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探求の天使
第110話 最深部へ
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「イーナ……大丈夫か?」
時夫の腕からイーナはサッと立ち上がり、剣を手に取る。
「ちょっとお腹まだ痛いから後でルミィちゃんに治して貰うわ」
そして勇者は剣の切先で、部屋全体をスッとなぞる様に横にゆっくりと薙ぐ。
「『光の槍』」
眩い光の細い光線が何十と放たれ、速やかに虫を焦がして地に落とす。
「何だこの魔法は!?」
冒険者達が信じられないと言った顔で、幼い少女を見る。
勇者はその役割を果たした。
時夫も聖女としての役割を果たさねばならない。
跪き神聖なる祈りを捧げる。
柔らかな光が広い部屋全体を包み込む。
「……何だ?息がしやすくなった」
「治った?」
蜘蛛に刺された冒険者達が再び立ち上がった。
「今だ!アイツを倒せ!」
冒険者達へ向かう虫達は悉くイーナが撃墜する。
恐れるものが無くなった勇敢な者たちがアステリオに殺到する。
時夫も急ぐ。
しかし、アステリオは部屋の最奥の石板に手を置いた。
その瞬間……部屋全体の床に蜘蛛の巣状にひび割れる。
「うわぁ!」「きゃああ!」「逃げろ!退避!」
アステリオは八本の足で壁に捕まった。
蜘蛛の糸を出して、その身体をいつの間にか固定している。
ルミィがこちらに来る。
「イーナを!」
時夫は叫ぶ。
「『空間収納』!」
地面を確認していないから『クッション』は置き場所がわからない。
だから、大きめのノーマルスライムで自分と……ケイティ、そして余った分のノーマルスライムはあちこちに適当に出現させる。
冒険者全員を狙って包む余裕は無かった。
あとは各自の運に任せる!あと魔法使えるんだから頑張れ!
全身をプルプルに包まれながら、時夫は衝撃に備えた。
そして、地面が近づくのがスライム越しに歪んだ景色の中で見えた。
「……………………『乾燥』」
自分が生きているのを確認してから身体に纏わりついたスライムは除去した。
完全に時夫にくっ付いているスライムは、仕舞うよりも消滅させた方が早い。
上手い事スライムが瓦礫からも守ってくれたらしく、時夫の周りには多少の動ける空間が出来ていた。
……窒息させられる前にスライムをさっさと消滅させたが、瓦礫が更に落ちてくる危険を考えれば、もう少し待っても良かったかも知れない。
瓦礫まみれの周囲からは埃と血の匂い。
そして、啜り泣きや誰かの名前を呼ぶ声、呻き声も聞こえる。
無事な人も瓦礫や自由落下にダメージを受けてしまった人もいる様だ。
ルミィは……無事だろう。
「『剛腕』」
腕力を強くしてゆっくりと瓦礫の上に這い出る。
急ぐと瓦礫が崩れてきそうで怖い。
そして、時夫は瓦礫の上に立つ。
周囲はやはりボンヤリと壁が発行してくれてるお陰で見える。
しかし、上の空間より更に広いのか、奥の方までは見えない。
そこは、神殿とも……遠い外国の歴史のある図書館ともつかない荘厳な佇まいの場所だった。
博物館の様な雰囲気でもある。
……もちろん床が瓦礫まみれじゃ無ければ。
「トキオ!」
声の方を見ると、上からルミィとイーナが杖に乗ってゆっくりと降りてきた。
「アステリオは倒したわ。
既存の生物の改造がメインの人で、本人の戦闘力は全く大したことが無かったわね」
イーナがサラッと邪教徒討伐を報告する。
