上 下
3 / 123
第一幕 歌のない世界

出ていけ!

しおりを挟む
 ニコの家の前に集まっていたのは村人たちだ。ざっと十数人、若い男衆が主だが、オジさんオバさんも混じってる。

 俺たちが畑から戻ってきたのを見て、

「どういうことだ!? 村の上を魔物が飛んだぞ」

「さっきの雷はなんだ!? よそ者が何かやらかしたんじゃないのか?」

「おいよそ者! ニコちゃんを危険な目に遭わせたんじゃないだろうな!」

 そんなことを口々に言いながら詰め寄って来た。



 俺とこの男衆とはいろいろ因縁がある。

 というのも、みなニコにご執心みたいで、ある日突然現れて、ニコと仲良くしてる、どころか一つ屋根の下で暮らしてる俺に対して、無茶苦茶風当たりがきついんだ。

 男衆にとってニコはアイドルだ。だから、俺への感情はやっかみや嫉妬を超えてもはや憎悪になってる。

 例えば俺がお使いで買い物に行くだろ。兄ちゃんたちがやってる肉屋と魚屋では、まともに買い物させてもらえない。

「ああ!? お前なんかに売ってやる肉はねえよ! 帰れ帰れ!」

「てめえにはこの魚がお似合いだ! 持ってけ、よそ者!」

 腐った魚を投げつけられる。

 まるで子供のイジメだ。話にならない。八百屋のオバちゃんが見かねて余った肉と魚を分けてくれたぐらいだ。

 ニコと一緒に行けばどうにか商品は売ってもらえるが、俺だけ足を引っかけられたり石を投げられたりする。ひどいだろ?

 もう最近は村に行くだけでもドキドキするし、肉屋と魚屋の方角には決して足が向かなくなってしまった。



「よそ者を追い出せ!」

「よそ者は出て行け!」

「出て行け! 出て行け!」

 男衆はだんだんテンションが上がってきて、今や目を血走らせ口から唾を飛ばしながら大声でわめいている。

 ジゴさんは大きく両手を広げ、俺とニコを後にかばいながら家の中に入ろうするが、男衆に邪魔されてなかなか玄関に近づけない。

「この子はよそ者じゃない。親戚の子だ。うちで預かってるだけだ」

 ジゴさんもナギさんも、いつもそう言って俺の素性をごまかしてくれてる。しかしある理由でそれが嘘だということはバレバレだ。

「嘘をつけ! そんな真っ黒い髪の人間がいるか! そいつはよそ者だ!」

 そう。元の世界で当たり前のこの黒髪は、この大陸では極めて珍しい。

 というか実際、こっちで黒髪は見たことがない。たいていみな茶髪か赤髪で、時々金髪の人がいるぐらいだ。

「黒い髪は呪いの髪だ! 村に災いをもたらすぞ!」

「さっき村の上を黒い魔物が飛んだのは災いの前兆よ!」

「出て行け! 黒い髪は出て行け!」

 多少は分別があるかと思ってたオジさん、オバさんまで一緒になってまくし立てる。



 ある意味、魔物なんかより、憎悪で結集した人間の方がたちが悪い。

 自慢じゃないが俺のハートは強くない。中学2年の時には音痴が元でクラスでハブられ、半年ほど学校へ行けなかったさ。

 同級生でもそれだ。まして大勢の大人からここまでの敵意や攻撃を受けたことなんてない。俺の肝っ玉はすっかり縮み上がってしまい、ニコと2人、黙って固まってるしかなかった。

 ここでみんなに謝った方がいいのかな。でも謝って許してもらえるんだろうか?

 せっかくジゴさんがかばってくれてるのに俺の方が謝ってしまったら、その方がまずいことになってしまうんじゃ? 

 っつーか一体何を謝るんだ? 歌ったことは確かにまずかったが、こいつらには何も迷惑かけてないだろ。髪が黒いことなんてどうしようもないし。

 いや、それでも四の五の言わずとりあえず謝った方がいいのか? 

 俺の頭の中はさっきからもう混乱しっぱなしでぐちゃぐちゃだ。



 その時、玄関の扉がバタンと開いた。

 そこに立っていたのはナギさんだ。

「ちょっとあんた達! 黙って聞いてれば、ウチの子に何てこと言うのよ!」

 腰に手を当て仁王立ちで声を荒げるその姿は、いつもの優しく穏やかなナギさんとは全く別人だ。女神が大魔神に変身したかのような迫力だ。

「よそ者よそ者って誰に言ってるのよ! この子は親戚の子だって言ってるでしょ。ウチに1年もいたらもうウチの子よ。黒い髪がどうしたって言うのよ。『災いをもたらす』って? 何バカなこと言ってんの。髪なんてインクでもかぶれば誰でも黒くなるでしょ。何だったら今からあんた達のその空っぽ頭にインクぶっかけてやろうか!?」

