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第一話:巽雄介(たつみ ゆうすけ)
しおりを挟む「ありがとうございました、またお越しくださいませー」
夜10時、家からほど近い小型スーパー。
いつも通りの顔触れに、いつも通りの接客作業をひたすら繰り返す。最近は何も考えず流れでできるようになってきた。
時間帯が時間帯なので大して客はいないが、こっちもワンオペだ。暇ではあっても気が抜けるほどではない。
店内に残っていた客を一人で捌いていると、バックヤードから40がらみの男性が出てきてこちらに声をかけてくる。
「お疲れ。もう閉店だから、今日はもう上がっていいよ」
「あ、店長。わかりました、それじゃあお先失礼します」
「はーい」
月・金・土のペースで丸3年と数か月。合わせてざっと170回は繰り返している、いつものやり取り。
未だに閉店後のレジ上げを任せてもらえないのは、俺の実務能力と人望がなせる業だろう。もちろん、悪い意味で。
「……まぁ、しょうがないか」
なんとなく、口に出す。ストレスを感じているときのクセだ。聞かれていないか心配になるのは大抵言い終わってからなので、もう気にしないことにしている。
まぁ所詮バイトだ。最近は大きなミスも減ってきたし、クビになっていないんだから大丈夫だろう。そう自分に言い聞かせているうちに着替えも終わった。
「……帰ろ」
そういえば、バイト先では店長としか話していない気がする。……いや、学校でも似たようなものか。
※
スーパーを出たとたん、夜中だというのに全身に熱気を感じる。店内は少し寒いくらいにエアコンが効いていたから温度差が一瞬心地よく、あまりに暑すぎてすぐにうんざりする。
「あっつ……もう9月だってのにちっとも涼しくならないな」
ともかく、夕飯の半額惣菜も回収できた。さっさと帰ってエアコンをかけよう。
毒づきながら、家に向けて歩き出す。
俺は巽 祐輔。22歳、大学四年生だ。
身長169、体重60、眼鏡で千円カットのどこにでもいる陰気な大学生……というのが自己評価。自覚はないが、目が怖いとか生気がないとか言われることがよくある。
性格は……自分で言うのもなんだが、根暗で人付き合いが下手。友人は皆無ではないが少ないし、恋人がいたことは勿論ない。小学生時代からずっとこの調子だ。改善する兆しも、そのつもりももうない。
当然、社会に出るには致命傷だ。だが、俺にはちょっとした特技がある。
初対面からおよそ30分だけ、愛想が良く見えるような振る舞いができる……つまるところ、猫が被れるのだ。二度も会えばボロが出るので、実用性は限られているが。
お陰で今までの進路選択では大きなミスをしでかしていない……と思う。このことは俺の誇りだが、なまじ失敗していないせいで親族を含む回りからも気にかけられず、本質を改善する機会もやる気もないままこの歳になってしまった。
そういう訳で、今となっては取り残した単位を消化する以外にすることもない。しかも今は夏休み、バイトで小遣いを稼いだら、後は帰って適当にパソコンかスマホをいじって寝るだけだ。
取りたてて趣味があるわけでもないから、バイト代も食費くらいしか使い道はないのだが。
脳内で自分語りをしているうちに、いつの間にかアパートの前についていた。あのバイト先は、時給はともかく家から近い。だからこそ3年以上も続いているのだろう。なにせ徒歩8分30秒だ。
「ただいまー」
靴を脱ぎ捨て電気をつけると、ここ数年ですっかり見慣れた景色が無言で出迎えてくれる。答えが返ってくるわけでもないが、惰性だ。
背の低い机と、デスクトップパソコン一式。後は棚と段ボール箱がいくらかあるだけの、こざっぱりとした六畳一間。
部屋の一角は万年床が占拠しているが……まあ、一人暮らしの男の部屋としては綺麗な方だと自負している。何せ散らかすほど私物がないからな。
仕送りだけでは到底生活できないが、かといって贅沢できるほど働き詰めになる気も起らなかった。その結果がこの何もない部屋だ。
「明日は休みだー……もう暫く時間あるな」
荷物を放り出して座布団に座り、暫くぼうっとする。あまりいいことではないのだろうが、バイト帰り早々何かする気にもなれない。今ではすっかり日課になってしまった。
それから数分。人心地ついたことだしSNSでもチェックするか、などと考えを巡らせていると、ふと棚に並んだ一本のテレビゲームに目が行った。
「うわ懐かしい! 昔やりこんだなぁ」
ファンタジアⅡ。俺が中学2年の時に発売したローグライクゲームだ。
ローグライクとは、自動生成されるダンジョンを冒険してレアアイテムを探したりボスキャラを倒したりするターン制ゲームのこと。総じて難易度が高いことで知られているが、その分難しいダンジョンをクリアした時の達成感はひとしおだ。
