異世界のんびり冒険日記

リリィ903

文字の大きさ
上 下
12 / 78
本編

9話 初依頼②

しおりを挟む

 当然、菱沼さんも一緒に住んでいると思いきや、同じ最上階ではあるものの隣の部屋だった。

 実質、私は桜小路さんのお宅で、人生初の男の人とふたりきりの同棲……いやいやそうじゃなくて、カメ付きの同居生活を送る羽目になった。

 荷物もそんなになかったので、溜息交じりにやる気なく進めても、荷解きはすぐに終わってしまった。

 そこへタイミングよく部屋のドアがノックされ、菱沼さんに呼ばれた私は、一体何畳くらいの広さなのか見当も付かないほどだだっ広いリビングダイニングにて、諸々の説明を受けている真っ最中だ。

 といっても、まだ試用期間なわけだし、あわよくば試用期間中にクビになることもあるかもしれない。

 就活は大変だろうけれど、愛想も素っ気もないいけ好かない御曹司と同じ屋根の下でなんて暮らすよりは遙かにマシだ。

 数時間前まではあんなに上機嫌だったというのに、荷解きをしていた間に、いつしかそんな心持ちになってしまっていた。

 そんな私は、やる気はゼロ、話半分という有様で、これまたオシャレな北欧のなんちゃらいう有名なブランドらしい座り心地のいい革張りソファに座っている。

 そこから、正面にあるガラス張りのローテーブルの向こう側のソファでふんぞり返って足を組みコーヒーの入ったカップを優雅に傾けている桜小路さんの様子や部屋の中をチラチラと観察していた。

「ーーでは、スマホをお渡ししておきますので、急用や、何か分からないことがあれば、そちらに連絡くださればいつでも対応いたしますので。それではお部屋をご案内いたしましょう」
「……あぁ、はい」

 そんな有様だった私は、菱沼さんの最後の言葉を聞き逃していたようで、渡されたスマホを弄りつつ生返事を返して座ったまま動かずにいた。

 どうやらそれが菱沼さんの逆鱗に触れてしまったらしい。

「おいッ、こらッ、藤倉菜々子ッ! さっきからなんだお前はッ! 今すぐクビにでもなりたいのかッ?!」

 初見から執事らしく丁寧な敬語口調を貫いていたはずの菱沼さんから、突然、大きな怒号が飛び出してきたもんだから、驚きすぎてソファからすっころびそうになるのをすんでのところで免れた。

「はっ……はいッ!」

 けれど突然のことで話の内容なんか聞いちゃいなかった私は、背筋をピシッと伸ばしたものの、返した返事がまずかった。

 マスクを外しているせいか、桜小路さんのイケメンフェイスには及ばないがなかなかの細面で、漆黒の髪をタイトに撫でつけたインテリチックな雰囲気漂う菱沼さん。

 菱沼さんは正面で仁王立ちして私のことを初見同様に冷ややかな目で見下ろしてきて。

「なるほど、そういうことか。さっきは自分勝手に勘違いしておいて、こっちのせいにしてたかと思えば。今度は、思った条件と違ったもんだから嫌になって、やる気なく振る舞って、あわよくばクビになって、逃げだそうって魂胆か」

