モノノケダンスフロア

渋谷滄溟

文字の大きさ
上 下
15 / 16
モノノケダンスフロアへようこそ

第二話 乙女とクラブオーナーが出会う前に

しおりを挟む
 私、四辻茉莉はモノノケが見える側として生まれた。それをモノノケと言うのか分からなかったが、赤子の私の周りでは常に気味の悪い妖怪達が見えていた。目が付いた巨大な毛玉ややけに頭の長いお爺さん。大半はそこにいるだけである。ただそこにいて、私をじっと見てまたぼうっとするかどこかに行くか。他の人には見えないと分からなかった私は両親に何もない場所を指さしては「あれは誰?」と聞いていた。

 両親は理解のある人達であった。見えない何かを追いかける私を、個性的な子と一蹴して愛してくれた。性質の悪いモノノケに追いかけられたり、悪夢を見させられたりしたら寺に頼んでお祓いもしてくれた。モノノケに怯える私の傍に、落ち着くまで寄り添ってくれた。しかし世の中は両親のように優しくない。

 幼稚園に入園したときから、私の悪評は立ち始めた。幻覚が見える頭のおかしな子。変な子。先生も同級生も皆、裏では私のことをボロクソに噂にした。
 
友達は少しはいたかもしれない。小学校のときに。皆、私と仲良くなりたがっていたが、真横にいる“トイレの花子さん”を指さして「この子も仲間に入れてあげよう。」と言えば蜘蛛の子を散らすように去っていった。それからというものの、私は中学までは狂人と格付けされ、完全孤立した。母は好きな子どころか友人さえいない私を心配したが、同級生にモノノケによる被害が出ない方がマシだった。
 
誰とも喋らず、話しかけてもらえず、モノノケから目を背け続ける日々。父はそんな私のために、“茶々丸”と名付けた柴犬を誕生日プレゼントにくれた。私は可愛くて、「狂人」などとは言わない茶々丸が大好きになった。それから私はずっと茶々丸と一緒にいた。この子と両親と一緒なら化け物だらけの世界でもやっていける、そう思っていた。高校生までは。

 中学三年の秋、両親が交通事故で亡くなった。潰れた車体を見ると即死だったらしい。私を塾まで迎えに来る夜道の途中であった。理由は不明だが、崖沿いでハンドルを切ってガードレールを突き破り、車ごと転落してしまったと。そう警察から聞かされたときは、目の前が真っ白になった。私のせいで親類縁者とも不仲だった四辻家は、娘だけの家族葬となった。

 葬式のあと、私は親戚からの僅かな送金で茶々丸と生きていくことになった。せめてこの子がいてくれただけでも、そう思えたのは束の間だ。

 悲劇から何とか高校入学を果たした一か月後に、茶々丸は散歩中に突っ込んできた軽トラックに轢き殺された。運転手は何かが飛び出してきてハンドルを切ったと供述した。事故当時、茶々丸は心なしか私を押し飛ばして、庇っていたように見えた。喧しい野次馬の中心で、私は千切れたリードをただ見つめるしかなかった。

 茶々丸がいなくなった、お父さんもお母さんもいない。私は独りぼっちになった。学校にも理解者はいない。私の周りにいるのは醜いモノノケ達だけ。下校中に電信柱の上で蠢くそれを見て、こいつらがいなければ独りにならずに済んだのかなとふと思った。そうしたら、モノノケがいるこの世界から逃げたくなったのだ。そこで目についたのが町にそびえ立つ廃墟ビルだ。

 今夜、この命を終えよう。覚悟した私はビルの階段を上り、その屋上の縁まで歩む。そして踏み出したのだ。心のどこかで、私を見捨てず拾ってくれる神様がいることを祈って。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。

京都かくりよあやかし書房

西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。 時が止まった明治の世界。 そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。 人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。 イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。 ※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

亡くなった妻からのラブレター

毛蟹葵葉
ミステリー
亡くなった妻からの手紙が届いた 私は、最後に遺された彼女からのメッセージを読むことにした

処理中です...