をはさんだ向こう側でこっちをチラ見しながら立ち話をしている。時々俺のことを指差しているようにも見える。何かちょっと嫌な雰囲気だ。
「ソウタ、何か私たちジロジロ見られてるみたい。ここを出た方がいいんじゃないかな」
ニコも気付いたようだ。
「そうだな。何か変だ、もう出よう」
本当はここで昼食を食べておきたかったがそれどころではない。俺たちは飲みかけのお茶を置いて慌ただしく店を出た。
入る時には気付かなかったが、店の横に街道掲示板があった。いくつか張り紙がしてある。
その真ん中に赤字で大きく目立つように書かれた張り紙がある。紙が日に焼けていないのはまだ張られて日が浅いからだろう。俺はまだこの世界の文字が読めないからスルーしようとしたが、ニコはその前で立ち止まった。
「どうしたんだ?」
「これ、ちょっと気になるの」
ニコは周囲を気遣いながら小声で読み上げてくれた。
『下記の者は、王の禁を破り呪われた術を使って人々をたぶらかし悪事を為さんとする極悪人である。見かけた場合は、ナジャの街の番所に報告すること。情報提供者には最大で10万ドラの報奨金を支払う』
ああ、お尋ね者の張り紙か。ちなみにこっちの通貨単位は『ドラ』という。1ドラ=10円ぐらいの感じだから、10万ドラは100万円か。結構な額の報奨金だな。
「まだ続きがあるの」
ニコは続けて読み上げる。
『その者の特徴。黒髪の若者で中肉中背。肌の色はやや濃く、顔の彫りは浅く平面的。言葉に奇妙な訛りあり』
顔が平面的っていうところでずっこけそうになった。これ、明らかに俺のことだ。悪かったな! 彫りが浅い平面顔で! これでも元の世界では『顔は悪くない』って言われてたんだぞ。それに奇妙な訛りって、当たり前だろ。むしろ1年でこっちの言葉をしゃべれるようになったことを褒めてくれよ。
「これってソウタのことよね?」
「あ、ああ。たぶんそうだな」
認めざるを得ない。ニコ、君もそう思ってるんだな。俺のこと平面顔だって。
それにしても『悪事を為さんとする極悪人』って、どういうことなんだ? 黙呪兵たちが探してたのも俺だったよな。俺がいったい何をしたって言うんだ。『王の禁を破り』ってのは畑で歌ったことか? でもあれは見逃してもらえたんじゃなかったのか? 分からん。さっぱり分からん。何かの冤罪じゃないのか。
しかし今、この場の雰囲気がだんだんヤバい感じになってきていることは確かだ。集落の連中だけでなく、店から行商の男たちも出てきて、こっちを指差し何かしゃべっている。
「ニコ、逃げよう」
「うん。でもどっちへ逃げるの?」
「こっちだ」
俺はニコの手を引いて、また東へ向かう街道を早足で歩き出した。
だって仕方ないだろ? 南の街道へ回ればきっと集落ごとに同じ張り紙がしてあるだろう。とても宿になんか泊まれない。『極悪人』っていうぐらいだ。捕まったら命は無いと思っておいた方が良い。
あの黒い鳥女に殺されそうになった時の恐怖感が心の中に蘇ってきた。ヤバい。怖い。せっかくいろいろ光が見えてきたんだ。こんな所で死にたくはない。
時々振り返る。今のところ誰もついては来ていない。しかしこっそり後を付けられる可能性はある。少なくとも黒髪の平面顔が美少女とお茶してたという目撃情報はナジャの街に伝えられるだろう。なんせ100万円の報奨金だ。
情報が伝わるより先にナジャの街に入れるだろうか? この世界にはまだ電話や電報といった通信手段はないが、人力による原始的な郵便システムはあるし、それ以外にも伝書鳩っていうのか? 鳥を使った文書配送システムがあるらしい。鳥がどのくらいのスピードで飛ぶのかは知らないが、俺たちが街道を歩くよりは絶対に速いだろう。
いろいろ考えてると焦ってきてどんどん早足になってしまい、最後はほとんど小走りになってしまった。
「ソウタ、ソウタ、ねえ、私こんなに速く歩けないよ」
「あ、ごめん」
「それにお腹も減ったから一休みしよ」
「そうだな」
