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第二部:後宮
言葉の通じない人
しおりを挟むそんな男に益々眉を顰めるナディア。
けれど助けられた手前、蔑みを見せる訳にもいかなかった。
難しい立場である。
ナルシスト気味の目前の男は、ふむ、と一言こぼすと独り納得するように頷いた。
「そなた、忘れ草の谷に迷い込んだのだったな…‥ 」
聞こえて居ないと思ったのだろうか。
そのつぶやき。
ハッキリ、クッキリ、すっかりと、聞こえてますよと、ナディアは言いたかったのだが、その間も無く続けざまに言われてしまった、
「愛しい愛しいマイスイートハニー!! 僕は心配したのだよ~っ! もう、こんな心配事は嫌だからね、早く婚約してしまおう!! さっさと婚約だ!! 婚約っ!! 」
と、何故か至極強引に出る始末なので、取り付く島も無い。
流石にこの台詞、可笑しいでしょう?
そう、記憶の無いナディアでもそう思ったのだから、違和感有り過ぎだ。
それに目前の男、ナディアに取って見覚えが在るのかと言えば、実のところ無い。
記憶に御座いません!!
そう言いたい。
そんなナディアが、喜ぶでもなくキョトンとしていれば、国守(自称)だと言う男が気を悪くしたのか表情を歪ませてプンスカど怒りだした。
結構、嫌、かなりの癇癪持ちのようだ。
「その顔は何だい? 僕が婚約してやると言っているのだよ。此処は嬉しいと言って抱き付く所だろう? こんな美形な僕なのにその不満気な顔、信じられないね。君は僕の十人目の側室になるのだから、もっと有り難く思うのだ!! 」
「側室……、え、ちょ」
「あああっ、きっとそうだっ! 君も色々あって混乱しているんだねっ、僕に任せなさい! 悪いようにはしない。盛大な婚約式にしよう! そうたね、二日後だっ! 二日後にしよう! 」
そう国守(自称)は自分勝手に言い終えるとあはははははははと、高笑いをしつつ、出て行ったのだった。
ナディアは、一言も突っ込めないまま呆然としていた。
単なる馬鹿なのか、馬鹿を装った策士なのか、ナディアには判断出来る力など無かった。
そして、二人の遣り取りを聞いていた耳があった事に、ナディアも国守(自称…しつこい?)も気付かなかった。
「あんのぉ、馬鹿国守め、また側室を入れる気か……、しかし、あの女、何処かで見た事が有るような…… 」
呟いた青年の年の頃は、ナディアと差ほど変わらないだろうか?
つい今し方、他国の外交から帰って来たばかりなのだが、馬鹿がやった、『鬼の居ぬ間の命の洗濯』にとんでもなく翻弄される事を、彼もまた、思いも寄らなかった一人であった。
何か嫌な予感、は、したようだったのだが……。
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