ルミィの杖による高機動とイーナの遠距離高火力光線の前には邪教徒と言えども大した障害では無かったようだ。
特にイーナは虫に対して好戦的だからなぁ。
何十年か、あるいはそれ以上の期間、人々を苦しめ続けた邪教徒のあまりに呆気ない最期だった。
時夫の足元から、ノーマルスライムが這い出てくる。
クッション代わりにばら撒いた奴らが時夫目指してやってきた様だ。
……血が僅かに混じっている。
這う中で汚れたのか、中に入れた人が無事では無かったのか。
「助けてくれー!うわぁー!!」
瓦礫の中から冒険者の悲鳴が聞こえる。
瓦礫がガラガラと崩れて、足場が揺らぐ。
「トキオ、念のため杖の上に!」
ルミィの杖にイーナも合わせて三人で乗り込む。
「悲鳴が聞こえたぞ!?何だ!?誰か!早く出してくれ!」
悲鳴に恐慌状態になってる人もいる。
そして、ぽつりぽつりと何人かが瓦礫の上に出てきた。
流石冒険者だけあって頑丈な人もいる。
多分、こういう時に役立てる身体強化系統が使える人や、土系の魔法使いなのだろう。
しかし、あちこちで瓦礫を持ち上げたりしている人がいるのか、瓦礫がゴトゴト動いて危険極まりない。
「安全なところに移動しろ!」
時夫は上から指示を出す。
「安全な所ってどこだよ!俺も乗せてくれよ!」
「流石にこれ以上は定員オーバーです!」
ルミィもあんまり大勢は乗せられないし、そもそも杖の上の場所が無い。
「足元に気をつけて、大きく揺れたらすぐに移動しろ!ヤバくなったら何とか助けてやるから!」
「わかった!俺らも仲間探すよ!」
「仲間……そう言えばケイティやマイロは何処でしょう?」
瓦礫の下で生きているだろうか?
ケイティは一応スライムで包んだし……。
「助けて!痛い!うわぁ!!」
瓦礫が大きく動いたところから悲鳴が上がる。
瓦礫に押しつぶされたのか?
「どうしよう……瓦礫の移動先とか無いから、退かすのも……」
「時夫くんの収納に余ってる空間は無い?」
「……そうか!ある!」
イーナの提案に時夫は急いでスライムを取り出して『乾燥』で蒸発させて、中の容量の確保をする。
その後、瓦礫を上から収納にしまっていく。
「トキオ……ケイティのことどうします?」
時夫の作業を黙って見ていたルミィがポツリと聞く。
ケイティは弟の為に他の冒険者を犠牲にした。
何人も殺しているし、瓦礫の下で今は動けないかも知れないが、二人で動ける様になったらまた人を弟に食わせるかも知れない。
「……マイロを殺す。その後に決めよう」
ケイティには恨まれそうだ。
生き残ってもケイティは今後は犯罪者として、日の当たるところでは生きていけないだろう。
それでも……弟は既に失われてしまった事を受け入れて生きていて欲しい。
一時的にでも仲間だった相手だ。
もはや自分の意思を持つかも怪しいマイロに罪を重ねさせるのは冒涜だ。
無謀でも勇敢さも有ったろう冒険者マイロをこれ以上人殺しの罪で穢させてはいけない。
交渉が決裂するのであれば、無論ケイティも自分達が殺すしか無いと思う。
最後の温情だ。
……時夫は交渉は半ば無駄だと知っている。
ケイティは弟の為に世界を敵に回す事を決めたのだから。
その世界には時夫たちも含まれる。
可能ならば時夫たちの事も弟の餌にするだろう。
「……そうですね。しかし、瓦礫の中の何処にいるんでしょう」
ルミィは時夫の甘さと優柔不断を許してくれた。
時夫の好きな女の子は苛烈で冷徹で甘く優しい。
瓦礫が崩れる音はようやく収まってきた。
時夫はふと、良いものを思い出した。
「あ!そうだ!ケイティの方は分かるかも!