ちょうど道ばたにベンチのような形をした石がある。俺たちは並んで腰を下ろし、バックパックから硬いパンと干し肉を取り出してかじった。お世辞にも美味しいとは言えないメニューだが仕方あるまい。
警戒の意味も含め、石の上に立ち上がって周囲を見回してみた。
見渡す限りススキの穂が揺れる原野に針葉樹が点在している。この世界では見慣れた風景だが、まさに『荒涼とした』という表現がぴったりだ。
先ほどの集落は緩やかな丘の向こうになってもう見えない。今、歩いて来た街道をもう一度目でたどるが、見たところ俺たちを追ってくる者はいない。ちょっとホッとする。
一方、これから街道の向かう先は、徐々に針葉樹の密度が増していって森になり、森はなだらかにせり上がってそのまま山の裾野になっている。山も決して低い山ではない。それなりに険しそうな山だ。
陽は既に傾き始めている。急いでも今日中にあの山を越えるのは無理だろう。野宿はやむを得ないとはいえ、どこで野宿するかだ。森に入る前の草原にするか、森の中にするか。
素人考えでは見通しの利く草原が安全という気もするが、逆に敵から発見されやすいかもしれない。森の中だと隠れる場所が多い代わりこっちの見通しも利かない。どちらも一長一短か。となれば、急いでるんだから、少しでも先に進んでおいた方が良いかな。
二人それぞれ毛布は持って来ているが、テントのような気の利いたものはない。明け方の冷え込みは氷点下だ。凍死しないためには一晩中焚き火を絶やさず、その前で身を寄せ合って寝るしかしょうがない。しかも俺は追われる身だ。極悪人だ。いつ黙呪兵が来るか分からない。敵襲に備えてどちらかは起きておいて、代わりばんこに寝た方が良いだろうな。
となると、日没ギリギリまで進まず、少し早めに場所を決めて火を起こした方が良いだろう。俺には特にアウトドアのスキルがあるわけじゃない。日が暮れたら真っ暗で動けないし、早め早めに態勢を整えた方が良いだろう。
「ニコ、そろそろ行こうか」
「うん、行こ」
俺たちはバックパックを背負い直し、もう一度歩き始めた。休憩したせいか足はまた軽くなったが、あくまでニコの歩くスピードに合わせ、あまり無理な早足にならないように気をつけた。
「何でソウタのことを捕まえようとするんだろ。何も悪いことなんかしてないのにね」
ニコがちょっと口を尖らせて言う。
「そうだな。畑で1回、堂々と歌っちゃったぐらいだよな。でもあの時は魔物が飛んできたけど、『命拾いしたな』って言って帰って行ったし、チャラにしてくれたと思ってたんだけどなあ」
「ううん、あれはソウタがあいつをぎゅっと睨んだから帰って行ったんだよ」
まだニコはそう思ってくれてるみたいだ。
「いや、俺が謝ろうとしたら、あいつが勝手に帰って行ったんだよ……ああ、そう言えば、あの時あいつも俺のことを『歌い手』って言ってたよなあ」
「ソウタが『黒髪の歌い手』だから捕まえようとするのかな? お父さんも、外で歌い手っていう言葉を絶対使っちゃダメって言ってたよね」
「うん、言ってたよな。いったい何なんだろうな、歌い手って? 極悪人で捕まえないといけないような存在なのかなあ」
その時、ニコは改まった様子で言い出した。
「……あのね、ソウタ、歌い手と関係ない話だけど」
「ん、何?」
見るとニコは何故かちょっと恥ずかしそうにうつむいている。
「さっき出てきた、ほら、畑で歌ってくれた歌の話だけど……」
「ああ……」
あの歌の話は、俺もちょっと恥ずかしい。
「あの歌、ソウタが作ったんだよね? 私のことを歌ったんだって言ってたよね?」
「あ、ああ、そうだな」
っつーか、ちゃんと聞いてたんだ、あの時の話。
「もし、歌っても大丈夫な場所にたどり着いたら、もう一度歌ってね。ちゃんと最後まで」
う……そう来たか。でもあれはニコを意識したラブソングだ。歌詞に『俺の天使』とかクサい表現がいっぱい入ってる。今さら改めて歌うのは強烈に恥ずかしい。
「う、うん、まあ、考えとく」