俺の時代よりさらに前、前世紀の終わりごろにメジャーだったゲームジャンルだが、ファンタジアⅠが発売されてブームが再燃した(一部コアなゲーマーに、という注釈は付くが)。
細部までこだわり抜かれた完全3DCG、超広大なワールドマップ、膨大に作りこまれた世界観と設定の数々、MMORPGもビックリのとてつもない自由度、高難易度ながら絶妙なゲームバランス……要素を挙げていけばキリがない。
少なくとも、俺が青春を擲って丸4年を捧げる程度には面白いシリーズだった。
「久しぶりにやってみるか……確かハードはこっちに……」
当時はそれこそ取りつかれたようにやり込んでいたが、大学受験で離れているうちになんとなく気持ちが離れてしまった。それっきりたまに攻略サイトなどを見返す程度になってしまい、テレビゲーム自体ここ数年やっていない。
折角だ、久しぶりに当時の思い出に浸ってみるのもいいかもしれない。そう考え、部屋の隅に積まれた段ボールの中からゲームハードを引っ張り出してくる。
慣れた手つきでセッティングし、ゲームを起動。自分でも驚くほど滑らかな動きだったと思う。数年のブランクがあっても、こういう動作は体が覚えているものだ。
「ああ、ついでに攻略サイトも見とかないとな」
下手な動きをしてレアアイテムをロストでもしたらもう立ち直れない。スマートフォンを取り出して、昔入り浸っていた攻略サイトにアクセスする。
見慣れたインターフェースとゲーム画面が目の前に広がる。セーブデータも、記された情報も昔のまま。懐かしすぎて涙が出そうだ。
「セーブした場所は……ああ、ラスダン前か。そういえば稼ぎの途中だったな……」
昔を思い出しながら、手慣れた操作でステータス画面へ。
レベル120。全スキル解放済。ジョブレベル・ステータス共にカウンターストップ。アイテム欄には最高の性能を持つ品々が所狭しと並び、旅を共にした仲間たちも全員理論上の最高値まで鍛え上げられている。
俺の青春。1万時間の結晶が、変わらず俺を出迎えた。
ラストダンジョンの前にいるんだ。あの日辿ったストーリーを遡ってみよう。
そう考え、キャラを目の前に広がる洞窟へと動かした。
※
「これで最後か……」
あれから数時間。俺は久しぶりのファンタジアに没頭していた。
当時辿った道をなぞり、町の景色や倉庫の中を懐かしみ、クエストボードやNPCとの会話を楽しみ……。
あちこちへ行くたびに驚くほど詳細な情報が瞬時に出てきて、正直自分で自分に少し引いている。これを覚えた当時、数式や英単語はいくらやっても覚えられなかったというのに。
最強装備なので敵に苦戦するようなことはないが、しかし「こいつの特技には苦戦したなあ」と感慨深くなるようなモンスターも多くいた。
そうこうしているうちに、ついに最初のダンジョンの最初のフロアにまで戻って来たのだ。
「最初の村なんて一度クリアしたらもう来ないからなぁ」
しかし夜から始めてここまでぶっ続け。すでに眠気が限界に近づいており、気を抜いたら寝てしまいそうな状況でキャラを操作していた。
「あと1フロアだ、せめて……そこ……まで……」
ふっ、と目の前の景色がぼやけ、音が遠くなる。コントローラーが手を離れる。
寝落ちだ。何故か冷静に自分の状況を把握しながら、俺は夢の中へ落ち――
「変えたいか」
何もない、薄灰色の空間。
目の前に、文字列だけが現れた。
意味が分からない。何をどう変えるというのか。
「変えたいか」
文字列は変わらず、エフェクトや音を出すでもなく目の前に佇んでいる。
よくわからない夢だ。どうせならゲームの中を体験するくらいさせてくれてもいいのに。
しかし、質問されているからには答えないと話が進まないのだろう。
あまりに漠然とした問いだが、不思議と答えはすぐ決まった。
友達はいないし、彼女もいないし、金もない。自力で打ち立てた功績なんて学歴くらいしかない。
それでも。俺は今まで大きな失敗をせずにやってきた。プラスのない人生かもしれないが、マイナスもない人生だと自負している。俺は、俺の起伏のない人生が好きだ。
だから、俺自身のことを言ってるんなら――
「変えたくない」
口に出すや否や、文字列が消えて何もない空間だけが残る。そのまま意識が遠のいて……。
「……は?」
次に気が付いた時、俺は森の中に寝そべっていた。
※
どこまでも広がる世界で、あなたは何を成すのか。
孤高の武人として名を残そう。
仲間を集めて旗揚げしよう。
世界に二つとない秘宝を手に入れよう。
商人として誰より多くの財を成そう。
どこかの国に仕官してみるのもいいかもしれない。
あなたは勇者ではない。
あなたはただ、名を上げるためにダンジョンに挑んだだけの一般人だ。
――少なくとも、今はまだ。
どこか懐かしい「初めての冒険」。
ファンタジアⅡ、2021年12月19日発売。
――ファンタジアⅡ、公式PVより
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