ほら、トキオバッジ!」
そう、貸与品の時夫所有のアイスクリーム屋さん店員の胸に光るバッジである。
それをケイティは付けているはずだ。
「そう言えば……そんなものが………。
記憶から消し去ってました」
「あったわねぇ。これねぇ……」
何だか微妙な反応だな?可愛く描けてるのに。何がダメだって言うのだ。
それは置いといて、
「『探索』…………あっちだな」
ケイティの場所の方を指差す。
そして、そこの周辺の瓦礫を少しずつ取り除く。イーナは警戒している。
暴れるなら手足の一本は瞬時に切り飛ばすだろう。
うちのチームの女子は容赦が無いのだ。
命までは取らない事を優しさと思ってる。
「ここですね」
微かな声が下から聞こえる。ケイティの声の様だが小さく掠れていて、何と言ってるか聞こえない。
もしかすると結構な怪我をして弱っているのかも知れない。
時夫は瓦礫が崩れ出さない様に気をつけつつ収納にしまっていく。
瓦礫が減り、ケイティとの距離が近づいてくると声が明瞭になってくる。
「大丈夫だからね……マイロ……」
「アマ……イ。ウ……ウマア……ケイティ……」
優しいケイティの声。
そして、マイロの声は少し濁りが無くなり聞き取りやすくなっている。
ぐちゃぐちゃ……ズズ……ゴク……
同時に聞こえる湿った音に時夫たちは眉を顰める。
姿が見えなくても分かる。
ケイティはまたマイロに人間を食べさせている。
近くにいた動けない冒険者か……その死体か。
ルミィが杖を構えて警戒する。イーナも最大級の警戒を露わにしている。
時夫は周囲の瓦礫を一気に取り除いた。
そこで、横たわったケイティが優しく裸の猫獣人の少年の頭を撫でてやっていた。
少年はマイロだ……とすぐに分かった。
顔は時夫たちからは見えないが、後ろ姿からは怪物の面影は見当たらなかった。
どれだけの人を食べたと言うのだろう。
瓦礫の下から聞こえて来ていた悲鳴の中にはマイロに食われた人達の声も混ざっていたのかも知れない。
「マイロ……ゴホゴボッ……!」
その口元からは血が溢れる。
マイロがケイティの胴体に抱きつく様にうずくまって顔をうずめていた。
「ケイティ……ググ……ケイティ…………」
「マイロ……大丈夫…………だからね」
その光景を時夫たちは何も言えずに呆然と見ている。
ケイティはもう助からない。
神聖魔法でどうにか出来る段階には無い。
既に致命的な事は、知識の無い時夫にも見てとれた。
「マイロ…………」
ケイティは優しく微笑み、弟の頭を片手で抱く様に支え、もう片方の手で何度も何度も髪をすいてやっている。
きっと昔からそうやって弟の面倒を見てやっていたのだろう。
姉の最期の愛情だ。
「ケイティ……オイシイ……ヨ」
ケイティはその身を弟に捧げていた。
腹部の臓器はどれだけ残っているのかわからない程に食い散らかされている。
顔を上げて笑うマイロの顔面は血塗れだった。
ルミィが風の刃を杖に纏わせて一歩踏み出す。
「お願い……マイロを…………殺さないで」
死の間際にケイティは弟の助命を求めた。
無駄だと分かっていても。
文字通り必死な祈りだった。
「私にはあなたが理解できません。
あなたの弟ははもう……姿が戻ったところで…………」
感情を抑えたルミィ声だったが、僅かに震え、悲しみか動揺が隠しきれていなかった。
ケイティは唇の端を少しだけ上げて笑った。
もう、目も見えて無いのか瞳はルミィを捉えていない。
「マイロ……あたしの弟…………ずっと探してた。
もう、生きてないと……ずっと……諦めて…………でも、生きてて…………」
口から血が溢れる。