「だめ。考えとくじゃなくって、お願い、歌って」
「うーん、分かった」
こんな美少女にここまで頼まれたら仕方がないだろ。あの時もニコはすごい食いつきだったしな、よっぽどあの歌を気に入ってくれたんだろうか。
しかしどうしよう。震の歌術だとバレないけど、あの歌を歌えば今度こそ音痴だって、残念だって、言われてしまう。すごいプレッシャーだな。
ただそれ以前に、そもそも俺とニコはちゃんとナジャの街にたどり着けるのか? ジゴさんの知り合いと合流し、無事にジゴさん、ナギさんを助けることができるのか? そっちの方がよっぽど心配だ。
歩いてるうちに、街道の両脇にはだんだん樹木が増え、荒野は林になり、林は本格的な森になった。いよいよ森林地帯だ。
南北方向に走る別の街道と交差する四つ辻に3~4軒の家が並んでる。村というよりも道の駅みたいな感じだな。オープンカフェというか、茶店というか、そんな感じの店もある。
お茶を二人分注文して支払いし、街道沿いの席に座った。お茶といっても緑茶ではない。この辺のお茶はシナモンとスパイスの香りの強い、ちょうどチャイのような感じのミルクティーだ。最初から砂糖が多めに入っているので疲労回復には良いかもしれない。
ここまで全く誰とも出会わず歩いて来たが、この南北方向の街道はそれなりに人通りがあるようで、店では行商人らしい客が2組ほどテーブルで話し込んでいた。
お茶をすすりながら、バックパックから引っ張り出した地図でナジャの街までの道と、周辺の地理を確認しておく。
ナジャの街を中心にしたこの地図では、俺たちが出てきた村は地図の西端になっている。『西ノ村』というのが正式な村名なのか、単にナジャから見て西にある村だからそう書いてあるだけなのか、どっちなのか分からない。俺たちも会話では単に『村』としか言ってなかったしな。
俺たちが歩いてきた街道はそのまま真っ直ぐ東にナジャまで走っているが、この先は森林地帯に入り、山越えになっている。山を越えた向こう側まで集落などは一切ない。
このままこの道を行けばおそらく今晩は野宿だ。それを避けようと思うとここで南に進路を変え、山の南側をぐるっと遠回りして行くことになる。
それでも普通はこの南回りのルートを選ぶだろう。この寒空に野宿はきつい。遠回りになるのでさらにもう1日かかってしまうが、こっちは途中にいくつか村や集落があり、食べたり泊まったりには困らないっぽい。定期馬車もこちらを通っているんだろう、バス停ならぬ馬車停のマークが書いてある。
しかし気になることがある。さっきお茶を持って来てくれたオバちゃんがやたらと俺たちをジロジロ見るんだ。今も店の奥から顔を出してこっちをうかがっている。
この世界では俺たちはもう結婚年齢に達してるし、これぐらいの年格好の人間がカップルで旅をしていたからといって見咎められることはないはずだ。まあ、ニコはちょっと人目を引くぐらいの美少女だが、同性のオバちゃんからそんなにジロジロ見られることはないだろう。
そのうち、集落の別の家からも人が出てきて、街道をはさんだ向こう側でこっちをチラ見しながら立ち話をしている。時々俺のことを指差しているようにも見える。何かちょっと嫌な雰囲気だ。
「ソウタ、何か私たちジロジロ見られてるみたい。ここを出た方がいいんじゃないかな」
ニコも気付いたようだ。
「そうだな。何か変だ、もう出よう」
本当はここで昼食を食べておきたかったがそれどころではない。俺たちは飲みかけのお茶を置いて慌ただしく店を出た。
入る時には気付かなかったが、店の横に街道掲示板があった。いくつか張り紙がしてある。
その真ん中に赤字で大きく目立つように書かれた張り紙がある。紙が日に焼けていないのはまだ張られて日が浅いからだろう。俺はまだこの世界の文字が読めないからスルーしようとしたが、ニコはその前で立ち止まった。
「どうしたんだ?」
「これ、ちょっと気になるの」
ニコは周囲を気遣いながら小声で読み上げてくれた。