 すごい剣幕でまくし立てられ、さすがの村人たちもたじたじとなった。その隙に俺とニコは玄関の中に逃げ込んだ。

 ニコは俺にすがってしくしく泣いている。彼女の背中をぽんぽんしてやりながら外の様子に聞き耳を立てた。

 ナギさんに押されて村人たちのテンションは下がったが、それでもまだぐずぐず文句を言ってる奴がいる。それを一つ一つ反駁して相手を封じ込んでるのが小気味良い。俺を『ウチの子』と言ってくれたこともすごく嬉しい。



 しばらくして、村人たちはぶつぶつ言いながら帰って行った。

 ジゴさんとナギさんは中に入って玄関の扉をガチャリと閉め、2人ともふーっと大きくため息をついた。

 その瞬間、俺はその場に身を投げ出し、額を床にすり付けた。

「ジゴさん、ナギさん、すいません。ごめんなさい。申し訳ありません」

 それはもう、打算から出た行動ではなく、身体が勝手に動いてしまったものだった。俺はこの世界の言葉で知っているだけの謝罪の言葉を並べたが、それでも申し訳なくて情けなくて、勝手に涙が溢れてきた。

「……」

 息苦しい沈黙が流れる。ようやっと口を開いてくれたのはジゴさんだった。

「ソウタ……その、立ってるのが疲れたんなら椅子に座ったらいいぞ。何で床に寝てるんだ?」

 うっ!

 やはりそうか。この世界では土下座は謝罪の意味には受け取ってもらえないんだ。

 恐る恐る顔を上げると、ジゴさんやナギさんだけではなくニコまでも、困惑の表情を浮かべて俺を凝視しており、その頭の上には『?』マークが浮かんでいた。

 謝罪どころか意味不明のパフォーマンスを演じてしまったことを悟り、俺はもう全く立つ瀬がなかった。今すぐ3メートルぐらい穴を掘って落下したい気分だった。

 しかしその時、ニコが俺に歩み寄り、手をとって起こしてくれた。

「ソウタ、椅子に座ろう?」

 その笑顔はまさに救いの天使だった。俺は拳で涙を拭って起き上がり、椅子に座った。ニコも俺の隣に腰かけた。



「ソウタ、これで分かったろ? 歌うことがどんなに恐ろしいことか」

 ジゴさんはもう穏やかな口調だ。俺は黙ってこっくりうなずくしかなかった。

「黙呪王の禁を破った者は王の放った魔物に殺される。仮に魔物に殺されなくても人に疎まれ嫌われ、その土地では生きていけなくなる。それがこの世のしきたりだ」

 これまでこの辺りで『魔物』なんて見たこともなかったが、本当に魔物は来た。そして本気で殺しにかかってきた。何故かすんでの所で殺されなかったが、あれはマジで殺される3秒前だった。

 そして村人たちも来た。元々俺はこの村であまり歓迎されてはいなかったが、今日ははっきり敵意と憎悪を突きつけられ、みなに「出て行け」と言われた。ジゴさんやナギさんがいなければどんな目に遭わされたか分からない。

 全て俺が歌ったせいだ。

 歌っただけでこんなことになるなんて……俺は悲しかった。無性に悲しかった。やはりこの世界で暮らす限り、歌や音楽は一切ダメなのか。



「ソウタが元々暮らしてた世界は、歌や音楽がいっぱいだったのよね?」

 ナギさんが優しく尋ねてくれる。

「……そうです」

「ソウタは音楽が好きだったのよね?」

「……大好きでした。朝から晩まで音楽と一緒に生活してました。下手でしたけど歌うのは大好きでしたし、楽器もいろいろ弾きます。曲を作るのも好きでした」

「さっきね、ソウタが歌ってくれたの、すごかったのよ。いろんな言葉をメロディーに乗せて歌うの。私、全身がぞくぞくして頭が真っ白になるぐらいだった」

 ニコが口を挟んだ。そうか。俺の音痴な歌でそんなに感動してくれたんだ。ありがとう。

「ほう! それはソウタが自分で作った歌なのか?」

 ジゴさんが興味津々といった顔で尋ねる。嘘を言う必要もない。正直に答えよう。

「はい。実は……」

「へええ、そうか。何について歌った歌なんだ?」

 え、そこまで食いつかれても困るんだが……仕方ない。白状しよう。

「あの、実は、ニコについて歌った歌です」

 あれはラブソングだ。歌詞に『俺の天使』とかクサい表現がいっぱい入ってる。

 言ってしまってからニコの反応が気になってチラ見してみるが、ニコには伝わらなかったようだ。キョトンとしている。ホッとしたような、残念なような。

「ほう、そりゃあすごい。ぜひ私たちも聴きたいところ……おっほん、ほん」

 無理矢理咳き込んで語尾を誤魔化したが、そうか、ジゴさんは根本から歌や音楽を否定しているわけじゃないんだ。ちょっとホッとした。



 ジゴさんは意を決したように、息継ぎをして話し始めた。

「あのな、ソウタ。ニコも聞いておいてくれ。実はな、この世界でも堂々と歌を歌う方法はあるんだ」

「ええっ! 本当ですか?」

 俺は思わず座り直した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...