マイロを撫でる手の動きが緩慢になっていく。
「あたしにも……ルミィのこと……理解できな………どうして……諦める……のか………………。おねが……マイロ…………生きて………………」
マイロの頭から姉の手がずり落ちる。
ケイティは最後の最後まで姉である事を選んだ。
「ケイティ、私は何も諦めていませんよ」
ルミィが絶命した仲間へ答える。
「『ウィンドスラッシュ』」
マイロの首が転がった。
時夫の腕からイーナはサッと立ち上がり、剣を手に取る。
「ちょっとお腹まだ痛いから後でルミィちゃんに治して貰うわ」
そして勇者は剣の切先で、部屋全体をスッとなぞる様に横にゆっくりと薙ぐ。
「『光の槍』」
眩い光の細い光線が何十と放たれ、速やかに虫を焦がして地に落とす。
「何だこの魔法は!?」
冒険者達が信じられないと言った顔で、幼い少女を見る。
勇者はその役割を果たした。
時夫も聖女としての役割を果たさねばならない。
跪き神聖なる祈りを捧げる。
柔らかな光が広い部屋全体を包み込む。
「……何だ?息がしやすくなった」
「治った?」
蜘蛛に刺された冒険者達が再び立ち上がった。
「今だ!アイツを倒せ!」
冒険者達へ向かう虫達は悉くイーナが撃墜する。
恐れるものが無くなった勇敢な者たちがアステリオに殺到する。
時夫も急ぐ。
しかし、アステリオは部屋の最奥の石板に手を置いた。
その瞬間……部屋全体の床に蜘蛛の巣状にひび割れる。
「うわぁ!」「きゃああ!」「逃げろ!退避!」
アステリオは八本の足で壁に捕まった。
蜘蛛の糸を出して、その身体をいつの間にか固定している。
ルミィがこちらに来る。
「イーナを!」
時夫は叫ぶ。
「『空間収納』!」
地面を確認していないから『クッション』は置き場所がわからない。
だから、大きめのノーマルスライムで自分と……ケイティ、そして余った分のノーマルスライムはあちこちに適当に出現させる。
冒険者全員を狙って包む余裕は無かった。
あとは各自の運に任せる!あと魔法使えるんだから頑張れ!
全身をプルプルに包まれながら、時夫は衝撃に備えた。
そして、地面が近づくのがスライム越しに歪んだ景色の中で見えた。
「……………………『乾燥』」
自分が生きているのを確認してから身体に纏わりついたスライムは除去した。
完全に時夫にくっ付いているスライムは、仕舞うよりも消滅させた方が早い。
上手い事スライムが瓦礫からも守ってくれたらしく、時夫の周りには多少の動ける空間が出来ていた。
……窒息させられる前にスライムをさっさと消滅させたが、瓦礫が更に落ちてくる危険を考えれば、もう少し待っても良かったかも知れない。
瓦礫まみれの周囲からは埃と血の匂い。
そして、啜り泣きや誰かの名前を呼ぶ声、呻き声も聞こえる。
無事な人も瓦礫や自由落下にダメージを受けてしまった人もいる様だ。
ルミィは……無事だろう。
「『剛腕』」
腕力を強くしてゆっくりと瓦礫の上に這い出る。
急ぐと瓦礫が崩れてきそうで怖い。
そして、時夫は瓦礫の上に立つ。
周囲はやはりボンヤリと壁が発行してくれてるお陰で見える。
しかし、上の空間より更に広いのか、奥の方までは見えない。
そこは、神殿とも……遠い外国の歴史のある図書館ともつかない荘厳な佇まいの場所だった。
博物館の様な雰囲気でもある。
……もちろん床が瓦礫まみれじゃ無ければ。
「トキオ!」
声の方を見ると、上からルミィとイーナが杖に乗ってゆっくりと降りてきた。
「アステリオは倒したわ。
既存の生物の改造がメインの人で、本人の戦闘力は全く大したことが無かったわね」
イーナがサラッと邪教徒討伐を報告する。