『下記の者は、王の禁を破り呪われた術を使って人々をたぶらかし悪事を為さんとする極悪人である。見かけた場合は、ナジャの街の番所に報告すること。情報提供者には最大で10万ドラの報奨金を支払う』
ああ、お尋ね者の張り紙か。ちなみにこっちの通貨単位は『ドラ』という。1ドラ=10円ぐらいの感じだから、10万ドラは100万円か。結構な額の報奨金だな。
「まだ続きがあるの」
ニコは続けて読み上げる。
『その者の特徴。黒髪の若者で中肉中背。肌の色はやや濃く、顔の彫りは浅く平面的。言葉に奇妙な訛りあり』
顔が平面的っていうところでずっこけそうになった。これ、明らかに俺のことだ。悪かったな! 彫りが浅い平面顔で! これでも元の世界では『顔は悪くない』って言われてたんだぞ。それに奇妙な訛りって、当たり前だろ。むしろ1年でこっちの言葉をしゃべれるようになったことを褒めてくれよ。
「これってソウタのことよね?」
「あ、ああ。たぶんそうだな」
認めざるを得ない。ニコ、君もそう思ってるんだな。俺のこと平面顔だって。
それにしても『悪事を為さんとする極悪人』って、どういうことなんだ? 黙呪兵たちが探してたのも俺だったよな。俺がいったい何をしたって言うんだ。『王の禁を破り』ってのは畑で歌ったことか? でもあれは見逃してもらえたんじゃなかったのか? 分からん。さっぱり分からん。何かの冤罪じゃないのか。
しかし今、この場の雰囲気がだんだんヤバい感じになってきていることは確かだ。集落の連中だけでなく、店から行商の男たちも出てきて、こっちを指差し何かしゃべっている。
「ニコ、逃げよう」
「うん。でもどっちへ逃げるの?」
「こっちだ」
俺はニコの手を引いて、また東へ向かう街道を早足で歩き出した。
だって仕方ないだろ? 南の街道へ回ればきっと集落ごとに同じ張り紙がしてあるだろう。とても宿になんか泊まれない。『極悪人』っていうぐらいだ。捕まったら命は無いと思っておいた方が良い。
あの黒い鳥女に殺されそうになった時の恐怖感が心の中に蘇ってきた。ヤバい。怖い。せっかくいろいろ光が見えてきたんだ。こんな所で死にたくはない。
時々振り返る。今のところ誰もついては来ていない。しかしこっそり後を付けられる可能性はある。少なくとも黒髪の平面顔が美少女とお茶してたという目撃情報はナジャの街に伝えられるだろう。なんせ100万円の報奨金だ。
情報が伝わるより先にナジャの街に入れるだろうか? この世界にはまだ電話や電報といった通信手段はないが、人力による原始的な郵便システムはあるし、それ以外にも伝書鳩っていうのか? 鳥を使った文書配送システムがあるらしい。鳥がどのくらいのスピードで飛ぶのかは知らないが、俺たちが街道を歩くよりは絶対に速いだろう。
いろいろ考えてると焦ってきてどんどん早足になってしまい、最後はほとんど小走りになってしまった。
「ソウタ、ソウタ、ねえ、私こんなに速く歩けないよ」
「あ、ごめん」
「それにお腹も減ったから一休みしよ」
「そうだな」
ちょうど道ばたにベンチのような形をした石がある。俺たちは並んで腰を下ろし、バックパックから硬いパンと干し肉を取り出してかじった。お世辞にも美味しいとは言えないメニューだが仕方あるまい。
警戒の意味も含め、石の上に立ち上がって周囲を見回してみた。
見渡す限りススキの穂が揺れる原野に針葉樹が点在している。この世界では見慣れた風景だが、まさに『荒涼とした』という表現がぴったりだ。
先ほどの集落は緩やかな丘の向こうになってもう見えない。今、歩いて来た街道をもう一度目でたどるが、見たところ俺たちを追ってくる者はいない。ちょっとホッとする。
一方、これから街道の向かう先は、徐々に針葉樹の密度が増していって森になり、森はなだらかにせり上がってそのまま山の裾野になっている。山も決して低い山ではない。それなりに険しそうな山だ。