 何やら感心したように軽く頷くと、あたかも私の心中を見透かしたかのようなことを言ってのけた。

「べっ……べべべ別にそんなことは……」

 何を放っても、見るからに図星だってのが、狼狽えまくりな口調からも態度からもダダ漏れだろう。

「お前には、プロのパティシエールとしての矜持ってもんがないのか?」
「……きょ……キョウジ……って、なんですか?」

 そしてなによりバカ丸出しだ。

 瞬間、だだっ広いリビングダイニングがシーンと静まり返り、なんとも言えない重苦しい空気が立ち込めている。

 その数十秒後、「はぁー」という盛大な溜息が菱沼さんと、ずっと静観していたはずの桜小路さんの口からも吐き出された。

 ほどなくして、菱沼さんから矜持というのがプライドのことだというのを教えてもらい。

「た、確かに。さっきまでは、ちょっとやる気がなくなってました。でも、私だって、まだまだ新米ですけど、プロのパティシエールとしてのプライドくらい持ってますッ!」

 随分遅すぎる反論を返したところ。

「だったらお前の、その、パティシエールとしてのプライドとやらを見せてもらおうか」

 意外にも素では熱い人だったらしい菱沼さんの言葉に、感化され、焚きつけら。

 続いて、爽やかなブラウンのショートマッシュの無造作ヘアをツンツン弄りながら、どうでもよさそうに、桜小路さんが放った、

「……まぁ、別に、スイーツなんて誰が作っても同じだろうし。俺は、端から期待なんてしていなかったがな」

この捨て台詞に、パティシエールとしてのプライドに火を付けられてしまった私は、

「望むところですッ! 家事も完璧にこなして、美味しいスイーツで桜小路さんの舌をうならせて。一週間後には、専属のパティシエールとして正式に雇ってもらいますから、そのおつもりで」

すっくと立ち上がり、腰に手を当て、声高らかに宣言していたのだった。

しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

どうも、賢者の後継者です~チートな魔導書×5で自由気ままな異世界生活~

ヒツキノドカ
ファンタジー
「異世界に転生してくれぇえええええええええ!」  事故で命を落としたアラサー社畜の俺は、真っ白な空間で謎の老人に土下座されていた。何でも老人は異世界の賢者で、自分の後継者になれそうな人間を死後千年も待ち続けていたらしい。  賢者の使命を代理で果たせばその後の人生は自由にしていいと言われ、人生に未練があった俺は、賢者の望み通り転生することに。  読めば賢者の力をそのまま使える魔導書を五冊もらい、俺は異世界へと降り立った。そしてすぐに気付く。この魔導書、一冊だけでも読めば人外クラスの強さを得られてしまう代物だったのだ。  賢者の友人だというもふもふフェニックスを案内役に、五冊のチート魔導書を携えて俺は異世界生活を始める。 ーーーーーー ーーー ※基本的に毎日正午ごろに一話更新の予定ですが、気まぐれで更新量が増えることがあります。その際はタイトルでお知らせします……忘れてなければ。 ※2023.9.30追記:HOTランキングに掲載されました! 読んでくださった皆様、ありがとうございます! ※2023.10.8追記:皆様のおかげでHOTランキング一位になりました! ご愛読感謝!

毎日スキルが増えるのって最強じゃね?

七鳳
ファンタジー
異世界に転生した主人公。 テンプレのような転生に驚く。 そこで出会った神様にある加護をもらい、自由気ままに生きていくお話。 ※ストーリー等見切り発車な点御容赦ください。 ※感想・誤字訂正などお気軽にコメントください!

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

身体強化って、何気にチートじゃないですか!?

ルーグイウル
ファンタジー
 病弱で寝たきりの少年「立原隆人」はある日他界する。そんな彼の意志に残ったのは『もっと強い体が欲しい』。       そんな彼の意志と強靭な魂は世界の壁を越え異世界へとたどり着く。でも目覚めたのは真っ暗なダンジョンの奥地で…?  これは異世界で新たな肉体を得た立原隆人-リュートがパワーレベリングして得たぶっ飛んだレベルとチートっぽいスキルをひっさげアヴァロンを王道ルートまっしぐら、テンプレート通りに謳歌する物語。  初投稿作品です。つたない文章だと思いますが温かい目で見ていただけたらと思います。

異世界で等価交換~文明の力で冒険者として生き抜く

りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とし、愛犬ルナと共に異世界に転生したタケル。神から授かった『等価交換』スキルで、現代のアイテムを異世界で取引し、商売人として成功を目指す。商業ギルドとの取引や店舗経営、そして冒険者としての活動を通じて仲間を増やしながら、タケルは異世界での新たな人生を切り開いていく。商売と冒険、二つの顔を持つ異世界ライフを描く、笑いあり、感動ありの成長ファンタジー!

処理中です...