ルミィの杖による高機動とイーナの遠距離高火力光線の前には邪教徒と言えども大した障害では無かったようだ。
特にイーナは虫に対して好戦的だからなぁ。
何十年か、あるいはそれ以上の期間、人々を苦しめ続けた邪教徒のあまりに呆気ない最期だった。
時夫の足元から、ノーマルスライムが這い出てくる。
クッション代わりにばら撒いた奴らが時夫目指してやってきた様だ。
……血が僅かに混じっている。
這う中で汚れたのか、中に入れた人が無事では無かったのか。
「助けてくれー!うわぁー!!」
瓦礫の中から冒険者の悲鳴が聞こえる。
瓦礫がガラガラと崩れて、足場が揺らぐ。
「トキオ、念のため杖の上に!」
ルミィの杖にイーナも合わせて三人で乗り込む。
「悲鳴が聞こえたぞ!?何だ!?誰か!早く出してくれ!」
悲鳴に恐慌状態になってる人もいる。
そして、ぽつりぽつりと何人かが瓦礫の上に出てきた。
流石冒険者だけあって頑丈な人もいる。
多分、こういう時に役立てる身体強化系統が使える人や、土系の魔法使いなのだろう。
しかし、あちこちで瓦礫を持ち上げたりしている人がいるのか、瓦礫がゴトゴト動いて危険極まりない。
「安全なところに移動しろ!」
時夫は上から指示を出す。
「安全な所ってどこだよ!俺も乗せてくれよ!」
「流石にこれ以上は定員オーバーです!」
ルミィもあんまり大勢は乗せられないし、そもそも杖の上の場所が無い。
「足元に気をつけて、大きく揺れたらすぐに移動しろ!ヤバくなったら何とか助けてやるから!」
「わかった!俺らも仲間探すよ!」
「仲間……そう言えばケイティやマイロは何処でしょう?」
瓦礫の下で生きているだろうか?
ケイティは一応スライムで包んだし……。
「助けて!痛い!うわぁ!!」
瓦礫が大きく動いたところから悲鳴が上がる。
瓦礫に押しつぶされたのか?
「どうしよう……瓦礫の移動先とか無いから、退かすのも……」
「時夫くんの収納に余ってる空間は無い?」
「……そうか!ある!」
イーナの提案に時夫は急いでスライムを取り出して『乾燥』で蒸発させて、中の容量の確保をする。
その後、瓦礫を上から収納にしまっていく。
「トキオ……ケイティのことどうします?」
時夫の作業を黙って見ていたルミィがポツリと聞く。
ケイティは弟の為に他の冒険者を犠牲にした。
何人も殺しているし、瓦礫の下で今は動けないかも知れないが、二人で動ける様になったらまた人を弟に食わせるかも知れない。
「……マイロを殺す。その後に決めよう」
ケイティには恨まれそうだ。
生き残ってもケイティは今後は犯罪者として、日の当たるところでは生きていけないだろう。
それでも……弟は既に失われてしまった事を受け入れて生きていて欲しい。
一時的にでも仲間だった相手だ。
もはや自分の意思を持つかも怪しいマイロに罪を重ねさせるのは冒涜だ。
無謀でも勇敢さも有ったろう冒険者マイロをこれ以上人殺しの罪で穢させてはいけない。
交渉が決裂するのであれば、無論ケイティも自分達が殺すしか無いと思う。
最後の温情だ。
……時夫は交渉は半ば無駄だと知っている。
ケイティは弟の為に世界を敵に回す事を決めたのだから。
その世界には時夫たちも含まれる。
可能ならば時夫たちの事も弟の餌にするだろう。
「……そうですね。しかし、瓦礫の中の何処にいるんでしょう」
ルミィは時夫の甘さと優柔不断を許してくれた。
時夫の好きな女の子は苛烈で冷徹で甘く優しい。
瓦礫が崩れる音はようやく収まってきた。
時夫はふと、良いものを思い出した。
「あ!そうだ!ケイティの方は分かるかも!
