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秘密
誰にも触れられない甘い記憶⑥
しおりを挟むゆっくりとした動きから、段々性急な動きへと変化していく薬師の動き。
それに重なる囀りと、スプリングの軋みは、肌を打つ音と共に重なりあって、夫婦の当然の営みを否応なく際立たせる。
夜の続く限り。
時の許す限り。
2人は、互いの心を、愛を感じ合い、確かめあった。
「かい…………さま……… 」
「なぎっ………… 」
「愛して下さって、ありがとう御座いました………… 」
「そんな事、言うなっ………… 」
そんな会話が、それが、今生の彼等の最期の会話だった。
新たな娘が誕生したと、晴明から知らされたのは、薬師の愛した凪と別れて、ひと月後の新月の夜だった。
今でも鮮明に思い出す。
晴明屋敷の門の前。
手を振る凪が唇を動かして、深々と頭を下げるその姿。
凪は命の燃え尽きるその日まで、薬師と共に過ごす事を拒んだ。
死に逝き弱る己を彼に見せ付けて、憐憫に憂う姿を見たくは無かったし、そんな風にしたくは無かったから。
側にいたいと願う彼に、最期の願いだと重ね掛け、凪は見事に勝ち取った。
「私の事を愛してくれてありがとう。新しい私も、沢山愛してあげて下さいね………… 」
凪は、そう言って微笑んだ。
「そう言って、笑ったんだよ。俺の妻は。あいつは……。新しく妻を迎えろと、そう言ったんだよ。そう簡単に気持ちの切り替えが、きくと思ってんのかね、本当にあいつは…… 」
一カ月前に最愛の妻と別れた薬師は、同じこの場所で晴明に訴え掛けていた。
晴明は鬼では無い。
式を操る陰陽師で有り、凪の父親だった。
逸れを踏まえて薬師は言い放ったのだ。
先程の言葉を。
気心の知れた友人に。
「でも、主は来ただろう。あの子の思いに応える為に…………なぁ? 」
ふっ…………。
そうのたまった友人を、薬師はしばし見やって、やがて口元を綻ばせた。
清々しい微笑みでは無い。
ちょっと困ったような、苦笑いのような。
言い表しずらい表情を見せた彼。
そんな彼を見て、晴明は思う。
彼が憤るのも無理は無い。
我が娘は、彼の心に寄り添い、支えて来たのだ。
同じ性質の同胞すら居ない。
理解者は、少数。
無きに等しい、彼の御方。
きっと、何時しか、心の支えに成ったのであろう、我が娘。
願わくば、二番目の娘も友の支えに成りますよう。
我は祈らずには居られぬよ。
が、しかし。
誰に祈るべきものやら?
はて、適した神が見当たらぬな。
此処の連中は、薬師を良くは思って居ないからなぁ。
神頼みは止めておこうと結論立てて、晴明は友に言う。
「そうだ、櫂。あれの名、お前に付けさせてやろう。名付け親だな。因みにもう成人している。齢は18だ。我の時代なら行かず後家だぞ。ほんに、来るのが遅いわ」
愁い顔の友人の肩を、晴明はポンポンと叩くと屋敷へと促した。
彼はほくそ笑む。
友人の驚く顔を想像して。
── 我ながら良い仕事をした。あのような出来映えなら、多少は昔の事も覚えていよう ──
晴明は、心の中でそう呟いた。
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