上 下
189 / 220
第二部:後宮

言葉の通じない人

しおりを挟む

そんな男に益々眉をひそめるナディア。

けれど助けられた手前、蔑みを見せる訳にもいかなかった。

難しい立場である。

ナルシスト気味の目前の男は、ふむ、と一言こぼすと独り納得するように頷いた。


「そなた、忘れ草の谷に迷い込んだのだったな…‥ 」


聞こえて居ないと思ったのだろうか。

そのつぶやき。

ハッキリ、クッキリ、すっかりと、聞こえてますよと、ナディアは言いたかったのだが、その間も無く続けざまに言われてしまった、


「愛しい愛しいマイスイートハニー!! 僕は心配したのだよ~っ! もう、こんな心配事は嫌だからね、早く婚約してしまおう!! さっさと婚約だ!! 婚約っ!! 」


と、何故か至極強引に出る始末なので、取り付く島も無い。

流石にこの台詞、可笑しいでしょう?

そう、記憶の無いナディアでもそう思ったのだから、違和感有り過ぎだ。

それに目前の男、ナディアに取って見覚えが在るのかと言えば、実のところ無い。

記憶に御座いません!!

そう言いたい。

そんなナディアが、喜ぶでもなくキョトンとしていれば、国守(自称)だと言う男が気を悪くしたのか表情を歪ませてプンスカど怒りだした。

結構、嫌、かなりの癇癪持ちのようだ。


「その顔は何だい? 僕が婚約してやると言っているのだよ。此処は嬉しいと言って抱き付く所だろう? こんな美形な僕なのにその不満気な顔、信じられないね。君は僕の十人目の側室になるのだから、もっと有り難く思うのだ!! 」

「側室……、え、ちょ」

「あああっ、きっとそうだっ! 君も色々あって混乱しているんだねっ、僕に任せなさい! 悪いようにはしない。盛大な婚約式にしよう! そうたね、二日後だっ! 二日後にしよう! 」


そう国守(自称)は自分勝手に言い終えるとあはははははははと、高笑いをしつつ、出て行ったのだった。

ナディアは、一言も突っ込めないまま呆然としていた。

単なる馬鹿なのか、馬鹿を装った策士なのか、ナディアには判断出来る力など無かった。

そして、二人の遣り取りを聞いていた耳があった事に、ナディアも国守(自称…しつこい?)も気付かなかった。




「あんのぉ、馬鹿国守オヤジめ、また側室を入れる気か……、しかし、あの女、何処かで見た事が有るような…… 」


呟いた青年の年の頃は、ナディアと差ほど変わらないだろうか?

つい今し方、他国の外交から帰って来たばかりなのだが、馬鹿がやった、『鬼の居ぬ間の命の洗濯』にとんでもなく翻弄される事を、彼もまた、思いも寄らなかった一人であった。

何か嫌な予感、は、したようだったのだが……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

〖完結〗旦那様には出て行っていただきます。どうか平民の愛人とお幸せに·····

藍川みいな
恋愛
「セリアさん、単刀直入に言いますね。ルーカス様と別れてください。」 ……これは一体、どういう事でしょう? いきなり現れたルーカスの愛人に、別れて欲しいと言われたセリア。 ルーカスはセリアと結婚し、スペクター侯爵家に婿入りしたが、セリアとの結婚前から愛人がいて、その愛人と侯爵家を乗っ取るつもりだと愛人は話した…… 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全6話で完結になります。

[完結]思い出せませんので

シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」 父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。 同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。 直接会って訳を聞かねば 注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。 男性視点 四話完結済み。毎日、一話更新

初めての相手が陛下で良かった

ウサギテイマーTK
恋愛
第二王子から婚約破棄された侯爵令嬢アリミアは、王子の新しい婚約者付の女官として出仕することを命令される。新しい婚約者はアリミアの義妹。それどころか、第二王子と義妹の初夜を見届けるお役をも仰せつかる。それはアリミアをはめる罠でもあった。媚薬を盛られたアリミアは、熱くなった体を持て余す。そんなアリミアを助けたのは、彼女の初恋の相手、現国王であった。アリミアは陛下に懇願する。自分を抱いて欲しいと。 ※ダラダラエッチシーンが続きます。苦手な方は無理なさらずに。

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

溺愛されたのは私の親友

hana
恋愛
結婚二年。 私と夫の仲は冷え切っていた。 頻発に外出する夫の後をつけてみると、そこには親友の姿があった。

処理中です...