ほら、トキオバッジ!」
そう、貸与品の時夫所有のアイスクリーム屋さん店員の胸に光るバッジである。
それをケイティは付けているはずだ。
「そう言えば……そんなものが………。
記憶から消し去ってました」
「あったわねぇ。これねぇ……」
何だか微妙な反応だな?可愛く描けてるのに。何がダメだって言うのだ。
それは置いといて、
「『探索』…………あっちだな」
ケイティの場所の方を指差す。
そして、そこの周辺の瓦礫を少しずつ取り除く。イーナは警戒している。
暴れるなら手足の一本は瞬時に切り飛ばすだろう。
うちのチームの女子は容赦が無いのだ。
命までは取らない事を優しさと思ってる。
「ここですね」
微かな声が下から聞こえる。ケイティの声の様だが小さく掠れていて、何と言ってるか聞こえない。
もしかすると結構な怪我をして弱っているのかも知れない。
時夫は瓦礫が崩れ出さない様に気をつけつつ収納にしまっていく。
瓦礫が減り、ケイティとの距離が近づいてくると声が明瞭になってくる。
「大丈夫だからね……マイロ……」
「アマ……イ。ウ……ウマア……ケイティ……」
優しいケイティの声。
そして、マイロの声は少し濁りが無くなり聞き取りやすくなっている。
ぐちゃぐちゃ……ズズ……ゴク……
同時に聞こえる湿った音に時夫たちは眉を顰める。
姿が見えなくても分かる。
ケイティはまたマイロに人間を食べさせている。
近くにいた動けない冒険者か……その死体か。
ルミィが杖を構えて警戒する。イーナも最大級の警戒を露わにしている。
時夫は周囲の瓦礫を一気に取り除いた。
そこで、横たわったケイティが優しく裸の猫獣人の少年の頭を撫でてやっていた。
少年はマイロだ……とすぐに分かった。
顔は時夫たちからは見えないが、後ろ姿からは怪物の面影は見当たらなかった。
どれだけの人を食べたと言うのだろう。
瓦礫の下から聞こえて来ていた悲鳴の中にはマイロに食われた人達の声も混ざっていたのかも知れない。
「マイロ……ゴホゴボッ……!」
その口元からは血が溢れる。
マイロがケイティの胴体に抱きつく様にうずくまって顔をうずめていた。
「ケイティ……ググ……ケイティ…………」
「マイロ……大丈夫…………だからね」
その光景を時夫たちは何も言えずに呆然と見ている。
ケイティはもう助からない。
神聖魔法でどうにか出来る段階には無い。
既に致命的な事は、知識の無い時夫にも見てとれた。
「マイロ…………」
ケイティは優しく微笑み、弟の頭を片手で抱く様に支え、もう片方の手で何度も何度も髪をすいてやっている。
きっと昔からそうやって弟の面倒を見てやっていたのだろう。
姉の最期の愛情だ。
「ケイティ……オイシイ……ヨ」
ケイティはその身を弟に捧げていた。
腹部の臓器はどれだけ残っているのかわからない程に食い散らかされている。
顔を上げて笑うマイロの顔面は血塗れだった。
ルミィが風の刃を杖に纏わせて一歩踏み出す。
「お願い……マイロを…………殺さないで」
死の間際にケイティは弟の助命を求めた。
無駄だと分かっていても。
文字通り必死な祈りだった。
「私にはあなたが理解できません。
あなたの弟ははもう……姿が戻ったところで…………」
感情を抑えたルミィ声だったが、僅かに震え、悲しみか動揺が隠しきれていなかった。
ケイティは唇の端を少しだけ上げて笑った。
もう、目も見えて無いのか瞳はルミィを捉えていない。
「マイロ……あたしの弟…………ずっと探してた。
もう、生きてないと……ずっと……諦めて…………でも、生きてて…………」
口から血が溢れる。
マイロを撫でる手の動きが緩慢になっていく。
「あたしにも……ルミィのこと……理解できな………どうして……諦める……のか………………。おねが……マイロ…………生きて………………」
マイロの頭から姉の手がずり落ちる。
ケイティは最後の最後まで姉である事を選んだ。
「ケイティ、私は何も諦めていませんよ」
ルミィが絶命した仲間へ答える。
「『ウィンドスラッシュ』」
マイロの首が転がった。
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