モノノケダンスフロア

渋谷滄溟

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第四話 昼間の美男子

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 「天狗さんと鴨さんはどういう関係なんですか?」

 コンビニを去ってから暫くして、茉莉はカラス天狗に話しかけた。天狗は彼女を一瞥すると答えた。

「利害の一致、ってやつ?」

「ふーん、利害。」

「そ。俺はナッツが好きだから、駄賃としてそれをもらう代わりにあいつを乗せてやってる。謂わばあいつの使い魔とも言えるな。」

「その、使い魔ってなんですか?」

「あいつはおかしな札を使ってモノノケを閉じ込めて、使い魔にしてるのさ。俺も優雅に空を飛んでたら急に札に入れられてビビったぜ。」

 茉莉はそこまで聞いて、合点がいった。昨夜、鴨が行っていたことはモノノケの捕獲であったのだ。でも何のために?

「どうしてそんなことを?もしやモノノケを使ってテロでも起こそうと__。」

「ちげぇよ。よく分からないが、マスターは使い魔にしたモノノケには人を襲わせないように契約して自由にさせてるんだ。まぁ、あとは本人の口から聞け。」

 そう言うとカラス天狗は顎でどこかを示した。目を凝らして町を見下ろすと、そこには昨日見たモノノケダンスフロアのビルがあった。茉莉は心なしか笑みを浮かべると、そのままモノノケと共に地上に降りた。
 真夜中に見たビルは、月光と相まって幽霊屋敷に見えたが、昼間の明るい今では年季の入った普通の建物である。茉莉はカラス天狗から飛び降りると、ナッツを手渡した。そして建物に歩み寄った。一階には、昨日は見えなかったが「クリーピー」と題された木製の看板が吊り下げられていた。その下にあるコーヒーのマークから、カフェだと推測できる。

「変な名前。」

 茉莉は特に用事もなかったので、真横の階段に足をかけた。

「まだ早いからマスターはそっちにはいないと思うぜ?」

 不意にカラス天狗がナッツを爆食しながら呼びかけてきた。茉莉は足を止めて振り返った。

「え?じゃあどこにいるか分かりますか?まさか家とか…。」

「ここだよ。」

 突然耳に入る、聞き覚えのある声。茉莉はその方向を見た。すると、そこにはクリーピーの入り口に立つ青年がいた。背丈は高く、髪は天パが入ってくしゃっとしており、その下には眼鏡で隠された端正な顔があった。服装は茶色のサロンエプロンであることから、どうやらクリーピーの店員のようである。
 青年は茉莉を見つめると、柔らかく微笑んだ。彼女は顔が上気するのを感じ、そっぽを向いた。この男性は誰だろう。一見、人畜無害なただの色男だが。
 茉莉が思考を巡らす中、カラス天狗が左翼を上げた。

「おう、マスターじゃねぇか!」

「っえ?」

「あぁ、カラス天狗、おかえり。茉莉ちゃんを連れてきてくれたんだ。」

「ナッツもらったから、しょうがなくな。」

「いや、いやいやいや、ちょっと待ってください!」

 一匹と一人の間を、茉莉は割って入った。どちらも不思議そうに首を傾げている。

「どうしたのかな?茉莉ちゃん。」

「まさか、あなた、昨日の鴨公宏?」

 茉莉はあたふたして青年に人差し指を向けた。
 少女には信じられなかったのだ。昨夜の変人紳士が、目の前の好青年と同一人物だとは。見ず知らずの乙女を月明りのダンスに誘った奇人が、こんな爽やか男だとは。
 青年は興奮する茉莉を察知して、胸元に手を掲げてひと笑いした。

「あはは、ごめんね、夜の僕とは分かりにくいよね。こほん、いかにも、僕はモノノケダンスフロアの店長・鴨公宏さ。」

 鴨からの正式な自己紹介により、茉莉は更に混乱を極めた。

「嘘!?じゃあ同一人物って証拠見せてくださいよ!」

「うーん、じゃあこれなら分かってくれるかな?」

 すると鴨は後ろポケットから白の仮面を取り出した。そして、そのまま顔に装着すると、口元に不敵な笑みを浮かべた。

「ウァハハハハッ!!やぁやぁミス・マリ!昨日ぶりではないか!達者にしていたかい?」

「…うわぁ、本人だー。」

「嬢ちゃん、漸く理解したか…。」

 ジト目でカラス天狗が苦笑すると、鴨は仮面を外して素に戻った。

「兎に角、これで鴨公宏だと分かってくれたかい?」

「…まぁ、はい。」

 昼間の鴨の顔面がほんの少しタイプだとは口が裂けても言えない。先ほどから茉莉はずっともじもじしていたが、途端にあることを思い出した。

「あっ、そうだ!鴨さん、私のハンカチ、返して__。」

「その前に、店で少し話さない?」

「…はい。」 

茉莉の言葉を遮り、鴨はクリーピーの洒落た檜のドアを少し開けた。彼の笑顔の圧力に、茉莉は首を振るしかなかった。
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