陽は既に傾き始めている。急いでも今日中にあの山を越えるのは無理だろう。野宿はやむを得ないとはいえ、どこで野宿するかだ。森に入る前の草原にするか、森の中にするか。
素人考えでは見通しの利く草原が安全という気もするが、逆に敵から発見されやすいかもしれない。森の中だと隠れる場所が多い代わりこっちの見通しも利かない。どちらも一長一短か。となれば、急いでるんだから、少しでも先に進んでおいた方が良いかな。
二人それぞれ毛布は持って来ているが、テントのような気の利いたものはない。明け方の冷え込みは氷点下だ。凍死しないためには一晩中焚き火を絶やさず、その前で身を寄せ合って寝るしかしょうがない。しかも俺は追われる身だ。極悪人だ。いつ黙呪兵が来るか分からない。敵襲に備えてどちらかは起きておいて、代わりばんこに寝た方が良いだろうな。
となると、日没ギリギリまで進まず、少し早めに場所を決めて火を起こした方が良いだろう。俺には特にアウトドアのスキルがあるわけじゃない。日が暮れたら真っ暗で動けないし、早め早めに態勢を整えた方が良いだろう。
「ニコ、そろそろ行こうか」
「うん、行こ」
俺たちはバックパックを背負い直し、もう一度歩き始めた。休憩したせいか足はまた軽くなったが、あくまでニコの歩くスピードに合わせ、あまり無理な早足にならないように気をつけた。
「何でソウタのことを捕まえようとするんだろ。何も悪いことなんかしてないのにね」
ニコがちょっと口を尖らせて言う。
「そうだな。畑で1回、堂々と歌っちゃったぐらいだよな。でもあの時は魔物が飛んできたけど、『命拾いしたな』って言って帰って行ったし、チャラにしてくれたと思ってたんだけどなあ」
「ううん、あれはソウタがあいつをぎゅっと睨んだから帰って行ったんだよ」
まだニコはそう思ってくれてるみたいだ。
「いや、俺が謝ろうとしたら、あいつが勝手に帰って行ったんだよ……ああ、そう言えば、あの時あいつも俺のことを『歌い手』って言ってたよなあ」
「ソウタが『黒髪の歌い手』だから捕まえようとするのかな? お父さんも、外で歌い手っていう言葉を絶対使っちゃダメって言ってたよね」
「うん、言ってたよな。いったい何なんだろうな、歌い手って? 極悪人で捕まえないといけないような存在なのかなあ」
その時、ニコは改まった様子で言い出した。
「……あのね、ソウタ、歌い手と関係ない話だけど」
「ん、何?」
見るとニコは何故かちょっと恥ずかしそうにうつむいている。
「さっき出てきた、ほら、畑で歌ってくれた歌の話だけど……」
「ああ……」
あの歌の話は、俺もちょっと恥ずかしい。
「あの歌、ソウタが作ったんだよね? 私のことを歌ったんだって言ってたよね?」
「あ、ああ、そうだな」
っつーか、ちゃんと聞いてたんだ、あの時の話。
「もし、歌っても大丈夫な場所にたどり着いたら、もう一度歌ってね。ちゃんと最後まで」
う……そう来たか。でもあれはニコを意識したラブソングだ。歌詞に『俺の天使』とかクサい表現がいっぱい入ってる。今さら改めて歌うのは強烈に恥ずかしい。
「う、うん、まあ、考えとく」
「だめ。考えとくじゃなくって、お願い、歌って」
「うーん、分かった」
こんな美少女にここまで頼まれたら仕方がないだろ。あの時もニコはすごい食いつきだったしな、よっぽどあの歌を気に入ってくれたんだろうか。
しかしどうしよう。震の歌術だとバレないけど、あの歌を歌えば今度こそ音痴だって、残念だって、言われてしまう。すごいプレッシャーだな。
ただそれ以前に、そもそも俺とニコはちゃんとナジャの街にたどり着けるのか? ジゴさんの知り合いと合流し、無事にジゴさん、ナギさんを助けることができるのか? そっちの方がよっぽど心配だ。
歩いてるうちに、街道の両脇にはだんだん樹木が増え、荒野は林になり、林は本格的な森になった。いよいよ森林地帯だ。
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